ここはどこだろう。
わたしは地面に寝そべったまま虚空を見つめた。おだやかな風がふわりと吹いて……金色の花々がわたしの頬をくすぐる。どうやらわたしは花ばたけの中で眠っていたようだ。少しの間ボーっとしていると、不意にガサガサと花をかきわける音が聞こえた。上半身を起こして物音のする方を見ると、そこにはコゲ茶色の髪のこどもが立っていた。
「よかった! やっと目が覚めたんだね」
「その声は……フリスク?」
青地に紫のボーダーが入ったセーターを着たこども──フリスクは、こくりとうなずいた。
「ずいぶんと長い間、君は気を失っていたんだよ。大丈夫? どこか痛いところはない?」
その言葉を聞いたわたしは、忘れていた体の痛みを思い出すと同時に自分の身に起きたことを思い出した。
そうだ、わたしはあの穴に落ちたんだ。
──隠れ家の洞くつの奥深くで穴を見つけたあの後。わたしたちはうっかりあの穴に落ちてしまった。……フリスクが、地面に張っていた木の根に足を引っかけてしまったのだ。体せいをくずして穴に落ちたフリスクを助けるために、わたしは手をのばして、そのまま──
そこまで思い出すと、にぶい痛みが頭にひびいた。わたしは地面に片手をついてうつむいた。
「頭ん中がクラクラする……ちょっと気持ち悪いな……」
フリスクは不安げな表情でわたしのそばによると、背中をさすってくれた。
「──それは心配だね。そうだ、七かける六の答えはわかる?」
フリスクは脳に異常がないかを確かめるために、手で数字の七をつくってみせた。ほとんどの人が答えることのできる、じつにカンタンな問題だ!
「そんなの、わかんないわ。だってかけ算は、わたしの専門外だもの!」
しかし、わたしにはわからない問題だった。わたしは中学生──十二歳──でありながら、小学校の学習内容をマトモに覚えていなかった。だけどそれは地頭が悪いわけではなく、単にわたしがサボりグセのある生徒で、ろくに授業を聞いていないからだ。たぶん。きっと。
「なんというか……ごめんね? うーん、それじゃ。君の名前は言えるかな?」
わたしの心情を知ってか知らでか、フリスクは気まずそうに謝って話を変えた。
「もしかしてバカにしてるのっ? そのくらい言えるに決まってるわ!」
とうぜんじゃない! という意味をこめて、わたしはじぶんの胸をぽんと叩いた。
「そうなの? 悪いけど君の名前については、専門外なんだよね」
フリスクは肩をすくめて、からかうように言った。気のせいかもしれないけど、わたしの口調をマネているような気がした。
「もお! わたしの名前はミリカよ、ミーリーカ! 心配するフリしてからかうなんて、ほ~んとイジワルなヒトだわね」
フリスクは、さも不思議そうな表情で「今初めて知りました」というように首をかしげた。どうみてもおちょくっている。わたしがキッとにらみつけると、フリスクはビクリと肩を揺らし、「冗談だよ」と冷や汗をかいて言った。
「で、でもさぁ。自分の名前がわかるなら心配いらないね。ケガもないようだし、君が無事でホントよかったよ」
フリスクは話をそらすように、わたしを気づかう言葉をすらすらと述べた。そして、優しくほほえんでわたしに手を差し伸べた。
「どーも、ありがと」
わたしは差し伸べられた手をつかんで立ち上がった。足が少しふらつくが、フリスクが肩を貸してくれたので歩くには問題なさそうだ。わたしは辺りを見回した。どこを見てもゴツゴツとした壁だけだ。あるのは上に空いた穴よりも少し小さい程度の花ばたけくらいだろう。
「それで──ここはあの穴を落ちた先ってワケよね? それにしては、ずいぶんと明るいようだけど……」
上からは、気持ちのよい暖かな光が降りそそいでいた。ここでランチなんかしたらきっと楽しいだろうな、とのんきな考えが頭にうかんだ。
「ああ、それはバリアのせいだね。きみにも見えるかな? あの上の方に張ってあるバリアの光がここまで来てるんだよ」
「バリア? ……確かに、シャボン玉みたいな変なのがキラキラ光って見えるけど。どうしてそんなこと知ってんの?」
フリスクは話の説明に迷っているのか、言葉を詰まらせた。
「──それは、」
「ボクがフリスクに教えてあげたからさ!」
突然、フリスクの頭から一輪の花が生えた。つやつやとした六枚の花弁がある、花ばたけの花とそっくりな金色のお花だ。なんてシュールな光景なんだろう? わたしは可笑しくなって笑ってしまった。フリスクはきょろきょろと声の主を探している。この花がどこにいるのか、気づいていないらしい。
いやいや、そんなことよりも。この花には顔がついていて、しかもしゃべったのだ! わたしはキテレツな光景に好奇心をかきたてられた。
「うっわぁーかわいいっ! こんにちは、わたしミリカってゆーのよ。そんで、あなたが今生えてるところがわたしの親友のフリスクの頭ね」
「ハロー! ボクはフラウィ。お花のフラウィさ! ふむふむ、ミリカに……その親友のフリスクだね?」
「えっ、上から声が聞こえる!? もしかして自分の頭にフラウィが生えてたりする?」
フリスクは頭にフラウィが生えていることに気がついた。そんなことよりもわたしはフラウィと話をしたかったので、フリスクの問いを無視した。
「なかなかイケてる名前でしょ?」
「うんうん。覚えやすくて、とってもいい名前だね。それよりキミは……この地底世界に落ちてきたばかり、そうでしょ? それなら地底の先輩として、ボクが道を教えてあげないとね!」
「えー、ホントぉー! お花ちゃんが外まで案内してくれるワケ?」
わたしは大喜びした。嬉しさのあまり、頭痛も忘れて両手をあげて飛び跳ねた。
「もちろんさ。ボクもね、ちょうど退屈してたところだったから……」
それでいいよね? とフラウィが聞くと、フリスクは困惑ぎみに“いいよ”と返事をした。
「やったぁ! 決まりね!! さー、行こ行こ。出発進行ーッ」
そんなこんなで、わたしたちニンゲン二人とお花一人(?)の冒険がはじまったのだった。
*フラウィが なかまに なった!
*ミリカは わしゃわしゃと イヌを なでるように フラウィを なでまわした。
…
……
………。
*フラウィは イヤそうな かおを した。フラウィの HPが 1へった!