ガクリと肩を落とし、肺の中の空気を全て吐き出すような深い深い溜め息を吐いた。
「……疲れた、休みたい、領地の温泉宿の一番良い部屋に泊まって温泉入った後はマッサージを受けて昼寝して。ルーリアでも誘うか? いや、絶対からかって来るから歓楽街からルナ姉でも呼んで思い切って……あーあーあーあーあっ! 現実逃避終了!」
体の芯に貯まった疲労が一気にこみ上げて来た私はブツブツと呟いた後で周囲に視線を向ける。一気にストレスを爆発させた原因はもう近くに居ない。それだけで安心した私は気合いを入れ直す。しかし、本当にアレはない……。
「ええっ! 堕天使がそんな事をっ!? よーし! こうなったら……」
ギャスパーからの連絡内容を馬鹿魔王に伝えると徐に気合いを入れ出す。おっ! 流石は外交担当、何やら考えがあるみてぇだな。まあ、普段の禄でもない言動は問題だけど、有事の時は頼もしく感じるぜ。俺はこの瞬間、馬鹿魔王……いや、魔王レヴィアタンを見直した。……まあ、口調がそのままなのは……。
「私自ら堕天使領へ突撃して戦争の開始だよっ! 纏めて氷付けにしちゃうんだからっ! ソーナちゃんは絶対に傷付けさせないわっ!」
「セラフォルー様、緊急事態にご冗談が過ぎるかと。お立場をお考え下さい」
……前言撤回! 周囲に俺しか居ないにしても外交担当でもある国のトップの一角が口にして良い事じゃねぇだろ、マジで。そーいうのが広まったら内外の過激派を刺激すんだから考えろボケっ! こういった時に大事に至らないようにするのがテメーの役目だっつーのに、妹を理由に戦争起こすとか間違っても口にすんな、だぼ鯊がっ!
絶対に冗談であると思ったつーか思いたい俺は静かに窘めたんだが、大馬鹿魔王は気合いを入れて魔力を高めた状態で俺の言葉に首を傾げた。
「え? 本気だよ?」
「……私は冷静ですので冗談で緊張を解す必要は御座いません。どうかお立場に相応しい行動を切に願います。このような時こそ貴女様の手腕に我々は期待するのですから」
「ふんふん。メルギスちゃんは私に期待してくれているんだね? よーし! じゃあ頑張っちゃう! 今すぐ皆と会議だよ」
「……私如きの言葉をお聞き届け下さり恐悦至極、感謝致します」
再度窘めれば促した通りに外交官として動く気合いを入れる。冗談だったな、絶対。口にするだけで民主主義国ならマスコミのバッシングで退任に追い込まれるレベルの不適切な発言だったが俺が黙ってりゃセーフだ。この大馬鹿でも完全に上層部が手綱を操れる訳でも無いし、完全な傀儡がなるよりはマシだ……多分。
他の魔王や外交の部下との協議のために転移しようとする馬鹿魔王。俺もグレモリー家に戻ろうとしたんだが、頬に柔らかい物が触れる。馬鹿魔王にキスされてた……は?
「今日は楽しかったよ、またデートしようね」
俺が固まる中、何を勘違いしたのか笑って手を振りながら消えていく馬鹿魔王。……数秒後、我に返った俺はこみ上げてきたストレスによって冒頭の状態に陥った……。
俺、悪くないよな? 仮にも国のトップがアレなんだぜ……?
「さて、旦那様に連絡を……いや、確か今日は」
早速戻って公爵家としてお嬢様への支援や冥界での行動の指針を話し合おうと思った所で本日の予定を思い出す確か親交のある貴族との交友会との名目で飲み明かす予定でした。奥様も別の用事で出掛けますし、連絡を入れたら私は自分の領地で指示を出しましょう。
……戦争を起こす気のコカビエルが居ないのなら十中八九悪魔領か別の町で事を起こすでしょう。病院か貴族の屋敷か、戦争に至らざるを得ない規模の被害を出す気だろうと焦った私の前を遮る様に空間を切り裂いて一人の青年が現れる。初対面ですが知っている顔でした。
眼鏡を掛けた冷静そうな育ちの良さを伺わせる青年。手にしているのは最強の聖剣コールブラント。国宝であり、彼の家の家宝でもあるそれは家出した時に持ち出したそうです。
……取り合えす一言。さっさと家に帰って親に謝りなさい。
「冷たいですね。私としてはヘラクレスを倒した貴方の力を是非試したいのですよ。実家にいた時からルフェイから話を聞かされて興味を持っていましたしね」
「……ヘラクレス? ああ、この前襲ってきた中二病ですか。まさかと思いますが仲間ではないですよね?」
「リーダーである曹操に従う気はありませんが同じ派閥には所属しています。力試しが気に入らないなら敵討ちでどうでしょうか?」
……駄目だ、この馬鹿。思っていたよりも拙い……。
自分の……いや、自分と自分の周囲の奴の状況が分かっちゃいないのか平然と剣を向けてくるアーサー。聖なるオーラが迸る刀身の切っ先を掴むと聖なるオーラは粒子になって俺に吸い込まれていく。一瞬気が動転したアーサーの足を払い剣を投げ飛ばすと見下ろしながら口を開いた。
「貴方、ルフェイさんとは仲の良い兄妹だったようですが、可愛い妹の結婚相手は素行不良のドラ息子と親子ほど離れた中年男性、このどちらが良いと思いますか?」
「……何を馬鹿な。あの子にはちゃんとした相手が相応しいですよ」
どうやら俺が言いたいことが伝わっちゃいないようだ。このままじゃそうなるって教えてやってるのに。俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる世間知らずの馬鹿に教えてやるか……。
「ヘラクレスは一部しか自白してはいませんが、貴方が幹部として所属するテロ組織は誘拐や洗脳を行い、目標として掲げるグレートレッドは倒せば世界に甚大な被害が出る可能性が否定できない。……さて、客観的に考えて貴方は悪事と無関係と判断され、家も没落の可能性すらない、等と思うんなら此処で死んでおきなさい」
ルフェイには悪いがこの馬鹿魔王以上に馬鹿な奴は事態が露見する前に死んだ方が良いかも知れない。契約者の兄貴がテロリストってのは俺も拙いし、何より家族や使用人がどうなる事やら。だが、その程度は思いつく程度の頭があったのか明らかに焦っている。
……ルフェイから可能性として提示された家出の理由の二個目、恋愛関係にあるメイドが追い出されないように、っていう家出までなら兎も角テロリストになっちゃ余計に拙い理由は正解みたいだ。
後継ぎがテロリストになって没落した家を建て直すには政略結婚だろうが、マトモな相手が居るなら普通はそっちを選ぶ。つまりはマトモな相手が見つからない馬鹿息子だの位しか候補がいないし、使用人、特に身近なのは真っ先に追い出されて路頭に迷う。余計な傷が経歴に付いた状態でな……。
「私は今後どうすれば……」
「さあ? 精々が正義心から潜入していた、そんな言い訳が通して貰えるほどの手土産を持って投降しては? もっともヘラクレスが捕らわれていますから生半可な情報は意味がないですけど」
馬鹿が勝手に自爆するのは構わねぇが巻き込まれるのは沢山だ。俺は案を提示してアーサーは其れを受け入れた。たっく、ちょっとヒント出したら思い当たる頭があるなら考えて動けっての。恋人も何処かに匿うなりあるだろ……。
あー、駄目だ。マジでこんな馬鹿の相手してたら地の文で本性が出ちまうよ……。
「アレがサーゼクスの家か……」
多くの仲間を失った。その結果、勝ったならば諸手をあげて喜ぼう。共倒れならば仕方ない。仮に負けたとしても弱かったのだと諦めもしよう。……だが、あの戦争の結末はどれでもない。ドラゴンの喧嘩に巻き込まれた、そんな三流喜劇の内容によって有耶無耶のままに集結し、仲間の無念など忘れたかのように平和ぼけした同胞達。
だからこそ俺様が、このコカビエルが戦争を再び起こすのだ! 最初は遊びを交える積もりであったがヴァスコの姿を見て気が変わり、各地に待機させていた志を同じくする者達を集結させた。
そして今、俺はサーゼクスの実家が見える場所に来ている。使用人を、親を、息子を殺され、妹とその縄張りを無茶苦茶にされた魔王共が黙っていられるのか見てやろうではないか!
「……ほぅ。勘が良いのが居たか。随分と馬鹿ではあるが……」
右手を上空に向ければ無数の光の槍が出現する。其れを撃ち出そうとした俺の目に入ってきたのは向かって来る女悪魔が一匹。サキュバスの血でも混じっているのか随分と犯したくなる見た目だが諦めよう。計画の成功こそが第一だと俺は屋敷に向かって放つ光の槍の軌道上に女が入る様に調整し放った。
空を切り裂きながら突き進む光の槍。正面から向かって来る女は避けながら突き進むつもりなのか大きく退く素振りを見せず、光の槍は全て消え去った。まるで女の正面に見えない壁があるように一定距離になると光の粒になって女に吸い込まれ、事態の理解に時間を要した俺の顔面に急接近した女の拳が突き刺さる。空気中に創り出した風の足場を踏みしめて放った一撃は俺の体勢を崩すには十分で、拳が伸びきった瞬間、炎の魔力が吹き出した。
「ぐぅおおおおおおおおおっ!!」
灼熱が俺の顔の左側を灼き、炎に押し込まれ地面へと激突する。無理やり炎を振り払うも直撃した左目が見えず、触れた手の感触が重度の熱傷を悟らせた。そして、追い討ちとして降り注ぐ魔力の雨。炎、雷、風の刃、殺意と威力を十分に込めた猛攻を羽と腕で防ぎ、先程のようにかき消される事を承知で今度は特大の光の槍を放つ。当然かき消されたが……女の魔力も止まった。
「……成る程な」
種は分からんが弱点の予測は付いた。なら、どうとでもなる。さあ! 存分に殺し合おうじゃないか!!
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