迷宮に狩りに優れた無慈悲な狩人が迷い込んでいるのは確実に間違っている   作:汰地宙

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また投稿に日が空いてしまったので初投稿です。
初投稿が多すぎるって? こまけぇこたぁいいんだよ!


Hunt.5 【迷宮】

 日も差さぬ廃教会の隠し部屋。

 硬い床に身を横たえていた狩人は、誰かが動く気配を感じてゆっくりと目を開いた。

 

 

 こう言っては何だが、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)であるこの隠し部屋は少々狭い。一応神ヘスティアとベルの2人ならば不自由しない程度の広さはあるが、3人目の狩人も常駐するとなると流石に手狭であった。

 

 となると当然困るのは寝床である。今までは神ヘスティアは寝台を、ベルはソファを使う事で何とかなっていたようだが、狩人が寝床として使えるような家具は残っておらず。

 だが、そもそも獣狩りの夜の間、睡眠など全く必要としなかった狩人である。眠らぬ己に、寝床などという上等な物は必要あるまい。

 

 どうしたものかと頭を悩ませる神ヘスティアとベルに、狩人は自身の寝床は必要ないとあっさりと告げた。人の好いベルと(ひと)の好い神ヘスティアは首を横に振ったが、最終的に狩人が『私はどこでも快眠できるのが特技だから、床でも使えれば構わない』の一点張りで押し通すことでなんとか折れてくれた。……まぁそもそも眠らないのだが。

 

 眠れる、と言った以上狩人が起きていては2人も落ち着いて眠れまい。という事で、狩人は邪魔にならない所で身体を横たえ、形だけでも睡眠をとろうかと目を閉じて……気づけば朝を迎えていた。

 自分が睡眠を取れた事が何より驚きであり、そして目覚めた先があの何処に存在するのかもわからない『夢』でない事に、凄まじい違和感を感じた。

 

 

 それが先日の話である。

 そして今日もまた床に寝転び、何事もなく目覚めを迎えている。こうして穏やかに睡眠を取れているのは、ようやくあの悍ましい獣狩りの夜が明け――()()()()()()からなのだろうか。

 ……考えたところでわかるまい。結論の出ない疑問を早々に頭の隅へと追いやり、のそりと石畳から体を起こす。

 既に先に目を覚まし、身支度をしているベルと目が合った。

 

「おはようございます、狩人さん」

「あぁ、おはよう。……昨日もだったが、貴公は朝が早いな」

「故郷では、毎日この時間に起きて畑仕事だったんです。それが体に染みついちゃってて」

「早くに起きて動き出すのは良い事だ」

 

 立ち上がり、傍らに置いていた『狩人の帽子』をいつもの如く目深に被る。

 ちらと部屋の中央に目を向けると、ソファの上でシーツを掛けられ穏やかに寝息を立てて眠っている神ヘスティアの姿がある。……確か彼女は寝台の上で眠り、ソファの上で眠っていたのはベルではなかったか。

 何故かと問いかけるような視線を向けると、ベルは頬を紅潮させて何度も首を横に振った。その反応でどういうことか大方察し、狩人はそれ以上の追及をしなかった。我らが主神様がベルにたいそうご執心であるのは、狩人も昨日の内に理解している。

 幸せそうに眠るヘスティアを起こさぬよう、狩人とベルは極力音を立てず隠し部屋を後にした。

 

 

 その後ベルと別れ、狩人は先日と同じくギルドへと続く大通りを行く。

 オラリオはヤーナムと比べるとかなり広大だが、都市の中心から八方に伸びているというこの大通り……メインストリート、と呼ばれていたか。この道のおかげで、この街の地理を把握しきれていない狩人も主要な施設に向かうには全く困らないのはありがたい。

 今日もまた静かな街並みを暫く行けば、壮大な万神殿(パンテオン)が姿を見せた。

 

 三度目ともなればいい加減に見慣れてきたギルドの中へと入る。

 今日は誰かに呼び止められることもなく、ダンジョンへ潜る許可を頂くべく早朝故に人がまばらな受付へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 さして時間もかからずアドバイザーとの対面を終え――先日の一件を目にしていたアドバイザーが、必死で話を早く切り上げたという事には当然狩人は気づいていない――狩人はギルドを後にした。

 ベルとの集合場所であるバベルへと向かいながら、狩人は腰に下げたものを一瞥する。

 

 ぶら下がっているのは、ギルドにてアドバイザーから支給された何の変哲もない短剣。曰く、冒険者として登録してすぐの者には必ずこの短剣と軽装が支給されるのだという。

 何の装備もないままにダンジョンへ潜り、命を落とすことのないようにというギルドからの最低限の配慮なのだろうが……この短剣はともかく、あの軽装はどれほど役に立ったものか。

 

 獣の爪牙は躱すものである。

 鋭い獣の爪牙の前には鎧など薄布とさして変わらず、その重みは軽やかな動きを阻害する。いくら軽く作られていようと、布と変わらないのならば煩わしいだけのものでしかない。

 

 しかしちらほらと姿の見える他の冒険者たちは思い思いの防具を身に着けているし、ベルも狩人が支給されたものと同じ軽装を身に着けていた筈だ。

 当たり前の話かもしれないが、所変わって戦う敵も違えば狩りの流儀が異なるのも当然。今は必要性を感じないが、役に立つのならばいずれは己に合ったものを使えば良いだろう。

 

 思考しながら歩いている内、バベルの入り口が見えてくる。早朝ながら冒険者たちの出入りはそこそこにあり、狩人と同じように今からダンジョンへと潜っていく者、探索を終えて出てくる者。それぞれがすれ違い、ダンジョンの中へ、或いは街の方へと歩いていく。

 そんな人の流れの中、足を止めて辺りを見回す白い頭の人影が一つ。

 

「すまない、ベル。待たせたか?」

「あ、狩人さん! 僕もさっき着いたところなんです」

「そうか、なら良かった」

 

 遠目にもわかりやすい彼と合流を果たし、いざ向かうはダンジョンである。

 第一層へと降りる階段をほかの冒険者たちと共に歩いていく中、狩人はベルが見慣れない小さなバスケットに気づく。

 

「ベル、そのバスケットは?」

「あ、これですか? ここに来る途中に貰ったんです」

「ほう、大層な世話焼きがいたものだな」

「その代わり、今日の夜にその人が働いているお店で食事を、って言われちゃいました」

「成程、売り込み(セールス)か」

 

 他愛のない言葉を交わしながら降りていけば、少々閉塞感のあった螺旋階段から一転、大人数が通ろうと全く不自由しない広さの『始まりの道』へ辿り着く。

 数日前にはここを通って出てきたが……こうして入っていくとなるとまた雰囲気が違って見える。大口を開けて冒険者たちを待つ広く長い道は、奥を見ていると吸い込まれてしまいそうな心地がした。

 隣を歩くベルも、どこか緊張した面持ちだ。

 

 ……良い。彼は既にダンジョンに潜った経験があるようだが、緊張感を忘れていない。

 かつての狩りで行動を共にした協力者の中には、警戒を知らず、己を過信してひたすらに先を行く者も居た。向こう見ずに突き進めば当然、身を潜める獣に気づかず襲われる。その様な者に限って戦闘自体も雑なもので、油断を突かれて手痛い傷を負っている姿を何度見た事か。

 挙句その者だけが倒れるならまだしも、寄せられた獣共にこちらまで襲われ『夢』へと叩き返される事態にまで陥った事すらある。軽率な行動を繰り返す協力者は寧ろ周りの負担を増やすものだ。

 

 そしてそれとは対照的に、警戒を忘れない冷静な協力者ほど頼りになる者はなかった。

 突出せず周りと足並みを合わせ、決して突っ込まず余計な行動はとらない。しかしいざ獣と相対したならば、鋭い獣の爪牙を躱し懐へと飛び込み、怒涛の連撃或いは強力無比の一撃で素早く狩り殺す。敵を『獲物』とし、それ故にそこに油断や慢心の類は一切無い――正に『狩人』だった。

 

 無論まだ年若く経験も浅いベルに、そこまでを求めるつもりはない。

 慢心せず、無茶をしない。その最低限が出来るならば、『協力者』として申し分ないだろう。

 彼が前しか見えない愚か者であればどうしたものかと多少の懸念はあったが……彼の表情を見る限りはその心配も無さそうだった。

 

 ベルから視線を外し、大きく口を開ける通路の奥へと視線を戻す。

 幅広い通路を周りの流れに逆らわず進み続け、狩人たちは第1階層を素通りして第2階層へと降りていく。

 

 本来ならばダンジョンに初めて潜る狩人が居る以上、一番危険度の低い――あくまで他の深い階層と比して、ではあるが――第1階層で経験を積むのが定石なのだろうが、狩人は目が覚めた時には既にこのダンジョンの中に居た。

 当然ながら目覚めた階層から出入り口まで登る道中で、既にダンジョン内の獣……ではなく、『モンスター』か。そのモンスターとの交戦も幾度となく行っている。この第1階層で積むべき経験など、既にありはしない。

 故に第1階層は素通りし、第2階層で『狩り』を行う……というのがベルと話し合って決めた今回の探索の方針である。

 

 ベルの最深到達階層は第5階層。

 曖昧にしか覚えてはいないがより深くから登ってきた覚えのある狩人は、その程度であれば降りられると提案したのだが……ベルは頑なに首を縦に振らなかった。

 曰くアドバイザーに無茶はしないよう再三言い含められているから、狩人にもまた無理はさせられない、というのが彼の言い分だった。

 そう言いながらも何故か顔を青ざめさせていた様子から、他に何か大きな理由があるのは明白だったが……そこまでして無理を通すこともないかと、今回は狩人が折れた。

 

 さして時間もかからず第2階層に到着し、狩人とベルは他の冒険者たちと別れて適当な道を進んでいく。

 

 この奇妙な洞穴のような空間を改めて見回してみると、薄青色の壁が不思議と光を放ち常に明るく照らされていた。

 広さも十分にあり、どこぞの悪夢の洞窟や、或いは同じく『ダンジョン』と呼ばれる地下に広がる奇妙な空間――と言っても、規模はこのダンジョンとは比較にもならないほど小規模だが――に比べて視界は良好である。

 

 ただし構造は迷路じみて複雑で、四方八方にいくつもの通路が伸びている。それこそ地図作成(マッピング)でもしていなければ遭難してしまいそうな程だ。ベルの先導に従って歩く狩人は、既に自分が何度右に曲がり何度左に曲がったか覚えていない。

 

 ……もしも目覚めたあの日、隅々まで探索してやろう、などと妙な気を起こしていたならば、下の階層で未だに迷い続けていたかもしれない。

 今更気づいた恐ろしい事実に、狩人が覆面の下の表情を僅かに歪めた時。

 

 十数m先の曲がり角から複数の小柄な影が姿を現す。

 体色は緑色、体格は小柄で細く、少々頭でっかち。まるで会話をするようにぎゃいぎゃいとうるさく鳴きながら現れたその醜い小人たちの名は――

 

「ゴブリン……!」

 

 ベルが小さく呟き、緊張交じりの表情を浮かべて唯一の武器である短刀を構える。

 矮躯の小人――ゴブリン達もこちらに気づいたようで、敵意に染まった目をぎょろりと狩人たちに向けてぎゃいぎゃいと騒ぐ。

 

 狩人は音もなく己の手に武器を顕現させていた。

 右手には錆に塗れ、一目見ただけでもその凄惨な威力を想像させる仕掛け武器――『ノコギリ鉈』を。

 左手には『面』での命中しやすい射撃と、小柄な獣であれば吹き飛ばしてしまう威力が売りの『獣狩りの散弾銃』を。

 

 冷たくゴブリン達を見据える。

 ……数は3体。交戦経験は既にある。動きは単調、大して早くもなく、よくいる獣と同等かそれ以下程度の敵。3体程度ならば問題なく屠れる。

 銃は――あの程度の相手ならば使う必要もあるまい。切り殺す。

 

 重力に身を任せるように、ゆらりと体を前傾に倒す。傍から見れば地面に倒れるかと思う動き。

 地を蹴る。地面へと引かれる下方への力が前方への加速へと変わる。

 

 その加速は異常なまでに静かだった。地面が派手に抉れることもない。ただ狩装束が翻る音だけを微かに残し、狩人の体は前方へと滑るようにゴブリンへと迫る。

 隣に立つベルも、こちらを見据えていたはずのゴブリンも、反応できない。

 

 彼らの認識が追いついた時には、ゴブリンの1体の首が宙へと舞っていた。抉られた血肉が壁や地面、狩人の頬にまで飛び散る。

 その光景を目にし、隣に目を向けて初めて狩人が姿を消したことに気づくベル。

 突如として首を失った同胞の亡骸に呆然と目を向けるゴブリン達。

 

 狩人は()()()()()()()()()()()加速を止め、返す刀で残るゴブリン達の首を狙う。

 宙へ舞った首がどちゃりと音を立てて地面に落ちた時、残るゴブリン達の首もまた狩人の振るう凄惨な刃に切り飛ばされていた。重く水気のある音がまた2つ響く。

 ゴブリン達は何もわからないまま、物言わぬ躯と化した。

 

「え……、え、ええ!?」

 

 視線を前に戻したベルが、地面に転がる哀れなゴブリン達の末路を目にして素っ頓狂な声を上げる。隣にいた人が消えていたと思えば、一瞬にしてゴブリン3体の首を落としていたのだから無理もあるまい。

 たった今狩り殺した獲物の血肉に塗れた刃を見つめる狩人もまた、微かな驚愕を覚える。

 

 あまりにも速い。

 今までの己の最高速からかけ離れた加速だった。

 このダンジョンにて目を覚ました時点とは、明らかにL()v()()()()身体能力。

 

 ――これが『恩恵(ファルナ)』。神の血によって与えられる、正に『恩恵』。

 最早肉体の強化の域を超え、『進化』とすら言える程の肉体の昇華。

 

 既に『血の遺志』による肉体の強化が頭打ちに達していた狩人にとっては非常に有難く――そしてまた恐ろしい御業だった。

 

 身体能力の飛躍的な上昇。それは即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意味する。

 事実、先程の加速は狩人の想定を遥かに上回り、地面を抉る程に強く足を地に突き立てなければその加速を打ち消せなかった

 

 軽やかに敵を屠る狩人には相応しくない動き。当然そこには無駄(ロス)が生まれる。

 今回は弱い相手だったから良いものの、これが実力の伯仲した――或いは格上の相手であったなら、あのような無駄は致命的な『隙』である。

 

 ダンジョンに潜る前、己がベルにした提案を思い出す。

 『より深い階層へ。』……この有様では、慢心であったと言わざるを得ない。無意識のうちに慢心を抱いていた己を恥じ、狩人は嘆息する。

 

 今は、この身体能力に慣れなければ。

 その為にも、もっと経験が必要だ。今回のような弱い相手でも構わない。

 ノコギリ鉈を振るい、凄惨な刃にべったりとこびりついた血肉を振り落としながら歩き出す。

 

「行こう、ベル」

 

「え、あ……」

 

 見据えるのは獲物だけ。考える事は獲物を狩り殺す事だけ。

 狩人の思考はただ狩りにのみ――

 

「あの、狩人さん!」

「……どうした」

「魔石、取らないと……」

「……む」

 

 ――という訳にも、いかないようだ。

 

 

 

 

 

 

「う、わぁ!?」

 

 怖気のする風切り音を立てて、獣の爪が頭上を掠める。

 情けなくも声を上げながらコボルトの爪を躱したベルは、お世辞にもスマートとは言えない動きでじたばたとコボルトから距離を置いた。

 

 いくらコボルトの爪とはいえ、顔面に食らえば悲惨なことになるのは間違いない。想像してしまい、背筋にぶわっと冷たい汗が溢れる。

 あと少しでお前を引き裂いて食ってやったのに、と言わんばかりにコボルトが唸った。

 

「無事か、ベル」

「な、なんとか……」

 

 背後の狩人の声に応えながらも、油断なく正面のコボルトたちを見据える。……その数、4体。

 ベルに背中を向けて立つ狩人もまた、複数のコボルトを――こちらは5体――見据えている。

 そう、ベルと狩人は今、狭い通路でコボルトたちの挟撃を受けていた。

 

 向かう先から姿を現した5体のコボルトと遭遇した瞬間、背後からは4体のコボルト。油断していたわけでもないのにあっさりと逃げ道を塞がれてしまったのだ。

 誰かがこうなるように仕向けたかと思う程のタイミングの悪さ。『ダンジョン』という魔窟の悪意を感じずにはいられなかった。

 

 じりじりと迫ってくるコボルトたち。今にも飛び掛かってきそうな圧に、ごくりと息をのむ。

 

「下がるな」

「え」

 

 はっとする。

 気づけば、ブーツの踵が背後の狩人のブーツの踵に触れている。危機を感じた体が無意識に後退を選んでいた。

 だって仕方がないではないか。逃げながら戦うならまだしも、真っ向から4体、しかも狩人が居るとはいえ背後には更に5体も待ち受けている。逃げたくなるに決まっている。

 

「下がるな、ベル。下がってはいけない」

「どうして、ですか」

「逃げられない時、活路は前にしかない。……下がれば、死ぬだけだ」

 

 焦燥と恐怖に満ちていく頭では、狩人の言葉が理解できない。

 前に出る? 出たら死んでしまうではないか。爪が、牙が、四方から襲い掛かってきて五体を引き裂かれる無残な末路が待っているに決まっている。

 怖い。怖くて仕方がない。

 

「前を見ろ、ベル」

 

 それでも、狩人の言葉は強く響く。

 

「恐怖に吞まれるな。敵を見据えろ。隙を見逃さず、狩られる前に……狩れ」

「でも……でもッ!」

 

 堪らず声を上げ、背後を振り向く。その先にある光景を目にして、ベルは目を見開いた。

 

 奇怪な武器を手に、狩人は滑るような動きでコボルトたちへと突っ込んでいた。

 待ってましたと言わんばかりに2体のコボルトが牙を剥き、爪を振りかぶって狩人へ飛び掛かる。牙と爪が触れる寸前、狩人はコボルトの側面へ回り込むように軽やかにステップを踏んで爪牙を躱した。

 それと同時に武器を一閃、凶悪な刃がコボルトの1体の首を引き裂く。

 飛び散る鮮血。それすらも躱すように更にステップ、あっという間に一番後ろのコボルトの背後に回り込み、振り下ろされた刃が獣面の脳天を叩き割った。

 

 瞬く間に2体のコボルトを葬りながら、狩人が一瞬、ベルへと視線を向ける。

 

『やってみろ。』

 

 そう告げるように視線を向けたのも一瞬、すぐに迫るコボルトへと視線を戻し、また躱しざまに首を切り飛ばした。

 

 軽やかに、鮮やかに、当然のようにモンスターを葬る、ベルの憧れる童話の『英雄』のような強い姿。自然と短刀を握る手に力が籠もる。

 震えは消えていた。

 

 なれるだろうか、彼の様に。

 恐れを知らず、敵へ立ち向かう事ができるだろうか。

 

 ……違う。そうじゃないだろう。

 

 今も鮮烈に脳裏に蘇る、華麗な金髪を靡かせて牛頭の化け物を葬った憧憬(かのじょ)の姿。

 遠く、あまりに遠くにいる彼女に追いつきたい。

 

 だから、なれるだろうか。ではない。

 できるだろうか、ではない。

 

 なる。

 強く美しい、憧憬の少女の隣に立てる様に。

 物語の『英雄』のように。

 

 ――鮮血に塗れ、それでもなお鮮烈な狩人(かれ)のように。

 

 振り向き、短刀を構える。

 ベルの背後で繰り広げられる惨劇に目を奪われていたコボルトたちが、自分たちを見据えるベルに気づいて牙を剥いて唸りを上げる。

 もう、恐怖はなかった。

 

「――――――ッぁあ!!」

 

 飛び出す。

 狩人には到底及ばないまでも、彼の自慢の脚から生み出される速度はコボルトたちを戸惑わせるには十分すぎた。

 

 隙だらけの姿を晒す先頭のコボルトの喉へと短刀を突き立てる。コボルトが悲鳴を上げる間もなく、一気に横へ短刀を振りぬき、首を切り裂く。

 ――まずは1匹。

 

 鮮血を撒き散らして倒れる仲間の姿を目にし、怒りの声を上げながら1体が爪を振りかぶって突っ込んでくる。

 頭はやけに冴えている。攻撃の軌道は読めた。見え見えの爪の一撃を躱し、首元へ短刀を一閃、返す刀で二撃、三撃。頸椎を断たれたコボルトの体が、爪を振りかぶった体勢のまま倒れていく。

 

『ギャアァ゛ッ!!』

「あ、あぁッ!!」

『ゲ!?』

 

 2体目の背後から3体目が牙を剥いて飛び掛かってくる。振りかぶった短刀を戻すのは間に合わない。

 ならばと、腕を引き戻す反動を使い、体を捻って渾身の回し蹴りをコボルトへ叩きつける。

 小柄なコボルトの体が面白いように吹き飛び、通路の壁に叩きつけられてぐったりと力なく地面へと倒れた。

 

『グォ……、ォ、ン』

「ッ、しゃあ!」

『ギャイン!?』

 

 恐怖していたはずの獲物にあっという間に仲間たちが葬られ、恐怖の眼差しをベルに向ける最後のコボルトへ突貫。

 隙だらけの腹をかっさばき、仕留める。

 

「はー……ッ、はー……ッ」

「終わったか」

「は、い……やりました……」

 

 しばし短刀を振りぬいた姿勢で荒い呼吸を吐き出し、糸が切れたように膝をつく。

 頭上からの声に顔を上げれば、相変わらず血に塗れた狩人の姿がある。背後のコボルトたちの死体は既になく、どうやら既に魔石まで抜き取ったようだった。

 

「よくやったな、貴公」

「は、はい!」

 

 彼にはまだ及ぶべくもないが……それでも、自分の力で危機を乗り越えられた。

 ベルのささやかな、しかし大きな勝利を称える狩人の言葉に、自分でも驚くほどの大きな声で答える。

 

 

 この戦いを乗り越え、また2人での探索であることも相まって本日の稼ぎは今までのベル1人稼ぎを優に超え、本日夜の『約束』に使っても余裕がある程の稼ぎを得ることができたのであった。




や~っと戦闘がかけて満足満足。
やっぱりベル君が頑張る姿はいいなぁ!
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