「つ、疲れたぁー」
郊外の安ホテルの一室で相棒であるイリナがベッドに倒れ込む。古くなったスプリングがギシギシと音を立てて耳障りだった。この分じゃ肉体の疲れは取れそうにないな。……精神の方は言うに及ばずだ。何せ同行者があのヴァスコ卿なのだからな。
本来、今回の任務はイリナと私だけで行うはずだったのだが先日の任務で生じた仮面の悪魔との戦い、見逃される結果に終わったそれを理由に私達の力を疑問視する声が挙がり、誰かもう一人を、となった時に昔コカビエルと戦った経験があるヴァスコ卿が名乗りを上げたんだ。緊張はしたが名高い悪魔祓いに力を証明するよい機会だと張り切ったのだが、先に到着した私達だけで行った交渉の際に生じた私闘で敗北してしまい……。
『君達なりに考えが有っての結果だろうが……時と場合を考えなさい』
あの私闘について経緯を聞いたヴァスコ卿は静かにそう言った。主に力を与えられて聖女と称えられながら悪魔を癒し、今は悪魔となって主から与えられた力を悪魔のために使うアーシア・アルジェントが信仰心を残しているのなら、これ以上主を裏切る前に天に召した方が幸せだろうと思ったまでだ。
正直、悪魔退治に命を張っている身として苛立ちがあったのは認めるが、間違った事は言っていない。悪魔を癒せる力だったとしても、それを悪魔に使うのは別の話。なら、戦闘系の力を得た者は人を傷付けて良いのかという事になるだろう? だが、大物を相手にする任務中に余計な敵を作るのは慎むべきであった。何が優先されるのか、それを忘れてはならないのだから。
「……寝るか」
暫し物思いに更けていると隣のベッドに寝ころんだイリナが寝息を立てる。此奴は此奴で幼なじみが悪魔になっていたり、大勢にケツを晒したりと精神的に私以上にすりへったのだろう。……久し振りの故郷に浮かれてヴァスコ卿に叱られたのも有っただろうが。
「……うん?」
下の階層から妙な気配を感じ、悪魔を誰かが召喚したのだと辺りを付ける。世も末な話だが、不干渉となっているので渋々無視を決め込んだ。ったく、これが別の時なら乗り込んでいるぞ。
ベッドに寝転がり布団を被ろうとした所で窓が目に入る。目の前の廃ビルとの間にある街灯の明かりが存外眩しいとカーテンを閉めに億劫ながらも立ち上がった時に薄い壁越しにヴァスコ卿の声が響いた。
「敵襲だっ!」
一体何処からと廊下に意識を向けるも気配はせず、窓の外に目を向けた時に理解する。ケルベロス、上級悪魔でも用意に倒せない魔獣が廃ビルから此方に火球を吐き出そうとしていた。イリナは寝ぼけているのかボケッとしていて上半身を起こしただけの状態だ。その襟首を掴んで退避しようとした時、向かっていた火の玉が停まった。
「ま、待て! 部長が管理する町で暴れるなら、メ、メルギスさんの教え子の僕がだ、黙ってないぞ!」
下からの声に窓から見下ろせばイリナの尻をさらけ出したあの少年が震えながら啖呵を切っている。その姿に思わず私は呟いた。
「……なんでメイド服なんだ?」
「……何だろう?」
月が暗雲に隠されて闇夜が覆っても悪魔の目には明るく見える。部長の命令で僕はイッセー君と一緒に暫くの間はギャスパー君が封印されていた教室で謹慎を言い渡されたんだ。小猫ちゃんは何度も謝りながら僕達に危ない目にあって欲しくないって訴えて、師匠も厳しい言葉じゃなくて心配する言葉を投げ掛けてきた。
どの位皆に心配をかけていたのかを自覚したけど、やっぱり心の奥の憎悪は消えそうにない。巻き込んでしまったイッセー君は部長のおっぱいが恋しいって泣いていたけど今は大人しく眠っていた。僕も物思いにふけていたんだけど校庭の方で何やら異変を感じて窓から外を眺める。生憎この教室からは何も見えなかったけど、何かが起きているのは間違いないみたいだ。ちょっと気になるな。でも、部長の許可が下りない限りは学校に行く以外は旧校舎から出られない。
「おや、こんな所に悪魔が居たか」
突如声が聞こえて真上に視線を向けると堕天使の男と視線が重なる。背中の羽は……六枚!? 此奴、上級堕天使だっ! 僕は咄嗟に魔剣を創り出して構える。次の瞬間、窓を突き破って飛び込んできた光の槍が激突した事で魔剣が砕け散る。光の槍は軌道がずれこそすれ無事な状態で床に突き刺さった。
「イッセー君!」
「おっぱいが一組、おっぱいが二組、おっぱいが……うおっ!? な、なんだっ!?」
「敵襲だよっ!」
最低の寝言だなぁと思いつつ僕は堕天使に向き直る。……ちょっと厳しいかな? イッセー君が本領を発揮する迄の時間をどうやって稼ごうかと思った時、上空から
「ぐあっ!?」
いや、自分でも何を言っているのか分からないけど、兎に角猛烈な突風が上空から真下に向かって吹き続け、地面に叩きつけられた堕天使を押さえ込んでいる。い、一体誰が……。
「あらあら、牽制のつもりで放った軽い微風でしたのに情け無い。私、これ以上の風を負荷に使って筋トレをしていましてよ?」
彼女は堕天使を見下ろしながら歩いてくる。金色の髪は曇り空だというのに月明かりに照らされているみたいに輝き、物腰は優雅そのもの。……あれ? 今、筋トレって言った?
「さて、本来ならば下郎に名乗る名は持ち合わせていませんが本日は特別に名乗って差し上げましょう。私はレイヴェル・フェニックス。冥土の土産に覚えて置きなさい」
両手にスイーツが詰まった色々なコンビニの袋を下げたジャージ姿のレイヴェルさんは優雅に名乗りを上げた。
「レイヴェルさん、一体どうして此処にっ!?」
「駅前の二十四時間営業のジムに行った帰りにスイーツをと思いまして。ほら、筋トレ関連の器具は冥界よりこっちの方が進んでいるでしょう? 悪魔の肉体に合わせた物を特注するにあたって色々と体験しておきませんと。帰り道にスイーツを買い込んでいたのですが学園が騒がしかったので覗いてみたら……」
……うん。もっともな意見なんだけど彼女ってお嬢様だよね、伯爵家の……。メルギスさん、どんな指導をしたんだろう? 上級堕天使を張り付けにし続ける風の魔力に驚くべきか、それ以上の物を負荷にしていることを驚くべきか、どっちだろうか……。
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