FateAccelZeroOrder--if-- 作:煽伊依緒
冬木市にて、魔術回路の移植は滞りなく行われた。
少年は父親の魔術回路を完璧に受け継ぎ、その家系の正当な後継者になった。
世界に復讐しろという言葉を残した父親の跡継ぎになったのだ。
「……おはようございます」
「…………………おう」
「おはよう、×××」
何処にでもありそうな一民家のリビングで、寝間着のまま少年は席に着きトーストを齧る。
「いただきます」
コツコツと柱時計の音が鳴り響く中、俺は目の前に一応置かれている牛乳を口に含む。
何の味もしない、無機質な時間だけが過ぎていく。
「……」
学校には行けない。
家の外にも出られない。
そんな子供が一人。遠縁だからと言う理由で舞い込んできたのだ。
元々ここに住んでいた二人にとってすればそれは心地よいものではないだろう。
「……ごちそうさまでした」
食器を台所へ片した後、静かに部屋を出て行こうとした時。
「おい」
いつもは新聞に目を落としたまま微動だにしない老人がこちらに目を向けて言葉を発した。
そのこと自体に少し驚きつつ、俺は体を老人の方へ向けなおす。
「今日もまた籠るのか?」
「……うん」
「そうか」
会話はそれだけだった。
俺は再び新聞に目を落とした老人をしり目に部屋を後にする。
一階の隅の小さな四畳間。
そこが俺に貸し与えられた居場所だ。
いや、貸し与えられる予定で作られた俺専用の場所と言っても差し支えないかもしれない。
「……よっと」
四畳間のさらに隅。其処には小さな扉があり、それを開ければ地下に行ける。
初めてここに来た時、どうして地下室なのかと勘繰ったが中に入るとその理由にも頷けた。
非道な魔術が行われた痕跡、またそれらが何時でも行えるような環境。そして徹底した魔力の隠蔽。それらを加味すれば地下に作った方が楽なのだろう。
「……相変わらず暗い」
少年は一人、暗い道を歩いていく。
家から出られない以上、少年は毎日気を失うまで地下室で魔術の鍛錬、訓練を行っていた。
親から受け継がれた外道な方法で成長した魔術回路は並の魔術師を凌駕する性能をもっている。しかし、地下室に残されていた日記によるとまだ足りない。
世界に復讐するためにはまだ足りない。
「……まだ、足りない……」
少年は一人呟きながら鍛錬を開始する。
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――――ふと目を覚ます。
重たい瞼を開け、小さな明かりが灯った部屋を認識したところで自分が意識を失っていたという事に気が付いた。
「……はぁ…………」
いつまで続ければいいのかわからない、終わりの見えないことの繰り返しだった。
小さな部屋だと思ったその場所の壁。よくよく見てみればそれは魔導書が積み重なって出来た物だったのだ。
こんなに沢山の魔導書をいったいどこで仕入れ、そして何故こんな場所に保管していたのかなど少年には謎しか浮かばなかったが、それでも今はそれしかすることがない。
少年はひたすらに寝落ちするまで読み、そして読み切った魔導書を脇に寄せて新しい魔導書を取りだす。
「――――」
ふと、魔導書を読む意識が途切れた。できる限り思い出さないようにしているのだが、時たま意図しない時に思い出される。
父親が残した負の遺産。これは借金と言う意味ではなく、人間としての負の遺産だ。
なんてものを残してくれたんだとしか思いようがない。
「……」
頭をおさえながらチラリと後ろを覗く。
そこには謎の液体に浸された人体が眠っている様に浮かんでいた。
しかし、だからと言って普通に生きている人間だとも思えない。
気になって調べてみたところ、どうやら死ぬ直前の人間を何とか生きながらえさせ、魔力を吸収している様で。
「此処に座っていると魔力が早く回復するのはそう言う理由か……」
そう気がついた時からある程度魔力を使ってから椅子に座るようにしている。
複雑な模様が描かれた椅子だとは思っていたのだが、それが何なのかは理解していなかったのだ。
そして、問題はまだある。恐らくこの人間だが一人ではない。
魔力の回復速度から考えても、恐らく百人程度が今自分の目の前にある人のようになっているだろうと容易に想像出来た。
「……ま、俺には何も出来ないんだけど」
そう、止める事が出来るわけでもなかった。
あれらの安全な取りだし方、また取りだした後の延命の仕方など少年は知らない。
出来る事といえば出来るだけ早く使い切ってあげることくらいだろう。
そう思い少年は頭に魔術の知識を埋め込んでいく。
この冬木と言う地でこれから一体何が行われるのかなど知りもせずに。
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ゴポッ……
無理に擬音をつけるのならばきっとこんな音だろう。
あまりにも粘着質な液体が内部からの気泡によって持ち上がり、破裂したような音。
真っ黒いその液体は既に満ちていた。
その現実を誰一人として未だ知ることなく。