グレモリー家の野良犬   作:ケツアゴ

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野良犬の始まり

 ……夢を見た。薄汚れた貧民街で隙間風が入り込み雨漏りなど日常茶飯事だった小屋で母と身を寄せ合って暮らしていた頃の夢。時に酷い臭いのするゴミを漁った事もある。見回りの兵士の暇潰しで殴られた事も、汚いと普通の町の住民に石を投げられた事もあった。

 

 でも、きっと幸せだったと思う。父の顔は知っている。でも、会いたいと思わない。親は母だけで十分だと、愛する母が亡くなった後も思っている。

 

 貴族の屋敷で奉公する程だったのだからきっと良家の出だったのだろうが、その母がスラム等で暮らしていたのは自分のせいなのだ。母への侮辱になるし、一度口にした時に初めて打たれたのだが、それでも思ってしまう。自分が宿らなければ母の人生はもっと幸せだったのだろうと……。

 

 

 

 

 

 

「……信じられないだろうが私は君の父親だ。その魔力と顔からして間違い無い」

 

 十一の時、暮らしていたスラムが焼き討ちにあった。世間には住民の失火による火災。要するに目障りな貧民を追い出し、更地にして開発を行いたかったのだろう。戦えたのは自分の他に数人だったが、戦いにならなかった。こっちが負けたという意味ではなく、相手が弱すぎたのだ。次期当主とやらも貧民狩りを目的に眷属と共にやって来たが半殺しにしてやったのだが、流石に不味いと思ったので後詰めを引き受けて皆を逃がした。

 

 その後、当主に依頼された皇帝(カイザー)の異名を持つ男に捕縛され、貧民の餓鬼に次期当主が負けたという汚点を闇に葬る為に自分も消されると思っていたのだが、何処かの貴族が眷属として引き取りたいと言い出したらしい。代償は安くないだろうに物好きな奴だと思っていたが……血縁上の父親だった。

 

 

 ……母が姿を消した後、妻の実家の圧力もあって探せなかった。今は無理でも何時か正式に息子として迎え入れたい。恐らく本心なのだろうが至極どうでも良い。いや、吐き気がする程に不愉快だ。

 

 

 

 

「……眷属にはなる。分譲された領地で仲間を養う為の何かが出来るからな。だが、貴族になるのは嫌だ。死んだ方がマシな位にな」

 

 そう言うなり自分の顔に手を当て、全力の火の魔力で焼く。優れた悪魔の医療技術や秘薬でも素顔の判別が出来ないように。これは過去との決別だ。ああ、仕えてやろうじゃないか。それで仲間を救えるなら安いものだ。だが、譲歩はそれまで。スラム街で暮らしてきたから知ることが出来た貴族社会の闇。それを変えてやろうなど三流演劇でお決まりの言葉など吐きはしない。

 

 欲望に忠実なのを良しとし、既得権を絶対に手放そうとしない奴らが強い力を持つ社会で青臭い理想論は犬のクソにも劣る。だから、救える物だけ、救いたい物だけ救おう。怒りなど飲み込んでやろうじゃないか!

 

 ……それともう一つ。母の死の真相は絶対に話す気はない。浮かべる顔が思い浮かび、不愉快になるだけと分かっているからな。それと……この復讐は俺の物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、仕事に入りましょう」

 

 予定より早く起床するも二度寝するほどでもない。そんな時間なので俺は……いや、私はベッドから起き上がると鏡の前で身嗜みを整える。母譲りの金髪の癖毛を直し、火傷痕で元の顔の判別が難しい顔に仮面を付ける。マジマジと観察すれば分かる者には分かるが、高貴なお方に見せるべきではない、そう言って仮面を着ける理由には充分なるし、公爵の眷属の傷痕をわざわざ見たがる者は少ない。顔の一部を隠す物を装着している者も探せば居るというのも大きいだろう。

 

「メルギス様、お早う御座います」

 

「ああ、お早う」

 

 廊下に出れば今の私より使用人としての身分が低い者達が挨拶をしてくるので此方も挨拶を返す。当主の眷属とは家臣の中でもそれなりの地位ですからね。……言葉遣いやマナーを教えてくれた人達には未だに頭が上がりません。さて、朝食前に報告書のチェックにしましょうか。

 

 

 

「今期の収穫量と相場はこの数値となります。それと魔猪の討伐隊ですが……」

 

 分譲された領地で経営する農園の報告を受ける。開発の為、不当に土地を追われた農家出身の人の助けを借り、此処数年で漸く軌道に乗り始めた。所詮個人に出来ることなどたかが知れると思い知らされる数年でしたよ。人材の選出は兎も角、給与は私の資産から払っている補佐官が取り出したのは本日の任務。たった数年で政務などこなせるわけもなく、私の主な仕事は荒事だ。

 

「……異常繁殖したヒュドラの群れの殲滅。朝飯後の運動にはちょうど良いですね」

 

 不死と呼ばれる程の再生力に凶悪な毒を持つ獰猛な大蛇のヒュドラ。何処が私に話を持ってきたのかは容易に想像がつく。たとえ依頼者の名が違っても、悩む必要がない程に。

 

 

 

 

 

『キュルルルルルルッ!』

 

 異臭漂う湿地帯。ヒュドラから溢れ出した毒が水だけでなく土壌さえも汚染して周囲の木が朽ち果て、呼吸すれば肺が腐る毒霧が漂う。そんな場所にやって来た私ですが、風の魔力を球状にして展開し自らを包んで霧を晴らしながらヒュドラの群れの中央に降り立ちました。

 

 事前に空中から撒いていた餌に引かれて集まったヒュドラは新たな獲物に私を定め、風の防壁を突破しようと密集する。私が拳を開いた右腕を天に掲げれば汚染された水が波打ち、天に向かって滝のように昇っていきます。無論、ヒュドラ達も同様に水に包まれた状態で水流に逆らい切れずに昇っていくだけしかできない。私の水の魔力を混ぜているので泳ぎが得意であったとしても脱出出来るものではありません。

 

「では、さようなら」

 

 右手の拳を握り締めれば周囲を囲む水の壁は氷壁に変わり、音を立てて砕け散る。芯まで凍った後に粉々に砕かれては流石のヒュドラも再生できないでしょう。

 

「さっさと終わらせてしまわないと……」

 

 異常繁殖したヒュドラ達は幾つかの群れに別れて生息しているとの事。報告されていないだけで異常に強い個体も存在すると仮定しつつ、次の群れの縄張りへと向かうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。ご苦労であったな。ああ、所でこれからお茶でもしないか?」

 

「いえ、私は公爵家に仕える身でしかありません。当主様とお茶など恐れ多い」

 

 報告後、私は即座に公爵の部屋を出る。後ろから溜め息が聞こえたが気にする必要はないでしょう。貴族社会では分を弁えた忠義者と評価されているのですし、問題はないはずです。

 

 

 

 

 

 

 命を助けられた。衣食住を保証され、仲間も養えている。それは認め、仕事はこなそう。だが、それだけだ。私は……俺はあくまで眷属のメルギス、スラム育ちの野良犬だ。それを譲る気は一切ない。飼い犬(家族)になる気は一切ない。




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