迷宮に狩りに優れた無慈悲な狩人が迷い込んでいるのは確実に間違っている   作:汰地宙

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某作品を読んだのと単純にブラボとダンまち好きが高じて書き始めました。

実質初投稿です。


Hunt.1 序章

 実に長い一夜だった。

 

 怪しい血の医療に縋り訪れた―――らしい、診療所で目を覚まし。記憶も、それどころか自分が何者なのかすらもわからないまま、ヤーナムを駆けた獣狩りの夜。

 獣を狩り、獣を狩り、そして獣となった人を狩った。自らもまた幾度と無く傷つき、血に塗れ、そして幾度もの死と目覚めとを迎え。尚、獣を狩ることを片時も止めることは無く。

 狩りに没頭し、己が何者であるか求めることすらも忘れ。

 

 そして最後には、悪夢すらも狩った。

 

 

 あの夢か現かも定かでは無い狩人の夢にて、人形に言われるままに向かった一軒家の裏手に存在する花畑。白く小さな花達が揺れる幻想的な光景の中、一人狩人を待っていたゲールマン……狩人の助言者、最初の狩人の介錯に、身を任せた。

 

 夜明け。獣狩りの夜の終わり。

 あの悪夢が終わり、そして狩人は夜の明けたヤーナムで目を覚ます―――

 

 

 ―――筈、だったのだが。

 

「……何処だ、ここは」

 

 周囲を見回しながら零した声は、自分でも呆れてしまう程に憔悴の色が濃い。

 

 目覚めたのは、夜の明けたヤーナムでもなく、狩人の夢でもなく、そもそも人の住む場所ではない、薄暗く巨大な空間だった。天井は見上げる程に高く、横幅も両手では足りないどころの話ではない。

 仄暗く燐光する壁に背を預けて座り込む形で、狩人は居た。

 

 立ち上がり、改めて風景を見渡す。洞窟にも似た岩肌を見て思い出されるのは、メンシスの悪夢、或いはその辺境。あの悪夢で目覚めた時もまた、狩人は洞窟の中に居た。……無論この空間とは違い、正に洞穴というべき狭い空間だったが。

 

 兎に角。

 

 目覚めるべきヤーナムに目覚めず、送り込まれたこの薄暗い空間。

 即ち、夜明けは未だ訪れず、次なる狩りの舞台に目覚めただけの事。

 

 落胆は無い―――と言えば、嘘になるだろう。介錯に身を任せた時の己の胸に、微かな、しかし確かな安堵が有った事を狩人は確かに覚えていた。

 故に今この胸に去来する感情は―――落胆か、或いは絶望か。

 

 嘲笑する。

 半ば血に酔いながら獣を狩るだけだった自分に、確かに湧きあがった感情。悪夢からは目覚めず、しかしそれ故に未だ失われていなかった己の人間性を垣間見た事実に、狩人の口角が歪んだ弧を描く。

 

 壁に手を付き、緩慢な動きで立ち上がる。再び悪夢に目覚めたと云うのならば、狩人に出来ることは唯一つ。

 

 ―――獣狩り。ヤーナムで獣狩りの悪夢に目覚めた時と同じように、この知らぬ場所でもまた、狩人は獣を狩るのだ。それを生業とし、それしか出来ぬ故に。

 手を伸ばし、虚空より(・・・・)己の獲物を掴み取る。右手にはノコギリ鉈と呼ばれる工房の『仕掛け武器』を、左手には獣狩りの短銃を。

 

 天高くそびえ立つ天蓋に覆われた迷宮の中、己が目覚めた場所が果たして何処なのか―――狩人は未だ知らぬまま、知る必要も無いのだと。

 己の狩りに、身を任せるのだ。

 

 

 

 

 

 

「駄目じゃないの、いきなり第五階層まで潜ったなんて」

 

 冒険者ギルド。迷宮都市オラリオ、北西のメインストリートに存在する荘厳な万神殿(パンテオン)の中にて、見目麗しい半妖精(ハーフエルフ)のギルド職員―――エイナ・チュールは、向かいに座る少年を咎める。

 向かいに座るのは、真っ白な頭髪に深紅(ルベライト)の瞳の、兎のような少年。エイナがアドバイザーを担当する新米冒険者―――名を、ベル・クラネル。

 

 エイナの手厳しい言葉にがくりと肩を落とす少年の、真っ白でふわふわとした頭頂を見下ろしながら、エイナは一つ嘆息する。

 そも、何故エイナがこうして彼を指導するような事になったのか。事の発端は数分前に遡る。

 

 いつもの如く業務をこなしていたエイナの元を、実に元気の良い声でエイナを呼びながら訪れたベル。はて、何か良いことでもあっただろうかと彼の姿を見てみれば、何と頭頂から爪先に至るまで、全身を真っ赤な血に染めているではないか。

 そのくせ表情は喜色満面、「アイズ・ヴァレンシュタインさんについて教えて下さ~い!」等と能天気に告げる彼にエイナがまず言い渡したのは、当然ながら全身の血を落としてきなさい! という、極当たり前の指示だった。

 

 その後戻ってきた彼に話を聞いてみれば。

 冒険者になって半月も経たない身でありながら単独(ソロ)で第五階層までいきなり潜った挙句に、ダンジョン上層に出現する筈のないモンスター、Lv2上位に位置する脅威を持つミノタウロスに遭遇したと言うではないか。あれ程『冒険者は冒険してはいけない』と口を酸っぱくして言い聞かせていただけに、彼の行動は非常に、非常……っに残念だった。溜息と共にエイナが柳眉を寄せると、上目に表情を伺っていたらしいベルの肩が小さく震えた。

 

「君は幸運なんだよ? Lv2のミノタウロスに襲われて、生きて帰れたんだから」

「……はい」

 

 彼もまた、それを忘れていたわけでは無いのだろう。項垂れたまま更に身を小さくした彼は、実に反省しきった様子だった。これ以上は教育ではなくただ彼を責める行為にしかならないだろうと、エイナもいい加減矛を収めることにする。

 

 ともあれ。

 項垂れた彼の鼻先を指で軽く弾く。ハッとしたように顔を上げたベルへと、エイナは可憐な微笑みを向ける。

 

「兎に角、無事で良かった。今度から気を付けるんだよ? それから、血塗れで街を突っ切るのも―――」

 

 その時だった。

 

 ぱたり。何か液体が滴る音と、受付に立つ同僚が息を呑む音。何事かとギルドの出入り口に目を向け―――絶句。

 ベルもまた同じように入り口の方を伺い、「ひぇあ……!?」と素っ頓狂な声を上げて顔を青くしていた。

 

 ギルドの入り口、差し込む陽光を背に受けて佇んでいたのは、先程のベルもかくやという夥しい量の血液に塗れた、一人の男。しかもその手には見慣れない奇怪な武器を―――しかもこれまた血を滴らせている―――物騒にも剥き身で持っている。よもや襲撃などという馬鹿げたことでもしに来たのではなかろうかと、ギルド職員たちの間に戦慄が走り、周囲の冒険者たちも素早く身構え、何が起きても良いようにと男を睨みつけた。

 

 周囲の反応など眼中にないのか、自らに向けられる奇異や恐怖の視線をものともせずに、不遜に口を開く。

 

「……ギルドとは、此処で合っているのか」

 

 本日二度目の、血に塗れた来訪者。

 ベルと同じか、或いはそれ以上の厄介ごとの気配を感じたエイナは、素早くベルに向き直って「さぁ、それじゃあヴァレンシュタイン氏の話をしよっか!」と務めて明るく切り出した。あれ、あの人は……? と怪訝そうなベルへと、これ以上何も言わないで。お願いだから、お願いだから!! と必死のアイコンタクトを送る。

 あまりの剣幕にベルも察したのだろう、何も言うことなく―――しかしちらちらと受付のエイナの同僚へと心配そうな視線を向けながら―――エイナの話をおとなしく聞く姿勢を取った。

 

 ちょっとー!? と同僚から必死に送られてくるアイコンタクトは無視を決め込み。ごめんね、今度ランチ奢るから……! 胸の中でそう誓い、哀れな同僚へとエールを送る。

 

 この薄情者ー!? という哀れな同僚の抗議が聞こえてくるようだった。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン第1階層、全ての冒険者がダンジョンに足を踏み入れる際に通る『始まりの道』。

 横幅が非常に広く、毎日どれだけ多くの冒険者が出入りしても全くもって不自由の出ない実に都合の良い空間であり、日々冒険者たちが装備の音を響かせながら出入りしていた。

 安易に飛び込んでくる無謀な者たちを食らおうと開いている迷宮の顎のようなその道の一角を、一人の男が出口へと黙々と歩を進めていた。

 

 周囲の視線も気にせず闊歩するその男―――狩人は、総身を未だ滴る鮮血で染め上げていた。しかも服だけではない、剥き身のまま手に握られるノコギリ鉈の微細な刃は、血を滴らせるどころか一体何のものかもわからない肉片すらも付着している。

  狩人が通り過ぎる度、新米冒険者は驚愕して最後までその背を目で追い掛け、ある程度経験を積んだ冒険者は、新米が浅い階層で無茶をしたのだろうと鼻で笑う。物騒に過ぎる様相の狩人に奇異や恐怖の視線を向ける冒険者たちを横目に、狩人は低く唸る。

 

「(あまりにも、多い)」

 

 多い……とは、当然ながら出入りする冒険者たちの数の事。オラリオに住む者であれば大したことはない極普通の光景を、とある勘違い(・・・・・・)をしている狩人は、あまりに異常な光景であると受け取っていた。

 

 ではその勘違いとは一体何なのか。

 

 この道に至るまでに見慣れない獣―――モンスターの事だが、当然狩人はそれすらも知らない―――を狩りながら偶然にも上へ上へと進む最中に冒険者たちと遭遇した狩人は、真っ先に彼らすらも狩りの対象であると認識。あと一歩のところで飛びかかりそうになったところ、その偶然遭遇した冒険者の一人に『よう新米、ンな貧相な服で平気なのかァ?』と揶揄い混じりに声を掛けられ、寸でのところで思い留まっていた。

 

 ここは悪夢の中のはず。そして今まで―――悪夢の辺境やメンシスの悪夢にて―――遭遇した狩人たちは、その殆どが正気を失い、狩人の姿を見るなりその手に持つ仕掛け武器を振るい、襲い掛かってきた。狩人はその経験から、冒険者達もまたそれと同じ存在だと推測していたのだ。故に彼らの姿を視認した狩人は、真っ先に彼らを『狩る』ことを選択した。

 しかし彼らは狩人を見ても襲い掛かってくる事無く、それどころかまともな言葉を掛けてきた。そこから狩人が導き出した結論は―――

 

 

 ―――今も傍らを通り過ぎる彼らは、正気を失っていない、自らと同業の狩人である。

 

 

 幾度と無く正気を失った者たちに襲われてきた狩人だが、同時に、まともな狩人が数少ないながらも存在していたことも記憶している。彼ら―――鴉羽の狩人や、処刑隊の狩人―――はこちらが敵対しない限り、こちらに危害を加えようとすることは、基本的になかった。狩人を揶揄った彼らもまた、それらの狩人と同じなのだろう……と、狩人は考えを改めたのだ。

 

 そう、今も近くを通り過ぎる彼らが冒険者であり、今自らの歩く場所がダンジョンと呼ばれる場所だと知る由もない狩人は、冒険者たちが自らと同じ狩人なのであると―――盛大な勘違いをしてしまっていた。

 

 しかし、狩人とて全くもって違和感を感じていないわけでは無い。

 最初に感じた数の異様な多さもさることながら、広大な空間に重なって響くガシャガシャとやかましい鎧や武具の、狩人にとって非常に聞き慣れない音もまた違和感の一つだった。

 

 狩人にとっての防具とは、基本的に必要最低限の丈夫さを備えた『衣服』のことである。獣の爪や牙は鋭いことこの上なく、鎧や盾は全くと言っていいほど意味を為さなかった。故に狩人に必要なのは防ぐ事ではなく躱すことであり、必然的に軽く獣の爪牙を躱すのが容易い衣服が好まれ、重く役に立たない鎧はいつしか敬遠されるようになっていった。

 

 しかし周囲の同業たちの装備ときたら、ある程度の差異はあれどやかましく金属音を響かせるものばかり。これでは獣の攻撃を躱せないだけでなく、歩く度に発せられる音で獣に感づかれ、囲まれてしまうではないか。

 果たして奴らは本当に同業なのか―――? ここにきてようやく、狩人の胸中に疑念が生じる。

 

 思えばすれ違う彼らは皆一様に小奇麗で(少なくとも、狩人の基準において)、装備には血の一滴も付着している様子が無い。彼らが何処からやってくるとて、獣を狩れば血に塗れるのは狩人として当然の事―――いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……やはり妙だ。ここは本当に悪夢で、彼らは本当に同業なのか? 螺旋階段を上りながら眉根を寄せる狩人の疑念への解答は、実にあっさりと示された。

 

 階段を上り切った先、不意に明るくなる景色に、狩人は瞠目した。

 ノコギリ鉈を取り落しそうになり、思考は止まり、炎に惹かれる蛾の様に、その脚は己の意思とは関係なくふらふらと光の方へと向かっていく。

 

 そうして狩人を迎えたのは、天高く輝く眩い太陽と、見たこともない異邦の町並み。

 

 狩人はようやく理解した。

 ここは既に悪夢ではなく、狩人には正しく目覚めが与えられていた。

 

 長く長く続いた狩人の、たった一夜の獣狩りの夜。それは今ようやく終わりを迎え―――

 

 

 ―――そしてまた、新たな冒険(かり)が、幕を開けようとしていた。

 

 これはただ一人、狩りの夜を駆け抜けた狩人の物語。

 異邦の地にて目覚め、新たな狩りに身を任せる狩人の、物語。




割と難産で書くの苦しかったです、評価してください(デモンズ並感)

次の話もとても難産。(文章が浮かば)ないです(見切り発車の代償)
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