怠さ、眩暈、吐き気、典型的な病人のように青白い顔。
マスクしてサングラスして誤魔化して仕事していたが、具合悪いなら帰れと先ほど影分身の火影に追い出された。やっぱ間違って番茶を出したつもりがリンゴ酢だったのが火影の逆鱗に触れたのか。
「………うーん、しばらく、このままで」
ズルズルと壁を頼りに背中を預け廊下でしゃがみ込む。
幸い、今は大蛇丸が里入りをしていることで木の葉は厳戒態勢で他の忍びも出払っている。廊下には今の所座り込んでいる私しかいない。だから大事にはならないはず。
しばらく、休んだら家帰ろ。
イオウを呼ぶわけにはいかないから、ハクにでも迎えにきてもらおうかな。私の体調が悪いことは彼らも知っていて、朝ここまで送ってくれたのはハクだ。背負われて人様の屋根の上を跳ぶ体験は初めてだった。
ハクもやっぱ屋根の上を跳ぶのね。忍びって結構似た者同士?
………呪印の影響が刻々と体に現れ始めている。
模様が寝食を始めるように増殖しているのだ。だがこれも気の持ちようなのか、精神がしっかりと己を保てているとそう酷くはならないが弱くもならない。
私の体に馴染んでいる分、着々と私の体を書き換えるつもりなのか。共存どころの話じゃない。支配したつもりが逆に支配されていく。蹂躙されていくのだ。私の体を隅々まで。
コレを見られないようしっかりと首回りが出ない服を着ているがクソ暑いのは嫌いだ。だからできるだけ事務職に適した格好になる。あのじーさんに恰好の事で馬鹿にされるのも癪だしね。
朝ごはんは子供茶碗でお茶漬けをさらっと食べた。
出来るだけ一人でも食事を取るようにしていたつもりだったけど、やはりサスケとナルトの事を想うと中々箸が進まない。でも吐き出す覚悟で無理やり胃に詰め込んでいる。
最近は御粥を食べれるようになった。少しでも体力つけなきゃ、二人が帰って来た時に心配かけたくないもの。
一人思考に耽っていると視界に何かが映る。誰かの足?
顔を上げると見慣れた人が立っていた。
「よ、ヒカリ」
「カカシ先生……」
呆れたように見下ろしていたカカシ先生は私の前にしゃがみ込んで私のサングラスを外した。急に視界が明るくなって目を細める。
「ご飯、食べれてる?」
「……なんとか詰め込んではいますよ」
弱々しく笑みを浮かべて答える私に、カカシ先生は表情を険しくさせた。私のおでこの髪を手で払いのけ、顔を近づけて自分のおでこと私のおでこをくっ付けてきた。
「あのさぁ、一度木の葉病院で診てもらった方がいいんじゃないか?なんだったらここの医療班でもいいだろうし」
「お断りします。それと、熱はないですから離してください」
片手に力を籠め近すぎるカカシ先生の顔を押しのけようとするが空振りに終わる。突然カカシ先生は廊下に胡坐をかき、私を許可なく軽々と体を持ち上げ膝に乗せるという暴挙に出る。男らしい胸板が背中に当たりお腹の辺りでぎゅっと腕を回され、人間シートベルト状態だ。
「スキンシップだよスキンシップ」
「へぇ~、これがスキンシップ」
しらじらしいやり方。まともに抵抗できないのにセクハラしやがって。けっと吐き捨ててやった。
「好きな女の子なら尚更距離が近い方がいい」
「………」(だから不意打ち狙ってくるなっての)
弾力が減ってしまった頬をツンツンと優しく突かれる。
「赤くなるってことは意識してもらってると解釈していいのかな?」
「勘違いも甚だしい!血色がよくなっただけです」
「はいはい。そう声を出さないで、体に悪いよ」
「そうさせているのはカカシ先生じゃないですか!どさくさに紛れて抱き着かないでくださいっ!お父さん変態って叫びますよ!」
「お願いだからそれやめて」
はははっ!カカシお父さんってこれから呼んでもいいんだぞ。
そう叫んでやりたいが、腹に力が入らないので心の中で思う存分叫んだ。
サスケ達のチームは無事に第二次試験を通過し、先ほどまで第三試験に向けた予選があり、サスケは無事に通過したとカカシ先生から直接教えてもらった。そして、大蛇丸によってサスケが呪印を受けてしまったことも。
すまないと申し訳なさそうに謝罪され良心が痛んだ。
そう仕向けたのは私なのに。カカシ先生は全然悪くない。
その話題から少しでも逃げたくてサスケの居場所を急かすように教えてもらう。
「あの子は、サスケは今何処に?」
「これから封印術をする予定。隔離して部屋に待機させてる」
「私も連れてってもらえませんか?サスケが心配なんです」
「でもな、まずは自分の事を一番に考えろ。そんな顔してちゃサスケの方が心労で参っちまう」
確かに体調が悪い事は否定できなしい、あの子も苦しんでいる状態なのにこんなヘロヘロな私が飛び込んだら尚更あの子の心労を増やしてしまう。でも、傍で見守っていたい。
無事に終わるように。
「……お願いします。サスケにバレないように気配を消して潜んでますから」
懇願するように必死に頼んだ。それに対してカカシ先生はしばし間をあけてから仕方ないと了承してくれた。
「……分かった。ただし、無理は禁物だ」
「ありがとうございます」
「それで、歩けないだろ。お姫様抱っこしてやろう」
妙に弾んだ声だと思ったらまたふざけたことを。
氷のような冷たい視線を向けつつ、
「…………おんぶでお願いします」
斬り捨てるように別案で頼んだ。残念そうに
「遠慮しなくていいのに」
と愚痴られるが、こっちはいちいち構っていられない。
「やっぱり這って行きます」
カカシ先生の膝から床にわざとバランスを崩して倒れ込み、両手を付いて這いずりだす。だがほんのちょっとでリタイア。力尽きる私をカカシ先生は上から腕を回して上体を起こしてくれた。
「分かった分かった、ほらおんぶしてやるから」
「………」(本当に?お姫様抱っこじゃない?)
じぃぃぃ~と懐疑的な視線を向ける私にカカシ先生は脱力して
「しないから大丈夫だから。ヒカリが這ってる方が怖いから」
と女性に対して失礼な発言をしたので一発制裁をしなくてはと拳を握ったがヘロヘロパンチになって威力も何もなかった。
私、ここまで弱くなってるのかとショックでズーンと暗い影をしょい込んでカカシ先生におんぶされサスケの元へ連れていかれた。
◇◇◇
カカシ先生に背負われて予選試合会場の別室へ向かい中に入室すると、封印の準備の為に上半身裸の状態でスタンバイしていたサスケがいて、背負われてやって来た私を見るなり驚いて駆け寄って来た。さすがに見てる方も寒いわ、サスケ。
「姉ちゃん!?なんでここにっ」
「サスケ……良かった、無事で」
カカシ先生の背中からゆっくり降ろされた私は走り寄ってくるサスケを自分の胸に手繰り寄せるように腕を伸ばし抱きしめた。
サスケだ、ちゃんと生きてる。
その事実に心底安堵する。
私は少し体を離してサスケの顔を両手で挟み込み、視線を合わせる。
「姉ちゃん?」
「サスケ、…呪印の話聞いた……。良く頑張ったね」
それだけじゃない。自分の力と三人とのチームワークでよく第二次試験を突破した。相応の実力が伴っていなければ得られない事実だ。
義姉としてサスケの成長がとても嬉しい。
よくここまで頑張ってくれた。まだ中忍になれたわけじゃないが誇らしく思う。様々な思惑渦巻く中忍試験だがもし、何事もなくすんなりと進めていたらと思わずにいられない。
労いの言葉を掛けつつ、吃驚して固まっているサスケをまたぎゅうぎゅうに抱きしめた。するとゆっくりと私の背中に腕を回しサスケは声を少し震わせた。
「……っ!……姉ちゃん……」
サスケも感慨深いものがあるんだろう。堪えていたものを吐き出すようにサスケは子供のように加減なくしがみ付いてきた。
「おめでとうってまだ気が早いかな」
そうおどけて言って見せれば、サスケは少し顔を浮かせて悔しそうに顔を歪めた。
「……まだまだだよ。姉ちゃんには叶わない……。もっと、もっと強くなんねーと……姉ちゃんを守れない」
「サスケ」
この子はいつも私を慕ってくれる。でも強くなる理由が私だなんて、少し依存しすぎている。やはり姉一人弟一人という環境がまずかったのか、それとも育て方?
今更悔いたところで修正できるわけじゃないけど、少しサスケの力に対する【拘り方】に引っ掛かりを覚えた。
「それより姉ちゃん、俺がいない間になんで目の下に隈なんて作ってんだよ。それに前よりも顔痩せてる……。体、悪いのか?飯食ってのかよ」
ヤバイ、さすがに気づかれるか。今度は逆にサスケが私の頬や艶のなくなった髪を触って撫でたりして感触を確かめている。うっ、最近髪の方も痛んでるからな。枝毛も酷いし手入れする余裕さえなかったからマズイ。
視線が右斜め方向へ自然に向いた。
「ああ、これはー。その、ね。ひとまず私の事は後回しで早速やってもらいましょ」
やばい!カカシ先生に指摘された嘘つく時に出る行動がもう出てる。幸いサスケは気づいていないけど勝手にボディチェックまでし始めた。さすがに身を引いて無理やり肩を掴み回れ右をさせる。
よろしくカカシ先生!という意味を込めて手を上げた。
私に背中を押されたサスケは不満そうに舌打ちをした。
「あ、誤魔化した。っチ、後で絶対教えろよ」
「はいはい」
適当に流していらっしゃーいと手招きをしていたカカシ先生へバトンタッチ。手際よく掌をクナイで斬り血を流し、その血でサスケの呪印を囲む様に術式を書くとのこと。これが結構時間が掛かるらしい。
サスケを部屋の真ん中に座らせ黙々とカカシ先生は血文字を書いていく。それはサスケを中心に円を描くように広がっていった。固唾を飲んで見守る中、カカシ先生が息を吐いた。
仕上がったみたいだ。決められた位置にクナイを10か所刺して準備はオッケー。円陣の外側で待機する私にカカシ先生は顔だけ少し振り返った。
「じゃ、やるぞ」
「はい。……サスケ、大丈夫よ。カカシ先生の腕は確かだもの」
普段からイチャイチャパラダイスを愛読書にしてるけど、本業は天才と謳われた人だもの。私の励ましにサスケは微妙そうな顔で頷いた。
「……ああ…」
まだ呪印がそこまで体に浸食していないサスケなら封邪法印の効果もあるはず。けど私の呪印では対応できない。細胞レベルまで進行している者には意味もないはず。
さて、カカシ先生の手が素早く印を切る。
そして術が完成した。
「封邪法印!」
サスケの呪印に触れると同時に血文字がサスケの体内へ吸収されていく。それと同時に堪えがたい痛みが発生し、サスケの顔に苦悶の表情が現れる。
「く…っ」
その時間、一分もかからずあっという間の出来事だったが、見守っている私にすれば一時間にも勝る瞬間だった。無事に術式がサスケの体に収まり呪印を囲むように浮かび上がるのは封印の証だ。
最後の気力で耐え抜いたサスケはふらりと床に倒れ込む。
「サスケッ!」
私はおぼつかない足取りで倒れ込んだサスケの傍にしゃがみ込み抱き上げて自分の膝に乗せた。よくよく考えれば予選試合を受け終わってから休む暇もなく体力勝負となる封印作業。気を失っても当然だ。そんな中、よく頑張った眠る義弟に労いを込めて言った。
「………お疲れ様、サスケ……」
今はゆっくり休んで欲しい。……これから貴方には苦難の道が待ち受けているんだから。
憂い顔でもしてたのか、カカシ先生が大丈夫だと言わんばかりに私の頭に手を置いて二度ほど軽く叩いた。それにつられて彼を見上げる。
「そんな顔するな。上手くいったんだ。後はサスケの精神次第だ。俺達にはこれ以上手を出すことができない」
「……己を強く保つってさ、難しいことだと思わない?まだこの子は……こんなに守ってあげなきゃいけない歳なのに」
「それはサスケの前で言ってやるな。コイツなりに忍としての心構えはできてる。それにこればっかりは本人じゃないとな。だが大丈夫だ。お前の弟だろ?根性だけは一人前だ」
そう励ましてくれるカカシ先生に何度も相槌を打つ。
だが突然の訪問者は予想を裏切って現れた。その声、聞き慣れているから余計に目を疑った。
「あーあ、余計な事してくれるわねぇ、カカシ君」
「……なっ!?」
「!」(どうして、このタイミングで!?)
「久しぶり、カカシ君。封印の術まで使えるようになったなんて四代目も草葉の陰でさぞ喜んでいるでしょう」
「大蛇丸!」
「悪いけど、貴方に用事はないわ。あるのは……、『その子』(ヒカリ)だけ」
ずいっと目が細められ獲物と定められる。
げっ、怒ってる。あの目は滅茶苦茶怒ってる!
しかも妙にその子って部分が強調されてて怖い!
なにかあったらイオウを介して連絡する様に口酸っぱくして言われてたんだけどまるっと無視してた。まさか本人が乗り込んでくるとか考えないでしょ。気まずくて冷や汗垂らしながら視線を逸らしてしまう。
「なぜサスケを狙う!?」
私達を庇いながら理由を求め叫ぶカカシ先生だが、違う違うのだ。
狙われてるのはサスケじゃなくて私です!私なんです!と全力で否定したいところそんな事も出来ずただ耐え忍ぶしか出来ない。
だが大蛇丸のあの目は殺気に満ちている。捕まったら何されるかわかったもんじゃない。
だがこの勘違いな展開に大蛇丸は悪戯でも思いついたのか、幾分か機嫌が良くなった。言葉遊びでもするつもりのようだ。うわ、趣味悪。
「フフッ、そうね。目的の為に、かしら?」
カカシ先生は不愉快そうに吐き捨てた。
「下らん野望の間違いじゃないか」
「まぁ中らずと雖も遠からず、ねぇ?」
そう言って言葉のニュアンスで私に密かに同意を求められる。
下らん野望で悪かったな!こっちは必死なのに酷い。
それにやめて!ここでばらさないで!
庇ってくれるカカシ先生の後ろで必死に首を横に振り続ける。私達を守る為体を張っているカカシ先生が気がつかないのが唯一の救いだ。
大蛇丸はさらに笑みを深めてジリジリ近づいてくる。
カカシ先生が攻撃態勢をとった。あれは先生オリジナルの千鳥。刺し違える覚悟で迎え撃つわけ?無謀すぎる。相手はあの大蛇丸だ。けどここで大蛇丸が手を出すわけがない。
彼が本格的に動く時は火影と対峙した時。
となるとやっぱり面白がってるわけか。たちが悪い。
まさか大蛇丸に遊ばれていることも知らずにカカシ先生は声を張り上げ吠えるように威嚇した。
「それ以上サスケに近づくな!いくらアンタがあの三忍の一人だからと言っても刺し違えることになるぞ」
だがこの叫びについ大蛇丸は堪えきれずに体を震わせて笑い声を上げた。
「クククッ!アーハッハッハハ!これが笑わずにいられるっていうの?するこということ全てズレてるわ」
「なに」
先生が怪訝な声を出す。
そりゃズレてるというかなんというか。着眼点がサスケということじゃなくて私なんですからね。
もういいからさっさと行ってくれと手で追いやる仕草をして未だ気づかない先生の後ろで合図を送る。だがそれがムッときたのか、大蛇丸はまるで舞台俳優のようにスラスラと語りだす。
「サスケ君に封印を施しても無駄よ。その子は復讐者。どんな邪悪な力でも求めるほど力に固執しているわ。たとえどんなことがあろうとその子は必ず私の元に来る」
そうよね、ヒカリ?アンタが私の所にくるならサスケ君は必ず来る。嘘はついてないわ。
だから同意求めるなって!
絶対この状況楽しんでる。最初はこっちにまで殺気飛ばしてたくせになんて気の変わりよう。
私もムカついてガン飛ばして睨み付けた。
いい大人がダラダラと長話してないでもういい加減にしろという意味を込めて。
「まぁいいわ。いずれ彼は私を求めてやってくることは必然だもの」
そう言って私達に背中を向けた大蛇丸。ついに戻る気になったかと安堵したのもつかの間、わざとらしく何かを思い出したように付け足した。とんでもない暴露話を。
「……ああ、それとどうせ封印を施すならそこの彼女にもやってあげればいいわ」
「!?」(大蛇丸!?)
なんですとー!!
予想外の爆弾を落とされて顎が外れそうなほど大口開けて放心状態になる。カカシ先生は一度振り返ってしっかりとショック状態の私を見て嘘ではないということを理解したらしく、まだ大蛇丸に向き直りその理由を尋ねた。
「どういうことだ」
「サスケ君に施す前に実験的に試したのよ。その子にも。同じ希少価値の高いうちはの生き残りですもの。利用しない手はないわ」
「ヒカリ、お前、どうして」
「ち、違う、私は!」
カカシ先生から非難されたと思い込み私は咄嗟の言い訳も思いつかず狼狽して首を横に振った。そのやり取りの中、大蛇丸は意地悪い笑みを浮かべていたのを私は見逃さなかった。
復讐のつもり?ここでばらすとか何考えてるの!?
まさか、裏切った……ってことはないけど嫌がらせだなと判断。
自分はさっさと逃げるが勝ちと大蛇丸はこの修羅場から離脱を諮った。だが早々逃がしてなるものか。
「っ、待ちなさい!」
行かせやしない!
背を向けて歩き出す大蛇丸へ向け忍術を唱えようと印を結ぶが、途端に急激な脱力感に襲われる。
「ふにゃ~~」
ちからが、出ない。
膝に乗せていたサスケに覆いかぶさるように床に寝転がってしまう。
「じゃあ、失礼するわ」(精々迎えに行くまで養生してなさい)
そんな私を置いてひらりと手を振って大蛇丸は去って行った。
カカシ先生は大変ご立腹の御様子。腕を組み仁王立ちで上から見下ろされる。
「ヒカリ」
だが私は呂律も回らないほど目を回していてまともに返事すらできない。
「ふへ~~」
「……はぁ……とりあえず二人、入院決定だな」
深くため息をつかれ、私はサスケと仲良く木の葉病院に緊急で運ばれることになりました。大蛇丸のせいだぁ!