仮初の平和は音を立てて崩れ去る。ホントあっという間だった。
「ヒカリ、今日も可愛いな」
「シスイ!」
もう一人の兄ともいえるシスイは私にとって心許せる人だった。たとえ暗部とうちはの二重スパイとして動くイタチを監視する為に側に付けられたとしても。
「おわっと!」
「姉ちゃん」
ムスッと拗ねるサスケは私がシスイに懐くのが気に入らない様子だった。
「サスケもおいでおいで~」
「っへ!」
シスイから一旦離れて手招きするもサスケは照れてそっぽを向くだけ。だがいつも両手を突っ込んでおく手はなぜか片手だけぶらりと出ていて素直じゃない弟が可愛くて私はニマニマゆるける頬を何とか上に持って行きつつその手を取ってあげていたっけ。
「………」
「ほらシスイも修行付き合ってくれるって!行こう、サスケ?」
「いや俺まだ何も」「行ってくれるって前に約束したよね?」
「頼む、シスイ」
「シスコンブラコンイタチってか」
ガクッと諦めて肩を落とすシスイだけど面倒見はいいのでサスケの修行に付き合ってくれた。イタチを敬愛しているサスケは兄と比べられることを辛く感じている。父さんは二人を愛していた。でも一族を束ねる存在として次世代の後継者を育てることを重要視していたし、一族の立場向上のため色々と考えている様子だった。
私は気が付いていた。
きっともうすぐこの幸せは終わる、と。でも守ろうとはしなかった。
だって幸せなんか長続きしないものだと諦めていたから。だから守ろうとしなかった。
その分、イタチが苦しんでいたことも見なかったことにして。なんて、私は卑怯なのだろう。そのツケが回って来たことを嘆いたりはしない。
イタチが……万華鏡写輪眼を開眼させた。開眼の条件クリアは「最も親しい者の死」。
シスイが死んだ。イタチの手によって死んだらしい。そんなもの信じられるわけがない。イタチがシスイを殺すはずがないと私は父さんに必死に訴えた。けれど周りはそうは思わない。疑心の目でイタチを責める。追い詰められてもイタチは表情を変えなかった。
だから私はイタチを守ろうとした。初めて全力で力を使ってでも守ろうと決めた。
その身柄を拘束されたイタチの元へ単身一つ乗り込んだ。襲い掛かる暗部の喉元を掻っ切って殺した。クナイが血で濡れてべとべとになって気持ち悪くなったら捨てて次のクナイに持ち替えた。何人も、何人も。気が付けば私は全身を血に染めていた。あれだけ綺麗にしていた髪が返り血で濡れようと気にならず。
それさえも厭わずに囚われのイタチの元へ駆け寄った。
血濡れの手でイタチに抱き着く。ああ、『今度は』助けられた。その安堵感で一杯だった。
「兄さん、迎えに来たよ。里を出よう」
「……ヒカリ、何を言っているんだ。それにお前その姿…」
私は強張った笑みを浮かべて必死にイタチに願った。
「ね、一緒に出よう?大丈夫、私守るから。兄さんを守るから。サスケも連れて三人で木の葉を出ようよ。私の友人なら匿ってくれる。もう連絡してるの一緒に来てもいいって。たくさんアジト持ってるから抜け忍になっても大丈夫だって。里の外で待ち合わせしてるの。ねぇ行こう?」
イタチの顔を両手で挟んで距離を縮める。
ね、私大きくなったよ。
ちょっと背伸びしてるけどイタチとキスできそうなくらい大きくなったんだよ。
「………」
「ね、行こうよ?———イタチ」
兄さんと呼ばず、名前で呼ぶ。
その意図にイタチは気づいてくれた?
お願い、頷いて。
私は声を震わせ瞳に涙を溜めて懇願する。けれどイタチは頷くことはなかった。
「俺は今夜、うちは一族を殺す」
その重く、静かな一言で私は立っていられずストンとへたり込んでしまう。
イタチは決断してしまった。私を置いて行く。サスケと一緒に置いて行く。
嫌だ、嫌だ!
私は泣きじゃくりながら顔を横に振って何度も嫌だと叫ぶ。
しゃがみ込んだイタチは幼子のように駄々をこねる私を覆うように抱きしめてただ、「すまない」と一言だけ残して首に手刀を入れた。
「っ!」
私の意識はそこで一旦途切れる。
再び、意識を取り戻した時、私は自宅へと移動させられて目の前でイタチが父さんと母さんを殺す瞬間を目にした。
ああ―――、終わりだ。
「サスケを、頼む。ヒカリ」
「父さん」
「ヒカリ、最後までゴメンね」
「母さん……分かってるよ。サスケは私が『幸せにする』から」
父さんと母さんが満足そうに笑みを浮かべてイタチに殺されるのを歪な笑みで見送った。見守り続けた。涙は、出なかった。託された者の当然の『義務』として私はサスケを幸せにすることを死んだ両親の亡骸に誓った。
「ヒカリ」
私を呼ぶその声が好きだった。兄として見ていたのはほんの一時だけ。
本心を必死に覆い隠して私は家族であろうとした。サスケの為に。
イタチが私を探して手当をしてくれる時間が好きだった。イタチが私を心配してくれるから。たとえ家族としてでも確実に愛情を実感できたから。歳に似合わぬ落ち着いた雰囲気が何よりも好きだった。その悲し気な目が好きだった。
雰囲気が『あの人』に似ていたからというのもあるのだろう。彼の傍は居心地が良すぎて恋をしているようだと錯覚させてしまうくらいに。たとえイタチに恋人がいても構わなかった。妹としての立場は永遠で一生私の物だもの。でもそれで満足できなくなっていく私がいて、彼女の存在を疎ましい、と思うようになった。二人並ぶ姿にいつも心の片隅で嫉妬心を無理やり押さえつけている自分が嫌で嫌いだった。
「ヒカリ」
「イタチ」
父母の血で濡れた手で私の頬を撫でるイタチ。まるで一族を殺した男とは思えない優しい、涙が出てしまいそうになるほどに優しい手だった。優しい手だった。私は血だらけのイタチの手に自分の手を重ねて瞼を閉じた。
「気を付けてね、イタチ」
「サスケを、頼む」
「うん」
名残惜しむようにイタチは私から手を離していく。でも私はその手を求めて自分の体をイタチへ飛び込ませた。
「ヒカリ?」
「お願い、お願いイタチ」
私は血を含んだ服に縋ってイタチの顔を見上げる。少し背伸びして瞼を閉じた。
「お願い―――」
ファーストキスはイタチがいいの。
そう声に出すことはせずに、私は自分の唇をイタチのそれに重ねた。
一瞬息を呑むイタチの声をそのまま飲み込ませて私はその唇の感触を全身に感じさせる。
今この時だけ許された時間、逃すまいと。
悲しくて、苦しくて、怖くて、寂しくて、でも一瞬だけ幸せを感じられた時間はあっという間に終わる。両者どちらともなく顔を離していきイタチは写輪眼を発動させて私を幸福だった頃の幻術へと落とす。
それがイタチとの最後の別れとなった。
◇◇◇
寒い寒い日ではなかった。だが凍てつく冬のように感じた日を私は忘れはしない。
屍と化した義両親。逃走したイタチ。絶望のどん底にまで叩き落された義弟が抱くのは、癒えることのない深い悲しみと決意揺るがない復讐だけだ。
「ねぇちゃん、俺は……、俺は!イタチを、殺すっ!」
復讐の瞳を滾らせて幼い義弟は涙を流しながら私に誓った。
養父母が着ていた血濡れの衣を胸に抱く彼を私はそっと背後から抱きしめる。そして囁く。自分の誓いを。
「サスケが望むのなら、私はずっと傍にいる。貴方が私を不要と思うまで」
「…そんな日、ぜってぇ来ねぇよ」
吐き捨てるように言ってサスケは向きを変えて私の首後ろに両腕を回した。
へし折るのではないかというくらい細腕に籠められる力が痛かった。
彼の痛みが慟哭が私に感染し徐々に肥大していく。
だけど私は表情を変えることはない。
同調してはいけないからだ。これはあくまでサスケの怒りであって、私の怒りじゃない。
引きずり込まれたら彼の幸せまでも奪ってしまうから。
だから私は場違いな笑みを浮かべる。
「そうだといいね」
顔を摺り寄せてくることでサスケの瞳から流れる涙が私の髪を濡らしていく。
「サスケ、一緒に生きていこう」
「……あぁ……」
きっと、サスケは私を不要とする日はくる。だって私は元神子だから。何となく知っている。
だからその日がサスケとの別れの日だ。それまではこの小さな義弟の傍に居続けよう。
うちはの為に死んだ養父母。
サスケの為に全ての汚名を背負って旅立ったイタチの為に。
何があっても。
◇◇◇
その為に私は侑子に願う。
サスケが幸せになる為にそのために対価を支払う。
その為の力を欲する。
チートと罵られてもいい。彼を幸せにできる最恐の力を。
人知を超えて神の領域さえ犯してしまうであろう力を。
そうすればきっとサスケは幸せになれるはず。この先に何が待ち受けているかは私でも分からない。けれど、イタチがいない分、私が愛情を注ごう。全力で。そう、私はイタチの代わりだ。
だが、私には力がない。サスケを幸せにしてあげられるだけの力が。
家族が殺されて私とサスケだけになった初めての二人だけの夜。
もう両親が殺された家には住めないと火影が用意してくれた新たな住まいは若干新しいアパートの二階、2DK。
必要最低限の家具だけの部屋には以前ほどの温かさは感じられなかった。一人で眠れないだろうサスケを気遣って私は共に眠ることにした。サスケはピッタリと身を寄せて私に縋りついて静かに寝息を立てて眠りについた。ここしばらく不眠が続いていたから少しほっとした。まだまだ養父母に甘えたかっただろうに。
イタチを救う為に暗部を襲撃したはずの私の罪はまるで煙に巻かれたように消え去っていた。イタチが逃げる際、暗部の忍を残虐なほどに殺しまわったと後に事務的に説明され、最後まで私の事を案じてくれていたのだと胸が痛んだ。
だがサスケをイタチの代わりに守る為、あえて自分がしたと告白することはなかった。
これもまた私の背負う罪となる。
だから侑子に願った。対価を払う代わりに力を欲しいと。
月明りだけが唯一の光と呼べる湖のほとりに私は佇み、そこを水鏡として異世界にいる親友、侑子と会話をする。
『侑子、私の願いを叶えて。対価は』
『貴女が彼を幸せにするまでの決められた時間』
『その時間内にサスケを幸せにするってことね。それを過ぎたら』
『その世界から存在ごと消えるわ』
『分かった』
頷き了承すると、水鏡の中の侑子の指に一匹の蝶が何処からともなくとまる。それは水鏡を超えて浮かび上がるように私の目の前に現れた。
ひらりひらりと舞うように私の目の前へ移動して両手の中に降り立つ。
それが弾けるように小さな光へと変化してその光の粒が私の中に吸い込まれるように入っていく。
「……ぐ、ぎぃ……ハァ……ァァア!!」
突如両目が焼けつくような痛みに襲われる。私は肌をかきむしるように爪を立て、その痛みから逃げようと草むらにゴロゴロとのたうち回ってもだえ苦しむ。
まるで私の目玉の裏側をゴリゴリと熱くただれた鉄の棒を押し付けられているように。
「アアァァアアア―――――!!」
痛みは消えるどころか激しさを増すばかりだった。雄たけびともいえる絶叫を迸らせ、私は湖にその身を投げだす。
水面を何度も叩き、滴を周囲に弾き飛ばして浅瀬で暴れ狂うように猛烈な痛みがただ引くのを待つ。だが普段喉を交わす水でさえこの痛みを和らげることはなかった。
全身を濡らして傷だらけになる私の顔と体。
何度も何度も爪を立てた皮膚は赤く裂けて血を流す。いっそのこと殺してくれと思うほどの地獄の時間は、一生分味わった。もう少し続けば自分の両目をクナイで突き刺して潰すところだった。
「………」
どのくらい経過しただろうか。月が夜空から隠れ輝かしい朝日が昇ろうとする頃。
私はキラキラと朝日を受けて輝く水面に映る自分の顔を覗きこんだ。
初めてみる模様が自分の眼球に浮かび上がっていた。
「……イタチと、おんなじだぁ……」
掠れて潰れたカエルの声で私はそれを熱く見つめた。
万華鏡写輪眼。
自分の目の前で大切な者の死を体験し深い悲しみを抱いた者らが開眼すると言われている。
イタチと違う模様なのが少し残念だがお揃いであることに違いはない。
私は、万華鏡写輪眼を手に入れた。何度も使用すると失明する恐れがあるが、私の万華鏡写輪眼は『特別製』で使用回数に限界はない。つまり無限に扱える。
なんて素晴らしい力なんだ。
「イタチ、私、頑張るよ。頑張って、サスケを幸せにするから――」
だから、もう一度、会いたいよ。
「ヒカリ!」
霞む視界と水面反射する眩しい朝日の中にイタチの背を見た気がした。
私の名を呼ぶのは、誰―――?
【始まり~うちはクーデター編完】