「お嬢様の婚約が早まった? ……ああ、政争ですね」
ある日の事、食堂で同僚であるメイドから聞いた話に僅かに眉を顰める。掃除中に旦那様が話していたのを聞いたらしいですが、大学卒業後の話であったフェニックス家との婚約が今の時期になったのか、その理由は分からない様子。私も睡眠時間を一時間にして勉学をしていなければ分からなかったでしょう。
短すぎる? 悪魔は昼に起きて活動していても夜中に契約等の仕事があるように睡眠は短時間で構わないのです。睡眠欲求はありますし、一時間は充分とはいえ頭がおかしいと言われるレベルなのですが。……ですが私は証明しなければならないのですよ、自らの価値を。能力だけで対価を払ってまで眷属にする価値があったと。
「政争? フェニックス家との繋がりを強める為ってのは分かりましたが、たかが数年早まっただけですよね?」
「最近お嬢様は失態が続いたでしょう? 二度の侵入を許し、犠牲者も出した。……ミリキャス様を次期魔王候補から外したい輩がお嬢様の当主としての資質を問題視して騒いでいるのですよ。ミリキャス様が公爵家を継ぐのを確実にする為にね」
長命な悪魔からすれば僅かな歳の差であるお二人が次期当主と次期次期当主であるのはミリキャス様が有力な魔王候補だから。魔王に選出されなければ公爵を引き継ぐ予定でしたが、旦那様達は欲を出した様子。まあ、貴族とは大の為に小を切り捨てる。切り捨てられる側からすれば憤慨物ですが、お嬢様には我慢して頂きましょう。地位も豪奢な生活も、その対価ですから
「へぇ~。メルギスさんは色々分かってるんですね」
「分かるようになりたいと、そう願っているだけですよ。では、私は仕事がありますので」
……このまま物事が上手く行く、なんて楽観視はしていない。あの我が儘姫の事だ。何かしら問題ごとは……。
「……ああ、糞面倒臭ぇ」
おっと、地が出てしまいました。ちゃんと抑えねば甘えと見なされますからね。一切血に頼らず立場を守るのであれば能力だけでなく立ち振る舞いも正さねば。
「部長の実家の部下の人が来る? ……まさかイケメンじゃないよな?」
最近部長の様子が妙だ。上の空って感じだし、考え事をしている事が多い。そんな時、小猫ちゃんが言うには部長のお父さんの眷属が俺とアーシアの顔を見に来るって話だ。まさかと思うけどアーシアに先輩面して近寄って変な事をしようってんじゃないだろうな。
「……イッセー先輩が心配しているような変な事はないですよ。あの人、新人に優しいだけですから。私も武器の扱いを習っていますから」
そんな考えが顔に出ていたのか少し不機嫌そうな小猫ちゃん。ってか、あの武器の扱いを教えたのかよっ!? 何でも、”体格や元の種族、これらの理由から別の駒は兎も角、元からパワー型の戦車には力負けして、素早さも騎士には及ばない。だから他で補おう”、って理由で二種類の武器を扱う様に提案したって聞いてるぞ。レイナーレの時は目立つからって部室に置いて来たけどさ。
「えっと、怖い人じゃないんですね?」
「大丈夫だよ、アーシアさん。ちょっと初見は驚くかも知れないけど、物静かで親切な人だから。……あ~、でも」
アーシアの問いに笑顔で答える木場。小猫ちゃんもそうだけど随分と信頼してるっぽい。だけど、最後に言葉を濁した時の顔は気まずそうだった。
「実は彼の忠義のあり方から来る態度のせいで部長は彼が苦手みたいなんだ。旦那様や部長のお兄様は信頼して慕っているんだけどね」
部長が苦手視しているとかどんな奴なんだろ? うーん。ちょっと不安だぜ。
「やあ、初めまして。リアスお嬢様のお父上であらせられるジオティクス様の眷属のメルギスです。お見知り置きを。ああ、兵藤君。駒は君と同じ兵士が八個だ。同じ家に仕えている事だし仲良くしましょう。アルジェントさんも宜しくお願いします」
「は、はい。どうも……」
「よ、宜しくお願いします」
当日、やって来たのは仮面の男だった。無地の白い仮面で顔の上半分を隠している目の涼しい奴で、温厚そうな笑みを浮かべて差し出された手を思わず取ってしまう。俺達の視線に気が付いたのかメルギスさんは苦笑しながら仮面に手を当てた。
「これが気になるのですか? 生憎面白い物はありませんよ。これで美形過ぎて顔を隠してる等ならゲームや漫画でありがちですが、酷い火傷痕が残っていましてね。……っと、忘れる前に渡しておきましょう」
俺達が触れた駄目な部分に触れちゃったかと気拙い顔をした時、メルギスさんは話を変えて空中から本を数冊取り出す。漫画と絵本?
「君達は貴族社会に疎いでしょう? 私も苦労しましたし、これで楽しく学んで貰おうと……っと言うのは建て前で好きなサブカルチャーを布教して同士を増やしたいだけですよ。アルジェントさんには日本語を学ぶために絵本の英語版と日本語版の二冊を用意しました。私は休み以外に読む時間はありませんし暫くお貸ししますよ」
あっ、うん。この人、良い人だ。親切だし、真面目なだけじゃなくって茶目っ気もあるし。漫画も俺には青年向け、アーシアには少女漫画を用意してくれているし気遣いも出来る。部長が苦手視してるって聞いたけど大袈裟に言っただけだよな。
俺はそう思ったんだけど、次に部長の方を向いて頭を下げたメルギスさんの顔を見て声を失った。まるで別人みたいに感情が抜け落ちていたからだ。
「お嬢様、誠に勝手な真似をして申し訳御座いません。出過ぎた行いに対する罰は如何様にも……」
さっきまでの仮面の上からでも分かる柔らかい笑みは消え去って、仮面を更に被った様な姿に俺とアーシアは戸惑うばかり。これが部長が苦手視する理由か。まるで別人みたいだぜ。
「べ、別に構わないわ。それよりギャスパーとの約束が有ったのでしょう? 早く行ってあげて」
「はっ! 寛大なお心に感謝致します。……じゃあ、行きましょうか、小猫さん。ああ、そうだ。兵藤君、アルジェントさん。今度の日曜日は予定が空いていますか? 先輩として歓迎も兼ねて何かご馳走させて下さい」
……後から聞いた話だけどメルギスさんは徹底的な滅私奉公を良しとしていて、部長達公爵家や貴族の人には一切の感情を見せないんだそうだ。それを他人に強制しないし、他の人にはフレンドリーに接するらしいけど。
「それではギャスパー君。試験お疲れさまでした。結果は来月発表ですが大丈夫でしょう」
「は、はいぃぃぃ」
……此処は旧校舎の封印された教室。視界に収めた範囲の時間を止める神器が制御できなくて封印されているギャー君ことギャスパー・ウラディが住んでいる場所で、テーブルの上に特上寿司やピザ、ケーキ等が並んでいます。
高まり続ける魔力でコントロールが難しくなるから部長が成長するまで封印という決定でしたが、メルギスさんがその際の一助になればと魔眼系の能力者を頼って訓練法を聞き出し、ギャー君が人見知りだからとメールで信頼を得て封印が解けて校舎内を歩ける時間を使って指導を行いました。
その結果、今後の封印をどうするかを決める試験を受けさせて貰えるまでになって、今日は試験後のお疲れ会。私も指導を受ける合間に手伝ったので参加しています。
「あ、あの、メルギスさん。時間は大丈夫なのですか?」
「ええ、今日は休日、体を休める日ですので。ちゃんと休まないと体を痛めますから。……体を痛めると言えば兵藤君は大丈夫でしょうか? 本来の数十数百倍の力を出すなど、悪魔が頑丈でも数百年後には体がボロボロという事も有り得ますし」
……体を休めないと、という言葉に目を逸らす。昔、焦りからオーバーワークになって叱られましたから。それはそうと確かに言われてみればスポーツ選手が無茶から体を故障して日常にも支障が出続けるというケースも有りますし、大丈夫なのでしょうか?
「まあ、譲渡が使えるようになればサポーターとして活躍できますし、肉体はそのままで強力な武器を更に強化して使うという手もあります。ギャスパー君。学年では貴方が後輩ですが、眷属としては先輩なのですから頑張って下さい。軍では年齢より階級と入隊日が重要ですからね」
「む、無理ですぅうううううううっ!」
「……ヘタレ」
才能はあるのに勿体ないと思う。……本当にメルギスさんには感謝しています。あの力を使わなくて良いと言ってくれて、別の力をくれましたから。
『え? 仙術を使わなくて良いのか、ですか? リスキーな術ですし、構え方も狙い方も整備の方法も知らない素人が拳銃を使うみたいで危ないですから使わない方が良いのでは? まあ、使わないにしても最低限のコントロールは必要でしょうが、ちゃんとした指導者が居ませんし保留の方向で』
ただ使わなくて良い、と言うのではなく、何故使わないのかの理由を用意してくれました。絶対に使いたくない力ですが、制御方法を全く学ばないのは危険だから誤って使わないための制御方法は学ぼうと思います。……まだ指導者は探している最中ですが、メルギスさんが教えることが出来たら良かったのにと、そう思います。