香澄の記憶喪失 〜Lost memory〜   作:FeNiX/As

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それでもね


第三話 それでも幸せを感じる日々に

私が目覚めたのは、うっすら朝日が差してきた、朝6時過ぎ頃だ。香澄や沙綾たちは寝ているから、起こさないように飲み物を買いに向かった。

 

「朝は冷えるな……寒っ」

 

この時期の朝は少し辛さを感じるくらい寒い。病室では暖房が効いていたから部屋を出るまで気付かなかった。温かいお茶を買ってから少し早歩きで病室へと戻った。

 

「香澄……」

 

 スヤスヤと字気持ち良さそうに熟睡している香澄の寝顔を見ると、自然と笑みが溢れてしまう。そばに居るだけで安心させてくれる。

 

「あり…さ……」

 

「ん?」

 

ただの寝言だった。私の名前を呟く香澄は何処となく寂しそうだった。

香澄の手を握り、私も再び眠りにつく。香澄の記憶は無くなっていても、香澄の温かさが伝わってくる。ここに香澄がいると実感出来る。そんな事を考えていると、いつしか眠っていた。

 

「……りさ」

 

「ん?」

 

「有咲」

 

「ん?香澄……?」

 

 嬉しそうに私の頭を撫でていた。嫌じゃないし、むしろ安心出来るから何も言わずに続けてもらう。

 

「有咲、おはよ」

 

「あれ? みんなは?」

 

「香澄と2人で色々話ししたいはずだから、有咲には悪いけど帰るねって」

 

「なんだそれ」

 

話している間も香澄は私の頭を撫で続けている。特に何も言わない私に、香澄が質問をしてきた。

 

「ねぇ、記憶のない私は嫌い?」

 

それは考えるまでもなく答えが出ていた。

 

「バカなこと言うなよ。どんな香澄であれ、香澄は香澄なんだ。嫌いになるわけないだろ。不安なら、何回でも好きって言ってやる」

 

「有咲ぁ……恥ずかしい……」

 

香澄が下を向いて恥ずかしがるから、私まで恥ずかしくなる。いつもは香澄が言ってくるのに、言われるのは弱いのかよ。

 

「でもありがと。私も大好きだよ」

 

香澄が私の頭を抱きしめる。香澄には悪いけど、記憶を無くした香澄には素直になれる。今まで思っていた事も伝える事が出来る。今までの私からすれば考えられない事だし、香澄に甘えてただけなのかもな。

 

「ねえ、有咲」

 

「どうした?」

 

「私の体調が良くなったら、お出かけしたい」

「どこにだ?」

 

「私の行った事のある場所に行きたい」

 

「……治ったらな。早く治せよ」

「うん、頑張る!」

 

香澄と話していると、病室に香澄のお母さんと病院の先生が入って来た。表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。

 

「おはようございます。香澄さんの容体について話したいので、席を外して貰っても良いですか?」

 

「分かりました」

 

香澄から離れようとするけど、香澄が抱き着いて離してくれなかった。

 

「香澄?」

 

「私このままが良い。ダメ?」

 

「香澄、わがまま言わないで」

 

香澄のお母さんが香澄に注意したけど、首を横に振って一層強く抱きしめた。

 

「いやだ、有咲にはそばにいて欲しい。離れたくない!」

 

「香澄……」

 

「仕方ないですね。では、お連れ様も香澄さんの容体について聞いてください。」

 

「分かりました」

 

そこから30分ぐらい説明を聞いた。脳や体に異常は無く、強いショックを受けたわけでもない。正直お手上げ状態だって。

 

「そうですか……これからも香澄は自宅療養という事ですか?」

 

「そういう事になりますね。香澄さんの思い出の場所とか連れて行ってあげると何か思い出すかもしれませんよ」

 

「そうですね。先生、ありがとうございました」

 

「いえいえ、それでは私はこれで」

 

そう言い残して病室から出て行った。原因も要因も無いんじゃお手上げ状態になるのも仕方がない。私が出来ることなんて少ししか無いけど、少しでも香澄の為になるなら、それを続けるまでだ。

 

「有咲ちゃん、ごめんね。香澄がわがまま言って」

 

「大丈夫です。それより香澄はいつ退院するんですか?」

 

「先生は今日って言ってた。それと……香澄は有咲ちゃんの話しかしないし、有咲ちゃんがいない時にすごく寂しそうな顔を見せるの。だから出来るだけ一緒にいてあげて欲しいんだけど、お願いしてもいいかな?」

 

頭を深々と下げてお願いされてしまったら断れない。元から断る気なんてなかったし、そもそも私はそうするつもりだった。

 

「もちろんです。迷惑じゃなければ毎日でも」

 

「ありがとう。香澄のことお願いするね」

 

「はい。分かりました」

 

香澄のお母さんは退院準備の為に家へと帰って行った。再び二人きりの空間が訪れる。そこで、普段なら絶対に聞けないことを聞いてみた。

 

「なんで私なんかが好きなんだ?」

 

香澄はかなり考えて、悩んだ挙句私の目を真っ直ぐに見つめて言った。

 

「ごめんね、覚えてないの。でもね、不思議と有咲が大好きだって感覚は今でも残ってるんだ。ずっとずっと一緒に居たいって思う」

 

「……」

 

香澄が思い出してくれた事、私を好きと言ってくれて必要としてくれる事が嬉しい。そんな香澄が私も好きだ。

それから私は香澄のお母さんが戻って来るまでの間、香澄と色々話していた。覚えてることや忘れてしまったこと。今までの出来事とかも。

二時間ほどが経って、香澄のお母さんは病室へと戻って来た。

 

「香澄、帰るよ」

 

「うん。有咲は?」

 

「私も一緒に行くよ」

 

「ごめんね、有咲ちゃん」

 

「良いんです。私が香澄と話していたいので」

 

「香澄、立てるか?」

 

「うん」

 

香澄と一緒に外を歩く。何気ない日常がこれ程までに幸せだって思えたのは初めてかも。繋いだ手の温かさ、隣に居る安心感。何もかもが嬉しかった。

 

「帰って来たな」

 

「うん」

 

「おかえり。香澄」

 

「ただいま。有咲」

 

「明日、色々連れて行ってやるよ」

 

「ホント?ありがとう有咲!」

 

心の底から嬉しそうに喜ぶ香澄。香澄の笑顔は人を幸せにしてくれる。

 

「私も今日は帰って、明日の準備をしないとな」

 

そう言うと、香澄は露骨に寂しそうな顔をした。

 

「そんな顔するな香澄。明日も絶対来るから」

 

「うん」

 

「また明日な。香澄」

 

「うん」

 

香澄の部屋を出た私は明日の件で香澄のお母さんに許可をもらいに行った。ここでダメだって言われたら諦めるしかない。

 

「すいません。少しお話したいんですが?」

 

「どうしたの?」

 

香澄との出かける約束をして、明日の放課後香澄と一緒に行く事を話した。香澄のお母さんは笑顔で了承してくれた。その日は家に帰って明日の用意をした。

迎えた翌日。一日中香澄の事しか頭に無かった。授業もお昼休みも、覚えていないくらいに香澄のことを考えていた。

 

「あ」

 

学校が終わるチャイムと同時に教室を飛び出して 香澄の元へ走って向かった。

香澄の家に着いてチャイムを鳴らすと、いつも通り香澄のお母さんが出迎えてくれる。香澄の部屋へと向かい、身支度を手伝う。

 

「有咲!ありがとね!私すっごく嬉しいっ!」

 

「分かったから、早くしろ」

 

「何回も申し訳ないけど、今日も香澄の事よろしくね」

 

「はい。任せてください」

 

「有咲、準備できたよ!」

 

「じゃあ、行こっか」

 

「行ってきまーす!」

 

元気に出て行く香澄を見送る香澄のお母さん。どことなく嬉しそうだった。

 

 

 

「お姉ちゃん行ったの?」

 

「うん。今出かけた行ったわよ。明日香も香澄に話しかけたら良いのに」

 

「お母さんには分からないよ。私怖いんだよ、お姉ちゃんに忘れられてるのが」

 

「そうだよね。ごめんね」

 

「お母さんが謝る事じゃないよ」

 

「今は香澄が何かのきっかけで全部思い出してくれたらって祈る事しか出来ないもんね」

 

 

 

「有咲!最初はどこに連れて行ってくれる

の?」

 

目を輝かせながら聞いてくる香澄。繋いだ手を振りながら歩いている。

 

「私の家だよ。まぁ家の方じゃなくて蔵だけどな」

 

「なんで蔵に行くの?」

 

「私たちが出会って、全てが始まった場所だからな」

 

「そうなんだ」

 

「ほら、着いたぞ。ここだ」

 

「ここが?入っても良い?」

 

「ああ、ここで私と香澄が出会ったんだ。その時に香澄のギターもここにあったんだ。下に降りてみるか?」

 

「うん」

 

香澄の表情が少し曇った。何か考え事をしている様にも見えた。

 

「ここで私たちはバンドの練習をしてたんだ」

 

「うん」

 

「ここではポピパのメンバーで勉強会をしたり香澄の宿題を見てやったりしてたんだ」

 

「うん……」

 

「香澄が指を切った時も絆創膏を巻いてやったし、香澄の声が出なくなった時もここで集まったりしたっけ……」

 

涙が止まらなかった。今までの思い出全てが詰まってる場所だ。全部大切な思い出なんだ。忘れるはずがないのに……

 

「香澄……っ」

 

私はたまらず香澄に抱きついた。香澄はそんな私の頭を撫でてくれる。

 

「どうしてかな?涙が……」

 

一筋の光が頰を伝って床に零れた。それを見た私はどうしようも無く、強く抱きしめることしか出来なかった。

 

「有咲、痛いよ……」

 

「ごめん……ごめんな……」

 

それ以外何も言えなかった。目の前に香澄が居るのにどっか行ってしまったように思えた。それが耐えられないぐらい寂し感じた。

涙で視界がボヤけて香澄の顔がはっきり見えなかった。

 

「有咲〜香澄〜!そこにいるの〜?」

 

不意に沙綾の声が聞こえて来て、慌てて袖で涙を拭って返事をした。

 

「どうした?」

 

「香澄の家に行ったら、香澄のお母さんが有咲と出かけてるって聞いたから、ここかなって思って」

 

「有咲は分かりやすいから、すぐ分かったよ」

 

「おたえも来てるのか」

 

「有咲ちゃん、香澄ちゃん、大丈夫?」

 

「りみもか、そっちに行くから」

 

「有咲、泣いてたの?」

 

「泣いてねぇ!おたえはいっつも私の事を茶化して来やがって」

 

「香澄も」

 

沙綾が微笑みながらハンカチで香澄の涙を拭っている。

 

「ありがと。沙綾」

 

「有咲と香澄はどうしてここにいたの?」

 

今までのことを説明しようとした瞬間、彩綾が何かを閃いた様に口を開いた。

 

「香澄の思い出の場所巡りとか?」

 

「そうだよ」

 

「有咲は優しいもんね〜」

 

「ね〜」

 

おたえと沙綾が茶化す様に言ってくる。面と向かって言われると恥ずかしいし、腹が立つ。

 

「優しくねえ!」

 

「有咲は優しいよ」

 

不意に後ろから香澄が抱きしめてくる。

 

「有咲は私の約束を守ってくれてるもん。今日だって、思い出の場所に連れてきてくれたし、私の大好きな有咲は優しいよ」

 

「おいっ……」

 

恥ずかしすぎて顔から湯気が出そうだった。沙綾とりみも下を向いて顔を真っ赤にしていた。

 

「ごめんね、こっちまで恥ずかしくなってきた」

 

「沙綾も有咲も顔真っ赤だ〜」

 

「空気読めよ!おたえ!」

 

みんなと笑い合って話すのが、随分と久しぶりな気がした。こう言う時は時間が経つのが妙に早い。

 

「有咲、今日はありがとね!」

 

家に着くと香澄のお母さんが出迎えてくれた。

 

「今日はありがとうね、有咲ちゃん。もし良かったら今日は泊まって行かない?外も暗いし、香澄も喜ぶと思うわ」

 

「でも、迷惑じゃ……」

 

「うちは大丈夫だから、香澄のためにも泊まって行ってあげて」

 

「分かりました。お邪魔します」

 

断る理由も無く、お言葉に甘えて泊まらせてもらう事にした。着替えとかは持って来てないから香澄の服を借りた。なんだか恥ずかしい……

 

「有咲ちゃん、お風呂沸いたから先に入って来て」

 

「あ、はい。お先に失礼します」

 

「出てきたらご飯にしよっか」

 

「わかりました」

 

友達の家のお風呂ってよく分からない緊張感がある。普通に入って良いのだろうか?

 

「まぁ気にせず入るか」

 

『無心』で頭と体を洗い流し、『無心』で湯船に浸かっていた。ここで香澄のことを考えるのは非常に危ないからだ。私には刺激が強すぎる。

 

「有咲、一緒に入って良い?」

 

「か、香澄!?ちょっ!ちょまま!」

 

「お母さんが一緒に入って来なさいって」

 

「え?えぇ……」

 

香澄のお母さんが言うなら断れないけど、香澄のお母さんに対して少し言っておきたい事が出来た。言わないけど。

 

「お邪魔しま〜す」

 

「……」

 

私は香澄の体を見ないように『無心』で反対側を向く。香澄が体を洗っている間も必死に目を向けないようにする。

 何も考えない様に頭の中を盆栽で埋め尽くした。

 

「有咲ちょっと詰めて」

 

「え?」

 

あ、見えた。見てしまった。

 

「お風呂気持ち良かったね!」

 

「ああ」

 

こっちは途中からそれどころじゃなかった。最後のは反則だ。

それから、晩御飯をご馳走になり、香澄の部屋で寝る事にした。

 

「有咲!一緒のベッドで寝ようよ!」

 

「えっ?私は床に布団引くから良いよ」

 

「ダメ?」

 

「ダメじゃないけど……」

 

そんな顔されたら断れないし、断るのは勿体無い。

 

「有咲!おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

とは言ったものの、こんな状況で寝れるはずがない。色んな考え事をしているうちに眠りに落ちていた。

 

 

 

「有咲は私の記憶が戻っても好きでいてくれるのかな?ごめんね、有咲。記憶が戻って欲しいけど、有咲の態度が変わってしまうのが怖いんだよ。だから、これからも甘えてしまう私を許してね。大好きだよ。有咲」

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