一方訳も分からず、追いかけろと指示されてとりあえず追いかけているものの、先ほどの試合結果に納得はしていなかったサスケはこれは好機だと捉えた。
幸いにも相手は手傷を追って負傷している。二人の仲間がどちらかが捨て身覚悟で足止めをしてくるかもしれないが、後ろからナルトの気配を感じているのでどちらかが相手することになる。
頼もしい親友にニッとつい笑みが零れる。
長年共に過ごしてきただけはある。相手の気持ちが行動が読めるのだ。これほど嬉しい事はない。サスケが絶対的に信頼を置ける存在はやはり、ナルト、そして最愛の姉ヒカリしかいないと思う瞬間だった。
「へっ、そう簡単に抜け出せると思うなよ」
強きな気分で前方を跳んでいるであろう敵を捕捉することだけを念頭に足に力を籠める。
その時、自分の上を誰かが大きく跳んでいたことに気づかなかった。鳥か何かの陰だろうと勘違いしたのだ。
だがサスケはこの時知らずにいた。
我愛羅を追っている最中、最愛の姉、ヒカリとすれ違っていたことを。
そう、その鳥とはまさにヒカリであった。まるで空を羽ばたくがごとく大きく跳躍する姿は圧巻されるほど。
ゴゥゴゥと耳元で風を切り、黒い衣装を身にまとい、ポニーテールに結い上げた黒髪を風に靡かせて楽し気に笑みを口元に浮かべて目指すは一つだけ。
「火影、待ってて。今すぐに……殺してやるからァ!」
万華鏡写輪眼を発動させた瞳に宿る狂気が彼女が常人ではないことを現す。
互いが互いであることを認識せず、すれ違う運命の二人。
それが今生にも勝る別れの時であると、サスケは知らなかったのだ。知らずに、目の前の獲物(我愛羅)への高揚感を抱きつつひたすら突き進むのみ。
※
誤算だった。
カブトは苛立ちのあまり舌打ちを連発した。遥か前方を跳ぶ小柄な女の後姿を何とか見失わないように追いかけるのが精一杯の現状にいら立たないわけがない。こんな所でも能力差が出るなんて……。
最初こそ大蛇丸の友人と紹介を受けた時、カブトはヒカリ本人を目の前にして「はぁ?」と鼻白んでしまった。すると大蛇丸から殺気染みた視線をぶつけられ、萎縮してしまうほどに驚いたものだ。そこまでして大蛇丸が執着してみせる人物がいるとは青天の霹靂とはこのこと。
だがヒカリ本人はそんな大蛇丸の態度を軽くしかりつけあまつさえ上司の圧に怯える部下を労ってまでみせた。
『もう!そうやってなんでもかんでも殺気ばっかり飛ばして圧力掛けられたら好感度上がることもなくなるよ。部下から慕われる上司になってこそチームワークも安泰ってもんなんだから』
『一丁前の小娘に言われたくないわね。あ、見た目だけの話だったかしら』
『それ言わない約束~~!』
先ほどまでの重苦しい雰囲気がたったこれだけのやり取りであっという間に和やかな雰囲気に変わるなど。目が点になったカブトは別の意味でうちはヒカリという人物に興味を抱いた。
ヒカリ自身はカブトに好意的に接してくれ、カブトも前もって抱いていたイメージを壊すくらいにはヒカリに親愛を感じた。
だがヒカリと別れてより大蛇丸から聞かされた話には度肝を抜かれた。あの状態ですでに呪印を受けていること。
体が耐え切れなくなっていることと、呪印の影響による人格汚染化が進み何れは人格の上書きが行われるであろうこと。
その前に大蛇丸のアジトへ連れ出しそこで一旦仮死状態にして進行を無理やり抑え込む手筈らしい。責任重大で大蛇丸からのプレッシャーも半端なかった。
『カブト、貴方を信頼して託すのだからその心づもりでいなさい。失敗は許さないわ』
『大蛇丸様がそこまであの人に執着する姿も珍しいですね』
緊張から意識を飛ばさぬよう、軽口叩いてみせるが内心は生きた心地がしなかった。大蛇丸の言葉は本気なのだとその蛇の様な瞳が物語っているのだから。
『……あの子は私が初めて執着した人だもの。貴重だし何より失いたくないのよ。私がね。そう願っているの』
『………必ず無事にアジトまでお連れします』
『頼んだわ』
そうしっかりと託されたはず。なのに!
いつも冷静沈着なカブトの仮面がはがれ、予想外の事態に取り乱していた。
「ああもう!」
なんだってあんなに素早いのだ。ヒカリの実力が自分よりも遥かに上だというのは聞かされていたがまさかそれ以上だとは思わない。
呪印の影響か、その身体能力はさらに上昇し本人の奔放すぎる性格も相まって遠慮なしにどんどん突き進むことしかない。それしか頭にないようだ。
欲求を満たすことだけを快感としその為ならどんな非道なことでも平気な顔でやり遂げる。まるで悪魔のような存在。そう、貧乳の悪魔だ!
「まさかここまで暴走してしまうとはな」
当初の予定では呪印の影響により弱まっているヒカリを大蛇丸が連れて抜け出るという内容だったが、思いのほか、呪印の進行が早く風影として変装し参加する大蛇丸を待つ猶予はなくなった。
そこで先ほどの通りカブトが単身でヒカリを連れだって里を脱出する作戦となったのだが、まさかヒカリを迎えに行った時点で人格上書きが始まっていたとは知らず、まるで殺戮衝動が抑えられなヒカリの手綱を握るのは困難を極めた。
スムーズに移動するどころか、途中で駄々をこねたり、小動物相手に殺気立ったりとまったく道草ばかりしているものだから境界線までたどり着く話ではなかった。
そればかりか、予想外の思い付きを企んでくれたのだ。
里の境界線はまだ先で大蛇丸の襲撃に備えて忍びの警備も増援しており目立った行動はできないので暴走しがちなヒカリを抑える為に無理やり休憩を取らせるのは非常に困難だったが意外にも食べ物で釣ると素直に休むと頷いたのは呆気に取られた。
大蛇丸から小腹が空いたら食べさせてと渡されていた真っ赤な林檎を皮のままクシャと食べる姿は愛らしいが中身はアレではなとため息しかでない。やっと大人しくなってくれたと肩の荷が降りた気がしたが、あくまで気になっただけでまったく本人はカブトの思い通りには動いてくれなかった。てっきり大人しくしているかと思いきや、食べかけの林檎を手に持ったまま、思いついたように喋り出した。
「ねぇ、大蛇丸って一人で楽しいことしようとしてるんでしょ?せっかくだから私も混ざりにいこっかな」
「はぁ!?何を言って」
唖然とするカブトをよそにヒカリはまた林檎を一齧りした。
「……んぐんぐ。だってアンタと一緒にいてもつまんないだもの。全然面白味もないし。ただ逃げてるだけみたいじゃない」
「いや実際逃げてるんですけど。面白味がないって拗ねられてもオレが困るだけなんだが」
「知らない。私には関係ないし~」
ヒカリはしっかりと林檎を食べ終えて林檎の芯を無造作に投げ捨てた。(話の中であってぽい捨て禁止!)
「ちょっ!?どこへ」
「決まってんじゃん。大蛇丸のト・コ」
「ハァ!?」
「アンタだけ先に行けば?バイバイ」
「ちょ!?」
そういうヒカリは手を振りあっという間に身を翻して元来た道を戻っていく。心なしか先ほどよりも動きが素早く感じカブトは急いで後を追いかけた。
というわけでカブトはヒカリを必死になって追っているわけなのである。
その道中、まさかヒカリの弟、うちはサスケと邂逅を果たすなど思いもよらなかった。
そのサスケは我愛羅を追いかけることで頭が一杯なのかこちらに気づきもしなかったが、皮肉だなとカブトは思った。
まさかサスケの為に動いているヒカリと抜け忍となることを知らないサスケが本人同士の知らぬところで一時の別れを済ませていることに憐みを抱かずにはいられなかった。
ましてや、アレに飲み込まれかけている我愛羅の相手となると果たして生きて帰れるかどうか…怪しいものだ。
サスケの実力でも無事ではすまされまい。きっと普段のヒカリなら火影のことなど放置してサスケの元へ跳んで行くだろうに素通りでしかもその存在すら無視されている。目下人格汚染が始まったヒカリの興味を示すのは最愛の義弟ではなく復讐相手火影。
愛よりも復讐を選んだ女。
今のヒカリはいけ好かない。だから以前のヒカリに戻せるのなら首根っこ引っ掴んでも引っ張っていくとカブトは意地になりつつあり、急ぎあの暴走娘を捕まえんと風を斬る勢いで跳び続けた。
※
ヒカリという女は高揚感に酔いしれていた。
この気持ちいい気分は一体何処からやってくるのか。
あの時誓った復讐の時を果たせるからか、それとも爺の死に顔を自分の手で染め上げ、里の連中に晒せるからか。
どちらとも構わない。
このチャンスを逃す気はない。何より楽しいのだ。
誰かを殺すこと。今までで感じたことはなかった。
暗部で活動するたびに何かが自分の中で崩れていくのはきっと自分が人として壊れているからだと思い込んだ。だが違った。
元々私は求めていたのだ。
この力を。欲望のままに奮うことのできる場を。
チャンスを欲していた。
大蛇丸の呪印はたんなる引き金に過ぎない。
過保護のヒカリと暗部のヒカリと火影付きのヒカリ。
そのどれもが偽者で今この場にいるうちはヒカリこそが本物であると世界に宣言しよう。
以前よりも動きが良くなった体で早々と本選が行われた会場近くへと辿り着いた。森を抜け出た先に広がる里の変わり果てた光景に歓喜の声が漏れる。
「すごーい!滅茶苦茶じゃんー」
絶景かな~!と続けて叫んでみた。
少しばかり一休みしようと、シュタッと足場の良い場所に降り立つ。
大蛇丸の作戦で複数の大蛇による襲撃により里の一部が壊滅状態となり、里の中は恐らく砂の忍と木の葉との忍合戦が始められている。人々の悲鳴とガラガラと音を立てて崩れていく里の平穏が耳をすませば今にも聞こえてくるようだ。
「うーん!気持ちイイ」
両腕を伸ばし全身で風を受け止める。するとヒカリの存在に気がついた応戦中の木の葉の忍複数が驚き、構えを解いた。
「うちはヒカリ!?なぜお前がここに」
「……んん?どちら様……?」
せっかく楽しんでいたのに邪魔されてやや不機嫌そうに眉を吊り上げ、小首傾げて忍の一人を見つめた。
「木の葉の病院に療養中では?とにかく誰か保護しろ!」
「了解!」
まだヒカリの事情を知らないのだろう。この混乱に慌てて木の葉病院を飛び出てきたと勘違いし、ヒカリを保護しようと別の忍が近づいた。
「ほら行くぞ!」
だが状況が状況だ。言葉遣いも乱暴になり乱暴にヒカリの腕を取った。それがヒカリの勘にさわった。
「触るなよ、屑」
「あ?」
何を言っていると続けようとした忍は瞬く間に
「シャァァアアアア――――!!」
「!?」
突如出現した大蛇によってその体飲み込まれるように噛み殺された。たった今ヒカリを掴んでいた腕だけがぶらりと残される。それを無造作に掴み腰を抜かして恐れおののく他の忍らにブラーんと投げ渡した。
「ほら、忘れ物。まったくだから触るなって言ったのに~。人の忠告を無視するなんて馬鹿だねぇ」
ケラケラ笑ってまるで人一人が死んだことをなんとも思っていない様子だった。実際ひヒカリはどうとでも思っていなかった。ただいなくなった。それだけ。
「ヒッ!?」
まるで化け物でも見るような視線を浴びつつ、ヒカリは邪魔者を片づけてくれた大蛇を手招きして呼び寄せ顔を蛇肌に摺り寄せた。
「可愛いねお前は~」
シューと長い舌先がヒカリの体に巻き付けられる。撫でられることが嬉しいらしく大蛇もヒカリを慕っているようだ。
ヒカリは一通り撫でまわした後、ポンと大蛇の肌を叩いて次の命令をした。
「じゃ次も頑張って食べてね?」
その言葉の通り、大蛇は次なる標的をすぐ傍にいる忍達に決めたようだ。恐怖で動けない忍達の顔が引きつってさらに絶望に満ちた表情へ変化するのをしっかりと堪能しつつ、男達の悲鳴を背後についにヒカリは大蛇丸と火影がいるであろう結界近くを目指して再び移動を開始した。
【人はそれを暴走と名付ける】