季節はあっという間に過ぎ去る。
木の葉を揺るがしたあの忌まわしい事件から月日が経過した。
最初こそ、里に馴染めるかどうか不安だったハクは今ではご近所で評判の美少年としておばさん達のぷちアイドルとして愛されてチヤホヤされている。
差し入れなども頻繁にされ、最近では舌もこえてきて、自分で作る料理の上達の域を超えて職人のような拘りを持ってきた。
反対にハクの兄として認知されている再不斬はその厳つい顔とは裏腹に里で愛されている一楽の店員として店長の跡継ぎに任命されるのではないかとこっそり噂されるくらいに腕前を評価されている。
以前は看板娘の侑子ちゃんがいたが、とある事情からお店を辞めて以来男性客の数が激変してしまった。それなりにファンがいるものの、やはりお目当ての人がいなくなるというのはお店にとって痛いわけで、売り上げにも痛手を負っていた。そんな時、強面再不斬がアルバイトの面接にやってきたわけだ。まさか面接当時、かなりの逸材になると大将は見抜けなかったが、その存在感は強烈だった。試しに雇ってみた所、まるでスープと麺が見事に調和するように再不斬は初めてでありながらその手つき動き、全てにおいて大将の度肝を抜いた。繊細さを必要とさせる作業からその剛腕でなければ立ち行かぬ仕事など、まるで痒いところに手が届く男となっていくのだ。
忍としての自分よりも平穏を手に入れた男として再不斬も変わっていった。その証拠に以前よりも表情が豊かになった。
時に夕食の席で冗談も交えて談笑することもある。
「下準備はこれで良し……と」
ハクは台所に立ちヒカリからプレゼントされたエプロンを身に着けてコトコトと煮込まれる鍋を満足そうに見つめた。
後はゆっくりと時間を掛けて旨味がにじみ出るのを待てば完成となる。
以前は二人暮らしだが今は二人と一匹の生活となり人一倍食事に健康を気遣うような生活となった。いくら猫とは言え、高齢に近いのだからやはり食事に関しても手作りの方が体にもいいかもしれないと考え、猫爺様専用にレシピを考案したり、図書館へ足蹴なく通い食べて良いものとそうでない食材をしっかりと学んだ上でご飯を作った。
本人は満足そうに平らげてくれるから尚更嬉しくてたまに大盛にしてしまった時には視線で無理だと訴えられ、スイマセンと申し訳なく謝ってしまったりと、以前の殺伐とした生活が信じられないくらい充実している。
これも全て今は里にいないうちはヒカリのお陰であると日々感謝している。
以前病院でヒカリから託されたチャクラ封印解除の巻物はいまだ使っていない。その証拠にハクの腕にはチャクラ封じの腕輪が健在している。今、里の中は非常に不安定だ。
新たな五代目火影による里の復興作業と秘密裏に行われているであろう様々な作戦。その中に里を抜け忍となったサスケ捜索とうちはヒカリ確保の任も当然入っているのだろう。
ハクは今まで誰かを犠牲にすることに躊躇することはなかった。それが自分たちが生き残る上で当たり前のことだから。
だからそうしてきた。
だが今ハクと再不斬はあのうちは姉弟の犠牲の上で平穏を手に入れている。
抜け忍となったヒカリは書状にて、ハクと再不斬の身の潔白を証明した。二人は一切関係なく独断の上でのこと。火影に対する恨みは個人的衝動で大蛇丸とは意見が合致した上での木の葉崩しを企んだこと。
全てを見越した上で彼女は計画通りに抜け忍となった。
必要以上に誰かを巻き込まないよう配慮して。
出会った時からそうだったとハクは尋問に呼ばれた時に悔やんだ。
まるで千里眼でも持っているかのようにうちはヒカリという少女はそうなのだ。興味を持った人間に対しては無限に愛情を注ぐ。それは憎い相手をもってしてもそうだ。
だからこそ、猫爺様は生きているのだ。
それはまるで嵐のようだったことを昨日のように思い出せる。里が襲撃を受けている最中ハクと再不斬はヒカリからの指示で里の中ではなく山中へ身を潜ませていた。
そこへあるものを腕に抱えて現れたのが、大蛇丸の部下カブトだった。警戒する二人にカブトは余裕がない状態で
「この爺猫様お願いしますよ」
と布に包まれて眠っている一匹の老猫をハクへ差し出した。すぐにでも発ちたいのか、手を伸ばさなければ落としてしまいそうな勢いだったのでハクは反射的に腕を伸ばして受け取った。
「……この猫は」
「もし、貴方達が死ぬようなことがあっても守り切ってくださいね。オレはこれ以上面倒見きれませんから」
カブトの言葉にハクと再不斬はこの老猫が面倒ごとを抱えている誰かだと直感した。以前、ヒカリが猫に変化したことと何か関係がある。そう読んだのだ。
ヒカリは火影に復讐心を抱いている。その混乱時に火影になんらかの策を講じたとしても間違いはあるまい。
「……一つだけいいですか。ヒカリさんは無事ですか?」
ハクが心配したのは今のヒカリではなく、ハクが知るうちはヒカリだった。その確認をしたところ、カブトも質問の意図に気づき、
「今のところ自我はまだ残ってましたよ。こうして会話を続けている間にも危険度は増していますがね」
と皮肉交じりに切羽詰まっていることを教えた。
ハクはそれだけで十分だと頷いて納得した。
「分かりました。猫爺様のことは任せてください。ね、再不斬さん」
笑顔で隣に立つ再不斬を見上げるハクに再不斬は深く頷いてハクの肩に手を置いた。
「ああ、アイツに伝えてくれ。気をつけろと」
「ボクもいいですか。……いってらっしゃい。ボク達はここで待っています、と」
ヒカリが再び木の葉に戻る確証はない。
だがこの地を故郷と決めたハクと再不斬は何時までも待つつもりだ。
再びヒカリが笑顔で帰ってこられるように少しでも里に貢献できたのなら。
カブトは少々面食らった顔になり、誤魔化すように眼鏡を押し上げた。
「……分かりました。必ず伝えますよ。(すでに手遅れでなければいいが……)それでは失礼します」
そう言い残しカブトはすぐにその場を発った。
残されたハクと再不斬は事が鎮まるまでは山中に作った仮の避難場所で夜を過ごした。
一夜明けた後、住み慣れたアパートへ戻ろうと山を下りて里の中に戻ると襲撃によりいたるところが破壊され復興までかなりの時間を要することを痛感させられた。
だが里の人々は前向きに生きようと俯きつつあった顔を上げて毎日を必死に生きようとしていた。少なからず、裏側の事情をするハクと再不斬にしてみれば後ろめたい気持ちはあるものの、猫爺様の存在を他者に知られることを恐れ、ヒカリから託された存在を庇護しつつげた。
最初こそ、猫爺様は起き抜けに警戒し取り乱した様子だったがハクがじっくり丁寧に説明したところ、ストンと落ち着いたように大人しくなった。
たぶん猫爺様も分かっているのだろう。
自分の現状を。
三代目火影は死に、新たに五代目綱手姫が火影として就任した日には自分の事の様に嬉しそうに尻尾をゆらゆら揺らしていた。
だがうちはヒカリが里で火影暗殺に加担した事実は消えることはなく容疑者扱いを受けていることがハクは納得がいかなかった。命の恩人が誤解を受けたまま追われる人生を望むわけがない。今まで自分たちが追われる立場だったのだ。
その辛さは誰よりも理解している。
平穏がどれだけ尊いものか。
身をもって体験したからこそ、果たしてこのままぬるま湯につかった状態でいいのか。最近は悩むことも多くなった。
その考えを見抜くように猫爺様は度々チャクラ封じの腕輪をタシタシと前足で叩く仕草を見せた。
『このままで良いのか』
そう瞳で問いかけられ、ハクは唇を噛んだ。
良いわけがない。ヒカリが犯人扱いされ、自分たちは無関係と過ごすことが最近は苦痛で仕方ない。
どうにかして、ヒカリの罪を払拭させたい。それが無理なら嘆願したい。
うちはヒカリは決して火影を殺してなどいない、と。
……時計を見上げればそろそろ散歩に出かけた猫爺様を迎えに行く時間だった。すっかり思考を飛ばしていた間に煮えくり返っている鍋の火を慌てて消して戸締りをしっかり確認し家の鍵を持って外へ出た。
身軽な動きで屋根の上へ飛び乗り跳んである場所を目指す。
ご近所の知り合いのおばちゃんが屋根の上を跳ぶハクに気づき、「落ちないようにね~」と笑いながら手を振ってくれた。ハクも愛想笑いをして手を振り返す。
自分が異端であったことが嘘のように受け入れられている現状を幸せであると噛みしめると共に、今頃ヒカリがどれだけ苦しんでいるのかと心配せずにはいられない。
人一倍背負い込んで頑張る癖がある人だ。
倒れてしまわないように誰かが支えてくれているといいんだけど。
ピョンピョンと屋根の上を跳びまくって数分もしない内にある場所へたどり着いた。それは代々の火影の顔が彫られている火影意思を見渡せる広場だった。
そこにいつも猫爺様は日長過ごしていることがある。
だからある程度の時間になったらハクが迎えにいくことが日課となっている。
いつもの場所に猫爺様は座っていた。
「迎えに来ましたよ」
そう言ってハクは猫爺様の隣に膝をついて見下ろす。猫爺様は分かったという風に一鳴きした。
だが離れがたい何かがあるのか、その視線はいまだ火影石に向けられていた。
「………猫爺様……、もしもの話をさせてください」
「もし、……もしも……貴方の存在を公のものとしたら怒りますか。代わりにヒカリさんの罪の軽減を求めてもいいでしょうか」
「………」
猫爺様はゆっくりとハクの方へ視線を向けた。
「ボクは耐えられないんです。これ以上、あの人から与えられた平穏に浸かっていることが。あの人がいたからボクと再不斬さんはこうして生きていられるのに。今はあの人が里から追われれている……。どうして耐えられると思います?命の恩人である彼女が虐げられることが我慢ならない。……きっと大勢の人がヒカリさんを誤解しているんです。ボクはその間違った事実を正したい。でもそれを行うには貴方を取引材料とするしかないんです……。今の火影様ならきっと理解を示してくれるはず。なぜなら綱手姫は貴方の弟子だ。だから貴方を利用する。……軽蔑しますか、ボクの事……。カブトさんから貴方を死んでも守るよう約束したボクが掌を返すようなことを考えていることに」
ハクは自嘲的な笑みを浮かべてそういった。
本当なら顔でも引っ掻いて反省しろとなじられたかった。
そうすればまだ踏みとどまれた、ような気がした。
だが猫爺様はそんな様子もなく、むしろハクの考えを後押しするように尻尾をペシペシ叩いて気合十分に鳴いた。
「……猫爺様も、そう考えていたんですか?」
「ニャ~ん」
「でも……皆驚いちゃいますよ。アレだけ盛大な葬式をやってて本人が幽霊みたく出るなんて」
「にゃ~~」
「ドッキリに丁度いいじゃろって……そんな、火影様に怒られますよ。お尻蹴られちゃうかも」
短い期間だがしっかりと意思疎通ができることがありがたく、ハクは緊張の緩みからかはぁ~とため息をついてくしゃりと前髪を握って力なく笑った。
「……怒られるかと思いました……。貴方はヒカリさんを快く思っていなかったと聞かされていましたから」
「にゃご!」
「それは違う!里の者は皆、家族だ。お主も再不斬もそうだ……って……、器がデカすぎですよ、猫爺様は」
さらりと家族の一員であると言ってくれる存在が頼もしく、この小さな存在が今は自分よりも大きく感じてついハクは心の緩みが外れて視界を手で覆ってしまった。
「…あー!なんだか今日はボク疲れてるみたいです」
「にゃ」
猫爺様がするりとハクの肩に乗っかった。加わる重みと温かいにハクは顔を緩ませた。
「………帰りましょうか、家に」
そう促してハクは猫爺様を肩に乗せて立ち上がった。
彼らを見送るように心地よい風が吹いた。
新たな変革をもたらすように。