――3日目
「おお、マスターよ。銃弾にすら耐えられないとは情けない」
「うるせーよ。お前なんて、耐えられなかったら死亡なんだから差してかわんねぇだろ?」
オジェットが危惧した通り、ミケリーノは狙撃され、頭部を破壊されたにも関わらず蘇生していた。
「死ねない男。如何なる奇術か知らぬが、脳が飛び散った分、知能が低下していないことを祈るよ」
如何なるとは、蘇生のカラクリではない。
この、なんの忠も持たない実力だけのアメリカ兵が蘇生条件に該当していることが、ダールマンには不思議でならないのだ。
「下がんないし、死ねないじゃなくて再生してるだけだから。ともかくあのやろうはどうにかしないと」
狙撃ポイントからミケリーノのいた地点まではそれなりに距離があったが、訓練を積めば不可能な距離じゃない。
ランサーからの情報で、あの陣営は、キャスターの真名に気付いたかもしれない。
それでも、仕掛けてくるならば、他の陣営と組してのことになるだろう。
それも、このビルに籠って居れば、凌げるはずだ。
「真名を知るもの同士、バーサーカー組と共闘して明日にもここへ仕掛けてくるかもしれん」
「それってヤバくないか?」
「ランサーのマスターがバーサーカーのマスターになれば危険だが、その時はバーサーカーをお前の口車に乗せて隙を突けばいい。神話の通りな」
出来なければ、いまはマスターが足を引っ張って外も出歩けないバーサーカーが、強化された状態で攻撃を仕掛けてくる。
バーサーカーの宝具ならば、このビルを消し飛ばすくらい容易なことだろう。
「社長の中でおれの口車はどうなってるんだ?」
「誠心誠意命懸けで説得すれば、というやつだ。無理だというのなら代わるが、どうだ?」
「頑張るよ、社長みたいな胡散臭い男より、おれみたいなイケメンのほうが相手も話を聞くだろうし」
「快諾、感謝する。それが通じなければ、マスター側の良識に期待するしかないのが現状だ。必要とあらばとならないよう、うまく誘導を頼む」
魔術協会が雇ったのが、相手ごとビルを更地にすれば隠蔽も楽だと考える良識知らずかどうかは祈るしかない。
どちらにせよ、自分たちが率先して逸脱していいわけがないのだ。
彼女は、昨日の各陣営の動向など気にもせず、一日を読書と家事に費やしたのだが、今日一日は街の散策に当てることにした。
幸い今日は平日というもので、一般人も仕事らしい。
学生の一週間なら、授業と資料集めと自習に消えるものと知っているが、一般人と学生は違うのだろう、なにをするか自分で考えても良い日があることに少々驚いた。
自分が、どちらに属するのかまで、アサシンに聞くのは、なんとなく可笑しなことに思えたので、この話は流すことにした。
それに、今日はちょっとした情報を得ている。
情報源は、なんと、海藤明子。
今回の事件とは、なんの関わりもない彼女ではあるが、令呪を見て、流行っているのかと聞いてきた。
先日、診察した中学生と病院で見かけた骨折をした高校生の右手にも似たようなものがあったという。
おそらく、令呪だ。
どこの誰かまでは教えてくれなかったが、少なくともライダーを召喚した彼ではないようだ。
この時間なら、三人とは出会うことはないはずだ。
なので、好きなだけ散策することにした。
実際はそんなことはないのだが、メイドとして生まれ、囲いの中のメイドとして生きてきた彼女は、善性であっても、メイドとして不要な知識は乏しいのである。
「セイバーは、最優先でアサシンを狙うと言っていたわりに動きがありませんでした」
「はい、策を弄するにしても時間は必要。初日もあの兜を使えば済むと考えていたのなら、愚策を閃くことだけは得意なタイプ。この手の輩はしつこいから困ります」
ようは、アサシンを討ち取ればいいのだから、フェリパが本物か偽物は関係ない。
サーヴァントにさえ勝ってしまえば、あとからあれは影武者だとわめいても周囲がどちらを勝者と見るかは一目瞭然だ。
しかし、聖杯戦争もまだ序盤。一昨日、あれだけボコボコにされたのだ、作戦の練り直しを考えてもおかしくはない。
「ねぇ、アサシン」
「はい、なんでしょう?」
「もし、私宛に連絡などあれば、教えてください」
「了解しました。ですが、現在なんの連絡も受けておりません」
「そうですか」
右手には、自らのイメージとはかけ離れた紋章が浮かんでいる。
令呪に関する知識はないが、自らの魔術回路と直結しているなら、もう少し穏やかな形が出ると思う。
形がなにを基準に決まるかは知らないが、本人の魔力と気質とは無関係ではあるまい。
記憶を消される前の自分は、このような刺々し令呪が出る毎日を送っていたのだろうか?
記憶を無くした状態に加え、根源には、興味はない。
ならば、聖杯に願うのは、記憶の回復。
そのために、記憶は暗示により封印された。
ただのメイドが聖杯戦争を勝ち抜き、根源に至ることが、魔術師にとってどれほどの屈辱になるか、それを考えれば、予防策を講じるのは当然の考えだ。
ともかく、フェリパ=ファハルド=ティヘリナが聖杯戦争を勝ち上がったという実積さえ残せれば、魔術師としての偉業として細かい事はうやむやに出来る。
自分は、フェリパ=ファハルド=ティヘリナを勝たせるための駒でしかないただのメイド。
なるほど、そんな扱いをする主では、苛立っていても可笑しくはない。
「どうかしましたか?」
心配になったのか、アサシンが声を掛けてきた。
「少し、昔のことを考えていました」
「昔? ですが、貴女は」
「はい、私の記憶はあやふやなものしかありません。叫ぶほどではないですが……地に足が着いていないといいますか、不安です」
不安なだけなのは、仮とはいえ住まいがあってアサシンという守護者がいるからだろう。
「貴女を護るべき騎士でありながら、何の力にもなれず、申し訳ありません」
「大丈夫、貴方はセイバーに勝っています。それは貴方が優秀なサーヴァントである証です」
この戦いは、自分がサーヴァントの足を引っ張らなければ勝てる戦い。
フェリパは、スミレと同じ結論に達した。
「この辺りだったわね、セイバー組がいたの」
昨日、使い魔を撃墜されたミラナは、セイバーを伴って、寒空の下、一晩中、待ち構えていたが、待ち人来たらず。
アーチャーを説得しカイロと風邪薬と栄養ドリンクは渡したが、協力までは許可されず、朝からこうして独自調査をすることとなった。
「別に、あいつのことだけ気にして動いたわけじゃないからな」
「わかってる。その過保護気質が、実を結ぶこといいわね」
烈火は、セイバーのマスターに続きライダーのマスターも気に掛けている。
必要であれば、殺す覚悟はあると言ってはいるが、土壇場で躊躇うとアーチャーには思っている。
聖杯に掛ける願いがないなら、セイバーのマスターの幸せでも願っておけと言ったら、ずいぶんと複雑な表情になった。
彼女とその子孫は、呪いのせいで根源には辿り着けないだろうと言ったのに、この反応だ。
余計なフラグを建ててしまったと後悔したものである。
「件のマスター。一体誰なんだろうな?」
最大五騎とされる亜種聖杯戦争で七騎のサーヴァント。
まるで、通常の聖杯戦争のようだ。
「この町の真ん中に、マスターになれる素養のある魔術師がいるとは思いたくはないわね」
「ああ、海藤のこともある」
自分はアーチャー。ミラナはセイバー。オジェットがランサーで、海藤がライダー。ダールマン陣営はバーサーカーではなくてキャスター。初日にセイバーやライダーと打ち合っていたのは、信じられないがアサシンと呼ばれていた。
残るは、サーヴァントはバーサーカー。
「危なっかしくても、フォローは最小限に、いいわね?」
「ああ」
一人目の時は、気にしなかった。
二人目の時は、無理に、悪ぶらなきゃいいのにと思った。
今度は、なんと言って自分を誤魔化そう。
「面倒を掛けて済まない」
アーチャーはため息を着いた。
「ワタシはまだいいよ。サーヴァントだし、期間限定の付き合いだから。でも、マスターはいずれ親の後を継ぐ身なんだから欲張りの境界線は、ちゃんと、見定めること。それと、私が自己判断で動かざるを得ないなんてことにならないよう、気をつけて」
「ああ、わかった」
彼女個人と単独行動と陣地作成スキルを持つサーヴァントとしての二重の注意だ。
烈火と違って彼女には叶えたい願いがある。
その願いは、なにものにも換えがたい。
烈火も必要なら誰であれという覚悟はしていた。
サーヴァントにとってマスター殺しは然したるメリットがないからか、それに自分も入るとは考えていなかった。
越えたくない一線はあるものの、その境界線は個々に違う。
彼女の場合、マスターへの忠義は完全に線の外。
心苦しいが、必要とあらば見捨てる。
嘆きはするかもしれないが、やはり、我が子の命には代えられない。
基本的に、サーヴァントが五騎までの亜種聖杯戦争で根源に至るには、現地のサーヴァント四騎とよそのサーヴァント一騎、さらに自らのサーヴァントの、計六騎分の魂を使う必要がある。
サーヴァントからすれば、ひどい話だが、魔術師なら、平気でも可笑しくない。
昨日今日会った相手のために宿願を放棄して、次に巡ってきたチャンスで、そんなやつと組まされるかと考えるとゾッとする。
良いマスターと巡り合えても、結果が伴わなければ意味がない。
ならば、結果を出せば丸く収まる話だ。
「幸い、アサシンのマスターはろくでなしらしいからライダーの次はこっちよりも先にそっちを叩いてしまうのもありなんじゃない?」
「私、ろくでなしなんかじゃありません!」
あのお嬢ちゃんは自分で倒したいみたいだけど、と続ける前に横やりが入った。
どうやら、件のアサシン組らしい。
バーサーカー組を釣るために、気配遮断をしていなかったせいで余計なものが釣れてしまった。
「今の発言は我がマスターに対し、あまりに無礼。即刻、撤回していただきたい!」
アサシンとは思えない騎士も一緒になって反論した。
いきなり斬りかかってこないのは、見た目通りの騎士だからか?
「アサシンのサーヴァントとそのマスター?」
「ここに居合わせたのは偶然かしら?」
アーチャーが、即座に口を挟んだ。
「はい、街を散策していましたら偶然」
「そうか」
アサシンのマスターは、誰も信じないような言葉を吐いた。
他陣営が、争っているところへわざわざ割り込む必要はないし、拠点に籠っていても構わない状況だが、使い魔を利用するのではなく直接確かめるタイプらしい。
昨日、彼女に似た人物が入ったホテルで、窓から女性が投げ出され、その後、その部屋で爆発騒ぎ。
彼女が凄いのか、相手が間抜けだったのか、どちらにせよ、力尽くで戦力を、手に入れたのだろう。
彼女と対峙するには、そいつらにも気をつけなければならない。
そもそも、そいつらがライダーを召喚していれば、こんなにも悩まずに済んだものを。
「いまは、人払いも音声封鎖も出来ていないし、こちらとしては先にライダーを倒して置きたいんだが、それでも勝負したいというなら相手になる」
姿が見えないだけで、死角に人が居てこの会話を聞いているかもしれない。
日中に騒ぎを起こせば間違いなく警察沙汰である。
伝があるとはいえ、聖杯戦争中に逮捕されたなど、笑い話にもならない。
この言葉で、事が荒立つかは、賭けではあるが、ある意味切実な話だ。
「私は、不躾にろくでなし呼ばわりするのはよしてもらいたかっただけです」
「ああ、そうだな。悪かった。すまない」
「はい、許します」
彼女は、お姉さんぶった口調で言った。
また、この手の女か。
「結局、謝っちゃって。相手は敵なのに」
アサシンのほうは、納得していないようだが、マスターが引き下がるなら、ひとまずそれに従うように構えを解いた。
たいした制限はないが、宝具が、投射系であることが多いアーチャーと死角から狙うことが基本戦術のアサシン。
本来は、どちらも、正面から戦うには不向きなクラスだ。
目の前の騎士が、接近戦が苦手には見えないが、セオリーを無視するのはまだ早い。
マスターへの奇襲ができるアサシンは早急に封じておきたいが、容易に離脱出来る状況で仕掛けるほど、こちらもバカじゃない。
「セイバーのマスターから聞いた話だと、あんたは時計塔の法政科の人間らしいが、なんで、聖杯戦争に参加した? あそこは根源にも聖杯にも興味があるやつはいないんだろう?」
「それは……」
魔術師は、神秘の秘匿は絶対という独自のルールを持っている。
時計塔では、これを自己監督しているというだけでは信用できないと魔術師同士で法を創り互いに監視し合っている。
それを、運用する人材を育成し、時計塔の秩序を護っている法政科という学部、謂わば内部警察。
当然、魔術師との戦闘訓練もしているはずだ。
戦うなら、殺す気でぶつかってくるだろう。
厄介な相手だ。
「誤解されたくないので、正直に言います。私は、気づいた時は、この街に着いていて、あるのは役割だけ。それより前の記憶がないんです。なので、過去の私のことを聞かれても答えることは出来ません」
確かに、隠してもこじれるだけだが、それを正直に話すのは、それはそれで感心する。
「セイバーのマスターはこのことを?」
「ご存じないはずです」
「熱を上げてたわりに向こうの片想いだったわけね」
アーチャーは肩を竦めた。
「確認はあとでさせてもらうよ。さっきも言ったが、俺は、まずライダーを仕留めたい」
「理由は、聞かないであげてね。マスター同士の個人的な因縁だから」
アーチャーは、追求してこないよう釘を刺してくれた。
「アサシンはどうです?」
アサシンは、初日にライダーに再戦を希望すると伝えている。
そのライダーがやられてしまっては元も子もない。
「マスター同士の因縁ならば、私個人の意見より優勢されるべきでしょう」
そもそも、ライダーには拒否されていた。
「なら、ご健闘をとだけ言わせていただきますね」
どちらにせよ、勝ち残っていけば、戦わないわけにはいかないが、倒したい相手がいるなら戦わせても問題ないだろう。
勝ち数ではなく、最後までサーヴァントを残していた者が勝ちなのだから、放置している間に潰しあってくれるのは、他の参加者からすれば有難い話だ。
アサシンのマスター、なかなかにしたたか。
「……これだけ、接近しているのにバーサーカーは仕掛けてこないし、魔術を使った痕跡もない。バーサーカーのマスターは魔術に関しては素人なのかもな」
もしくは、残子を漏らしていないか、消えるまで大人しくしていたか。
素人ならば、燃費の悪いバーサーカーを使わされるとは、よほど運がない。
玄人ならば、終盤で一気に他陣営の殲滅に動くだろう。
「こちらは、やることを済ませた。あんたらはどうする?」
「どうすると言われましても、散歩の続きをするだけですけど?」
素人のバーサーカー組を狙うよう誘導してみたが、あっさりした対応。
それとも、油断を誘っているのか?
「そうか、夜に眠気を引き連らないようを気をつけてくれ」
魔術師でありながら、この警戒感を感じさせない雰囲気は非常に危険だ。
気配遮断があるアサシンはともかく、声が届く範囲まで近寄られてもアーチャーに気付かれなかった彼女だ、対魔力が高いサーヴァントならともかく、対魔力のないサーヴァントやマスターはすでに彼女の術中にはまっている可能性すらある。
「お気遣いありがとうございます。それと、ついでにと言ってはなんですが、ライダーのマスターには危害を加えないでください。彼は私のせいで巻き込まれたようなものなので」
もしかして、見られていたことに、気づいていないのか?
「マスターに危害を加えるつもりないってのは、もとよりそのつもりだ」
いったい、どう糸がもつれれば、素人が巻き込まれる事態になるのか疑問だが、戦争とは、そういうものなのだとひとまず割り切ることにした。
「まぁ! 重ねて、ありがとうございます!」
彼女は、本当に嬉しそうに見えた。
意味がわからない。
アサシン組と別れ、無言で歩いていたアーチャーが口を開いた。
「あのアサシンはヤバイわ。いまのワタシじゃ、とても不意討ちは出来そうにない。かといって、正面からってのもキツい。勝つけど、キツい。ライダーで喚んでくれたら、チャリオットで撥ね飛ばしてやれたのに!」
ライダーで召喚された自分は、ミラナ以上に落ち着きがなく、戦車を引く馬も姉への当て付けで取り寄せた光纏う悪、幻想種だから性格的にも能力的にも手に余ると言っていたのを忘れたのか? 胃に穴が開きそうな気分とは、まさにこのこと。
ここは、別のことに頭を巡らせよう。
セイバー並みのステータスのアサシンというのは、あり得るのかはともかく、あんな正規の騎士の姿をして暗殺者はないだろう。
ここは、視点を変えて、セイバーとアサシンの霊基がなんらかの理由で混濁していると考えれば、話は別だ。
そうなると、やはり、アーチャーはキャスターと混濁していると考えられる。
キャスターも、バーサーカーと混濁しているなら、ダールマンはウソを言っていないことになる。
ランサーは、アーチャー? 槍を使うアーチャーは……沢山いるな。
「どうしたの?」
「いや、少し考えをまとめてた」
単独行動と陣地作成を持つサーヴァント、これほど燃費の良いサーヴァントはほかにいるまい。
当人が言うように、彼女の技量なら、魔術でステータスを強化して近接戦に持ち込み、宝具さえ使わせなければ、あのアサシンにも勝てる。
気配遮断を利用しての奇襲も、紋章魔術で探知を掛けて置けば、防げなくもない。
眼の色は違うが、顔がテヘーラと似ているのは、彼女自身にアリバイがある上、あらかさま過ぎて判断出来ないので保留。
あの赤い眼も、あれの人型が現れたという話も聞かないし、ホムンクルス特有のものか、生まれつきのものかも解らないので保留。
問題は、宝具の使い所など一度の判断が勝敗を別ける点、死力を尽くさねば勝てない相手である点だ。
勝利したとしても、別陣営から不意討ちされた場合、対処する余力などないだろう。
「うん、この状況、因縁と呼ぶには、ちょっと違うわね。なんと呼べばいいのかしら?」
「なら、因果あたりでいいんじゃないか?」
「なるほど」
因縁と因果にどれほどの違いがあるかわからないが、アーチャーは納得したかのように見える。
「マスターは人間関係の中心になってきた感があるけど、バラバラの肉片にならないよう気をつけてよね」
「ああ、わかってるよ」
アーチャーは、揶揄なのか予想なのか判別し辛いことを言った。
烈火も、まさか自分が目に立つとは、本気で思っていなかった。
それも、台風と逆で強風状態であるから困ったものである。
「アサシン、私のしたことは甘いのでしょうか?」
アーチャー組と別方向へ歩いていたフェリパは気にしても仕方がないことを言った。
「たしかに、甘いと言われても仕方ないことをしています」
フェリパの言ったことは、ライダーのマスターの役に立つかもしれない程度で、結局は誰も得をしない可能性だってある。
「ですが、サーヴァントを失ったマスターに危害を加えるべきではないという意見には賛同します。仕える者として貴女の考えに敬意を」
「そう言っていただけると、こちらも気が楽になります」
「……実は、バーサーカーのマスターについては、心当たりがあります」
アサシンは、笑みを返してから表情を引き締めた。
アサシンが、バーサーカーのマスターと思われる少女の下への案内を申し出た理由は二つ。
一つは、バーサーカーを通じて自分の存在に勘づいた可能性が捨てきれないこと。
もう一つは、彼女はマスター殺しに対処することが出来ないことだ。
正直、アサシン自身は外れていて欲しいと言い、前回の聖杯戦争での顛末も聞いた。
前回の聖杯戦争で、騎士に護られていた少女が再び戦場へ出ていることは気分のいいものではない。
もしかすると、彼女を危険にさらすだけかもしれない。
それでも、彼女の安否は確認しておきたい気持ちも理解できた。
アサシンに案内されて訪れた一軒家。なにかの魔術が施されているわけでもければ、魔術工房となってるわけでもないようだ。
「アサシンの言うその女の子がバーサーカーのマスターだとしたら、アーチャーのマスターさんたちは、セイバーのマスターさんの誤解を解いてくれなくなりますね?」
あの説明では、文句を言われる筋合いはないと思わないし、どのみち蹴散らすのだから恨まれることには変わりない。
「それどころか、セイバーとともに仕掛けてくる可能性も高くなります。しかし、彼女と先代のマスターであるディアナとは短い間ながらもたしかに信頼が存在しました。セイバーの私なら、主命とあらばと自らを剣とし捨て置けるかもしれませんが、いまの私はライダーの霊基に近く捨て置くことはないのです」
いまの彼は、王とともに敵を討つ騎士ではなく、王とともに民を護る騎士。
マスターによっては、セイバー時よりわずらわしく感じる。そんな言葉を聞いた気がする。
飛行機の中ではない、何処からか城のような場所。
「それでも捨て置けと命じるのであれば、そのようにします」
沈黙を行動の思案と見たのか、アサシンが口を挟む。
アサシンとしても、令呪を使ってもらいたいわけではないのだ。
「ここまで来て、それはないでしょう?」
もう後には引けない。というわけでもない。
遠目に確認しようにも、この時間帯では、それも容易ではない。
この方法が一番確実なのだ。
セイバーやアーチャーなら、殺されていなければというお小言と可能性を突き付けてくるだろうが、彼はそのようなつまらない真似はしないのだ。
「マスター、今日も新たなサーヴァントとマスターが訪ねて来たぞ」
「……わたし、モテてるの?」
「ああ、モテているな」
思い出してみれば、前回のライダー組やアーチャー組には助けて貰い、バーサーカー組とは因縁が出来た。
今回も、着実に集まりだしている。
カリスマ?
「身体のほうはどうだ?」
「それはまぁ、なんとか」
いざ、戦闘となれば、バーサーカーは消費を抑えられない。
宝具は、威力と魔力の消費が大きいため使えない。
ライダーの時のように家の裏からマスターの横をすり抜けて敵を正確に射抜く、純粋に武人としての力量が試される。
そも、バーサーカーは武人ではないのだが、
「鳩の人かな?」
「こちらの意図を酌んでくれない別のマスターやもしれんぞ」
「見た目は、どんな感じ?」
「マスターは女で、サーヴァントは西洋の騎士だ」
「マスターは女の人でサーヴァントが西洋の騎士?」
といっても、幅が広過ぎる。
けど、もしかすると……。
「ディアナさん! それにライダーも。二人とも生きてたんだね!」
「いえ、わたしは……」
少し悩んだ。勘違いさせておいても問題はないのである。
「初めまして、歌方スミレさん。私はフェリパ、ディアナの妹です」
令呪は消費済みのようだが、マスターには違いない。
影武者であることは、さすがに伏せておく。
追及された場合は、記憶喪失と言えばいいのだ。
「あっ、えっと」
彼女の表情は、笑顔のままではあるが、目に見えて動揺している。
「ごめんなさい……」
「こちらこそ、勘違いさせて申し訳ありません」
「私からも謝罪させてください。前回はディアナも貴女も護れず、恥を晒らしてここに参りました」
「そんなことないよ、ライダー。いまはアサシンなんだね。とにかく入って」
スミレは、二人を家に招き入れた。
「床に座るのはなしだよね? リビングへどうぞどうぞ」
「失礼します」
スミレは、本当に嬉しそうだ。
「そうだ、バーサーカーのことも紹介しないといけませんね。バーサーカー」
アサシンは、霊体化した男が立っている時点で、参加者であることは、わかったが、よりにもよってバーサーカーとは。
「サーヴァントバーサーカー、真名」
「いえ、真名を告げることはご遠慮願います」
アサシンは、真名を名乗ろうとしたバーサーカーを止めた。
「護るべき者を護れなかった今の私は自らの真名を名乗るに値しない。しかし、相手にだけ名乗られては礼儀に反する。スミレは私の真名をご存知かもしれませんが、ライダーにさせてしまった無礼を繰り返したくはないのです」
厳密には、真名を名乗られた訳でもないのに、アサシンは律儀なことを言った。
「おかしなことをと思うかもしれませんが、彼の顔を立てると思って納得してくれると助かります」
フェリパも付け加えた。
「そうか。そちらがそう判断するなら、私も名は秘するとしよう」
「ありがとうございます。そちらのバーサーカーは、話に聞いたバーサーカーは、幾分と違いますね。バーサーカーというクラスは、かろうじて意志疎通が出来る程度の扱い辛いクラスだと、聞いていましたが」
生真面目な騎士のフォローも兼ねて、フェリパは話題を変えた。
「まぁ、バーサーカーは狂化より単独行動のほうがランクが高いくらいですからね」
「こちらも適性がなさそうなアサシンですし、そういうのもあるんですね」
生前は、よほど一人でいた期間が長かったのだろう。
それでいて、バーサーカーとしての適正もある。狂人にも狂暴にも反抗的にも見えないが、名も知らぬ相手のなにが分かると言われてしまえばそれまでだ。
「しかし、バーサーカーを扱うことは、貴女の魔力では容易なことではないはず」
「うん、見ての通り、ランサーと違って大変ではあるかな」
「だったら、なぜ、放棄せずにいるのです。貴女は魔術師ではないし、聖杯に掛ける望みもないと言っていたではないですか?」
アサシンは、声を荒らげたい気持ちを抑えながら、努めて穏やかに言った。
参加資格の放棄、言ってしまえば、サーヴァントを自害させることだ。
前回は、それが出来ず死にかけたというのに、人間は簡単に変わらないのか、それとも、変わってしまったのか?
一長一短の話で、騎士でもない少女に対して、どちらを選ばせればいいか、どちらにせよ、アサシンに選択を迫る権利はない。
しかし、優先すべきは、歌方スミレ当人の安全だ。やらせた者として出来る範囲でも責任を引き受けよう。
「ごめん、アサシン。わたしは命の恩人で友達になれた二人を殺した相手を恨まずにはいられない。ディアナさんも平崎さんも死ななきゃいけない理由なんてなかった。そう思うと我慢が出来なくて」
「平崎?」
「前回のアーチャーのマスターのことですね。私たちは、話に聞いただけで会うことはありませんでしたが」
「わたしは、道で倒れたところを助けてもらい、病院であの人から聖杯戦争の話を聞きました。アーチャーさんも病院で戦うことを良しとしない人だったので、戦うことはありませんでした」
「でも、そうでない方がいたんですね」
「病院でアーチャーさんと戦ったのは不本意だったと言ってはいました。でも、彼の家族まで殺してすべて無かったことにした人を信じろというほうが無理ですよ」
たしかに、患者や職員のいる建物で騒ぎを起こすのは、本位ではないのは解る。
家族まで殺したのは、アーチャーを取り逃したから、その分の令呪が出ることを見越してか?
真相は、解らない。
「それに関しては、私とディアナも同意見でした。セイバーは、私たちが共闘して倒していましたので、どっちにしろそこで終わりとなることはわかってはいましたが」
結果は、二組揃って返り討ち、前回のランサーがどれだけの実力だったかは、ともかく、ライダー時の彼を倒すだけの実力ともなれば、サーヴァントはもちろん、マスターも相当でなければならない。
スミレがアサシンの真名を知っているということは、つまり、宝具も使用したが勝てなかったということだ。
「その方は今回も参加しているんですか?」
「いえ、サーヴァントは同じだそうですけど、マスターとクラスは変えるそうです。今回はキャスターにすると言ってました。本当のことを言っているかは、断言できませんけど」
彼女の笑顔が一瞬だけ崩れた。当然のことながら、心底嫌っている。
しかし、どうやって、キャスターにするのか、バーサーカーとアサシンを先に引かせれば、キャスターがくる逸話や触媒などがある英霊がいるのか?
「でも、キャスターを引き当てているなら、早めに対処したほうが良さそうですね」
時間が経てば経つほど、陣地作成で強化された拠点での戦いは不利になる。
特に、対魔力を持たないアサシンが相手をするのは難しい。
殴打武器に使うほど強硬な盾も、さすがに魔術まで防せぎきってくれるわけじゃない。
対魔力がないアサシンには、やり辛い相手だ。
かといって、放置していい相手でもない。
「はい、こっちはいつでも大丈夫です」
協力は惜しまない。むしろ、こちらから頼みたいと考えているのが、よく伝わってくる。
さすがに、無用心が過ぎる。
「ですが、以前のを含めて、キャスターの真名はわかっていますか?」
「あっ、すみません。それは……判んないです」
「私も真名に繋がる情報は持ちあわせておりません。ご容赦を」
「いえ、お二人を責めたいわけじゃないです。えっと、なにか真名に繋がる情報はありませんか? 服や身体の特徴とか武器とか」
「そうですね。外見は、片眼で貧民のような服で、身体に鎖を巻かれた囚人のような男。私の鎧を貫ける木製の槍と金属製の盾。私が確認出来たものはその程度しかありません」
「わたしもです。片眼で、武器が木の槍だから、オーディンかと思ったんですけど、神様はあんなボロボロの服は着てないと思います」
宝具すら出す必要がなかったほど、強力なサーヴァントなのか。
「そうですね」
そもそも、オーディンは神霊に該当するので、サーヴァントとして容易に喚べるものではない。
この娘は、そんなことも知らないで聖杯戦争に参加しているのだ。
しかし、ただの木製の槍で、アサシンと戦えるわけがない。
そのカラクリがわかれば、真名の手掛かりになるはずだ。
せめて、その木がなんの樹かだけでも判れば、
「……もしかして、そのサーヴァント、アサシンの剣が槍が当たらないようにしていませんでしたか?」
「確かに、盾や鎖で受け止められたことは何度もありましたが、槍に止められたことは一度もありませんでした」
「そういえば、ランサーの槍は受け止めていたけど、アサシンの剣は触れさせるのを避けていた、見方によってはそう見えるかも?」
盾で止められないなら鎖で、少なくとも槍は使わなかったのは確定。
「つまり、奴には、槍で受け止められない理由があった。そういうことですね?」
「そういうことです」
木製とはいえ、サーヴァントの槍だ。そう簡単に燃えることはない。
しかし、アサシンの聖剣が有する機能に加え、その樹自体が焼失する前の枝から作られたものであり、逆説的に熱や炎を弱点としているなら?
死後の信仰により神性を持つのとは逆の現象、生前に自らを人間と誤認させた逸話のある神がいるとしたら?
机上では可能とされた神でありながら神に該当しない神の召喚、デウスエクスマキナでも分神でもないオリジナルをサーヴァントに出来てしまうのではないか?
ついさっき否定した無茶な推測だが、自分とは違う本物の魔術師をマスターとした彼に勝ったのだ、それくらいの無茶はしていかねない。
「一説に過ぎないので断言は出来ません。しかし、可能性がないわけでもない」
そうなると、その枝は難物だ。なにせ、バーサーカー時なら出来なかったのかもしれないが、ほかのクラスなら、必中の投げ槍として機能してもおかしくない。
サーヴァントが小聖杯にいくまえに、オーディンの下へ着くようなことはないだろうが、そうだとしたら、真っ先に潰さないと危険だ。
「バーサーカー、貴方は炎や熱を操る術を持っていますか?」
「私は、いかなるクラスでも全ての武器を十全に使いこなす事が可能であり、その中には、アグニ神の武器も含まれる。しかし、それを使うには、マスターの魔力が足りない。その時がくれば通常兵装で勝ってみせよう」
アグニ、インドの炎神の武器が使えれば、心強かったのだが、それがなくとも、かなりの技量をお持ちのようだ。
「すみません。わたしの力が足りないばかりで」
悄気てはいるのは判るが、表情は笑顔のまま。
この娘の表情、何かがおかしい。
「気にしないで下さい。そのために、私たちは協力するのですから。そうですね、当面、バーサーカーにはスミレさんの護衛に専念してもらいます。しかし、キャスターには、期をみて仕掛けますので、皆様方、そのつもりで」
「わかった」
「お任せを」
「はい、ご一緒させていただきます。わたしは足手まといですが、バーサーカーは役に立つはずです」
出来れば、この娘を危険にさらしたくはないが、そうも言ってられない。
ニ騎のサーヴァントを支えるだけの魔力がない我が身が恨めしい。
「ですが、いまは自衛第一で、私たちに対しても含めて周囲への警戒を怠らないこと、これが同行の条件です」
「フェリパさんたちにも、ですか?」
「そうです。もしかすると、私たちに化けた偽物かもしれない。隙を見せれば、助けてくれた相手から攻撃されるかもしれない。常にそう思いながら行動してください。このあたりには、簡素な結界もないのですから」
神を相手にするかもしれないのだから、それに対する抑止力が働くかもしれない。
サーヴァントのような形で現れることもあるらしいが、その場合は、関係者を皆殺しにすることもあるらしい。
抑止力からバックアップを受けたサーヴァントは、そのサーヴァントの最高の状態で現界する。
どんなサーヴァントでも喚べるわけでもないが、こちらの有利に動いてくれる保証はどこにもない。
武器制限のあるセイバーが弓を、ランサーが剣を持ち出すこともあるくらいの気持ちでいなければいけない。
「不得手なりに、結界は張って帰りますが、有って無いものとお考えください」
見破られる確率を少しでも減らすなら、スミレに黙って作業しても良いのだが、フェリパは無意識に人間染みた行動をしていた。
自室へ帰ってきた烈火は、携帯電話とにらみあっていた。
やることは、簡単だ。
ライダーをメールで呼びつけ、アーチャーに倒させる。
誤字脱字はなし。度胸もなし。
それに業を煮やしたアーチャーが動いた。
烈火の携帯電話を奪い取り、すっかり慣れた手付きでメールを打ち直して送信した。
「おい」
明らかに、烈火の打ったメールではなくアーチャー自身が打ったメールを送信していた。
「じれったいのは、良くないわ。諦めなさい」
アサシン相手だったら、もう少し慎重になっただろうが、ライダー相手ではそうもならないらしい。
こんな感じで姉に喧嘩を売っては撤退するを繰り返した結果、仕切り直しがAランクにまで伸びたのだが、いかんせん慎重さが見えないから怖い。
「今さら、怖じ気づいても遅いわよ」
「わかっている」
メールの件名は、挑戦状。
内容は、時間と日時だけが書き込まれている。いつもの言動に似合わない、必要最低限の内容だった。
アーチャーも緊張しているのかと思ったが、それが、烈火の打った文章だと思わせるためだと考えるまで時間は掛からなかった。
烈火からメールが届いた。
文面を見て、霊体化していたライダーが、「あの女か」とぼやき、それに反応して「あの女?」と声に出してしまった。
見えない相手に対しての返事は、周囲からは独り言として映る。
普通の高校生は、女性を『あの女?』なんて呼ばない。
骨折で休んでいる同級生の携帯から女性がメールを送ってきたとなれば、どういうご関係? と返ってくるのは当然のこと。
機敏に反応するクラスメイトをなんとかやり過ごして、再度、メールの内容を確認した。
挑戦状。緊張していたのか、無駄のない文章となっているが、それでも無愛想な感じがしない。
「アーチャーが打ったとして、日向に秘密でってことはないよな?」
アーチャーを直接見たわけでもないが、なんとなくそう感じた。
「たとえ、アーチャーが打ったといて、送信履歴は残る。送信後、削除してもデータは消せぬ」
「削除したデータが残るって、おれも知らない話なんだが」
「うむ、その機械、生前の某であれば、さぞ重宝していたであろうからな」
アーチャーは、熱中しているかもしれない。
いまは、いつ消えるともわからないサーヴァント、しかも、行動範囲はこの街だけ、マスターと連絡を取り合うほど離れては護りが疎かになる。
メル友が出来ても、迷惑を掛ける結果となるのは目に見えているので自粛しているのだ。
話を戻そう。
「ライダーが情報が大事にしてるってのは、今さらな話か。時間は今夜、場所は日向の工場か」
先日と同じ場所で続きをやろうというのだ。
問題は、天気。いまは晴れているが、夜には雨が降る可能性がある気の滅入る天気だ。
祖父に秘密で出掛けるのには、苦労しそうだ。
問題の祖父は、空気を読んだかのように、『またしばらく旅に出る、今度会ったら、昔話でもしよう』と書き置きと新しい義眼を残して、旅立っていた。
まるで、放浪癖があるかのように、自分でも止められないかのように、あちこちさすらっている。
若い時に苦労して稼いだ金を消費しているだけらしいから、それはそれで構わないが、一年前に出掛け最近帰ってきてまた出掛て、よく金が足りるものだ。
鉄も斬れる剣を打ったとか、着れば訓練なしでも5Gに耐えられるスーツを開発したとか、物騒な自慢していたから相応に稼げる仕事をしていたのだろう。
日向も知らない業界の話で信憑性に欠けるのは否めないが。
「まぁ、ボケてるわけでもないからいいけどさ」
その上、足腰も丈夫なのだから文句の着けようもない。
愛用のコートも日本人の老人なら着なさそうな空色のコートだ。そうそう行方不明にはなるまい。
「なんにせよ、今夜のことに集中出来るな。何か準備しておくことはあるか?」
「ない!」
ライダーは、気合いの入った声で言った。
「そっかぁ、ないかぁ」
そもそも、秀は、仲間なし道具なしなのだ。
用意出来るものは、自分の防寒具くらいしかない。
相手指定の場所に、バカ正直に行く必要もないのだが、バカ正直に行くことにしたバカである。
ライダーのほうは、バカ正直に行くわけではなく、前回、日向の敷地内に残して来た三ツ者から情報を得る予定だ。
唯一の出入口である正面口が使えないゆえ、気配遮断をフルに活用して大人しくさせていたのだ。
ただいるだけで、どれほど、情報を集められるかは別として、合流して罠と暗殺に備えなければいけない。
烈火自身は、秀を殺すつもりはないだろうが、アーチャーまでそう考えているとは限らない。
秀の祖父に、あの時自分が出掛けていなければと後悔させないようにしなくてはならない。
「む、大事なことを忘れておった」
「大事なこと?」
なんだ?
「この家での話を聴かれぬようにしたゆえ、ぜひ話しておかぬばならぬことがあったのだ」
「それは?」
ニュアンスからして重要な話のようだ。
「うむ、実は、某は……」
真名は判明したが、宝具に制限のないライダークラスで、宝具が、あの軍配だけとは思えない。
ほかの武器による逸話は見当たらなかったから、召喚、諜報、能力付与系か。
逸話的には、召喚できるであろう騎馬隊は銃撃に弱いのだろうが、アーチャーの時代に銃なんてなかったから弱点は突けない。
能力付与系なら、四天王に風林火山に準えたものがくるだろう。
風なら高速移動、火なら火力上昇、そんなところか?
削られた影と雷の対策も考えておくか。
来馴れた友人宅ではあるが、いまや、敵の城だと思うと気が重くなる。
「初陣のような顔をしておるな。友との一戦ともなれば、緊張も当然か」
「それも格上、前回と違ってガチときてる」
秀のやりたいことは、結局のところ、巻き込まれる人間がいなければいいだけの話だ。
魔術師が、神秘の秘匿をどれだけ重視しているかという基本でありながら、行動指針に関わる情報を得られないのは致命的だった。
「気休めではあるが、ライダークラスには対魔力が付与されておる。それに宝具という奥の手もある。サーヴァントの力は、マスターの魔力が源流ゆえ、使われてキツいと感じるであろうが、それもマスターの責務である、耐えてもらわねばならん」
「ああ、わかった」
最大消費の宝具も、令呪を一画使えば、マスターの魔力に頼らなくと一発は打てる。
まだ、使うには早い。
正門をくぐり、指定の場所。日向烈火が魔術師だと知ったあの場所へ。
道中、三ツ者と合流し、情報を得た。
サーヴァントのクラスはアーチャーで、外見は女。
彼女は予想通り魔術を使う。
詠唱系ではなく刻印系、敷地内の木や石にも付けられている。
当然のことながら、空中刻印も可能で、同じ魔術なのかは断定出来ないが、前回の戦闘で使っていたのはこちら。
さすがに、種子島や砲であれと撃ち合いはしたくない。
それにしても、こうも早く、刀の腕を披露することになろうとは思わなかった。
射撃相手に刀を使ってひどい目にあった経験はあるが、戦場でらしくないことをするのも、危険極まりない。
軍を動かせないとなると、これが最善策だ。
後は、その女が、どれだけ戦い慣れているかで判断するしかない。
「来てやったぜ、日向!」
烈火は、一瞬だが正気を疑うような、苛立ちを隠せないような顔をした。
「ライダー、律儀に従わないで止めてもよかったんだぞ?」
烈火は、まだ話が通じそうなほうに言った。
「越えねばならぬ壁ならば、早々に越えてしまうに限る。そちらもそう判断したのではないか?」
ダメだった。
「だってさ、坊っちゃん」
アーチャーは、本人なりに控え目に笑った。
「こちらにとっては、壁どころか柵にもならない。が、敵対するなら蹴散らすまでだ」
「日向、おれは、お前のことを敵じゃなくて対戦相手だと思ってる」
「なっ!?」
「ほかの連中に対してもそうだ。対戦相手だから勝負する。関係ないやつは巻き込まない。敵対じゃないからどっちが勝っても恨みっこなしだ!」
正面から考えをぶつける。これが、戦闘で役に立たないマスターの戦い方だ。
「類は共を呼ぶ」
「うるさい。だいたい、魔術師相手にそんな考えが通じるか!」
「なんでも願いが叶うって話なら、イカれたやつだって寄ってくる」
「毎度、変な理屈を思いつきやがって」
なにかあれば、すぐ首を突っ込みたがる。
それでいて、自信満々。
「出来るようになったんだから、やらないわけにはいかない。それに、おれからきれいごとを取ったら、なにも残らない。だろ?」
それも、自覚して開き直っている。
「今回は、いつもみたいにヒーローごっこで済ませられる状況じゃないって話だよ!」
「オレは、なにも知らないで巻き込まれるやつが出るのがいやなんだよ」
烈火の、痛い目に遭う前に穏便に済ませたいという気持ちは届かない。
アーチャーとライダーは、つくづく面白いマスターに巡り会えたと笑みを浮かべる。
お互い、こういう手合いだから喚ばれたのかもしれない。
微笑ましいライバル関係というやつだ。
なにせ、二人のライバルは人の話を聞かない。
「ヒーローごっこだとしても、やれるならやらないわけにはいかない」
「埒が開かない、アーチャー!」
進まない問答を諦め、烈火がアーチャーに指示を出す。
会話で事態が動かなくなれば、後は武器であるサーヴァントの仕事だ。
「はいはい、まぁ、虚勢でもストレートなのは嫌いじゃないわよ」
アーチャーは、我が子に言うかのように穏やかな声音で返した。
「ライダー、頼むぞ」
「うむ、我らの闘い、しかと付け焼きするがよい。時にアーチャー、お主は名前の関連付けというものを知っておるか?」
「そりゃ、知ってるけど、貴方、名前に関してなにもないでしょ?」
「やはり、心得ていたか。ほれ」
ライダーは、秀に軍配を手渡した。
「いいのか?」
「仕事が欲しいと言っていたのでな。軍配持ちというやつだ。それに、やつを相手にするなら、軍配より刀を抜いたほうが良い」
武器制限が緩いアーチャーが近接武器を使わないとは限らない。
弓での殴打をしてくる可能性だってある。
こと刀剣を相手にしないなら、この軍配よりほかの武器だ。
「適当に振り回しながら、観戦するがいい。刀以外にも、礫を払い落とすことにも使える優れものぞ。ついでに、これは、柵の代わりだ」
そう言って、刃が二段になった薙刀を秀の前に打ち立てた。
コンクリートにひびが入る。
「悪いな、気を使わせて」
マスターが、サーヴァント相手に武器を奮って通じるわけがない。
秀の能力は、烈火に届くまい。
「なにをする気だ?」
烈火は、いぶかしんだ。
杖相手だから三倍段を軽視しているのではあるまい。
セイバーでないなら、長装を相手取るには長装を使うべきだ。
「武を持ってアーチャーを討つためだ。流れ弾を気にしながらというのは、武人として無礼というもの。無論、マスター狙いなどという粗末な真似もせぬ」
まぁ、柄ではないかな。と、ライダーはアーチャーたちに聞こえないよう付け加えた。
「本気?」
「本気な上、正気だとも。ここで銃弾や砲弾での撃ち合いを所望するなら話は別だ」
ライダーは、基本、前衛のクラスではあるが、基本値はセイバーやランサーに劣る。
なのに、あの自信はなんだ? やはり、宝具であろう騎馬隊か?
「私、マスターのお友達にそんなことしなきゃけないほど弱くないし、するほどお強い相手でもないのでしょう?」
「なるほど、こちらについて調べはしたようだな。が、浅学を晒したな」
「へぇ、言うじゃない?」
情報からあらゆる場合を想定し、対策を練るのは基本。
奇声を発しながらの無策な正面突撃など持ってのほか。
死角から奇襲となれば話は別だが、この場合、正面から仕掛る余裕があることを想定すべきであった。
「では、披露しよう。そうそう見れるものではないぞ!」
そう言って、ライダーは朱色の甲冑に鬼面の兜を纏った。
大袖だけでなく背中にまで盾を背負い、全体的に角張った印象を受ける。
「アーチャー、ライダーの筋力がB、耐久がAに上がって俊敏に+が付いたぞ」
「じゃあ、それ基準で」
彼が使った甲冑には、なんの能力も逸話もない。
それに、アーチャーもステータス詐欺師なので、文句は言えないし、烈火も、そんなもの知らないのだ。
「やあやあ、遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我は海藤秀のサーヴァント・ライダー。いざ、尋常に勝負!」
十字手裏剣のような鍔の刀を抜いたライダーが、向かってくる。
「急に、知性が下がった気がするわ」
妙にでかいライダーの足音を聞きながら、アーチャーは、強化を施した杖で迎え打つ。
魔術で迎え撃つのもいいが、こちらのほうが好みなのだ。
まずは、セオリー通り、正面から打ち合った。
刀で斬れない木と金属がぶつかる聞きなれない音が辺りに響く。
木製なのは、もはや見た目だけで、鉄棒と打ち合っているも同じだ。
ライダーは、妙な懐かしさに近いものを感じながら、アーチャーの動きを観察する。
打ち込み、薙ぎ、突きの中で、もっとも多様しているのは突き、突槍術を基軸とした槍使いであるのがわかる。
正面から戦闘は不得手ではあるが、いまのところは、対応できる。
「なるほど、剣技に関しては無能ってわけでもないようね?」
「うむ、薙刀に射撃、砲撃も学ばせてもらったが、手持ちの中では、この刀が手に馴染む」
「余裕ね」
「女子供の前なら、余裕を見せてこその男というもの」
言いながら、アーチャーの突きを、刀を逆手に持ち変えて止め、力任せに弾き飛ばし、片手に持ち直した刀を降り下ろした。
怯まされたアーチャーは、これを避けるために、さらに大きく間合いを空けた。
いま、鍔の形状と間合いが変わった?
降り下ろした一瞬だが、鍔の形状が丸型に変化し、刀身が少しばかり伸びた。
コンクリートに残った斬撃の後、あれは、ただの刀ではない。
ライダー固有の能力ではなく、刀そのものに魔力放出やオーバーエッジに近い機能があり、制限があって元の刀と同時使用ができない。少なくとも、真名解放はしてはいなかった。
が、あれもライダーの宝具の一つと見て間違いない。
金属弾きで、無効化出来る保証がないまま受け止めるのは危険過ぎる。
「いまの一撃は入ったと思ったが」
「残念、仕切り直しよ」
踏み込みの瞬間を狙っての一瞬、運が良かったというより、ライダーがいまの一撃がいけると判断ミスをしたことで、避ける隙が出来た。
能力は上がり、近接で打ち合いも出来る力量となっている。
それでいて、当人の戦闘に関する読みは甘いまま。
付け入る隙はいくらでもあって楽なのだけど、まるで他人の力を借り受けたような……そうなるとかなりの手練れの能力になるが、何者だ?
浅学というからに、見落としただけのようだけど、やはり上から目線な意見はムカつく。
「マスター共々、そんなに消耗していないみたいだな?」
マスターの言う通り、消費が少ないのか、ライダー自身が肩代わりしてるのか、どちらにせよ、どちらにも疲労は見られない。
数日前に、魔術回路を開いたばかりの人間には見えない。
高揚はしているようだが、魔術回路が原因とも一概に言えないので、こっそり魔術の訓練をしていたのかも解らない。
やはり、魔術師相手にどうやったか予想するなど、時間の無駄だ。
「武器をいくつも取り回さず、刀に絞って挑んだのは、正解であった。この刀ならアーチャーとも渡り合える」
「言うわね。使い勝手は杖も槍と変わらないというのに」
「ほかの武器まで使っていては気づけにいこともあった。それも含めれば、お釣りがくるわ」
ライダーは、なにかを思い出したのか笑みをこぼす。
「そう? なら、刀に固執したまま、死になさい!」
「こちらとしても、もう一つの調べものに付き合ってもらおう」
ライダーの知りたがりは、アーチャーの嫌いな焦れったさであった。
「魔力をもらうわよ! マスター!」
「ああ、ドンといけ」
アーチャーは、宙に手を流した。
「断片展開!」
燃えているような、紋様が浮かんで消えた。
そのまま、正面のアーチャーと別方向から燃える腕が伸びてきた。
動きは遅いが、いまの動きは、殴るのではなく、掴まえる動作。
だから、腕だけで事足りる。
アーチャーが空中に逃れたライダーのバランスを突進で崩し、反動を利用して下がった。
まるで、薪束のようだ。
ライダーは、伸びてきた腕を身近に見てそう感じた。
捕まれる前に十字槍を引っかけ、羽根のように開いた大袖と背中の盾でうまくバランスを取りながら、十字槍を足場にして腕に飛び乗る。
空いた左手に、呼び出した四角い鍔の太刀と二刀で×の字に切りつけた。
密集した薪束は、両断出来ず、続いて縦に一撃。
これも浅く、刀を鞘に納め、太刀を突き立てたまま腕の上を、鎧の力でブーストし、荒波を切り裂くが如く駆け抜けた。
いまのは、どうにか凌いだが、あの腕とアーチャーを同時に相手取るとなると、宝具の使用も考えねばならない。
ありがたいことに、ここは敵地、それも自分から招き入れたのだ。
どれだけ破壊されても文句はあるまい。
今回は、長引かせて、前回の二の舞になっては困る。
残念だが、そうなる前に、アーチャーには、消えてもらおう。
「なるほど、典型的なハマると強いタイプなわけね」
憑依芸で呼び出した、あの剣技の本来の持ち主は、おそらくは近接寄りの万能型。
エクストラクラスでなければ、どこかに欠点が出てしまうのが難点ではあるが、一級の戦士として十分に通用する。
翼のように開く盾は意味がわからないけど。
対して、ライダー自身は、将ではあれど、戦士ではない。
持ち前の計算高さか、とっさに致命傷を避けるまでは出来ているが、賢しさで出来るのはそこまでだ。
身体に染み付いていない動きは単調さに繋がり、強者と戦う上でそれは致命傷だ。
自分のような正面から攻めた経験が多い相手になら、なおのこと。
どうせなら、憑いているほうと闘いたいが、仕方ない。
ライダーは、炎の監獄で燃えてもらおう。
彼の人生は、言ってしまえば、行き詰まっていた。行き詰まらせていた。
金銭的、土地的には、どこにでもある一般家庭といって差し支えない。
当人も、心身に障害を持って生まれたわけではない。
違いは、祖先に由来する。
千年以上昔、祖先は、人だか鬼だかわからない連中から侵略を受けた。
裏切り者を出しながらも、逃げ延びた先は、幸運なことに多数にとって元いた土地よりも霊場として適していたことだ。
なぜ、そんな都合のいい場所があったのかは、さておいて、彼の祖先を含めた少数には反対に不都合な場所であった。
力が弱まったのだ。
当時の北海道は、ほぼすべての土地が未開拓である。
そんな場所で炎使いは重宝されていた。
力関係は逆転し、それまであった地位から転げ落ちた。
しかし、いままでの振る舞いから即座に心を入れ換えて……とはならなかった。
後に、ウェンペとも呼ばれる凡人となった少数派は、時代が流れとともに次第に姿を消していった。
そんな、祖先の話を聞いて、空虚を感じた子孫が一人。
彼は、その空虚を埋めるため、魔剣使い、最優のセイバーとともに、祖先が奪われた土地での聖杯戦争に挑んだ。
彼女との行動は、当時のランサー組とライダー組に、非道と揶揄され、数日で敗退。
その後、訳の解らない連中に捕って、尋問され、たいした情報源にならないと解ると、薬物で記憶をいじって放りだした。
らしい。
元の土地に戻れば、力が得られる、そう思っていた。
現実は、どう扱っても問題にならない力のないモブのままであった。
彼の空虚を、さらに強めた。
どれほどかといえば、赤い眼の声に魂を奪われてしまうほどであった。
姿形は、白いボール、それが四つ列をなしがら、空から街を破壊している。
「で、なんなの、あれは?」
興味のない人の世だが、あの手の生物は、まぁ、見なくはない。
しかし、妙な感覚だ。あれは、無性に引き裂いてやりたい気分にさせられる。
私が、聖杯を得られない極小特異点に、送り込まれたのは、こいつのせい?
「あれは、あなた方の世界には現れない存在です」
「この特異点、特有ってこと?」
「特有とまではいきません。俗に言う、あることが原因で、というやつでして、ラフムと同じような立ち位置の生物だと考えていただければ分かりやすいかと」
ラフムは、別の特異点に現れた生物で、人間とは別の人間を創ろうとしたが、結局、外見を変えただけの人間に成り下がったくだらない生物だ。
つまり、この特異点で過去になにかがあって、そこいらに湧くようになったヤツ。
「この世界での総称は肉叢、『火の有る塩』や『本来の名称』ではなにかと不都合でしたので、『この世界にいないもの』から名称をパクって広めました。個体名と特性は変わらず砂漠での戦闘を得意とするヘーゲル型。ポピュラーなやつです」
いないものとか、広めたとかも気になるけど、
「砂漠での戦闘って、ここ街じゃない」
一番でかいボールは直径4mほど、あのタイプが頻繁に現れるのであれば、倒れないにしても、高い建物が乱立しているのはおかしい。
「飛行出来ない者からすれば、飛行能力とそれと合わせた頭上からの魔力投射は驚異です。それに、無駄に見えた路面への体当たりも、砂中への潜るつもりで行っていたのなら、納得が出来ます」
偵察を終え、戻ってきた友が言う。
隠れる場所のない砂漠なら、狙いを定めた攻撃より面への攻撃のほうが有用だ。
あの手も砂を掘るための数はあっても、舗装された場所を削るほどの力がない。
なら、あれを街中に放ったのはなぜだ?
「何度もやってるってことは、無駄って理解出来ないのかしら?」
「肉叢はあのレベルになっても行動パターンはその形状に準じます。ですが、形状は、変異前の心理状態と魂が影響されているようで、適材適所とはいかないようです」
変異前の心理状態、魂。
それはまるで……、
「そう、あれは人間の魂を変異させたもの。枷が外れなかった方々は、煤や灰、塩のどれかになるのですが、外れてしまった場合は、あのようになります。貴女のような『純粋な火』の方々には存在そのものが不快なようで、小さいのが集まるとそれはもう大変なことに」
変異させた……か。
「話が逸れてるみたいだけど、ようするに、裏でなにかしてるヤツがいるのね?」
こちらの心を見透かしたように話す、この女に嫌味を込めて言った。
いままでの特異点でのデータから、我々を異邦人と認知している者もいるのはわかっていた。
しかし、こいつは、この世界に対し観察者ではあるが、本心は無感情、さして興味がないのが丸見えだ。
私が本に対して抱いてする感情のほうが、まだ強い。
「ふっふっふっ」
彼女は、わざとらしい笑みを浮かべた。
「そうです。そして、その黒幕は何者かと問われれば、なんと異世界の神様なんですよ!」
「はぁ?」
思わず変な声が出た。
通信が出来なくなっている時で、本当によかった。
「そんな強敵も相手にせねばならない少女たちを思うなら、助けに行ってバチは当たらないかと。それとも、遠縁の方々を狩っている寄葉に味方するのは、やはり抵抗がおありでしょうか?」
神と敵対してバチが当たるとは言い得て妙だ。
そもそも、寄葉ってなによ?
「そんな口車に乗ると思ってるの?」
「おや? 気になりませんか? 昨日、魔術使いのもどきな方々を蹴散らした双剣の冴え、もう一度拝見出来ると期待したのですが」
「やっぱり、魔術使いですらなかったのね。通りで引きがうまいわけだわ」
そこそこ真面目に相手をしたが、死人が出る前に連携して引いたのは、十中八九他に目的がある集団だからだ。
「おや、彼らに興味が出ましたか?」
「出ないわよ。昨日のだって情報の借りを返しただけなんだから」
「でも、その柱、見立てられた世界樹の情報は思わぬ収穫でしたでしょう?」
「そうね、それが特異点の原因でしょうから」
街中の住民から魔力を吸い、サーヴァントに分配する柱。たしかに、ただの魔術師には厄介なシステムだ。
だからって、私に何の影響がないとでも?
所長代理になったからといって、キリシュタリアめ、なにが、簡単な仕事だ、帰ったら文句の一つも言ってやらないと。
「感謝はしてる。その柱が地上8階地下2階を貫く柱で、どうにかするのは、もの凄く面倒だということも含めてね」
爆発は爆発でも建物相手に使うのと、生き物相手に使うのでは効果が違う。
こういうのが得意な……食堂で働いてるなんとかって……やつは、サーヴァントでもなければ、そもそもレイシフト適性もなかったな。
サーヴァントなら、イシュタルか。あいつの宝具ならビルの柱くらい雑にふっとばせる。
まあ、送ってもらおうにも、カルデアと通信が繋がらないから、それまでは自分たちでなんとかしないといけないわけだ。
「気になってないわけじゃないから、気には留めておくし、この街がなくなりそうなら、どうにかしに行ってあげる。それでいい?」
「そうですね。私も商人として出来る限りのサポートはいますので、いざというときにはお声掛けください」
「はいはい」
ほんと、こいつと話すのは疲れる。
新宿で破壊されたアレが撒き散らした呪いの被害者がまた一人現れた。
もうひとつの原因は発生せず、受信機となるものも、ほぼ飛散もさせていないのに、元々の魔素濃度のせいか他より拡大が早い。
あれだけが、病と分類されたのは、抵抗薬は存在するからなのだが、材料が材料だけに、品質は安定せず高価で希少。
一般には、出回るどころか存在すら知らされていない。
しかも、歳を取れば取るほど、効果は薄れ、一回に使用しなければならない量も多くなる。
自分より安い他人のため、犠牲になる魔術師が存在しないように、ホムンクルスの製造法を秘匿しているように、これからも広まることはないだろう。
「ローサーヴァントを維持する程度ならば、七騎分を集めても発症者は出ないと予想したが、難儀なものだな」
養父はぼやいた。身体に巻かれた鎖が音を発てる。
相手によって性格が変わる方だが、誰でも、この意見は変わらないだろう。
ローサーヴァントと名付けたそれは、世界中で行われているものではなく、その原型となった召喚術式に、義父たちが手を加えたもので、サーヴァントの能力値を高くても七割、肉叢やシャドウサーヴァント程度まで落とすことで魔力の消費を削減し、兵器足り得ない非戦闘員や宝具を所持しない者、幻霊止まりの霊基指数しか持たない者、対立を促すための反英雄、サーヴァントそのものまで召喚を可能としている。
ほかにも、ショートバレルを持つならセイバー、ロングバレルを持つならランサーとしても召喚できるようにしたり、クラス間の能力差を無くすような調整もした。
これに、聖杯と世界樹に見立てた柱を利用して街中から吸い上げていた魔力も合わせることで、条件が揃えば、格上の霊場を上回る速度で聖杯戦争が開催できるようにできた。
しかも、開示されるステータスやスキルのランクは通常のサーヴァントとして召喚された時と変わらず、聖杯から与えられる知識に制限を掛け、即座に不自然と感づかれ難い仕様となっている。
これが、一柱の生け贄へから養護心から出たものだから恐れ入る。
相性によっては、人の力でも勝ててしまう、運用データが少ないためどのような不具合が潜んでいるかわからないのが難点だが、そのレベルの人間や通常のサーヴァントと鉢合わせることは、まずない。
そのまずないは、早々に崩れたが。
ローサーヴァントの情報は、協力者にも教えず、自分たちだけで秘匿しているので、外部に漏れることもない。
代わりに面倒な覗きを招くことになったが、敵の注意もこちらに向けさせたのだ、良しとしよう。
いずれ、私の存在や後年に起こるよう仕掛けた聖杯戦争も囮だと勘づかれるとしてもだ。
歌方スミレに詠唱を教えることで、本来のステータスを誤魔化し、苦痛でマスターの行動力を鈍らせられるバーサーカーを引かせたのも、ミケリーノをマスターにし、外部とのやり取りを見て見ぬ振りをしていたのも、私が日本で商売をしているのも、このためだ。
そう、他勢にとってどれほど重要でも、私にとっては、聖杯戦争など時間稼ぎに過ぎないのだ。
「計画とは、往々にして修正を求められるもの。そのために彼女を用意されたのでしょう?」
私は、養父をたしなめた。
水面下での交戦すらしていないながらも、様々な組織が動いているならば、探りすら楽はさせてもらえない。
「たしかに、計画そのものを見直すほどではないか」
目標は必要最低限を、交渉では最高の結果を、目標に至るための問題点を予想し、保険を張り、見落としがあれば調整する。
最前線ではなければ、大概の場所で通用する基本的な作業だ。
「此度は、現れたのが、結界が消滅する前だっただけ良しとする」
もし、あの肉叢が現れたのが、この支社ビルを霊基体からぼかしている四ヶ所の結界を破壊し終えた後であったなら、出現位置からしてこの支社ビルも狙ってきただろう。
結界を破壊して回っていたのは、ランサーのマスターだけだが、立地的に秘匿が容易ではない最後の一ヶ所が破壊されたのが数時間前、結界消滅までもう時間はない。
この結界は、サーヴァントなどに対し、ビルが気配遮断をしているように見せ、諜報に特化したタイプでもなければ感知し辛かった。
サーヴァントの秘匿を優先して、単身で結界を破壊してきた破壊フリークでも、ここをサーヴァントなしで落とそうとするほど、単純ではないようだ。
……いや、可能性がないとは言い切れない。
時間稼ぎのために仕組んだ単身での潜入工作、それが仇となって、我が妻と我が師は死に、ボスはアメリカを脱出することとなった。低確率だからと、切り捨ててはならない。
落ちこぼれて所属が変わっても、あの組織の関係者、本質は変えられない。
原因がどうであれ、すべきことをしているという感情的な正義の味方が、悪に切り込める状態で、いつまでも大人しくできるわけがない。
隠蔽工作を、自分でするにしても、ほかに任せるにしても、全員を始末しようとするのは容易に予測できる。
目的達成の犠牲が、人一人、サーヴァント一騎の犠牲で済むなら安いもの。
その価値観には共感出来る。
「ここからは、ワシも戦場に出ねばならない。手が足らぬ分の穴埋め、期待しているぞ」
「御意」
元より帰る楽園などない。我が楽園は地獄にこそある。
戦場よ、早くこい。
そもそも、存在が初めて確認されてこのかた、年々増加しているのだから遭遇は時間の問題だった。
病気も魔術回路のおかげで発病し辛いとはいえ、それも絶対じゃない。
ありがたいことに、このビルはあちらさんには見えていないし、出番はあいつが他のマスターに倒された後、関わり合う理由もない。
今後の人生でも、お近づきにはなりたくない部類のやつだ。
白蛇殿が言うには、去年現れたアメリカ本土初の発症者は、ギリギリ人間と同サイズではあったが、魔術もなにも知らないやつにぶっ殺されたらしい。
が、そんな人外じみたやつが、たまたま居合わせたなんて話を真に受けるほどお気楽じゃない。
出現場所は、現地の製薬会社の研究施設が、機密保持のために用意していた爆薬で都市ごと破壊され、跡地近辺は米軍の管理下に置かれている。
どこぞの組織が、研究のために回収して、それを隠すために偽装したように見えるが、この国には非核三原則もあるから街ごと爆発なんて事態にはならんと思いたい。
それでも、かの英雄殿からすれば、世界に訴えるのに格好の材料を得られたわけだ。
アメリカ政府も化け物に使うべき兵器を人に向けて使う非道を許すなと反論するだろう。
そんで決着は、蛇同士が着けることになるわけだ。
結果、白蛇殿がくたばろうが、オレには関係ない。
ほかの連中と違って、安全な生き方をしたいのだ。
それでも、仕事はしなくちゃならないのが、人間の辛いところ。
詰めず、焦らず、適切に。
それが理想の生き方というものだ。
遠目には、ボールが四つ並んだようにしか見えないが、魔術で視力を強化するか望遠鏡を使えば、大量の腕の生えているのが解る。
肉叢の元が人間だとは露知らず、フェリパは、それが虫に例えた。
「いい? 危ないと感じたら、ちゃんと、避難すること。前みたいにいつの間にか居なくなってたりしないでね」
避難させようとする彼女を、暗示まで使って言いくるめたが、記憶を混濁させてしまったらしい。
「わかっています。早く行ってあげないと子供たちが心配しますよ?」
「そうね、わかったわ」
海藤明子は、小児科担当で入院している何人かの子供の面倒を看ているらしい。
病院へ連れて行かれても、なにもできない。理由としては妥当なところだ。
病院へ向かう彼女を見送る。
「アサシン」
「了解」
まず、街を巡回しながら、歌方スミレの家へ。
彼女は、見た目に反して、非常に好戦的だ。釘を刺さねば戦いに行ってしまう。
あの化け物の相手は、その後だ。
まさか、スミレの家に施した結界とアサシンの気配遮断が役に立つ日がくるとは思わなかった。
「アレがなにかはわかりませんが、こちらの準備が整うまで、待ってはくれない。こちらも迅速に行動を」
そんな時、いつの間にか、あの虫の横にいた『なにか』と眼が合った。
サイズは、この国の標準的な人間の体格より少し大きい。
自分と同じ赤い眼。
感じられるのは、敵意。殺意。いや、そもそも、アレは、いったい、なんだ?
解らない。
どうやら、脳が拒否しているらしい。
思考を第三者視点に切り替えて、そう予測できたが、なぜアレに対してそういう反応をしたのは、どちらが原因か。
少なくとも、化け物と一括りにしてはならない、なにかがあるようだ。
「マスター、やつの狙いは貴女です!」
アサシンの声に、はっとする。
ターゲットがどこにいるかわからなかったから無差別に暴れていたのか、無差別に暴れている中、ターゲットが見つかったのか。
それは、どうでもいい。
「予定変更です。とにかく、人の少ない場所へ、速く!」
「了解しました、失礼します」
アサシンに抱えられ、建物が少ない場所、となると山か。
あの場所も誰もいないというわけではないが、冬の北海道の山の中。
それに、この騒ぎなら、人は少ないはず。
まずは、山までのルートを選択。
相手の地面への攻撃タイミングを計算して飛び越えられるビルは飛び越えながら、山へ。
そこから山中の河へ誘導、そこなら、アサシンの聖剣も多少は使いやすくなる。
それを使ってアレを撃破する。
こちらに誘導されて、地上へ向けられる砲撃は少なくなったが、それでもあの巨体だ。
移動するだけで、被害が出る。
寄り道は出来ない。
四つすべてがついてくる確証もない。
バラけないよう、間を調整する時間もくれない。
人類の驚異とは、かくも厄介なものだ。
ビルがその重量になぎ倒される音は、けたたましく、それがいくつも重なり、街のどこからでも聞こえる轟音となった。
こんなことが出来るのは、街の外から来た怪物かサーヴァントの仕業しかありえない。
となれば、勝負なんかしている場合ではない。
ないのたが、
「おい、日向。なんかヤバくないか!?」
「ないか? じゃなくて、正真正銘ヤバい状態だよ」
「だよな、この勝負は一旦」
「ダメだ、お前らはここで落ちろ」
「お前は、この期に及んで!」
「あの手の輩の相手はプロに任せればいい。ルールに拘る連中の監視もある。目立つ真似はするな」
神秘の秘匿について説明しても、こいつの性格を考えれば、大人しくなんてしていられない。
ライダーを倒して、アーチャーに捕縛させるほかない。
「プロに任せろってのは判るよ。でも、戦力があるに越したことはないし、そうしちゃいけないってルールはないだろ? 監視してる連中は、テヘーラさんくらいしか思い当たらないけど」
確かに、いけないっていうルールはないが、連中は、推奨と絶対が=になってるし、融通も利かない。
「いや、監視の話は忘れろ。とにかくお前は大人しくしてろ」
あの手の輩は、石祭家の担当だ。
最近、不調な者が多いとは聞いているが、女性業界なのだからそういう偶然もあるだろう。
それに、ほかの八家だって動いてくれるはずだ。
ん、八?
「ちょっとまて」
日向、石祭、粟都、紫月、橋木、挟森、津雲。
どういうことだ、七家しかないぞ!?
「どうしたの、マスター?」
不可解な言葉の意味を、サーヴァントより友人のほうが先に理解した。
「ライダー! おれたちは、あの街を荒らしてるやつを退治しにいくぞ!」
「おう」
秀は、令呪を使い、ライダーとともに飛んだ。
「マスター!」
声に反応した時には、秀たちは消え去った後だった。
「しまった」
なんて、迂闊。
「で、いまのはちょっとまてはなんだったの?」
さすがに、説明しないわけにはいかないか。
「気づいたことについて、情報を整理しながらになるが、聞いてほしい」
人に害なす存在を寄り付かなくするための結界の管理をしている八家があり、その一つが記憶から欠落している。
家が断絶したという話も聞かない。
それを指摘した話も聞かない。
そうなると、結界の穴が出来きている可能性、アーチャーすら騙せた可能性すらある。
もしかすると、誰も気づいていないのかもしれない。
だから、こんな事態になっているのだとしたら?
アーチャーと一緒にした仕掛けがスムーズに進んでいたのも誘導があったか。
やり手なのか、こちらのマヌケか。
身内にいるのか、ダールマンのようなよそ者か。
ほかの八家の結界と繋いで最適な場所に住んでいるやつなら情報を持っているはずだ。それを見つけないと。
化け物は、これだけの轟音を響かせている、アーチャーの宝具と押し合いができるくらいのサイズはありそうだ。
祖父母や両親に報告して、場所も確保しないといけない。
どちらも早急に対処せねばならないが、生憎、身体は一つ、自分はこちら、アーチャーはあちらにと分担せねばならない。
「あれについても、説明してもらいたいもんだな」
ライダーが薙刀を打ち立て、秀が引き抜い後を見た。
なんで、先日まで魔術を知らなかったやつが、サーヴァントが突き立てたものを抜けたのか。
片付けなければならない問題は多い。
待ってなくていいから一人で逃げなさい。
母からそう電話があった。
母が心配しているというのはわかるが、どうにも、しっくりこない。
あの白いボールと戦いに行く理由も家に残る理由も思いつくが、それだけにどうしたものかと悩んでしまう。
そもそも、手を出していいのか。ほかのマスターたちなら、どうする?
「バーサーカーは、あれを倒せる?」
「聖杯から提供された情報を参照するならば、倒すことは出来る」
倒すことは出来る。
「わたしは勝てる?」
「勝算は低い。マスターには、倒すべき相手がいる。不要な戦いは本来の目的の妨げとなるぞ」
ごもっともな意見。
「海藤さんにした質問が、こっちにくるなんて思わなかったなぁ」
このまま戦っては、本来の目的が叶わない。
仇討ちをする前に、バーサーカーに魔力を吸われ動けなくなるかもしれない。
足手まといになるだけかもしれない。
しかし、動かないのはダメだ。
「バーサーカー、あいつを倒そう」
「……反対はした」
「はい、反対されました。けど、避けちゃダメなこともある」
最後の令呪も切ってしまうか? いや、勝ち目が薄くても、そちらに掛けよう。
「ならば、少し厚着をした方がいいな」
「すぐ準備するよ」
勝算が低くても、歌方スミレは捨て身ではなく、あくまで勝ちを目指す。
この騒ぎの中で、一般人として紛れている者も、一般人と同じく避難を強いられる。
しかし、避難しろと言われても、烈火の処か教会か、読めない日本語を頼りに先生の自宅を捜すしかあてがないミラナは、ホテルロビーで思わぬ襲撃を受けた。
唸る不死の化け物、魂だけの存在、形状はいろいろ、狂暴で制御不可。日本大好きで、国外に出ることは断固拒否、不可思議。要するに神秘の塊だ。
世の中には、凶悪過ぎて名が付いたり手配されたりする個体はいるが、種族全体が積極的に人類と敵対行動を取るタイプは、そうはいない。
なにを思ってか、あれを神と崇める一派もいるらしい。
完全に無力化するには、虹鋼だか綺羅鋼だかそんな名前の材料で出来た武器が必要とする面倒なヤツだが、セイバーは、それを失神するまで叩きのめすという力業で、瀕死の虫のようにしてしまった。
こいつらもその武器も神秘に関わるものだから、興味はあるが、いまは聖杯戦争のほうが優先。
「こいつらのことは、警察に連絡すればいいって話は本当?」
「確かにその話は本当だが、この騒ぎでは、いつくるかわからん。むしろ、こちらから出向いたほうが早い」
「マジか」
神秘であっても広域災害なので秘匿できない。
それにしたって、警察まかせとは……。
この国の魔術師は、神秘の秘匿の重要性が理解できないのか?
「でも、ここに放置して、また暴れだしたら面倒だし」
そもそも、建物内に現れないのではなかったか?
誘導されたわけでもなし、ホテルのロビーに突然涌いたぞ。
「なら、こちらから出向くか? オレは、斬って祓えぬ相手を何度も動かなくするほど勤労ではないぞ」
「だろうね」
斬って祓うという言い回しはよく判らないが、セイバーは、価値なしと判断したものの扱いはぞんざいだ。
そういうものに対しては、質問しても、イラッとさせられるだけで解るような説明はしてくれない。
常日頃、こいつらの驚異にさらされている日本人には、信じられないだろう。
「あの、すみません。お客様」
従業員の一人が、意を決して話し掛けてきた。
やはり、ホテル内で力任せ暴れさせたのはまずかったか。
「お勤め、ご苦労様です。失礼ですが、そちらの男性はどこにお泊まりでしたか?」
ああ、そっちか。そうだよね、一人分の代金しか払ってないのに、突然現れて、客とのんびり話してたら、無賃宿泊者に見えるものね。
「彼は、飲まず食わず寝ずに窓の外にいたです。部屋に入ったのは緊急事態だったからです」
部屋は三階、凡人が忍び込めるものでもない。
霊体化していたし、常時部屋にいたのはバレてないはず。
「そうでしたか、非常時に駆けつけてくださり、従業員を代表して感謝を申し上げます」
従業員に頭を下げられた。
「気にするな。これも仕事だ」
「そう言っていただけると、気が楽になります。本当にありがとうございました」
なんというか、これは、
「かしこまり過ぎではないです?」
「いえいえ、そんなことはありません」
「そうです?」
まぁ、日本人はどこも客に親切らしいし、こんなものなのか?
「そんなことより、こいつらは外に出だすぞ」
セイバーは、倒したやつらを外へ運び出す。
その姿はいつもよりてきぱきとして見えた。
まさか、セイバーが、従業員たちの勘違いを利用してロストボイスのふりをしているとは、夢にも思わなかった。
足止め程度ならいざ知らず、セイバーのように力業であれを気絶させるなんて時代錯誤をする男はそうそう現れるものではない。
セイバーの力技に対する贔屓目の評価。
従業員たちとミラナが常識的であったがゆえの誤解であった。
「この一帯は、肉叢の襲撃を受けたことがない。私はそう聞いていたのですが、そちらはなんと?」
「こちらも同じく、よほど強固な結界と幸運に恵まれたのでしょう」
この地に元々張られていた結界のおかげか、肉叢は襲撃されずにいた。
さらに、ダールマンたちが自分たち用に張った結界。
それが、オジェット=バーネンハに破壊され、消滅直前で肉叢が襲来した。
このタイミングが、偶然か意図してかとなれば、襲われなかったことは偶然、襲撃は赤目がいるのだから意図があってということとなる。
赤目の肉叢は、ほかの肉叢と違って知性があることが確認されている。
その行動から、人類の殲滅を目的としていることもわかっている。
だから、狙わない理由もない。
「結果として、ランサーのマスターは、ずいぶんなことをしてしまったように見えるわね?」
「おかげで、私たちのスケジュールまで前倒しすることになり、飛んだとばっちりですよ」
偶然なのだが、いやな偶然ほど誰かの責任にしてしまいたいものである。
「アポを取り、キャスターの根城へ正面から向かう。協力を持ちかけておきながら、私はなんの手助けもしてあげられないわ。なにせ、私のサーヴァントはあれの対処に向かわせてしまったもの」
彼女は、メイドたちが勝手にやったことを自分の指示で行わせたことにした。
「サーヴァントと離れてよかったのですか?」
「不測の事態というやつよ。自衛に手は抜いていないから安心して」
誰から自衛しているかはあえて言わない。
「考えあってのことなら、協力者としてとやかくは言いません」
「ありがとう」
にこやかに答え、無防備に背中を晒す。
いまは、サーヴァントでも即座にくるには令呪が必要な距離にいる。あの肉叢は両断された瞬間に射たれるか、はたまた、決心がついた瞬間に射たれるか?
どちらにせよ、そうなれば協力関係は終了。
サーヴァントのいない陣営は、速やかに舞台袖に行ってもらう。
サーヴァントなしに聖杯戦争で調査しようなどと、あまい考えは他所で活かしてもらおう。
「要するに、コンクリすら掘れないゲテモノと塩人間は放置してもいいってわけだ」
「ああ、表向きに考えるなら、おれたちも大人しくしているのが上策だ」
ほかのホテルにいる連中は動く理由がない。
この町の近辺を含めた守護職である石祭一派と警官隊が早々に返り討ちにあったのだ、近い立場であるアーチャーのマスターはそれを無視するわけにはいくまい。それに釣られてセイバーも出てくるかもしれない。
本来、護られる側のライダーやバーサーカーのマスターたちも、性格的に見過ごせはしないだろう。
複数のサーヴァントがいれば、撃破は可能。
横やりが入らなければ、脱落者が出るようなこともない。
しかし、攻撃範囲の広さから早急な対処は必要。
弱い者に強いというのは、どこでも厄介者だ。
「ランサー」
「おう」
「いまのおれはフリーの魔術使いだ。が、実は自衛隊の第0特殊部隊にも席を置いている」
「おう。おう?」
混乱させたか。聖杯からの知識でも、公には雇っているだけの怪異対策部隊なんてものの知識は入らないらしい。
「警察が蹴散らされたのなら、自衛隊の出番。所属している部隊はこの国の正式な指揮系統に組み込まれていないが、あれを始末するのも仕事の内というわけだ」
「要するに、国に使われる気はない。いや、違うな、頭は別にいるんだな」
「そういうことだ」
現代では、軍人が動くには相応の手続きがいるという聖杯から得た現代常識に反することだ。
上の意向を無視してかってに戦場に出たランサーでも、困惑するのは無理はない。
もっとも、名目上の隊長は誰かに従う気もなければ、表向き隊自体が彼らのサポートをする存在のため指示もしない。
先陣を騎って怪異を刈るのも、破壊欲求を満たすために過ぎない。
ザコ相手でも、数さえいてくれれば、それが満たされるから、よその事情に踏み込み過ぎて案件沙汰になることもない。
内面の凶悪さが、外面では勇ましさに映り、それがある種のカリスマ性となっている。
そんな男の下は、処刑人にも正義の味方にもなれない半端者には有難い。
隊に支給されている逆刃刀を手に取った。
殺さずではなく、切り殺せない相手を行動不能にするための、術による強化もない、ただ軽くて頑丈で反りが深いだけの守り刀。
別名、撲殺刀。
武器ではなく盾である自衛隊の中で、盾として攻撃を受けるという名目で、御刀を持っている者も含め全員に支給されている。
自衛隊を陸軍と称する内部のタカ派や警察への当て付け目的で副長殿が考えた案だ。
矛盾した存在。まるで、自分のことのようで愛着もある。
しかしながら、狂った不死を相手にするなら、なかなかに有用な武器。なにしろ、あいつらは痛覚がない場合が多い。
なんとかとハサミというやつだ。
「使えるほうの宝具の使用を許可する」
「おう」
「では、人助けに行こう」
狂人が善をなし、半端者が仕事を完遂する。
それが、人の世である。
夜中に奮戦していた献身的なお嬢さん方への感傷やら敬意やらも合わせて頑張らせてもらうとしよう。
秀とライダーが、令呪で飛んだ先で、先頭の肉叢と肉薄する。
アサシンやフェリパからも近い位置であったが、そのまま、最後尾が通過し地上に向かって落下していった。
「どうにかならないのか、ライダー!?」
「某は、このままでも大丈夫だ」
「オレは?」
「地面に叩き付けられれば、死ぬ」
「マジか、そんなギャグ的な死に方いやだ!」
「それはそうであろう。だが、着地を任されるのは、面倒でな。虎綱」
ライダーは、信頼する部下の名を呼んだ。
「春日虎綱、こちらに。大旦那様、お初に御目に掛かります。春日虎綱にございます」
現れたのは、黒甲冑の武者だった。
「マスターを頼むぞ」
「畏まりました」
虎綱が、秀を引き寄せる。
「ですが、御館様に大旦那様、あれの相手はどのようにお考えですか?」
「ふむ、先頭で浮いてる六本腕。あやつはアサシンを狙っておるからそちらは任せるとして、我々でこのデカ物の相手することになる。面倒ではあるが、やってやれぬことはあるまい」
「こいつらもヒトと同じで頭を潰せばだいぶ楽になるって話をどこで聞いたような?」
「某が聖杯から得た知識では、奴らは初期が人型、そこから徐々に巨大な化け物になるとあった」
四つに分裂してはいるが、その間はさほど離れてはいない。サーヴァントの足なら渡れる。
「つまり、デカイほうが親玉か」
ライダー、続いて秀を抱えられた虎綱が着地した。
見れば、先頭の先では、アサシンのマスターが笑顔で手を振っている。
「アレは、敵の前でやることじゃない」
「そうです。大旦那様、あれは我々に対して敵意がないって合図なんですよ」
アサシンたちは、自分たちの意思を伝えるために、こちらに見える位置にいる。
そうしながら、放たれる赤い魔力弾を、盾で受け止めながらはさすがに大変そうだ。
「なんか、感性がズレてないか、天然か?」
いや、違うな、あれは疑うことではなく、こちらが先にやるべきだ。
「虎綱が敵意を感じぬなら、本当に敵意はあるまい。こちらも意を返してやるぞ」
ライダーは、親指を立てて見せた。
秀と綱虎もそれに習う。
「殺され掛けた相手にこんなことやってるのがバレたら、日向にまた小言を言われそうだ」
「たしかに、あれは少々頭が硬いな」
非常時だとして流してもらいたいものである。
アサシンたちには、上手く伝わったのか、足を速めた。
「秀には、ライダーのマスターらしく、馬を使ってもらうとしよう。秀、虎綱、もしものときはアレも使う。覚悟はしておけ」
地面に降りた。一呼吸。
「……ライダーは、いいのか?」
「逃げも攻めも決断は早急に、だ」
「御意に……それはそうと、御館様、巨山殿より引き継いたこの鎧、私なりにアレンジしてみたのですが、これ、似合っていますか?」
虎綱はクルッと回ってみせた。
「うむ、貴様は、どのような格好をしても似合うな」
「ふふ、ありがとうございます」
そう言って、虎綱は霊体化した。
「ライダーは、あんな美人を戦場にまで連れて行ってたのか? うらやましいというかなんというか」
春日虎綱、史実では男性とされていたが、あれはどう見ても、背の高い女性だった。しかし、
「さすがは、我がマスター。男を見る眼もある」
「アレが、男?」
「うむ、虎綱は男だ」
「……文献は事実を伝えてくれてたのか。そこは、虚偽記載でも良かったのに。いや、根本は変わらないか。とにかくごめんなさい」
そこにいるか、いないのか判らない彼に謝罪した。
「なに、あやつが女と間違われるのはいまに始まったことではない。千代女を男と間違えるよりよほどいい」
「いくらなんでも、そっちは間違えないよ」
秀はうなだれ、ライダーは笑った。
「では、マスター。我が愛馬を貸し与えるゆえ、見事扱ってみよ」
「おう」
前回と違い、行き先は分からず、相手も殺す気で撃ってきている。
でも、誰の犠牲も出さなくて済む。
そう感じたし、たしかにそうだった。
失敗は、それが、どこまでだったかを一瞬で失念してしまったことだった。
「こちらの意思は伝わりました。ライダーとは共闘できると考えてよいでしょう」
もう、足を緩める必要はない、前進あるのみ。
敵はこれだけの巨体だ、見失うことはあるまい。
またも、人型が突撃してきた。
六本の腕による乱打。
通常なら、チャンスにできるが、いまはマスターを抱えている身。盾で受け、その反動で距離を取るのが、せいぜい。
人型が距離を取り、後ろから肉叢が突っ込んできた。
さすがに、これだけ重量差があると厄介だ。
「片手どころか指先ほども戦えず、すみません」
「なにをおっしゃいます。この作戦は貴女の存在があればこそ、むしろ、一番危険な役回りでありましょう」
本来の役割はメイドであるが、いまは騎士に護られる姫の様。
問題は敵はニ体の射撃持ち、盾には敵わないが、フェリパを護りながら、その両方を相手にするのは、さすがの太陽の騎士でも骨が折れる。
いや、モンスターから姫を護り勝利するのは騎士の本懐。
ならば、俄然やる気が出るというもの。
「山まではもうすぐ、このまま突破します!」
アサシンは移動しながら敵と交戦中、ライダーたちもそれを追う。
「ランサーとそのマスター、一緒にいるのが、バーサーカーとそのマスターか。まだ、子供じゃん」
この地に網を張ってから今日まで引っ掛からなかったバーサーカーのマスター。
こちらは、姿はキャスターでも能力はアーチャーに寄っている。
自分の能力を過信していたわけではないが、あちらも見た目そのままの子供ではあるまい。
防寒着に身を包み、バーサーカーに抱き着いている少女。
血色は悪いが、この状況でランサーと笑顔で話している。
音声封鎖で内容は口の動きを観察するしかないが、ランサーも嬉々として答え、マスターもそれに横やりを入れない。
規格外。その言葉が頭を過った。
「ひとまず」
なにくわぬ顔で合流して、観察しながら、第一目標を撃破。
その後のことはその時に考えよう。
山に着いた。
アサシンは、人型の拳を受けた反動で無理やり距離を取るのも、ここまでだ。
向かってきた人型の顎に一撃。
上空の肉叢近くまでぶっ飛ばした。
人の眼には速くても、アサシンの眼には遅い。
あの肉叢がどのように思考してフェリパを襲ってくるかは不明だが、この程度の相手はなんでもない。
あいつには、実力が伴っていない。
それより、後ろのやつのほうが驚異だ。
フェリパと同じ赤目の。いや、ダメだ、あれと比べるのは、フェリパへの侮蔑だ。
人型が堕ちてきた、改めて剣を構え直す。
六本の腕を振り回しながら向かってくる人型を、アサシンは難なく両断した。
両断された死体は聖剣の炎により焼失した。
「さすがはアサシン! すごいです!」
フェリパが目を輝かせている。
静止していたボール型が身動ぎをし、そこから這い出した人型が地上へ堕ちてくる。
平地なら、楽な相手だが、ここは、山林だ。一挙にとはいかない。
堕ちてきた一体がアサシンに襲い掛かる。
そいつは、軽い一閃で動かなくなった。
最初のやつと比べても弱いが、数は多い。
さて、どう崩すのが手早いか?
「数を相手する用意はあんぜ!」
声と共に朱色の槍は、人型を打ち抜いていく。
「フェリパさん、助けに来ました」
声の主に続いたのは、バーサーカーに抱えられた歌方スミレ。
やはり、来てしまった。来てほしくはなかったが、それまでに倒せなかったのは、自分だ。
「スミレさん、助かります。この方は?」
「あれは、ランサー。おれは、そのマスターのオジェット=バーネンハだ」
「おれはお嬢さんを口説くため、マスターは仕事、利害は一致しているんだ、協力くらいは出来るだろ?」
お嬢さん? まさかこの輩、フェリパを狙っているのか!?
アサシンは、誤解したが、心中を察せる者は居らず、誤解したまま状況は進んだ。
「まさか、先客がおるとは」
そこに、ライダーたちも追い着く。
「歌方は、避難してくれて良かったのに」
秀は馬から降りて、馬の首を叩く。
すると、馬は鼻を鳴らして消えた。
「たいした役に立たなくても、これを無視できるほど厚顔じゃなかったんですよ」
来てしまった以上、その点を考慮して配置しようと、アサシンは案を巡らす。
「では、バーサーカーたちには、マスターの警護をお願いします。ほかのものは私と一緒に前衛へ、ランサー、貴方は最前線ですよ」
「うむ、任された」
「それはいいんだけど、おれ、変に警戒されてないか?」
「まさか」
ランサーの問いに、アサシンは、笑顔で答える。
「お前の好きな一番槍だ。これから活躍して魅せるつもりなのだから理由など構うまい? 魅せ場なのだから、うまく活用しろ。アサシン、戦力にはなれんが、おれも前に出させてもらうぞ。ランサーの槍は使い回しで回収役がいたほうが効率がいい」
「了解しました、無理はしないように。危なくなれば、ランサーを盾にしてください」
「なぜだろう、マスターとアサシンが仲良しだ。いや、サーヴァントがマスターの盾になるのは当然、戦場では首を取ってなんぼだ。いくぞ!」
ランサーが、先陣を行く。
堕ちてくる人型が、瞬く間に貫いていく。
「さて、アサシン。貴様のことだから手段あっての誘導だと思うが、敵は上空。これに対していかに戦う?」
「それは、こうするのです!」
アサシンは、手近な木を足場にして上空へ出た。
剣から火柱が昇りボール一球とそこから堕ちてくる人型を焼いた。
「わお、火の粉も落ちてこないし、おれら必要ないじゃん」
「そんなことないですよ、ランサー。マスターを守る役と前衛を支える役がいなくては、取れない方法です」
「使えるなら、犬の手でも借りたいってことか?」
「そういうことです」
アサシンは、爽やかに答える。
人通りが少ない場所がほかになく、やってやれないこともない。
だから、この場所を選んだ。
「見事なものだ。某やアーチャーでは、こうはいかぬ」
「ちょっと、待って。私にだってそれくらい出来るわよ」
遅れてアーチャーが合流した。
「アーチャー一人か? 日向は?」
「ああ、マスターならちょっと調べなきゃいけないことができちゃってね」
「調べものって、なにを?」
「マスターとサーヴァントが別行動せねばならぬほどの問題か、なら長話をする前にこいつを片付けねばな」
ライダーは、秀とアーチャーを会話を遮り肉叢に向き直る。
おせっかいなやつ、アーチャーは聞こえないように呟いた。
「軽めの音声封鎖と認識阻害はしておいたから感謝してよね」
いつものように刻んでしまうと、逃げ遅れた人が立ち往生しまう。その点を配慮して軽めにした。
神秘の秘匿からは外れるが、あんなモンスターが彷徨いている国では、そんな意識も薄い。
大衆も、アサシンの火柱を気にしていなかった。
サーヴァントの存在がバレなければなんとでもいえるのだ。
「そろそろね」
アーチャーは、巨人の腕を出現させ、先頭のボールに降り下ろした。一番でかいだけあって少しばかり抵抗されたが、結局地面へ叩きつけられ、腕に押し潰された。潰れた際に、飛び散った血は空中で焼かれた。
「ごめんあそばせ」
それからフェリパを庇おうと、割って入った四人に謝罪した。
「ありがとうございます、皆さん。大丈夫ですか?」
「主の危機とあらば、駆けつけるのが騎士というもの。お気にならさず」
「わたしも無事です、というか来なくても良かったというか」
「主に同じく私も無事だ。戦闘以外の理由で死にたくはない、この点は配慮させてもらった」
「考えなしに前に出たことをスルーしてくれれば、おれからはなにも」
「モテモテね」
「貴女は……私が言えた義理ではないですが、ヒヤヒヤさせないでください。アサシンのようにスマートにやってください」
茶化すアーチャーにフェリパが代表して文句を言った。
職業柄、服に血が付いたどうするとかも言いたかったが、それは飲み込んだ。
「若い子が、そんなことに気にしちゃダメよ。さぁ、次にいくわよ!」
アーチャーが、前に出る。
あれは、仕事は出来ても、家事をさせたらいけないタイプだ。
雑な目分量は敵なのです。
「……なぜ、あなたまで我がマスターを庇いに来たのですか?」
アサシンの問い。
「なんでって」
なんでだろう?
マスターとサーヴァントとは仲良くしたいとは思ってはいたが、動いた瞬間は無意識だった。
共闘し初めてから三十分も経ってない。
無意識に庇うほど印象が変えられたわけでもない。
ある種の空白の解答。人が嫌うやつだ。なにか、理由を渇望するやつだ。
「欠片とか、いろいろ飛んできて怪我でもされたら、後味悪いし」
適当にお茶を濁した。
「なるほど、たしかに」
アサシンが焼いたやつは、焼け焦げたツボのように砕けてはいるが、塵になったわけではない。
アサシンからすれば、落下した後に砕けるよう自ら調整出来たから慌てなかったが、アーチャーはそうしたかわからないから今回は庇いに来た。そんなところか。
「では、私は前線に戻ります。こちらはお任せます」
気を使ってくれたアサシンの後ろ姿を見送った。
気が緩んだのか、力が抜けた。
「大丈夫ですか!?」
「ははっ、気合いが足りないな」
庇った女の前で、膝を着くとは、なんとも情けない話だ。
戦局は、初めからこちらが優勢であったが、アーチャーの参戦でそれは決定的となっていた。
初めのやつが特別だったのか、執拗に突撃してくるのは同じだが、いま相手しているやつらはその役を演じているような、アサシンは、そんな印象を受けていた。
オジェットは、突き立てられた槍を回収し、ランサーに投げ渡していく。
相手の動きを熟知しているゆえ、手際がいい。
肉叢の身体能力は、常人を超えている。
サーヴァントには及ばなくとも常人とは超えがたい差があるのだ。
現に、彼も攻撃には加わっていない。
素養と経験が抜きん出ていている人間ならばというものもなくはないが、トドメ役がいるだけで、こうも違うかと感じていた。
そろそろか?
オジェットだけは、これまでの経験から戦闘が長引けば、攻撃パターンの変化、人が言うところの奥の手を使ってくるやつがいるのを知っていた。
出現確認から約四十五分、自分たちが合流してから約十分、その時間にはまだ余裕はあるが、念押ししておくか。
「人型を全滅するまで待つ必要はない。一体くらい仕留めてみせろ」
「おうさ」
本来なら、令呪の一画でも使っていいタイミングだが、このランサーの場合、そうはいかない。
「貫け、三貫半柄!」
戦闘後砕けてしまう代わりに、ただの棒を魔力で名前通りの長さのDランクの宝具の槍にすることが出来るランサーの宝具の一つ。
それを、最後尾のボールに打ち込んだ。
ボールを貫く長さの槍も、トドメとするには、一撃の威力が足りない。
いいところがないな。
「お前ら、トドメは譲ってやるぜ!」
ランサーは、槍ごと肉叢を地上へ投げた。
アドリブとしては、なかなか上手い。
「仕方ありませんね」
アサシンが、剣に火を灯す。そのまま一刀で両断した。
ニ騎は、そのまま地上へ落下していく。
残り十五分弱、余裕だな。
その頭上では、残った一体が上昇し、形状を変化させていた。
どこか、時間を読み違えた?
直径は元の三倍、距離を取ったということは砲台タイプへの変化か?
ランサーには空中で動く術がない。
令呪は大事だが、肝心のサーヴァントが消滅させられてしまっては元も子もない。
変化した最後の一体が、動かなくなった肉叢たちをゆっくりと吸い上げられていく。
おそらく、ばらしたものを纏めるのだろう。
それは、上空にいるアサシンとランサーに対しても同じ、やつからすれば、サーヴァントも強化素材同然だ。
時間の狂いといい、いままでいなかったタイプだ。
「このままだとやつに食われることになりそうだが、アサシンのほうは打つ手はあるか?」
「試してみます。炎よ!」
アサシンは剣から炎を放つが、そのまま肉叢の口に収まっていく。
「ダメか!?」
アサシンが剣の真名解放を使えれば、打開出来るだろうが、ほかのアサシンでそんな能力を持つサーヴァントは世界中を探しても見つからないだろう。
「仕方ないわね!」
アーチャーが、宝具を上空で展開した。
さすがに、判断が早い。
「叩き落としてやりなさい!」
巨人の組んだ両手が肉叢に降り下ろされる。
あれだけでも、相当な威力になるだろうが、肉叢は上空に踏み止まった。
最後の一体だからか、それとも、あれが本体だからかはわからない。
とにかく、堕ちず抵抗しているのだ。
川が近いとはいえ、あの巨人は燃えている。
全身を出すわけにはいかないはずだ。
甘いといえば甘いが、巻き込まないようにする気遣いに助けられているのは事実だ。
それより、いま優先しなければならないのは、ランサーとアサシンが喰われるのを阻止すること。
「バーサーカー!」
こちらが令呪を使うより早く、少女が叫んだ。
「待てぃ!」
ライダーさんが声を響かせながらこちらへ下がってくる。
私が、バーサーカーにアレを倒してもらうのを止めるためだ。
「ここは任せよ、マスターも良いな?」
「ああ、お前が出来ると判断するなら、構わない。その後のことは、気にするな!」
海藤さんが、胸を張って応える。
ライダーさんと海藤さん、こうなった時のことを考えていた。
バーサーカーも、アレを落とせるほど力を使えば、わたしも死ぬのがわかっているから、なにも言わず弓も上げなかった。
口振りからライダーさんが犠牲になるのはわかるのに、わたしは口を挟めなかった。声が出なかった。
「どうするつもりですか?」
フェリパさんからすれば、令呪を使うしか手がないこの状況。誰がどうするにしても、時間がない。
「宝具を使う。あのような輩を相手にするにはとっておきの、それこそ令呪なしで、アサシンとランサーを助け、やつを一刀のもとに叩き伏せられるものだ。本来の某なら一考もせぬ手立てではあるが、これもマスターの影響というやつよ。虎綱!」
「こちらに」
ライダーの横に、黒い鎧のお姉さんが現れた。
「マスター、その薙刀はお前が使え。曲げるなよ」
「わかってる。曲げないよう、せいぜい頑張らせてもらうさ」
「ならば良し。武人の真似事も思いの外楽しめた! 此度の役目、思い残すことなし!」
ライダーさんは、お姉さんから受け取った刀を抜くと、鎧は白色に、背中の盾は消えてロボットっぽくなった。
背中に羽根付いてるし、大砲付いてるし、男の子が好きそうな見た目だけど、あれなに?
「閃光剣よ、悪を切り裂け!」
片手で刀を掲げ、横に一振り。
その刀の名の如く、光が吸い上げられていた人型やらボールの残骸が一掃した。
アサシンとランサーさんも一緒に斬られたけど、なんの影響も受けていない。
世の中に、こんなにもキレイな一振りがあるなんて知らなかった。
「敵の首格よ、いざ、参る!」
ライダーさんが飛んだ。
アサシンやランサーさんを超える速度で飛び、ボールのさらに上へ。
「急降下!」
あまりに速すぎで、なにをしたかわからなかったけど、ライダーさんが最後のボールを上から貫いた。
サーヴァントライダー、入れ替わりにて消滅。お付きの虎綱さんも下がった。
たった三日の付き合いで、なにか学べたわけでもないが、それでも別れは辛い。
新しいライダーの真名は、マスター、サーヴァント含めて誰も気付いたように見えないのは悲しいけど、真名がわかったからと勝負を挑まれても困る。
おれも疲れたし、これ以上の戦闘は避けたい。
「ライダー、その姿はなんだ?」
みんなが知りたいであろうことを、最初に聞いたのはオジェットだった。
大人でも男だからな、やっぱりこの姿は気になるよな、気持ちはわかるよ。
「拙者は先のライダー殿より力を託された者。宝具を使いはしたが、いまはまだ、アサシン殿の言に従い真名は秘させていただく」
ライダーの話では、英霊の座には時間の概念がないから知名度と神秘補正は受けられないが未来人でも喚べるらしい。
いまのライダーの場合、知らない人にだと、未来の英雄と認識されてそのままというのもあり得るか?
その場合、顔や体格など、人間と違う部分はどう見えるんだ?
「力を託されっていうか、明らかに前より強くなっているでしょ? それに、姿がそのままってことは、まだ戦うつもりなのかしら?」
「この姿は拙者にとっての全盛の姿でな、武者姿に戻ることは出来ぬよ。それに、今宵は自ら犠牲になったかの御仁を静かに称賛したいのだ」
「なるほど、そういうこと。ならいいわ、私も今日は疲れたし、休ませてもらうわ」
「アーチャー、日向に、必要があれば、また共闘しようって伝えといてくれ」
「はいはい、ほかの人もじゃあね」
アーチャーは、手をひらひらさせて消えた。
あんな動きで、空中に文字を書けるとは、さすがだ。
「やれやれ、最後にいいところを持っていかれちまったな。どこの國の武将かは知らないが、あんたらは助けられた。恩返しは出来ないだろうが、礼は言わせてくれ。ありがとう」
このランサー、槍を三貫半柄って言っていたな。
貫ってどこの単位だ? 中国か、昔の日本か?
虎綱さんの名前は出してたけど、近隣の戦国武将か歴史マニアじゃなけりゃ、身元はわからないだろう。
反応からして、ライダーの隣國に拠点を持っていた戦国武将ではないこと以外に手がかりなしか。
「では、我々もお暇させてもらおう。ここの後片付けよりも先に街の被害調査をしなければならないのでね」
「街か。あんたも巻き込まれた奴は助けて、巻き込まむ奴は止めるってスタンスでいいか?」
ここにくる途中、ライダーの力があれば救えた命を見捨ててきた。
目の前にある命を助ければ、その手間の分だけ見えていないところにある命を救える確率が下がる。
100%以上の数値から減点方式で確率を算出しているから解りづらいが、この状況で、被害者すべてを助けることなんて出来ないのだ。
それでも、遅くはない。
「こちらが、どう動くかは状況次第だが、お前のスタンスは理解したよ、海藤秀」
「…………」
「安心しろ、お前の意見は一般常識に伴っている。肯定こそすれ、非難などせんよ。お前の邪魔をするのが仕事だというわけでなし、魔術やサーヴァントを見た人間の口を封じろという魔術師としてのルールに触れなければ好きにすればいいさ」
「…………」
だから、フェリパさんは、あんな行動をしたのか。
「いまのライダーが、サーヴァントだってわかるのは魔術師くらいで、普通のやつには良くできたコスプレだと思われるだけだよ。それでも、見せるなと?」
「コスプレだと?」
オジェットの表情が怖くなった。怒っているのではなくて驚いているのだろうけど、子供は泣きそう。
「ほかのサーヴァントはともかく、このライダーは姿と名が知れているんだ。おれも小学校の時から知ってた」
シリアスに言っているが、そうとうおかしなことを言っている。
二人の関係までは知らないけど、実際あるからこういうことが出来た。
「それなら、賭けてみればいい。しかし、いいのか? そんなこと、俺たちに教えて?」
「いまバレても構わないってこと。それより優先したいこともある」
いまは雨が降る前に動きたい。
「バーサーカー、わたしたちも……」
「わたしたちもじゃない。歌方は、家に帰るんだ。こういうとき親にはなんて言えばいいか、わかんないけど、とにかく帰ったほうがいい」
親の顔も忘れたやつが言えた義理じゃないが、心配はしているはずだ。
まさか、家や家族が被害にあったのに来たりしてないよな?
「たしかに、もう子供をつれ回していい時間は過ぎていますね」
「フェリパさんまで。そこをなんとかなりませんか? 海藤さんもすぐには帰らないんですよね?」
「おれの身内はじいさんしか残ってないし、そのじいさんも旅に出てるから文句を言ってくる身内はいないんだ。けど、わかるだろ? 親御さんに心配かけるな」
「海藤さん……わかりました、帰ります」
悄気てはいるけど、笑顔は崩れてないな、良し。
「大丈夫、私とアサシンも家まで同行しますから。構いませんか、アサシン?」
「はい、お任せを」
「なら、決まりだな。今日の戦いは終わり、明日も個々に人助けをしよう」
「ふっ」
オジェットに笑われてしまった。
話を反らしたとバレたのか、お気楽だと思われたのか。
日向を相手にしているわけじゃないからわからない。
フェリパさんと歌方は、殺し合いがしたいわけではないだろうけど、この人の場合、雰囲気と言動だけじゃ、わからない。
本当に怖い人ってやつなんだ。
「街の一部を破壊しただけで、サーヴァントもマスターも実力で出せた脱落者なし。枷をされなながらの戦闘だったにしても、異界の神の尖兵、程度が知れると思わないかい?」
同じ神でも、我らが智の神とは雲泥の差があると、彼は自ら信奉する神を誉め称えた。
「不謹慎ですよ、バルズ神父代行」
それに対し、シスターは眉を潜めた。
異教の神の教会で、いまはその信徒のふりをしているのに、彼は見た目だけ真似ただけで、隠す気が感じられないからだ。
「けど、考えてもみてくれ。彼らの立場は、言うなれば我々と同じなわけだ。それが見境なく暴れるしか能がなかったとくれば、笑いたくもなる」
あのまま、アサシンやランサーを取り込まれた上、仕掛けまで発動しなかった場合、痛手になっただろうが、それは阻止された。
「ですが、人手を得ることはできました。明日からの避難者の対応をしながらでも、スムーズに事を運ぶことが出来るでしょう」
「たしかに、数日の戦いに活用するには、十分な人数がこちらに就いた。主と世界樹の警備、内外にある組織への牽制、我々には不得手なことが得意なものも多い」
駒が多ければ、用途も増える。それも、文句を言わずに働く者ならなおのこと良い。
いいことづくめではないか。
「魔力を多めに与えれば、サーヴァントの訓練相手になるものもいるだろう」
しかし、
「異界の神、とくに人類の敵となるならばこの世界に居場所はないわけだが、まさか、同情的になったりはしていないだろうね?」
「それこそ、まさかです。あれは排除すべき存在に違いありません。ですが、封印の方法、人格を与えた彼を封印の犠牲にするのに納得が出来ないだけです」
「人格は信念を呼び、信念は封印をより強固なものとする。蓋の両親が計画を進めるうちに情が沸いたのは解る。けど、君は他人、ましてや魔術師だ。方法が実質一つだけなことに文句はあれど、必要な犠牲に関しては、割り切れる話だろう?」
「ワタクシは魔術師の落伍者、しがない魔術使いですよ」
「だから、イギリスから極東まで来たと?」
「はい、しがらみから逃げきれる場所を探して」
「逃げきれる場所か、君はここからさらに逃げるつもりなのかい?」
「すべきことが済めば」
「こんな居心地のいい立場はそうないのがわからないとは、女故かな?」
「ワタクシであるが故です。ですが、ご安心を、悪神の打倒ははたしてみせます」
「なら、小言を言い続ける必要はなさそうだけど、犠牲を渋って世界を滅亡させるのは勘弁してほしいね」
「自らが犠牲になる前提で進められた計画に乗って、彼は犠牲になるとお思いで?」
「なるだろう。なにせ、我らが智の神の計画だ。入れ替わりとはいえ、前のライダーは脱落。指示通り計画は進めるよ」
「……街が落ち着くまで、マスターの何人かは戦闘をしないでしょう。私も被災者支援に忙しくなります」
「ああ、計画のほうは、こちらで進めておくし、状況も逐次報告する。時期が来たら、本来の役目を果たしてもらうよ」
「わかりました」
噛み合わない会話を切り上げて、テヘーラは自室に戻った。
アーチャーが霊体化しているシーンがあったので修正