サスケside
話したい事いっぱいあったんだ。
姉ちゃんとナルトと一緒に飯食ってさ。談笑しながら今日の事いっぱい話したかった。聞いて欲しかった。
でも姉ちゃんは飯は多分食べてくるから二人だけで食べてねって、オレとナルトの為に作ってくれたとんかつとサラダとご飯と味噌汁と漬物を二人分用意して慌ただしく風呂の準備したり、オレとナルトの明日の準備に追われて一緒に食べてくれなかった。最近、いつもそうだ。
前は三人一緒に食べることが我が家の当たり前だったのに。
自分がそのルールを破るなんてよ。
砂の国の我愛羅ってやつと鉢合わせしたこと。
筆記試験受ける前にサクラに言い寄って来たゲジマユこと、ロック・リーと戦って相打ちだったこと。
面白い奴だった。ワクワクしたんだ。写輪眼を使ってもアイツの攻撃を見きれなかったから。
けど姉ちゃんと修行してる時に学んだ、たとえ予想外のことが発生したとしても取り乱すな、相手に悟られちゃならないって教えが役に立った。ポーカーフェイスで上手く乗り切ったぜ。
リーはうちはのルーキーってオレのこと褒めてたけど姉ちゃんの事もアイツ知ってた。正確にはリーの師匠の激濃ゆい奴、だな。
アイツが姉ちゃんの仕事っぷり(火影事務)を褒めててそれは自分の事のように鼻高々になった。当たり前だろ、オレの姉ちゃんだぜって言ってやったし。
筆記試験だって軽々パスした。ナルトは危なっかしい様子だったが、開き直って分からないところは書かなかったって後から知った時は、やっぱドベだって呆れた。それでもオレ達は筆記試験を三人ともパスして次の第二次試験を受けることになった。
次に行けるんだ。だからさ、話、したかったんだ。
なのに。
なのに姉ちゃんは、自分の部屋の滅多に使わない埃被ってる鏡台の前に座って化粧して知らない奴(絶対男だ)と飲みに行くだって。
普段からすっぴんな癖して、何洒落こんでんだよ。
唇だって乾燥防ぐためにリップ塗る程度だったのに、赤い口紅なんて、大人になるなよ。まだ子供でいろよ。
元々綺麗な顔立ちをしてんのにさらに化粧なんかしたら、男が放っておかないだろ。やめろよ、姉ちゃん。
こっちを向いて欲しくて姉ちゃんの長い髪に手を伸ばす。
くいっと軽く毛先を掴んで引っ張った。
「なぁ、どうしても行くのか」
「こら、引っ張らないで。滅多にない機会だしね。わざわざ誘ってくれたんだから断るのも悪いじゃない」
そう言って姉ちゃんは鏡越しにオレを窘めた。
「だからって今夜じゃなくてもいいじゃんか」
明日は第二次試験なのに。一緒に、寝たかったのに。
「……それはそうなんだけど、相手がどうしてもって言うから。大丈夫、遅くならないから」
なんだよ、その嬉しそうな緩み切った顔。ムカつく。
いつも強引に自分のペースに相手を引きずり込むのに、自分がまかれてんじゃねぇよ。断ればいいじゃん。そんなの、大人の付き合いとかまだ早いだろ。だってまだ姉ちゃん16歳だぜ?
大人に紛れて仕事してるからって背伸びしすぎだろ。
「…………」
鏡越しに睨んでいると姉ちゃんは仕方ないとくるりと前を向いた。
「ほら、何不貞腐れてるの。サスケ」
頬を両手で挟まれ無理やり視線を合わせられる。
綺麗な黒真珠の瞳だ。うちはの特徴をよく受け継いでる。
元々、うちはは容姿にも優れている。だから姉ちゃんは自分は平凡だと思ってるけどそうじゃない。里の中で一番の美人だとオレは思ってる。そんな姉ちゃんにじっと見つめられたら、自分の頬が火照って来た。意識しすぎっていうか、これだけ距離が近くちゃ意識しない方がおかしい。……好きだから当たり前か。
「せっかくおねーちゃんが綺麗になったんだからしっかり目に焼き付けておきなさい」
「………普段から綺麗だよ」
オレの本音に姉ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、身内贔屓としても嬉しいわ。その言葉」
「贔屓じゃねーし。そっちが自分の魅力に気づいていないだけだろ」
だからオレが他の野郎どもを牽制してんじゃんか。
まったくオレの苦労も知らないで姉ちゃんはよそで愛想を振りまいてくる。オレの想いも知らずに。ムカつく。
姉ちゃんは両手を離して椅子から立ち上がった。バッグを肩に下げて部屋を出る。その後にひな鳥のように続くオレ。
「ふふ、そうかもね。それじゃあ行ってくるわ。戸締りはしてくから誰か知らない人がきても「絶対開けない。分かってるよ、言われなくても」」
玄関で高めのヒールに足を入れて姉ちゃんはコツンコツンとヒールの先を地面に二度打ちしてオレに向き直った。まだ心配げな表情でオレを見下ろす。見上げなくちゃいけない身長差が憎らしい。だからヒールなんか嫌いだ。大体そんな靴履いてコケても知らねぇぞ。助けてなんかやらないからな。
「ナルトと一緒に寝なくて大丈夫?」
「子供扱いするな!」
大体なんでナルトと寝なきゃいけないんだ。んなの昔の話だし、それは昼寝してた時の話だ。今じゃまったくない。姉ちゃんとはしょっちゅうだけど。
頭を撫でようとする手を払いのけて反射的に言い返す。
姉ちゃんはオレがいじけていると勘違いしてんだろう。まるで拗ねる弟をあやす姉の顔だ。嫌いだ、この顔は。
「ああ、はいはい。御免ね。それじゃあ行ってくるね」
「………早く帰ってこないと迎えに行くからな」
ぜってぇ何が何でも迎えに行くけど。許可なんかいらねぇし。姉ちゃんの忍蛇に訊けば場所なんか一発なんだぜ。
「大丈夫だって。じゃあ行ってくるけど夜更かしは駄目だからね」
「わかったって。……気をつけろ」
「ありがと。じゃ行ってきます」
ひらりと手を振って姉ちゃんはドアを開けて出かけて行った。一人残されたオレは、とりあえず風呂に入ってさっさと寝ようと思った。でも実際に向かった先は、姉ちゃんの香りがたくさん詰まってる姉ちゃんの部屋で。
二人で寝転んでも余裕で寝られる姉ちゃんのベッドを見下ろして、体を倒して寝転んだ。バウンドするオレの体ととぐろを巻いてるイオウが跳ねた。けど起きる気配まるでない。
図太い奴。
胸いっぱいに姉ちゃんの匂いを吸い込む。
「…………姉ちゃんの匂い……」
姉ちゃんの布団、枕、掛布団。お気に入りの古ぼけたぬいぐるみ。そしてイオウは、別にいいか。
寂しさが少しだけ和らいだ気がした。でも少しだけだ。
慰めにもならない。
「早く、帰って来いよ…」
胸がぽっかり開いたみたいで、空虚感に襲われる。
姉ちゃんへの想いを募らせてオレは瞼を閉じた。
この空間で少しでも寂しさを満たそうと足掻いて。
・・・
・・
・
気が付いたら、電気つけっぱなしのまま眠っていたようだ。
寝ぼけ眼で上半身だけを起こす。イオウの姿はなかった。
散歩でも行ってんのか。
まだはっきりしない思考でぼんやりと考えた。壁に掛けられている時計を見上げれば11時を回っていた。
「……姉ちゃん、は?」
つい帰っているかもしれない姉の姿を求めてベッドから立ち上がった。だが部屋を出た途端、人の気配がしないことに落胆した。まだ帰ってない。
それはすぐに焦りへ変わる。
まさかどっかで寝落ちしてるとかないよな。
信じたくはないが、ナルトのお色気の術からボディービルダー(男)に変身するくらいのブーメランな姉だ。どこかで寝転んでいてもおかしくはない。そう考えたら落ち着いてなどいられないオレは玄関へ向かって走った。
どこにいるか分からないがとにかく迎えに行かなくてはという想いに駆られサンダルを履いた瞬間、施錠してある鍵が開く音がして、帰って来た!と安堵すると共に遅すぎると怒鳴りたくなった。
けどドアから最初に顔を見せたのはよそ行きの恰好をした姉ちゃんじゃなくて、姉ちゃんを背負っているカカシだった。
「あれ、まだ起きてたの」
第一声がこれだ。こっちは驚いて固まるしかない。
「カカシ?なんで……?姉ちゃん!」
「ああ、そう大声出すなって。寝てるから」
「姉ちゃん降ろせよ」
カカシから姉ちゃんを奪うように受け取って自分の膝に姉ちゃんを乗せる。しっかり熟睡していて心配していたこっちが馬鹿みたいじゃんか。
「ベッドまで運ぶぞ。ヒカリの部屋はどこだ」
上がっていいと言っていないのにカカシは勝手にサンダルを脱いで上がり始めた。オレから姉ちゃんを奪おうとするから怒鳴りつけまったく起きる気配のない姉ちゃんを抱きしめて後ろに下がった。手には防御の意味でクナイを装備して。
「いい!オレが運ぶ。……アンタが姉ちゃんを誘ったのか。どういうつもりだ。こんな時間まで連れまわして」
「人聞きが悪いな。連れまわした覚えはないし大人同士の会話をしただけだ。ほら、せっかく寝てるヒカリが起きちゃうだろ。運んでやるから退きなさい」
怒気荒く問い詰めるオレの質問をはぐらかしてカカシはオレから姉ちゃんを奪おうと手を伸ばしてくる。オレは無意識に写輪眼を発動させクナイを数本カカシ向かって飛ばした。カカシは驚きつつも狭い家の中で反射的にしっかりとクナイを避けた。
「サスケ、お前な」
「何が大人同士だ!姉ちゃんはまだ16歳だぞ。このロリコン忍者!姉ちゃんに気安く触るな」
前からイチャイチャパラダイスとか愛読書にしてて怪しい奴だと思ってたが、やっぱり姉ちゃんを狙っていやがった。
「ろり、それはちょっとグサッとくる……」
両肩を落としてわざとらしく落ち込むカカシだが妙に演技がかっていて信用ならない。
ズカズカと他人が入ってくるな。オレ達の空間に。
心の中にドロドロと黒いものが溜まっていく。不愉快から顔を歪め、歯ぎしりをする所為で奥歯がギリッと鳴った。
オレの胸の内が声に漏れていた。低く、唸るような声だ。
「……他人がオレ達の領域に入ってくるな」
「サスケ」
どうして姉ちゃんなんだ。女なんか里にいっぱいいるじゃないか。オレにとって姉ちゃんは一人しかいない。誰かにかっさらわれたらそれでおしまいなんだ。
「オレと姉ちゃんでうちはを再興させるんだ!二人でならなんでもできる。それこそ結婚だって子供だって作れる。従姉弟同士なら可能だ。お前が姉ちゃんにどう想ってようが入る隙間なんか爪の先っぽもねぇんだよ!」
腕の中の存在は誰よりも尊い。
そうだ。オレ達は二人しかいないんだ。これからずっと二人で生きていくんだ。誰にも邪魔させないし、立ち入らせない。
ナルトは別だ。アイツはオレ達と同じ境遇にある。
アイツがオレ達と袂を分かつ時なんてくるはずがない。
「………色々と聞き捨てならないねぇ。………お前は一度でもヒカリの本音を聞いたことがあるか」
すぅっと目を細めてカカシはオレを責めるように言った。
まるで自分の方が姉ちゃんを知りつくているとでも優位に立っているようで腹立たしかった。苛立ちを覚えながらも姉ちゃんの本音がお前に分かるかと鼻先であしらう。
「本音?」
「そうだ。ヒカリはお前が知らぬところで一人奮闘して傷ついている。心身共にな。家族であるサスケに負担を掛けまいと気丈に振舞ってるが、それも限界なんだ。ヒカリは心に傷を負っている。それもお前が考えるよりもずっと深くな」
だから、譲れって?冗談じゃない。
餓鬼の頃から抱いてきた気持ちだ。諦められるならとっくの昔に片がついてる。それでも諦めつかないからここにいるんじゃないか。この腕の中にいる女を諦める選択肢なんてない。
ハッキリと声に出して宣言した。
「だったらその傷ごとひっくるめて愛するだけだ」
何が心の傷だ。そんなものオレが癒してやれる。
一緒にいるんだ。これからも。ずっとな。
「……愛って……サスケ、お前な……、まだ子供じゃ」
まさかオレの口から大それた愛の告白が出るとは思わなかったんだろう、奴は笑えるほど困惑した。
「餓鬼じゃない。オレは、絶対に力をつける。つけて姉ちゃんを守る。そう、あの時誓った。イタチを殺すために、アイツから姉ちゃんを取り戻す為に!」
「それを、ヒカリが望んでいなくても、か」
ぐっと言葉に詰まった。
認めなくなかった部分を突かれて狼狽して大声を出してしまう。
「……っ、お前に姉ちゃんの何がわかるってんだ。帰れっ!」
「分かった分かった。今日は大人しく帰るよ。ちゃんとヒカリをベッドに運んでやれ。そのままじゃ風邪を引くからな」
「…………」
「また明日。それじゃあオヤスミ」
カカシが背中を向けて出ていった瞬間、緊張感から解放されて全身の力が抜けて脱力感に襲われた。へたり込んだオレの膝にはあのやり取りの間でも起きる気配のない姉が眠っている。
姉ちゃん、姉ちゃん。
心の傷ってなんだよ、なんでオレには何もいってくれないんだよ。なんで、カカシなんだよ。
肌の血色の悪さを化粧で誤魔化して毎日オレとナルトの為に家事や仕事を頑張ってくれた。オレを養う為に。
浅く胸を上下させ眠る姉ちゃんの頬を軽く手の甲で撫でた。
姉ちゃんは擽ったそうに少し笑ってまたスゥスゥと眠る。
「姉、ちゃん」
悔しい、なんでオレには何も言ってくれないんだ。
……頼りないからか。オレがまだ下忍で、力がないから。
悔しさと自分の力不足と頼ってもらえない悲しさからじわっと涙が浮かんでくる。それは頬を伝って姉ちゃんの顔にポタリと一つ落ちた。
泣きたくなんかない。けど、現実的にオレが頼りないってことは変わらないし、姉ちゃんに負担を掛けている事実も変えられない。
ヤバイ、姉ちゃんが起きる……。
目の端から溢れ出す涙をこれ以上落とさないように乱暴に手の甲で拭った。
姉ちゃんを引きずらずにベッドまで運び、オレはそのまま一緒に寝転んで柔らかな体に抱き着いて共に寝た。すぐに眠れなかったが、姉ちゃんの心臓の音を聞いている内に睡魔に引き込まれて眠りに着いた。
だが頭の中じゃ一つの欲望が渦巻ていた。
もっと力が欲しいと思った。姉ちゃんを守れるだけの圧倒的な力が。
それがあればずっと姉ちゃんと一緒にいられるんだ。
その時からオレは圧倒的な力に固執し始めた。
確実に姉ちゃんを守れる力を身に着ける事。
それがオレの中で最優先事項になった。
イタチを殺すことは最終目標だ。
だから姉ちゃん、待ってろよ。
もう姉ちゃんが泣かなくてもいいようにオレが強くなるんだ。
【Lust Men】