カカシside
波の国から木の葉へ無事に帰還したオレ達よりも先に到着しているはずのヒカリの姿を最近見かけていない。というかまったく会う機会がない。サスケに尋ねれば何やら任務が重なって忙しいらしいが、二人の世話を影分身で済ませているとなると相当切羽詰まっている状況なのかと心配になる。いつもなら三代目の陰のように山のような事務処理をひっそりと目立たない所で手伝っているのだが、その姿もない。気になって我慢ならず三代目にヒカリの所在を確認してみたら、なんと単独任務に出てるとか。しかもかなりの数をこなしている。無茶苦茶すぎる。命がいくらあっても足りやしない!
普通なら不遜な態度と罰せられてもおかしくないはずだがオレはそんなことも頭から弾き飛ばして三代目に激しく追及し勢い余って机をたたき壊す勢いで叩いていた。
「なぜそんな無謀なことをさせるのです!」
「ヒカリとの約束なんじゃよ。相応の数をこなす代わりにあやつの願いを叶えるとな。ヒカリめ、この儂に頭まで下げて頼みおった」
感情を乱すオレとは反対に三代目は酷く冷静に両手を組んでオレを見据えて静かに理由を話してくれた。
「願い?ヒカリが三代目に何を頼んだんです」
普段から火影を毛嫌いしていたヒカリが頭を下げてまで叶えたい願いなんて相当火影でしか叶えられない願いということじゃないか。
「……その内分かるじゃろう……。だがカカシよ、見ろ」
そう言って三代目がオレに手渡したのは依頼書のリスト。20件以上が達成済みと処理されている。他は任務中となっているが、その担当者の名前を見て愕然とした。
全てうちはヒカリとされている。しかもこれはSランクかAランクがほとんどで尋常じゃない。あり得ないことだ。一人で同時進行でもしない限り無理な話だ。
だが出来ないわけじゃない。その術は確かにある。禁術とされているが。
「まかさ、ヒカリは……」
言葉が続けられなかった。信じたくないと頭が否定する。だが三代目はオレの言葉を続けて口にした。
「そうじゃ、全て多重影分身で対応している。この儂に喧嘩売ってるつもりなんじゃろ」
皮肉を込めて三代目は少しだけ口角を上げた。だがオレには笑って茶化す余裕なんかない。
あの子の考えが分からない。なぜ禁術にされているか、ヒカリは良く知っているはずだ。
そうだ、あの子は敏い子だ。だから知っているはず。
なぜ、多重影分身の術が禁術なのかを。
「………あの子は死ぬつもりなんですか?」
声に出して初めてオレの髪を持つ手が震えていると知った。仲間の死を何度も見送った。
だが、死がこんなに近く感じるなど、久方ぶりになる。
多重影分身の術を多用すればその疲労は全て術者へと溜まる。人数を増やせば増やすだけ命の危険度が増す。この依頼量を同時にこなそうなどと、ありえない。ヒカリは死ぬ気なのか。あのハチャメチャな子が。
「そうとしか考えられぬのう。『常人』の儂らからしてみれば」
三代目のその線引きしたようないい方が気に入らなかった。
まるでヒカリは狂者とでも言っているようじゃないか。あの子は、ヒカリは普通の子だ。努力家で、お転婆すぎて、トラブルメーカーで、誰かの為に自分の身すら犠牲にする偽善者と見せかけての本気のバカ娘だ。狂者なんかじゃない。オレが、そうさせない。
堪えがたい怒りを抑えグッと、握りこぶしを作る。できるだけ冷静に頼め、感情を乱すなと理性が叫ぶ。声音を抑えて実際にそう頼んだ。
「…………オレに、ヒカリの補佐をさせてください。あの子はオレの部下です」
だが三代目の答えは簡潔に一言だった。
「却下だ」
「三代目!」
「これはヒカリと儂の問題じゃ。契約を結んだ以上誰人も邪魔は許さん。それにカカシ、ヒカリはもうお前の部下ではない。上忍でありお前と同じ同僚じゃ。自分の任務は自分で始末する義務がある」
そう眼光鋭く言い切る三代目はまさに火影としての威厳に満ちていた。
何も言い返せなくなる。火影に従う忍びのオレは苦しんでいるかもしれないヒカリを手助けすることさえできない。
どうして、貴方はそんな頑なにあの子を拒むんだ。
あの子がどんな罪を背負ったというのですか。一族を殺され、家族を目の前で殺され、弟と一人で立派に育てようとするあの子が。
火影の考えがオレには分からない。理解できないからこそ、問いただしたくなる。
「………貴方はあの子をどうしたいんですか。あんな、あんな必死に生きている子を、貴方はどうしたいんですか」
「……儂とて分からぬよ」
オレの心からの叫びに対して三代目は誤魔化すように視線を窓へと逸らした。
三代目自身も己の心境を把握してはいないようだ。
◇◇◇
うっすらと細い月夜が夜空に浮かぶ日、突然の来訪者は現れた。気配なく出窓の窓硝子が開かれる。ベッドで横になっていたオレは本能的に枕の下からクナイを取り出し勢いよくその方向へ投げつける。だがその来訪者は難なくクナイを叩き落とした。
叩き落とした?
オレはまだ寝ぼけているのか。敵の襲来かと思いきや、まさかオレよりも身の丈がある白蛇が来るとは。
「夜分に邪魔するぞ」
「………どちらさんで」
女性を痺れさせるような低音ヴォイスでその白蛇は淡々と名乗った。
「我はイオウ。ヒカリと契約を結んでいるものだ。はたけカカシで間違いないな」
「そうですけど、ヒカリと契約を?貴方が……」(あの子は何時の間にこんな大物と契約を?)
ついつい敬語で話してしまうくらいにその白蛇は威厳に溢れていてこちらが圧倒されるくらいだ。しかも夜の突撃訪問だし。と、こちらの戸惑いを一切無視してイオウはオレを訪ねてきた理由を打ち明けた。
「我ではヒカリの苦しみを取り除くことかなわぬ。共に来い」
「ヒカリが戻ってきてるんですか!?」
「ああ、今丁度山の中にいる。だが今はまともではない。痛みと一人戦っている」
「まとも、ではない?」
「ヒカリが万華鏡写輪眼を所持しているのは知っているだろう。あれは対価の一部でその力があまりに強大すぎる故、痛みを溜め込み術者を呪縛するのだ。ヒカリは他者に決して教えるなと言うが、我はもう見ておれぬ」
「案内してくれ」
「元からそのつもりだ」
着の身着のまま部屋を飛び出した。まだ外は少し肌寒い。
ましてや徐々に山の方へ向かえば薄着では風邪を引いてしまうくらいの気温だった。
白蛇に案内され共にたどり着いた場所はヒカリが昔から好んで修行場として選んでいた山の中にある湖だった。そこに闇夜に紛れて湖に体を半分以上浸らせる人影が見えた。バシャバシャと何度も水面を叩いては山中に悲鳴を響かせている。その声の持ち主をよく知っている。まるで拷問を受けているような悲鳴に背筋が凍り付いた。
「ヒカリ!」
「ウァァあああああああ―――――!!」
狐の面に爪を立て髪を振り乱し声にならぬ悲鳴を上げヒカリは暴れまくる。
「ヒカリ、ヒカリオレだ!カカシだ!」
彼女の前に回り込み、その暴れる体を抑え込もうと手を伸ばす。
触れた瞬間、ヒヤリとその寒さに一瞬手をひっこめてしまった。どれだけこの場所にいたんだと焦ってしまう。このままここにいては確実に体に悪い。
「ヒカリ、分かるか?とにかく今はここを……」
「――――――――!!」
だがオレの声はヒカリに届かない。届いていないどころかその視界にさえ写っていない。両肩を掴んで視線を合わせようとするオレを振り払おうと暴れる反動で自分の爪で仮面を弾き飛ばした。
その瞬間、その両目に息をのんだ。
ヒカリの両目は万華鏡写輪眼を発動させていた。
だが肝心の本人に発動させている意識はない。痛みでそれどころではないのだろう。
なぜこんなことに。
ショックを受け固まるオレにすかさずイオウが鋭い声で指示を飛ばす。
「はたけカカシ、ヒカリを抑え込め。仮面が外れてしまった。いつ自分の目を潰すか分からんぞ!」
そうだった!ヒカリは今猛烈な痛みと戦っている。その元凶である両目を毎回潰す勢いで暴れていると道中説明を受けたばかりだったのに、目の前の現実が信じられなくてつい呆然としてしまった。
何とかヒカリの意識だけでもこちらを向かせようとただ声を張り上げた。
「ヒカリっ!やめろっ!」
「ァァァアアアアアア!」
だがオレの存在などヒカリの助けになるどころか、ただこれ以上暴れることで傷を増やすのを防ぐことしかできず、とうとう朝日を迎えてしまった。
その頃にようやく糸が切れたように意識を失ったヒカリを抱き抱えて自分の部屋に戻った。
ヒカリを自分のベッドに寝かせる。すっかりコンパクトになったイオウが心配そうにヒカリの腕にぐるぐると体を巻き付けて離れようとはしなかった。
どうしてこんなになるまで、使ってしまったんだ。
◇◇◇
今日は任務が入っていなくて助かった。結局ヒカリが目を覚ましたのは昼頃になってからだ。まずイオウが先に気づいた。それに続いてオレもヒカリが寝るオレのベッド脇に腰かけてヒカリの顔を覗き込む。小さな呻き声とともにゆっくりと瞼が持ち上げられる。
その瞳は、いつも見ているヒカリの瞳だった。
「……っぁ……」
「ヒカリ。気が付いたか。良かった」
「ヒカリ、分かるか?」
「………?」
「待ってろ、ほら、水」
あれだけ叫べは喉も痛むだろう。肘をついて上体を持ち上げようとするヒカリの背を支えて口元にコップを持ってきてやる。
少しだけ口元を開いて一口分だけ水を飲んだ。
「………」
「……もう、いいか」
小さく頷いたので飲みかけのコップをテーブルの上に置く。そしてまたベッド脇に腰かけてこちらをじっと見つめているヒカリと視線を合わせた。
「………せんせ」
「ん」
「……ありがとう……」
何も聞かないでいてくれて。そう、声を出さずに唇は動いた。
ヒカリはまた横になり静かに寝息を立てて眠った。イオウもヒカリの顔近くでとぐろを巻きしばらく昼寝するようだ。
「………感謝されても、な。結局オレは何もできてないのに」
ベッド脇に腰かけ自分よりも年下の女の髪を撫でる。あの夜の中、何度ヒカリは想像を絶する痛みに孤独の中に耐えていたんだろう、この華奢な体でどれだけの血を浴びて、その血を拭うことせずに静かに涙をこぼしたんだろう。
こんなに手を伸ばせば触れられる近くにいたのに、オレはヒカリの苦しみを何一つ理解できなかった。上司だから?昔から先生として面倒を見てきたから?
距離感が掴めなくて戸惑っていたのはオレだけで、ヒカリはもしかしたらあの頃と何一つ変わっていないのか。
馬鹿みたいに一直線で、素直で、ハチャメチャで、オレよりも百戦錬磨な年上ぶって、たまに隙をついてこっちが男の面を出してみると普通の女の子みたいに照れて頬を真っ赤に染めて、それがギャップありすぎて可愛いと思った。守ってやりたくなった。
実際、守られるような女じゃないのは分かってる。
うちはの名を背負っているんだ。天賦の才で何でも簡単にこなすが勿論、練習あってこその才能だ。ヒカリはしっかりと自分の能力を見極めた上で行動している。
けどお人よしだ。再不斬とハクの件もそうだ。
一人で策を練ってオレ達を欺いたんだろう。サスケとナルト、サクラの成長を促すよう裏で動いていた。案外、最初からヒカリの掌の上で踊らされていたのかもな。オレも含めて。
ほんと、大した娘だよ。
だから余計目が離せなくなる。理由をいくつか並べても結局は一つの答えに辿り着く。
オレも健全な男だ。好ましいと思う女がいれば気になるし、ついつい視線で追いかける。
その子が危ない真似をすれば駆けつけたくなるし、一人で苦しんでいればその体を抱きしめてやりたい。
つまり、オレはヒカリに惚れている。
好きになった時期は何時だか分からないし、認めてしまえば関係ない。
「………オレを頼ってくれ、ヒカリ。オレの手が届く範囲なら絶対駆けつけるから」
彼女は強情だから一人で抱え込もうとする。他人との境界線を張るのはヒカリからだ。
だがオレはその境界線など飛び越えて彼女を驚かしてしまおう。
そしていつか、彼女の気持ちを知りたい。
ヒカリが孤独であろうとする理由を、その心からの叫びをヒカリごと包み込んで温めてやりたい。
お目付け役のイオウがいる手前、下手に手は出せないが髪を触るぐらいは許されるだろうと、乱れた前髪を横に払った。あどけない表情で眠るヒカリが尚愛しいと思う。
〚思う仲に垣をせよ】