傓物語 -サカモノガタリ-   作:黒兎可

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いきぬきになんとなく作成


おうぎワンダーズ
001-002


 

 

 

   001

 

 

 

 生きているのか、死んでいるのか――――なんていうのは実は意外とどっちでも良かったりする。生きることに対する飢餓感の薄さと、死ぬことに対する危機感の薄さ。日本の、少なくとも西暦二千年代前半において、まぁ平均を仮にとったとするのならば。この双方のどちらかを抱いている子供の数は、ほぼ等しい値になるんじゃないだろうか。その話を聞いて大半の人は「へー、そうなんだ。だから?」と疑問符を返すだろうし、僕でも返す。話にオチがないという奴だ。でも、これが一番重要だったりするのだ。

 オチがない。

 つまりヤマもない。

 ヤマがなければオチることもないし、同時にオチがなければヤマ場も存在しない。お互いの存在がお互いの存在をトートロジーとする、二律背反しない話。

 とはいえど、そこで冒頭に返るのならば、つまり「生」があるから「死」がある。これはトートロジー、この事実は変えようがない。それでもなんでどっちでも良いのかと言えば、つまるところジャッジする側が個々人に委ねられているからだ。自己決定、自己責任、自由と義務。これらが同時に存在し保証されているからこそ、生死どちらであろうと、それを選択するのが個人の価値観である以上、そこに絶対的な意味合いは存在しない。

 だから、積極的にどちらかを選択する必要もない。

 あるがまま、流されるまま――――。

 そして流されるままに、僕は誰もいない校舎で吸血鬼を探していた。

 きっかけはクラスでの噂話。僕らの通う直江津高校。春休みのグラウンド。ここで実は、吸血鬼と吸血鬼ハンターとが異能力バトルを繰り広げている、とかいう話だ。

 一体全体誰がそんな話を流しているのかは判らないし、誰がそんな話を作ったのかもわからない。挙句一体どんな伝奇小説かライトノベルかテレビアニメか漫画だよ、ないない、とないない尽くしのこの話。

 特別信じている訳でもないけれど、映像を実際に見ない限りは僕にとっての判定はグレー。

 バカにすることもない。吸血鬼がいてもいなくても、そんなものどっちだって良かったりする。

 良かったりするのだけれど、そこで少しだけ不穏な話を聞いた。

 その吸血鬼が、我が校の男子生徒の制服を着用していたという話だ。

 話の真実味が下がるのか、あるいは上がるのか。

 ただその話を聞いた僕が最初に思ったのは、僕らが実際に使っているグラウンドに対する違和感のようなものだった。生理的な違和感のようなものだった。

 体育の時間とかで使われる校庭で、夜中に吸血鬼と吸血鬼ハンターが血とか肉とかを散らしながら殺し合いをしている――――そんな話を信じる信じないが平等である僕にとって、とてつもなく気持ちの悪い感じがしたのだ。

 実際にこの場で血沸き肉躍る戦いが繰り広げられているとするなら。たとえ毎晩片づけられているとしても、飛び散ったそれらとか、怨念とかに汚染されていそうで気持ち悪い。

 実際には何もなかったとすると、何が理由でそんなネガティブキャンペーンめいたことを実行するのかという謎が残ってしっくりこず、気持ち悪い。

 何よりこの二つが同時に来て、どっちが正解かわからないのが一番気持ち悪い。

 つまるところ、その噂話を傍観者ではなく、より身近な話として感じてしまったからこその気持ち悪さだ。

 そんな状況ではうかうか補習も受けていられない。胸のあたりがムカムカしてくる状態で数学の問題集を解くのは中々にストレスフルだ。胃に穴は開かないけど、問題用紙にシャープペンシルで穴を開けたくなる。ちょっとしたストレス解消法だが、紙がいくらあっても足りない。

 だからこの日。

 つまりは、きょう日。

 補修が終わった後になんだかんだ理由を付けて校舎に残り、見回りを回避しているさ中なのだ。夜の校舎に忍び込むより、色々物を持ち込んで一晩明かす方がいくらか楽だろう。幸か不幸か直江津高校、未だに監視カメラや防犯装置の置かれていない教室も存在する。観測状況で何も変化がなければ僕も一安心、何か変化があればそれはそれで納得、という状況だ。

 そういう謎の探求は僕の仕事じゃない。実際に起こっているか、起こっていないかわからないのが気持ち悪いのだ。

 よって僕の想定ミッションとしては、①学校に潜入、②一時間おきに校庭を眺めて状況変化を観察、③特に何もなければそのまま寝て、明日の補修にさも今日登校したかのように駆けつける、といった流れ。

 シンプルすぎるけど、まぁ複雑だから良いという話でもないので、これはこれで良いとする。本当はどうでもいいけど。

 そして夕方、教職員の巡回が終わったあたり。そろっと教卓の下から出て座席の一つに座った瞬間――――。

 僕は、忍野扇(おしの おうぎ)に行き遭った。

 

 

 

   002

 

 

 

「おやおや、これはこれは。存在しない1年3組の教室でも遂に見つけたかどれ生徒の顔でも拝んでやろうか、と思いきや、なぁんだ一戸瀬(ひととせ)くんじゃないか。一戸瀬、一戸瀬栄冶(ひととせ えいじ)くん」

 

 ちょっと何を言ってるか分からないことを宣いながら戸を開ける彼女、忍野扇。僕が一年生のとき、十月に転校してきた女子生徒。男子生徒ゆえに女子生徒とそこまで交流がある訳ではないのだけれど、噂によればミステリー好きとか。

 そんな彼女は、制服の袖をひらひらさせてこちらにアルカイックスマイルを浮かべている。開けはしたものの、何故か入り口から中には入ってこない。

 しまった、見つかってしまったか。ミッション、インポッシブル。

 

「何をしているんだい? こんな時間に」

「あー、いや、大したことじゃないですよ。もう帰るつもりだったし」

 

 女子とあまりしゃべらない男子高校生代表みたいな僕である。意識している訳ではないけれど、自然、口調は丁寧語。彼女との間に距離感をとろうとする。

 一方の忍野は、独特な笑いを浮かべて少し陽気に思えた。

 

「はっはー。てっきり夜の学校に泊まり込みしようとしているのかと思ったけれども、気のせいか」

「う、うん、はい、気のせいです」

「そうだよねー。流石にいくら男子高校生が、己の全能感を過信してなんでも悪いことに走りたがる性質を兼ね備えているのだとしても、そう仮定したとしても、いくらなんでも泊まり込みなんて小っちゃいことはしないよね。小っちゃいというよりは、みみっちい非行と言ったら良いかもしれないけど。はっはー、まさか一戸瀬くんに限ってそんなバカなことはしないだろう」

「えっと……、忍野さん、僕に限ってってどういうこと? 僕、何か知らない間に君と接点とかってありましたっけ? それを判断できるだけの情報が」

「いや全然。私は君のことは、全然、それこそ十全にさえ知りえてはいないのだけれども。当たり前じゃないか何を言っているんだい気もち悪い」

「気持ち悪い!?」

「キモい」

「キモい!!? いや、じゃあなんで僕に限ってとか言ったんですか!?」

「初歩的な推理だよ、ワトソンくん。初歩的すぎるから、説明はしない。その程度は自分で考えたまえ。まぁしいて言うのなら、その居心地の悪そうな表情を少しは取り繕うことだ。ポーカーフェイスというやつだね。それが出来て初めて、潜入任務は成功するかもしれない」

 

 口調の陽気さに話してこちらの核心を射抜いてくる。何だ、こいつ。名探偵でも気取っているのだろうか。

 違う違うと否定しつつも、ばつが悪く目をそらそうとして――――。

 

「では、一体どうしてここに居たのかな? 一戸瀬くん」

「うわっ」

 

 こちらを覗き込むように先回りして来た。女子生徒の顔が近いとか、ほんのり女の子の匂いがするとか、そういう話以上に、こちらに向けられている彼女のその実験動物でも観察するような真っ黒な目はなんだ。

 なんだこの女子高校生。

 訳もなく気圧される僕を前に、はっはー、と繰り返し独特な笑い方を続けた。

 というよりも、気が付いたらまた入り口のすぐそばに戻っている。いつの間に移動したのだろう。

 

「ぼ、僕のことはともかくとして。忍野さんはどうしてここに? 確か補習受けなきゃいけないような成績ではなかった気がするんだけど」

「いえいえ、確かに補習を受ける必要はないのだけれど。一戸瀬くんとは限って」

「とは限って?」

「失礼、噛みました。一戸瀬くんなんかとは限って」

「いや、直せてないんじゃないでしょうかそれ。噛み直してるんじゃないでしょうかそれ。というよりも、その言い回しには悪意を感じますかね」

「いえ、全然? 悪意なんて然々、それこそ前々をさかのぼってもございませんとも。全々に」

「じゃあその『なんか』って何ですかいっ」

「ですかい? いやぁ、少なくとも同じクラスの男子生徒が、そこまで畏まった口調をしてくるのなら、お互いに距離感を感じている錯覚だよ。私はあまり親しくない男子生徒にも分け隔てなく接することができるくらいには、器の大きい高校生なんだよ―――― 一戸瀬くんなんかとは違って」

「今度は言い切った!」

 

 言い回しに悪意しかないような女子高生だった。

 

「まぁ器が大きいと言っても、おっぱいの器が大きい訳ではないんだけれどもね、はっはー ……。はっはー」

「いえ、その自虐は色々キツいので止めていただけないでしょうか……」

 

 自分の胸元をぺたぺた、膨らみを潰したり押し戻したりを繰り返す忍野扇。

 さして刺激がある絵面という訳でもないのだけれど、触れづらいは見ていられないわで色々と切ない。

 

「まぁ冗談はさておき」

「饒舌に悪意を振りまいておいて、本当に冗談です?」

「常談はさておき。そろそろ入り口も校門の鍵も施錠されるだろうし、用務員の人たちも多くが片づけに入る頃合いだろう。教師もほぼいないし、早いところ帰った方が良いと思うのだけれど、何をしていたんだい?」

「あー、いや、僕のことはともかく。忍野さんこそ、こんな時間まで学校で何を」

「はっはー。これは痛いところを突かれた。そうだね、私も人のことをあまり言えない。私の尊敬するところである神原先輩の用事の付き添い、を装ったうえで、僕も調査任務に来ていたんだ。事前に確認していた監視カメラの設置されていないこの教室を目当てにしてね。何大丈夫、校門で私が突如消えたとしても、神原先輩なら途中で仕事を投げ出さず任務を完遂してくれるはずさ」

「いや、尊敬するところである神原先輩の用事には、つきそってないんですかいっ! 装ったうえでって何ですかっ」

「今頃神原先輩は、後輩の女子生徒たちのハーレムで癒されて、阿良々木先輩の元へ帰っていったことでしょう」

「いやハーレムて何ですかいっ」

 

 何だよハーレムって。普通、男対女多数とかじゃないだろうか。

 というか阿良々木先輩とは一体どなたなのだろうか……。

 

「真面目な話をすると、特に理由もなく私が校舎に侵入することは、ちょっと難しいというか。ともあれそんな理由で、一芝居打ったというところなんだ」

「何か事情があるなら素直に話せば良かったのでは……?」

「だから潜入任務、スニーキングミッションなんだよ。しかしそれはともかく、ですかい、とは。妙な口調のツッコミだねえ。そこまでして丁寧語を取り繕う必要はあるのかな?」

「いや、まぁ、それはどうでも良いので……」

 

 神原先輩というのは、本名を神原駿河と言い、我が校のバスケットボール部のエースだった選手だ。僕らより一つ年上、現在二年生。年度明けには三年生になる。現在は試合の事故で左腕を故障し療養中。風の噂では、在学中の復帰は難しいとか何とか。

 そんな神原先輩と彼女とにコネクションがあるというのは、なんというか、意外といえば意外だった。

 典型的スポーツウーマンな先輩と、典型的文系な華奢な少女。ありがちと言えばありがちだし、ないといえばない組み合わせでもあるが。なんにしても接点が見えてこない事実には全く訴求できないのだった。

 

「まぁ武士の情けということで一戸瀬くんの話は終わりにしてあげるけれども。いやー、しかし失策でしたね。てっきり1年3組、発見したかと思ったのだけれどまさか教室で空気が薄すぎるがゆえに幻のクラス31人目と呼ばれる一戸瀬くんを誤認するとは」

「幻のクラス31人目などと呼ばれていません! って、薄いって何ですかい、薄いって! 薄くないし、普通に友達いますしっ」

「はっはー。さて、その中で本当の友達と呼べる人数は、一体何人くらい居るんだろうね…………」

「いや、そりゃ卒業してからも交友関係が続くかどうかと問われれば、また違う話ですけれども……、って、いえ、それはもう悪意を隠しきれてない!? え、何、僕って本当に忍野さんと接点とかってないの? なんでそんな悪意を向けられるようなことになっちゃってるんですか!!?」

「私は何も知らないよ? 君が知ってるんだよ」

「…………って、いや、やっぱり知らないですって」

「一戸瀬くんは、何にも知らないんだねー」

「その言い回しには悪意しか感じないのですが!」

「1年3組を知らないのに? おやおや一戸瀬くんともあろう者が、直江津高校七不思議を知りませんか」

「貴女の中で、僕、どういう位置づけの人物なんですか。って、七不思議……?」

 

 えっ、そんな古典的なものが本校に存在していたのだろうか。

 

「真面目な話、私が悪意を振りまくのに特に理由はないんだけれどもね」

「理由ないんじゃん……!」

 

 なんだこの性格。こんな毒舌でもなく、微笑みながらこんなことをしてのける人物、他にいるんだろうか。こんな女子高生が存在していて良いのだろうか。

 

「真面目な話、私は結構周囲の人に影響されやすい設定だから。私の今のキャラクターもまた、私の交友関係の状況に左右されているという訳なんだ。最近丸くなっちゃったからなーあの滅多切り先輩、その分の反動を補っているんだろう」

「いえ、設定って」

 

 というか滅多切り先輩?

 

「閑話休題。それはそうとして、こんな時間まで残って暇していそうな一戸瀬くんだけれども、君の目的はアレかな? 深夜の校庭、グラウンドの吸血鬼異能力バトルでも見たいのかな?」

「もっと他に言い方、あるんじゃないでしょうか」

「ほかにどう言い表せるというのだい? まぁそのバトルを目撃しようとしているのか、何をしようとしてるのかまでは定かではないとして。時間的に暇があるのなら、私と一緒にどうだい? と誘ってあげよう」

「私と一緒に?」

「だから――――」

 

 そこで一区切りして、忍野扇は微笑みを深めた。

 

「――――七不思議の探索を」

 

 

 

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