カカシside
暗部の後輩であるアズから昨夜ヒカリのもとに大蛇丸一派の忍が奇襲を掛けてきたという報告を明朝未明に報告を受けた。里の病院ならば安全と油断していたのがそもそもの間違いだった。奴が狙っていたのはサスケだけではなかった。
ヒカリも奴の手中に収めんと企んでいたとは。よほどうちはが持つ血継限界に執着している様子。幸いにもサスケがいない所に呼び出されたので聞かれることはなかった。
だがオレは始終取り乱してばかりだった。
ついヒカリは無事なのか!とアズの首元を引っ掴んで揺さぶって乱暴に問いただしてしまった。だからか、逆に冷静になってくださいよと後輩に窘められてはアズのほうがよほど先輩として相応しいと言える。
ヒカリが襲われる前にアズが撃退してくれたようで大きな怪我はないらいしが、逃げる時に花瓶を落として太ももや腕などに切り傷を負ったらしい。
すぐにでも顔を見に跳んで行きたかったが、サスケの修行中にオレが席を外すわけにもいかない。そこでアズが気を利かせてサスケの護衛兼修行の相手を申し出てくれた。
奴曰く、チャンスは逃がしちゃ駄目ですよだとさ。
どういう意味だ?
◇◇◇
別室に移されたヒカリはいつものようにマイペースだった。
「先生~!お土産の缶詰は?」
「……ゴメン。忘れた」
開口一番それですか。こっちは全力で走って来たっていうのに。がくっと脱力感に襲われる。
「えぇ!?買ってきてくれるって言ってたじゃんか~」
「そうだったっけ?」
「言いました。この間来た時言いました~」
ベッドに半身を横たわらせぷく~とフグのように頬を膨らませて拗ねて見せる年相応の少女があの大蛇丸にとって危険を冒してまで手に入れるほど重要な存在なのかと疑いたくなる時がある。だが実際にヒカリはうちはの生き残りでイタチよりも先に写輪眼を発動させていた事実は里の限られた上忍の間で周知の事実となっている。その話がどこか他の里に漏れても不思議ではない。
それほどにヒカリはサスケ同様、他の里の忍からも一目置かれる存在なのだ。
ベッドの横に置いてある椅子まで歩み寄りドカッと腰かけ、膨らんでいる頬へ指を伸ばしプスッ!と突き刺してみる。
ぷしゅぅ~と頬から空気が抜けていく。だがまだヒカリの目が許してません強くと訴える。
「分かった分かった。次来た時に買ってきてあげるから」
「わーい!えっと桃缶がいいー!黄色と白い桃の缶詰と、あとさくらんぼ」
両手を上げて大喜びするヒカリは、好きな桃缶を指折り数えてリストアップしていく。一つ桃じゃないって。
だがこうと決めたら梃でも動かないのがヒカリだ。
また拗ねられる前に「はいはい」と頷いておくのが正解。
以前よりも血色も良く、医者に訊いてみれば食欲もわいているようでこのまま全快とはいけなくとも日常生活を送る分では問題はないと言われほっと一安心ついた。暫くは安定した状態が続く見込みがある。それだけで呪印に苦しむヒカリを見ずに済むことはなによりだ。
「昨日は大変だったな」
「うん。まぁね……先輩がすぐ助けてくれたから」
「アズは優秀だからな、任せて良かったと思ってるよ」
「うん」
しかし、襲撃を受けた本人はそんな話はいいからと勝手に話題を変えてこっちの部屋は日当たりが悪いしなんか陰気臭いとか文句ばっかり愚痴ってオレの心配を返せと言いたくなった。一通り愚痴ってスッキリしたのか、悪戯をおもいついた子供のように両目を細めてニヤッと笑った。
「ねぇ、カカシ先生。久しぶりにカカシ先生の素顔が見たいわ」
そういうなり、オレの返事を待たずにベッドの上で四つん這いになって覆面を取ろうと手を伸ばしてくる。
げ、胸元のパジャマの隙間からブラ見えてる。貧乳だけど、しっかりと谷間が出来ていてついドギマギしてしまう。谷間から視線を逸らしつつ、ヒカリの腕を掴んで何とかずらされる前に阻止した。
「………ダーメ!コレ取っちゃうと狼に変身しちゃうから」
「今貧乳って考えたでしょ?あ?」「全然まったく気のせいです」
やばい、ヒカリの貧乳ワードはたとえ心の中で呟いたとしても聞こえているんだった。メンチ切られサッと顔を横に背ける。
だがヒカリの猛攻撃はこれで終わらなかった。あろうことか、掴んでいる腕ごとオレの胸に飛び込んできた。落ちたら危ないっていうのに絶妙なバランスでオレの膝の上に乗っている。
「…えー、……駄目?どうしても?」
「……あざとい子」
上目遣いで頼まれちゃ嫌とは言えない男の心理をすかさず突いてくる。仕方なくせがまれるまま、覆面を取り、額当てをずらした。
「こんにちは、先生の写輪眼。んー、相変わらずイケメンだね~」
そう言ってヒカリはオレの両肩へ手をついて膝の上で上体を伸ばした。
「ん、ヒカリ!?」
まさかの不意打ちをくらった。
ヒカリに初めて写輪眼をばらした時と同じように。
コレを宿している左目にキスをされた。触れるように柔らかい唇が何度も、何度もオレの左目に降り注ぐ。
「きっと初めて会ったのが先生だったら好きになってたかもしれないわ。先生と添い遂げられる人は幸せね」
「ヒカリがなってくれてもいいんだけど」
っていうかヒカリなら大歓迎。密かにプロポーズしてみたが、反応はあまりない。
残念、はぐらかされたか。
だがいい。この距離が今はほっとさせてくれる。
無理に迫る必要はない。オレ達には時間がある。いや、作って見せる。
背中と腰に腕を回して抱き寄せる。ヒカリの黒髪の毛先が少し当たってくすぐったかった。大分、艶も戻って来たな。
嫌がる素振りは見せず、ヒカリは一度首元に腕を回して抱き着いてきた。
ああ、幸せだ。今この瞬間が何よりも愛しい。
絶対に手放したくない。この腕にある重さが今のオレをより鮮明にしてくれる。
だが幸せに浸るオレとは反対にヒカリは声を震わせ微かに首を振った。
「……ふふ、せんせ。無理だよ……。無理なんだよ……私は……」
「ヒカリ?」
名前を呼んでもヒカリは顔を上げようとはせず、ぽんぽんと軽く叩いて「顔見せて」と頼んでも首を振って嫌だと意思表示した。
ただ、首筋に冷たい感触が当たり、もしかしてヒカリは泣いているんじゃないかと思った。泣き顔を見せまいとしがみ付いている。ヒカリはズルズルとそのまま下がってオレの胸にしがみ付いた。
「………御免なさい、どうか、少しだけでいいの。このままでいさせて」(せめて少しだけ先生の温かさをこの身に覚えさせたい)
「…………」
オレの胸に縋りつくヒカリは甘えるように顔をこすりつけてきた。決して顔を見せずに。
ヒカリが我慢強い子というのはきっと虚勢に過ぎない。
素のヒカリは、こんなにも脆い女の子で、誰かに寄りかかることをひどく恐れている。
感慨深くヒカリは感謝の言葉を口にした。
「……せんせと出会えて良かった……。せんせ、ありがとう」
やっぱりさっきのは空元気だったか。
妙に昨夜の事から話題を逸らそうとしていたのは、このためだったのか。大蛇丸からの執拗に粘着されていることに恐れを抱いている。大の男だってビビるものをまだ16歳の少女だ。呪印ことばかり気に取られすっかり失念してしまった。
いつになく弱気なヒカリを励ますことしかできない自分が恨めしい。
「それじゃあ今生の別れみたいじゃないか。大丈夫だ。綱手様ならきっと治してくれるはずだから。それに大蛇丸の事だって簡単に手出しはさせない。必ず守る。だから、諦めちゃ駄目だ。いいな?」
ヒカリなりに不安で仕方ないんだろう。情緒不安定になってもおかしくはない。大丈夫だと何度も励ませばヒカリは弱弱しく頷いた。
「………うん……」(どこまでも優しい人、愚かなほどに)
縋りつく手をヒカリは決して離そうとはしないまま、しばらくオレ達は身を寄せ合うように抱きしめ合った。
【すれ違う想い】