グレモリー家の野良犬   作:ケツアゴ

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野良犬のお仕事

「私がどの様な鍛錬を行っているかですか? 私如きが力を高めた程度で崇高なる純血貴族の皆様方の足元にさえ及ぶはずも御座いませんが、暇潰しになるのであれば語る栄誉を享受させて頂きます」

 

 眷属の仕事は主君の手足となって戦う以外にもパーティーのお供等も行う。この日、ジオティクスに連れられ宴の席にやって来たメルギスは粛々と黙々と彼の背後に控え指示を待つばかり。出自不明の中級悪魔である彼に話を振るなど自尊心と身に流れる血への誇りで膨れ上がった貴族は基本行わない。公爵が重宝しているのであからさまに態度には出さないが、その他の使用人同様に居ないものとして扱うのが基本なのだ。

 

 だが、酔った勢いで話し掛ける者も中には存在する。伝わっているだけでもSS級はぐれ悪魔の討伐や野良ドラゴンの捕縛、少なくとも最上級悪魔に匹敵するであろう彼が普段から鍛練を積んでいるというので内容を訊ねて来たのだ。無表情を一切崩さずジオティクスに視線を向ければ軽く頷いたので上記の内容を述べた後、淡々と話し出した。

 

「まず、睡眠時間が一時間で足りるように体を慣らして時間を確保致します。戦闘以外の仕事に五時間使用し、休憩や入浴食事に一時間半程を使った残りを戦闘や鍛錬、知識の会得に当てていまして、例えば常に周囲に影響を及ばさぬ微量の魔力を放出し続け操作と量の鍛錬とする他、筋力トレーニングや目前に敵が居ると仮定しての……おや、もう宜しいのですか? お耳を汚してしまい申し訳御座いません」

 

 一切おどけた様子を見せず述べる姿に誰もが真実だと悟り、狂人に向ける視線を彼に向ける。十六時間半、それだけの時間を己を鍛える事に使うなど、努力を基本しない悪魔で無くとも異常だと感じる内容だ。ある者が訊ねた。どうして其処まで努力をするのだと。

 

「私には己の価値を証明する必要があります。私が受けている恩恵は私の能力を評価した結果の妥当なものであり、それ以外は一切介入しないと、それを誰にも否定させない。それだけで御座いますよ」

 

 相変わらず一切残らず己を切り捨てていると思わせる口調でメルギスは述べる。仮面にあいた穴から覗く目からも感情は読み取れなかった。

 

 

(おや、何処の家……かは詮索無用ですね)

 

 その最中、複数の貴族に連れられて歩いていた従者の一人がすれ違いざまに書状を手渡す。公に出来ない依頼である。依頼の理由でさえ公式記録に絶対に残せない事柄の場合、何処の誰からかかも伏せられ、何かしらの依頼を行ったという痕跡すら残さないのが常套だ。メルギスも連れて歩く貴族達の顔を確かめもせずに懐に書状を忍ばせた。

 

 

 

 

 

 

「彼処ですね。……はぁ」

 

 宴が終わって深夜の時間帯、夜型である悪魔でさえも寝静まる頃にメルギスは冥界の辺境に転移、そこから獣道を進んで目的の屋敷の近くまでやって来た。此処に住むのは現政権が王座を奪取した内乱時に最後まで前政権に傾倒した者達が住む場所。本来、彼らはこの様な場所に住むべき者ではない。魔王ルシファーの側近であるルキフグス家に関わる家柄の者達だったからだ。

 

 そんな者達が何やら怪しい様子を見せていると、内通する者から報告があった。現在地から少し進めば侵入を探知する結界があると報告を受けており、これ以上は近付けない。既に燃やした書状によれば子供程度の魔力にも反応するとの事だ。同情から気が進まないのか、それともただ単純に面倒なのかメルギスは溜息を一度吐くと魔力を放出する。風が吹けば霧散するほどに微量で結界が探知できない極僅かの魔力は静かに霧のように広がっていった。

 

 

 

 

「……待っていろ。もう直ぐあの阿婆擦れの売女を其方に送ってやるぞ」

 

 屋敷の中で死んだ息子の肖像画が入ったペンダントを握り締める老紳士が居た。内乱時、彼らはルキフグスの直属の部下として戦場で戦い、皆戦死した。息子はサーゼクスに挑んで消滅し、妻はそれを嘆いて自害した。噂で耳にした話では息子の婚約者だった女も辺境で苦労しているらしい。彼が睨む先、ナイフを突き刺されたのは演劇のチラシ。サーゼクスとルキフグス家の長女の恋物語を描いた人気の作品だ。

 

 忠義の為、家の誇りの為に大勢が殺し合った。負けたのだから死ぬのも苦しい生活も納得しよう。だが、敵の英雄と恋に落ちて寝返った女はメイドの真似事をしながら幸せに暮らしているという。彼はそれが許せず拳を握りしめる。既に協力者によって彼女の外出の予定は把握しており、命は取れなくとも腕の一本は奪い、大勢を巻き込んで名に傷を付けてやろうと強く決心する。

 

「な……」

 

 結界が反応し、警報音が鳴り響く。屋敷が騒然となる中、警報音の鳴り始めを耳にして、何だ、そう言いきる前に彼の生涯は終わりを告げる。正面の壁と額には小石ほどの大きさの穴が空いていた……。

 

 

 

「……終わりましたね」

 

 屋敷の内部まで入り込んだ魔力によって内部の様子を把握しているメルギスはターゲットの死亡を確認すると、小石ほどの大きさの魔力を放った右手の指先を下ろす。男の死体の発見で屋敷内はパニックに陥り、警報が鳴った時間から屋敷内での犯人探しが始まるまでに後少しだろう。だが、それよりも前にメルギスは姿を消す。

 

 かくして旧政権に忠義を誓う者によって事件が引き起こされるのは未然に防がれ、魔王や貴族の威信は揺らぐことなく全てが終わった。

 

 

 

 

 

 

「お仕事お疲れさまね、メルギス」

 

 屋敷に戻り、一時間の睡眠を取る前に水を飲みに食堂に向かったメルギスの前に銀髪の女性、グレイフィアが現れる。本日はオフらしくメイドとしてではなく魔王の妻として振る舞っているが、メルギスには関係ない。何時如何なる時も無表情で応対するのみだ。

 

「労いのお言葉、有り難く頂戴いたします」

 

「……別に態度を崩しても構わないと言っているでしょう? メイドの時までそうなのだから、全く」

 

「払わなくとも構わないと言われても払うべきなのが礼儀であり、貴女様が魔王陛下の妻であらせられる事実に変わりは御座いませんので」

 

 何を言っても頭を下げたまま淡々と述べるメルギスにグレイフィアは溜息を吐く。夫であるサーゼクスは腹違いの弟である彼と打ち解けたいと思っているが、彼は常に礼儀を払った態度で壁を作り一歩も近寄らせないのだ。

 

 

「それを言うならば貴方だってグレモリー家の次な……」

 

「それ以上はお言葉を慎み下さい」

 

 次男でしょうと、言おうとした時、メルギスは言葉を被せて遮る。顔も声も一切の感情が籠もっていないのは変わらないが、行動には怒りが感じられた。

 

「現在、次期当主であらせられるお嬢様、魔王候補筆頭であらせられるミリキャス様の存在によってグレモリー家は安泰となっております。……個人的な感情で政敵にお家騒動の材料をお与えにならぬよう、過ぎた行いではありますが進言させて頂きます」

 

 政治とは同じ派閥内部でも更に分かれる。グレモリー家の味方同士であってもリアスの婚約者の実家であるフェニックス家と懇意でない家も存在し、彼らからすればミリキャスが魔王になってリアスが正式に家を継ぐのは面白くない。今回、婚約が早まったのもそんな家の動きも関わっていた。だが、そんな中にもミリキャスを魔王に推薦する者も幾らか存在する。

 

「私は担ぎ上げられる気などありませんが、動かれれば民衆に影響が出ます。……内戦で大勢の命を奪ったのですから感情程度はお殺し下さい。では、私はこれで」

 

 最後にもう一度頭を下げ、メルギスは去っていく。この数日後、リアスが婚約に反発して婚約破棄を賭けたレーティングゲームが行われると発表された。


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