『湊さん、今日の放課後少しお時間頂けますか?』
紗夜からそのような連絡を受け、指定されたファストフード店へ足を運ぶと、いつも通りポテトのLサイズを二つ机に置いた彼女が神妙な面持ちで一点を見つめていた。
彼女がポテトに手を付けずに待っていることに違和感を覚えつつ、どうでもよいことかと頭を振り対面の席を引く。
「ごめんなさい。待たせたようね」
彼女は少し考えが纏まらないといったような焦りを見せつつ、いつも通りの凛とした雰囲気で応える。
「いえ…こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」
「それで?話っていうのは?」
紗夜が私にアイスティーを渡してくる。
集るつもりのない私はメニュー表から確認した料金分を彼女に渡す。
しかし、それは彼女の唐突な問いによって遮られた。
「___湊さん、貴女は今井さんのことをどう想っているのですか?」
「…いきなり何?」
「返答によっては、私は貴女への評価を改めなければなりません」
彼女が冗談の類を吐く人間でないことはこれまでの経験からよく知っている。
だからこそ、私は嘘偽りのない答えを提示する。
「私にとってリサはリサよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
私の答えに、彼女は少しだけホッとしたような、でも悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。
「そうですか…そうですね。それが湊さんですもの」
「リサに何があったの?」
「貴女にも心当たりがあるのでは?」
「あったらもう解決してるわ。無いから私は…」
「私は?」
零れかけた言葉をちっぽけな自尊心で飲み込み、言い訳染みた弁明を垂れる。
「………こんなこと初めてなのよ。私の悩みを消してくれるのはいつだってリサだったから」
「それで、初めて逆の立場になって貴女は困っているんですね?」
「………」
私はストローを加える。
沈黙は金というが、沈黙こそが雄弁に人の心情を物語っているのではないかと私は顔も知らぬ偉人に嘆いた。
「単刀直入に伝えます。今井さんが調子を崩している理由、それは____貴女ですよ、湊さん」
何となく分かっていた。
でも、気付いたからといってもどうしようもなくて。
そんな現実と向き合うのは怖くて。
無意識に知らないふりをしていた自分を赦せなくて。
私はストローの飲み口を噛み、苛立ちをぶつける。
紗夜はそんな私に追い打ちをかけるかのように話す。
「Roseliaのギター担当としてではなく、一人の人間、氷川紗夜として貴女に伝えます。湊さん、貴女はもっと自分を大切にするべきです。貴女は目標のために犠牲にしてきたものが多すぎる。同じ女性として、私はそれを看過できない」
目標のための犠牲…。
それは時間?交友関係?お金?それとも、もっと別の何か?
だとしても___
「紗夜、それは違うわ。貴女の言う犠牲は私にとって正当な対価よ。貴女がどう思おうと自由だけど貴女の価値観に私を巻き込まないで」
「そのせいで、今井さんが苦しんでいるとしてもですか?」
「………リサなら…あの子なら、きっと分かってくれる。私はそう信じてる。これまでも、これからも」
「そうですか…なら、もう私からは何も言いません」
「…ありがとう、紗夜」
「何のことですか?」
「私たちのこと、心配してくれて」
そして、独り言のように呟く。
「ごめんなさい。湊さん…。ごめんなさい…!」
彼女の涙がなんの贖罪を表しているのかは私には分からない。
私は彼女の頭を撫でようとした手を寸前で引く。
こんな時、リサならどうするのか。
そんな、人として簡単な答えすら、私には分からなかった。
◇◇◇
「湊さん、今日の放課後少しお時間頂けますか?」
日菜から最初に湊さんがお子さんを身籠っていると聞いた時、最初に浮かんだ感情は呆然だった。
呆れてものも言えない。
そんな視線を向ける私に日菜は強い口調で言った。
【私の勘違いで済むならそれでいい。
私が呆れられるだけならそれがいい。
でも、友希那ちゃんは今苦しんでるのかもしれないよ?
リサちゃんが調子を崩してるのもそれが原因じゃないの?
今しかないんだよ、お姉ちゃん!
あの二人を助けられるのはお姉ちゃんだけなんだよ!
今なんだよ!お姉ちゃん!今なんだ!!】
(あの子のあんなに必死な顔…初めて見た)
「ごめんなさい。待たせたようね」
対面の席が動いたことで、目的の相手が到着したことを悟った私は、いつも通りを意識しつつ声を上ずらせないよう気を付けながら挨拶を返す。
「いえ…こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」
「それで?話っていうのは?」
アイスティーを差し出しつつどのように口火を切るか考えるよりも早く私の口は動き始めた。
「___湊さん、貴女は今井さんのことをどう想っているのですか?」
「…いきなり何?」
怪訝な表情を浮かべる湊さん。
そうですよね。
誰だってこんな聞かれ方をしては戸惑います。
寧ろ誤解を与えかねません。
ここは慎重に言葉を選ばないと。
公共の施設で隠語など言語同断です。
私は好物のポテトが冷えていくことにも気づかず言葉を紡ぐ。
「返答によっては、私は貴女への評価を改めなければなりません」
よりにもよって湊さんが不純異性交遊。
しかも、バンドとしてようやく夢に手が届きかけているこの時期にそのような噂が聞こえる。
そんなこと、私は認めないし、認めたくない。
私が真相を突き止めて彼女の言われなき汚名を晴らす。
私は湊さんの言葉の裏に潜んだ感情を読みとるように、ジッと彼女を見つめる。
「私にとってリサはリサよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
嘘偽りのない真っすぐな瞳。
同性の私ですら惹かれそうになる、強い意志の光。
でも、だからこそ私は余計に不安になった。
「そうですか…そうですね。それが湊さんですもの」
「リサに何があったの?」
湊さんはきっと、自分にとって大切なものを捨ててでも、志を曲げない人だから。
「貴女にも心当たりがあるのでは?」
「あったらもう解決してるわ。無いから私は…」
「私は?」
「………こんなこと初めてなのよ。私の悩みを消してくれるのはいつだってリサだったから」
初めて…。
いつも何気なしに使っているこの言葉に、彼女はどれだけの想いを込めているのだろうか?
それは、そういった経験のない私には計り知れないことで。
だからこそ私は次の言葉を___選択を間違えた。
「それで、初めて逆の立場になって貴女は困っているんですね?」
「………」
私は、はっきり言って貴女のことが羨ましい。
貴女の気高さが。
真っすぐな心が。
美しい志が。
でも____
「単刀直入に伝えます。今井さんが調子を崩している理由、それは____貴女ですよ、湊さん」
湊さんの表情に初めて陰りと動揺が生まれる。
その姿を見て私は悟った。
ああ、そうなんですね…。
間違いであって欲しかった。
私と日菜の勘違いであって欲しかった。
でも、そんな思いは幻想だった。
現実とはこんなにも私たちに冷たくするものなのか。
「Roseliaのギター担当としてではなく、一人の人間、氷川紗夜として貴女に伝えます。湊さん、貴女はもっと自分を大切にするべきです。貴女は目標のために犠牲にしてきたものが多すぎる。同じ女性として、私はそれを看過できない」
愛し合うことは素晴らしいことだ。
浮いた話に疎い私でもそう思っている。
それでも、貴女はまだ高校生です。
貴女の選択はとても尊いものかもしれない。
でもその選択はきっと、未来の貴女を不幸にしてしまう。
話してほしい。
相談してほしい。
正直に伝えて欲しい。
一緒に悩ませて欲しい。
私は今井さんのように貴女のことを多くは知らない。
共に過ごした時間もほんの僅かで。
音楽でしか私たちはお互いのことを語れない不器用な人間だ。
でも、だからこそ。
私は貴女の友人で在りたいと、いえ、もっと親しい存在になりたいと心の底から思っている。
だから、湊さん。
お願い____
「紗夜、それは違うわ。貴女の言う犠牲は私にとって正当な対価よ。貴女がどう思おうと自由だけど貴女の価値観に私を巻き込まないで」
お願いだから私の言葉を否定してよ。
言いがかりだって。
何を馬鹿なことを言っているのって、怒ってよ。
私は縋るような想いで最後の問いを投げかける。
「そのせいで、今井さんが苦しんでいるとしてもですか?」
私を、仲間を頼って、信じてはくれないのですか?
「………リサなら…あの子なら、きっと分かってくれる。私はそう信じてる。これまでも、これからも」
彼女の強い意思、覚悟に圧倒された私に、彼女の隣に立つ資格なんてないと思った。
「そうですか…なら、もう私からは何も言いません」
これが湊友希那という女性。
私たちRoseliaのボーカル。
孤高の歌姫。
彼女の選んだ道だ。
今の私にできることは、そんな彼女の想いを精一杯応援すること。
そして、願わくば、いつかは私も貴女にとって____
「…ありがとう、紗夜」
「何のことですか?」
「私たちのこと、心配してくれて」
___親友と呼べる存在にして下さい。
「ごめんなさい。湊さん…。ごめんなさい…!」
涙は止まらない。
何も声を掛けてくれない彼女の冷たさに、どうしようもない安心感を憶える。
気付いてあげられなくて。
頼りない仲間で。
ごめんなさい。
雫が落ちては消えていく。
私はこの日、初めてポテトのことを美味しくないと感じた。
ちょっと日菜ちゃん!?君のせいで紗夜さんがとんでもない勘違いしちゃってるよ!?黒歴史大量生産しちゃってるよ!?もう顔合わせられないよ!!どうすんのこれ!?
波乱の展開に苺は大満足であります。
ダレカタスケテ――――(涙)!!
それではまたの機会に