以前、シカマルはたんなる興味本位からうちはヒカリなる人物について父、奈良シカクに尋ねてみた。サスケとつるむことの多いナルトと交友関係を結んだ頃、しょっちゅうヒカリねーちゃんの名前をナルトの口から聞かされていたのだ。だが本人に会う機会はほとんどなく、まさかシスコン拗らせてるサスケに紹介してもらおうなら次の日には血の雨が降りそうだ。だから自分よりも情報を持っているであろう父に探りを入れたのだ。
『なぁ、父ちゃん。サスケの姉貴ってどんな奴なんだ』
途端にシカクの表情が強張ったのがすぐに分かった。
まるでそのワードは禁句であるように。
何かあると勘の鋭いシカマルに伝わったが、あえて口に出すことはせず、父の言葉を待った。それから間をあけて、シカクはその問いに答えた。まるで予想外の言葉を。
『……一言でいうなら風雲児か。もし、もっと早く産まれでていたなら名を残す存在になってたかもな』
『は?』
風雲児。頭の中でその意味を思い出してみる。
確か、社会の変動などに置いて飛び出て活躍する英雄などを示す言葉のはず。サスケの姉貴ってのはスゲェ人物なのか。
いや、冗談だよなとシカマルは半笑いした。
『親父、揶揄うのも』
揶揄われたと思い言い返そうとした言葉は真剣な表情で自分を見つめる父に気づき、途中で言葉を途切らせてしまった。
『シカマル。いいか、うちはヒカリには決して近づくな。忍として生きていたいならな』
『……どういうことだよ……』
『言えん。だが近づくな。いいか、これは命令だ』
『……親父……』
有無を言わさずの父の滅多にない強引さにシカマルはますます興味を抱いた。決して触れてはならないものに対しての衝動的感情からか。ナルトやサスケにそれとなくうちはヒカリがどういった人物なのか聞き出してみたが、いまいち父が恐れを抱くような相手とは到底考えられなかった。二人から訊いてヒカリなる人物へ抱いた第一印象はオカンっぽいねーちゃん。口うるさいが愛情に溢れていて料理の腕が上手い。それと貧乳を気にしているらしい。嫌うどころか男にも人気があるとかで隠れファンも多いとか。
割と、普通じゃん。
だがもしや隠された部分があるのかとシカマル個人的に調べてみることにした。図書館でうちはの血筋に関する文献や家の中にあった父の昔の書類などから色々と手を出した。
それとなく親戚にもうちはヒカリに関して探りを入れてみると皆、一様に顔を青ざめてやめろ、その話をするなと頑なに拒み逃げていく。まるでうちはヒカリその者が危険人物であるように。
この反応は何かヤバイと感じるものがあった。
シカマルは何か身の危険を感じてそれ以上調べる真似はしなかった。だが遅かった。
うちはヒカリは自分の領域を侵す者に対して容赦はしなかった。たとえ、サスケとナルトの同級生と言えど。
たまには一楽のラーメンなんてのも。
ということで家族での外食帰り。両親と並んで帰るなんて年頃のシカマルが喜んでするわけもなく、帰りは別々でということになった。シカマルは本屋の帰り道。母、ヨシノから遅くなるんじゃないわよと小言付きにへーへーと気の抜けた返事をしてさっさと手を振って別れたのがつい先ほどのことと思えるほど、夜空には綺麗な月があった。
決して明るいとは言えない街灯を頼りに一人買った本を脇に挟んで帰路につくシカマル。自分の他に人の気配はなく、つい鼻歌口ずさみたくもなる。
「~♪」
器用に奏でられるその曲はどこか懐かしさを感じさせるメロディで曲の名前は憶えていないがフレーズは確かこんな感じだったはずと適当にやってみる。意識がそこへ持って行かれ、足は住み慣れた家を目指す。
ただその繰り返しで無事に家に辿り着けるはずだった。
『目の前に立っている不審人物』の脇を何気なく通り過ぎなければ。
たとえ鼻歌口ずさんでいたとはいえ、しっかりと両目は前を向いているし、寝ているわけじゃない。
はたり、と我に返りシカマルは急いで振り返った。
「っ!?」
先ほどまでそこにいた人物は狐の御面をつけていたはず。
だが確認したところで、不審人物なる者はどこにもいなかった。本を落としてしまったことも気に留めないほど周りに視界を走らせ気配を探らせるがその不審人物の姿はどこにもなかった。まるで一瞬で消えたように。
シカマルはどっと妙な汗を体中にかいた。
この自分しかいない場所に、誰かが潜んで自分にねっとりとした視線を向けている。それもすぐ、近くで。それは分かりやすい殺気ではない。こう、観察する視線だ。
自分のレベルでは勝てる相手ではないと直感した。あの一瞬のやり取りで相手との力量の差を感じた。シカマルが目撃した人物は暗部の仮面をつけていたはず。
ばくっ、ばくっと自分の鼓動が激しむ高鳴り胸から飛び出て行ってしまうのではないかという緊張感と一歩も動くことができない恐怖感。いつまで続くのかまるで一秒が一年にも勝る時間だった。それはすぐ後ろ、シカマルの耳元でささやかれた。
「頭のいい子は嫌いじゃないよ、奈良シカマル君。懸命な判断だ。下手に動いても勝てる相手じゃないことをよく考えた。そう、動かないほうがいい。私は君に警告しに来ただけだから」
果実のように甘く感じられるが、その本音は背筋がゾゾッと凍り付くような声。冷たい指先がシカマルの首筋にピタリと当てられる。そして喉元にまで伸ばされる。
「……けい、こく?…」
「そう。うちはヒカリについて嗅ぎまわっているみたいだね。やめなさい。好奇心は身を滅ぼすわ。それにね、貴方が知っていい事じゃないのよ。せっかくのナルトの友達を消してしまうのは惜しいわ。あの子達が悲しむことを出来るなら私もしたくないの」
そう言ってクスリと女は笑った。
いつでも首を切られる位置でその手は止まる。
クナイで脅されているわけじゃない。細く白い手だ。
だが今は何よりこの手が凶器に見えた。
視線だけを動かして自分の耳元で囁きかける人物を覗き見ようとする。狐の仮面が見えた。やはり暗部の者。
だがその声は酷く若い女の者だった。もしかしたら想像よりももっと若いのかも。
そこである人物が思い浮かんだ。というかこの流れで思い浮かばないのが可笑しい。
「……アンタは、……もしかして」
「しぃ~」
静かにしろという意味だろう。シカマルはグッと黙った。
「!」
「それ以上は、駄目。ほら、お父さんが心配して貴方を探してるわ」
一体何処から気配を感じているのか、シカマルにはまだ父の姿は把握できなかった。するりと首から手が遠のいていく。
いなくなる!
反射的にシカマルはバッと振り返ってその人物の手を掴んだ。
「あら」
間の抜けた声とやはり自分の手でも掴める華奢な腕。
背丈も自分よりも上だが細い小柄な女だった。黒く長い髪と狐の御面が印象強い。
「待てよ」
「捕まっちゃった。最近の子って積極的なのね」
おどけるように言ってのけるが、小馬鹿にされているようでシカマルは面白くなかった。もしかしたら先ほどの流れで殺されていたかもしれないのに、どうにかしてこの人物を知りたかった。
「あのさ、アンタってオカンっぽいって本当か」
ついどうでもいい質問をしてしまった。言ってから間抜けすぎるだろと心の中で突っ込んでしまうくらいに。
「え?お、オカン?私が?お姉ちゃんのつもりでいたけどやっぱりオカンなのかしら?そんなに老けて見える?」
だが女はシカマルの唐突の質問に動揺してしまい、先ほどまでの余裕な態度は綺麗さっぱりなくなった。それどころかシカマルに意見を求めてお面を外して素顔を露わにした。
「………綺麗じゃん……」
そこには今のサスケを完全に女にして若干頼りなさげな雰囲気の女がいた。眉を下げて子供っぽくしょげている。
つまり可愛い。綺麗。女を褒めるなんてダサい真似するつもりがないシカマルが素直にぽろっと褒められるほどの容姿だった。胸以外は。シカマルがついぽろっと褒めたことで女、きっとうちはヒカリで間違いないだろう人物は若干嬉しそうに目を細めた。
「綺麗?それって若いってことよね。良かった!私まだ若いわよね。独身だけどまだ子持ちというには早すぎるものよね」
「え、ああ、そうっすね」
つい敬語で返すシカマルはヒカリのテンションについていけない。先ほどまでの雰囲気は一体何処へ消えたのやら。同じ同一人物かと疑いたくなった。
「ヒカリさん……っすよね」
「うん。よろしく」
ヒカリは掴まれていない方の手を差し出した。握手のつもりなんだろう。シカマルもついその手を握ってしまった。
「これでお知り合い~。というわけで帰りなさい。夜道は変質者が多いからね」
様になるウインクを飛ばして自分がどの口をいうかとツッコミしたくなった。だがまだ逃がすつもりはない。
シカマルはヒカリとの距離を詰めようとした。だが
「シカマル!」
との叫び声と共にぐいっと力強く引っ張られ真っ平な胸に顔を突っ伏してしまう。鼻先が痛いこと。それと同時に背に腕が回る感触と金属音がぶつかり合う音が背後で何度か発生する。
ヒカリに庇われたと理解するまでに数秒時間を要したが、自分を呼んだ声が聞き慣れた人物だと思い出すとヒカリの胸から慌てて飛びのいた。
「親父!」
「シカマルから離れろ!うちはヒカリ」
忍としての本性を露わにしたシカクは凄みのある剣幕でヒカリを脅すように叫んだ。その手にはクナイを持ち、何時でも攻撃できるような範囲にいる。ヒカリは不愉快そうに足元の地面に刺さっているはじいた手裏剣へ視線を向けながら不愉快そうに挨拶をした。
「これはこれは奈良シカクさん。こんな夜道に中々物騒なことをしますね。大切な息子さんまで巻き込むつもりでしたか?」
「お前のことだ。シカマルを盾にでも使うつもりだったろう。その証拠にシカマルを誑かしやがって!」
そう激高するシカクにシカマルは違うと否定したかった。だがそうする前にヒカリがシカマルの背中をどんと突き飛ばした。
「随分なお言葉ですね。私が幼気ない少年を淫らに誑かすなどと……そんな趣味ありませんよ。御子息はお返しします。しっかりと釘を刺さしてもらったので」
「卑怯者め」
そう吐き捨ててシカクはシカマルの体を受け止めた。
「ちが!」
シカマルは違うと否定したかった。だがそれは憚られた。
父の忍としての顔を見てしまったから。
自分よりも遥かに年下であろうヒカリに対して敵意をむき出しにしている。自分の肩を握る手に力が籠められ加減を忘れてしまうほどに警戒している。
それは子供の自分では太刀打ちできないほど深すぎて誰も手が出せない。
その親の世代ならもっと確執は根深いはず。
ヒカリは狐の御面を付け直し、二人に背を向けながらこう言った。
「……なんとでも。お前達がしてきたことに比べたら可愛いものだろう?…我がうちはを囲い込んだのは誰だか忘れたか?……私は忘れない。お前達が平和ボケした後でもな」
ヒカリの姿はボフンと煙に巻かれて消えてしまった。シカクは跡を追うことはせず、シカマルを気遣った。
まるで呪詛のように残された言葉は暫くシカマルの頭の中で響いていた。アレ以降、シカマルはうちはやうちはヒカリについて調べることを禁じられた。母、ヨシノからも涙混じりに懇願された。お願いだから馬鹿な真似はしないで、と縋りつかれて。あれだけ気丈な母の泣き顔を見るのは初めてで困惑したシカマル。
うちはヒカリの存在は里のいや、忍のなかで禁忌扱いとされている。
そのタブーを侵した者はどうなるかわからない。
まるで臭いものに蓋をするように扱う一族や大人世代がシカマルは気に入らなかった。サスケとナルトはヒカリが暗部に所属していることを知らないだろう。だからあんなに自慢げに誇らしげに語れるのだ。だがシカマルの口からその情報が二人に漏れることはない。
一族の縛りの中で生きているのはネジだけではない。シカマルもそのうちの一人だ。目を逸らし、里の平穏の為に尽力する。里の為に貢献してこそ木の葉の忍。
だがシカマルはそんな【昔の風習はクソくらえ】だと思っている。
いつも口癖はめんどくせえで終わらせる自分としては珍しいとことだと受け止めている。感情的になることもないし、面倒くさいことには極力関わりたくない。
第二次試合もそうだ。予想外にナルトとネジの試合が高評価だったことにオレもガッツリ期待されてんのかねとプレッシャーにもなった。実際、テマリを相手にして叩きのめすなんて選択肢は最初からなく、女には手をあげないがモットーなシカマルは頭脳戦を駆使してテマリを追い込むことに成功した。だがここぞというところでチャクラ切れを理由にギブアップ宣言。呆気に取られるテマリと観客をよそに審判は掛け声を上げた。
「勝者テマリ!」
ふぃ~と息を漏らし、シカマルはさっさと踵を返して戻ろうとした。そこへナルトが納得いかんとばかりに飛び掛かって来た。
「シカマル!テメェなにギブアップしてんだよ!あれぜってぇぷっ!」
途中で口元をシカマルの手によって遮られ遮断されるナルトの言葉は観客に聞かれることはなかった。
アレぜってぇチャクラ切れてねぇだろ。
と言いたかった言葉は無理やり抑え込まれシカマルは定番の台詞を呟いてナルトを引きずってテマリの前から去った。
「あーあ、女ってめんどくせぇ」
対戦相手であるテマリも、
かつて自分を警告しにきたうちはヒカリも
皆抱える事情は様々だろうが、この友人のように分かりやすかったらどれだけ楽だろうかと青空を仰ぎ見てつくづくそう思った。
【次はサスケVS我愛羅】