うちはヒカリが髪を飾らないのには、とある理由がある。
元々彼女が本当に初めて世に生を受けたのは、まだ豊芦原を神々が統治していた時代、国で一番身分が低い姫として生を受けた。盲目であり使い捨ての政治の駒として荒ぶる神への生贄として利用された過去があり、ある人物によって両目の視力を回復され初めてみるもの触れるものが新鮮で子供のようにはしゃいだものだ。そんな遠き過去を持つヒカリは、全力でその時を楽しもうとする。その癖はどの世界で転生を繰り返したとしても忘れるものではない。
楽しいことを全力で楽しむ。
何度転生しようとその時のヒカリは、一度だけしか体験できない。だからこそヒカリは馬鹿みたいに大はしゃぎしてお馬鹿な真似をして怒られたり、誰も想像しないような突発的な珍事件を起こして周りを巻き込むのだ。きっと他人から見ればあ、コイツ馬鹿だなと見下されてもおかしくない。だがヒカリはそれも良しとした。なぜなら他人の価値観で自分の幸せは決まらないからだ。
自分が自分らしくあることが何よりも大切で、それは他人が決めることじゃない。周りから比べられて仮に変人扱いされようとも逆に開き直る。
それがヒカリなのだと断言すればいい。
そうすれば誰も文句は言えない。ヒカリ本人が変人であると認めているのだ。他に何を言うのだ。
さて、そんな変人の仲間かもしれないヒカリにも一応こだわりのようなものがった。それは自分の黒髪である。幼い頃よりずっと伸ばし続けている髪は16歳になった頃には背中まで伸びていた。多少毛先を揃えたり枝毛(激任務の所為)とかあったりすれば先を揃えて切ったりすることもあったが、基本伸ばし続けていた。
定番の山中でサスケとナルトの修行に付き合う最中、そういえばもうすぐ縁日が近いということで青春真っ盛りの二人はとあることが気になって気もそぞろになってしまい、すかさずヒカリに注意力散漫!と叱り飛ばされた。
「こら。気を抜きすぎよ、二人とも」
「ヒカリねーちゃん厳しすぎだって!なー、サスケ」
「お前と一緒にするな。ウスラトンカチ」
隙を突かれて容赦なく川に蹴り落とされぬれねずみになる二人と格好良くシュタッ!と岩の上に降り立つヒカリ。
仲の良い二人の言い争いにヒカリは呆れたようにため息をついた。
「あのねぇ、ここんとこ下らないミスが多いわよ、二人共。何か気になることでもあるの?」
「えー!?ヒカリねーちゃんわざとかそれ?」
「は?」
ナルトの大げなほどの驚き方に逆に目を丸くしたヒカリ。
「もうすぐ縁日だってばよ!もしかして忘れてたってやつかよ」
「……そうだったっけ」
ポリポリと指先で頬を掻いて一生懸命スケジュールを思い出す。そういえば火影が縁日がうんたら~と言っていたのを頭の片隅から引っ張り出してようやく合点がいった。
「なるほど、それで二人はそわそわしてたわけね」
「そういうこと」
サスケがナルトに同意するように頷いた。ヒカリは岩の上でしゃがみ込み、パタパタと手を振って笑って誤魔化した。
「やーねー、それならそうと言ってくれればいいのに。好きな女の子に誘いを掛けたいけどどうやって誘ったらいいか分からないから悩んでて修行にも力が入らなかったってやつね。それなら男は当たって砕けろよ。さっさと意中の人を誘ってきなさいな」
ヒカリになりにアドバイスを送ったのだが、サスケとナルトは顔を引きつらせ、
「いや、半分は合ってるけど微妙に違うというか、なぁ?」
「そ、そうだぜ。ヒカリねーちゃん。微妙に的がずれてるってぇの」
相変わらず自分へ向けられる好意には鈍感すぎるヒカリにガクッと肩を落とした。
「ちょっと、何二人して落ち込んで」
「いや、姉ちゃんは姉ちゃんだなって思っただけ」
「そうそう」
「そう?いいから上がりなさい。風邪引いちゃうわよ」
実はヒカリを誘って縁日に行きたい二人だったが、こういう時は奥手というかなんというか。好きな女子を前に大胆に誘いをかけるということができない青少年二人。
仕事の合間を見て修行に付き合ってくれているだけでも嬉しいことなのだが、やはり一緒にいたい気持ちの方が勝る。
ヒカリに上がるよう促され、二人は言われるがまま起き上がって川から上がった。服もびっしょりと濡れてしまいナルトはぶるりと震えて大きなくしゃみを一つした。
「へっくしっ!」
「ほらほら、タオルあるからこれで体に巻いときなさい」
こういうこともあろうかとヒカリは二人分のバスタオルを用意していた。それを二人に差し出して、自分は豪火球の術で火を起こし二人をたき火の近くへ誘った。ついでに
「そういえばヒカリねーちゃんって髪長いよな?いじったりしないんだ」
素朴な疑問を以前から抱いていたナルトはついノリで尋ねてみた。するとヒカリは納得したように自分の髪を一摘まみして見つめた。
「髪、か。……いいんだ。このままで」
その声はどこか懐かしむような声だった。ナルトはヒカリの僅かな変化に気づかずにたき火へ視線をやり温まりながら会話を続けた。
「でも里の女子とか結構お洒落に気遣ってたりしてるし、ヒカリねーちゃんもなんていうの、こう、アクセサリーみたいなやつとか欲しいのかなって思うわけじゃん。だから……」
そこでヒカリの好みなんかも聞ければナルトとしては絶好のチャンスなわけだが、サスケはそうは思わなかった。むしろ、ヒカリの微妙な変化にいち早く気づいていた。
姉が自分を飾らない理由に心当たりがあるからだ。
当たって欲しくないが、きっと理由は一つしかない。
ヒカリはサスケからの視線に気づかずに、その場に立ち上がった。僅かな日差しを仰ぎ見る。
「そうだね。年頃の女の子はそうかも。でもね、私はいいんだ」
はっきりと言い切ったヒカリはふたりに背を向ける。さらりと黒髪が揺れ動く。ヒカリはどれだけすっぴんで過ごしても髪だけは手入れを怠らなかった。きちんと櫛を通し毎日髪を梳かしている。まるで誰かを想いながら梳かしているように丁寧に丁寧に。寝る時間を惜しんでまでしている姿は何度もサスケが見ている光景だ。
「………」
だからこそ、そのヒカリの言葉の続きが気になって仕方がない。
くるりと振り返り、髪を耳にかけながらはにかみながら言った。
「『そのままの私が世界で一番綺麗だ』って褒めてくれた人がいたから。だから私はこのままが好きなの」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を細めてヒカリは言った。
二人はヒカリの表情につい見惚れてしまい言葉を失ってしまう。
元々うちはであるから容姿は優れているヒカリは、黙っていれば里でも数える美人に入るはず。だが二人の前では喜怒哀楽がはっきりしているので子供っぽい印象が普段から強い。だが今のヒカリは女としての魅力に溢れていて、普段とのギャップの差に驚いてしまうくらいだ。赤面して視線を逸らすナルトとなんだか姉が遠くに行ってしまいそうな不安を感じてサスケは咄嗟に腕を伸ばしてヒカリの手を掴んだ。
「ん?どうしたの、サスケ」
「……別に……ただ、寒いから温めてくれよ」
決して離すまいと握る手は僅かに震えていて、それが寒さからくるだけのものではないとサスケは分かっていた。だがこの手を離すつもりは、毛頭なかった。どんなことがあろうとも。ヒカリは義弟の揺れる心の機微など知らずに
「仕方ないな」
と苦笑してサスケの隣に腰かけた。
「あ、オレもオレも!」
便乗してナルトもヒカリに飛びつくように体をくっ付けた。
三人は暫く身を寄せ合って体を温めてから家路へとついた。
それぞれが心に秘める想いなど知らずに、また日常へと戻っていく。
◇◇◇
イタチ、貴方はきっと覚えていないよね。
幼い頃の事。私がいつもの如く陰気臭いと虐められた帰りの事。やり返すことも面倒くさいと虐められたままでいるからどんどん虐めはエスカレートしていって手や蹴りが出たりしていたよね。
それでも私は反抗しなかった。だって写輪眼を発動できることは秘密にしろと義父さんにキツク言われていたし、イタチよりも目立っちゃ駄目って自覚してたから。
だからある男の子からハサミで髪を切られるなんて酷いことをされてしまった時にはつい、殴りかかった。それで取っ組み合いの喧嘩になって私は力加減ができなくて男の子をボロボロに打ち負かした。
それがお互いの親を巻き込んでの大事に発展してしまい、義母さんが申し訳なさそうに相手の母親に謝る姿を見て、つい大声を上げてしまった。
『だってアイツが私の髪を切ったんだよ!』
と。すると義母さんは条件反射に親御さんの手間つい怒鳴ってしまったんだろ思う。
『ヒカリ!』
って。まさか、庇われるんじゃなくて逆に怒られるとは思っていなかった私はショックでその場から走って逃げた。
義母さんの呼び止める声など聞こえないふりをして、遠くへ遠くへ。
子供の私に逃げる場所なんかそうそうあるわけじゃない。
いつものお気に入りとなっている山の中、イタチが迎えに来てくれる場所に逃げて、体を縮こまらせて一人で泣いた。
後ろ髪はあの餓鬼の所為でざんばら状態だし、義母さんとは気まずい別れ方しちゃったし、年甲斐もなく泣いちゃってるし、もうひねくれてしまいそうだった。
だがどんな状態でもイタチは迎えに来てくれた。
私が何処にいても、どんな状態だったとしても。
「ヒカリ」
名を呼ばれビクンと肩を揺らして私は尚更身を縮こまらせた。義母さんのように怒鳴られる。怒られる。
身を竦ませてただただ震え上がる私を、イタチはいつも通りに頭を優しく撫でてくれた。
「帰ろう、ヒカリ。母さんも心配していた」
「嘘!」
イタチの言葉が信じられなくてバッと顔を上げて言い返した。無様にも泣き顔を晒して私は声を震わせた。
「兄さんだって私が悪いって思ってるんでしょ?私が、私が全部悪いって……」
だがイタチの自分を見下ろす瞳は慈愛に満ちていて最後まで言葉が続かなかった。
「そんなこと全然思ってない」
「でも義母さんは私を怒った。きっと私が悪いからって」
「それはヒカリが加減なしに相手を痛めつけるからだ。あれでは喧嘩両成敗とは言えないからだろう」
「……だって、私の髪、切ったんだもん。気持ち悪い奴って」
その所為で唯一の女の子らしさが消えてしまった。
これでは本格的に気持ち悪い子だ。
「……家に帰ったら母さんに揃えてもらうといい。そこまで酷くない」
「………可愛くないもん。どうせ私なんて……」
えぐえぐっと堪えきれない想いが溢れて本格的に泣き出してしまう私をイタチは抱きしめてくれた。
「どうしてそんな顔をするんだ?お前は何も変じゃないしおかしなところは何もない」
「………」
イタチの言葉を信じるのが怖かった。散々イジメられてきて卑屈になっていた当時の私は
「変に飾らなくていいんだ。今のままで、そのままのヒカリが世界で一番綺麗だ」
「……私、綺麗なの?」
世界で一番綺麗。こんなざんばらな髪なのに、彼はそう言ってくれた。嘘ではない。本音なのだろう。イタチの目はとても澄んでいたから。
「ああ。髪もまたすぐに伸びるさ。どうせだ。今度は長くしてみたらいいんじゃないか?ヒカリの髪は指通りが滑らかだから気持ちがいい。癖になりそうだ」
「………あ……」
髪を弄ぶ指先が私の頬を掠めた。何気ない仕草に、つい魅入ってしまう。この人は、どうして私の心をいとも簡単に掬い上げてくれるのだろうか。
きっとイタチは知らない。貴方に対する恋慕の情を。
兄妹としての関係を壊してしまう感情を。
知らないからそうやって無防備に笑えていたのだ。
「変に気取らなくていい。ありのままで居続けることも大切なんだよ、ヒカリ」
そう朗らかに笑うイタチは、きっと私の心の闇を一瞬で晴らしたことに気づいていなかったはず。
貴方の言葉は、今も私の胸に深く、深く刻まれている。
飾らない美しさ。
それを守り続けたら、イタチ、貴方は私に気づいてくれるかな。ううん、気づいてくれるまで私は自分を飾らないと思う。
それが貴方へと繋がる道なら。でも、もし飾ることがこの先あるなら。
その時は―――。貴方の為だけに飾ってみたい。