「早く木から降りて来んか!!」
「嫌だね!!て言うか無理だよ!!木から降りられない!降りようとして足滑らせて死ぬ!!仮に生き残ってても何かで死ぬ!!だって俺弱いんだもの!!」
汚い高音を発しながらギャーギャーと叫んでいるのは
慈悟郎は降りてくる素振りすら見せない善逸を見て深いため息をつく。何故ならこうなったら善逸は何がなんでも降りてこないからだ。善逸と慈悟郎は数年の付き合いだが、それくらいは分かった。
「
慈悟郎から名を呼ばれた少女、夜虂は縁側で読書を楽しんでいたが、慈悟郎から呼ばれ渋々本を閉じた。立ち上がると善逸が上ってきて降りない木の下に立ち、細長い腕を広げた。
「善逸、大丈夫。怖くないよ。だからおいで。落ちても私が受け止めてあげるから」
綺麗なソプラノの声で優しく、善逸に言った。善逸は目に涙を溜めて首を大きく横に振る。
「だ、ダメだよ!!夜虂危ないよ!!俺が落ちたら夜虂が下敷きになっちゃうもの!!夜虂は女の子なんだよ!!女の子は体を大事にしないとダメなんだ!!」
「…善逸が降りてくるまで、私はここを退かない」
夜虂と善逸は慈悟郎に会う前からの深い仲だ。お互いを信頼しあっている。だから善逸は知っていた。夜虂は芯の真っ直ぐとした、一度口に出したらそれは曲げたりしない子だって。
ホントは降りたくなかった。ここを降りたらまた慈悟郎に無理矢理厳しい修行をやらされる。その修行が終わったら死人が沢山出ていると言う噂の最終試験に行かなくてはならないではないか。そんなの嫌だ。死ぬ、絶対に死ぬ。だって俺、弱いんだもの。
善逸は慈悟郎の修行をやりたくないと昔から駄々を捏ねていた。慈悟郎の修行が厳しかったのもある。でも、何よりもこの修行を始めたら夜虂と離れなくてはいけなくなるかもしれないと本能的に悟ったからだ。
嫌がる善逸を見て、夜虂も修行をやり始めた。夜虂は善逸よりも才能があって善逸は壱ノ型しか使えないのに対して夜虂は拾ノ型まで使えるし、最近は雷の呼吸だけではなく、水や炎、風や岩の呼吸を使えるように独自に修行を始めた。
もう、何が何だか分からなかった。だって夜虂は善逸と違って女の子なのに善逸よりも遥か前を立っている。善逸は「死ぬ」や「怖い」「自分は物凄く弱い」と自分をかなり卑下する言葉を使うが自分の手の届く範囲は『護りたい』そう思える程にはカッコイイ性格をしていた。
なんやかんや言いながらも影で努力する善逸だがどうやっても善逸は夜虂に追いつけない。そんな悲しみと苛立ちが今日、こんな風に変に爆発していたのだ。
「善逸」
「な、なんだよぅ………」
「善逸は強くてカッコイイよ」
凛とした声で夜虂は言った。目は真剣だ。善逸が強くてカッコイイ事を疑っていない目。自分が今言ってることは全て正しい、そんな雰囲気が今、夜虂の周りにはあった。
本気のガチトーンでそんなことを言われると思っていなかった善逸は目が点になった。ついでに全身の力が抜けた。そして木から落ちた。
善逸が前から落ちれば夜虂とぶつかっていたのだが、残念(?)な事に後ろから落ちた為、夜虂とぶつかる事を逃れた。善逸はホッとするが直ぐに顔が赤くなる。
「も、もうやめてよね!!そんな恥ずかしいことをサラッと言うの!!こっちが恥ずかしくなるんだから!!」
「あーもうヤダヤダ。これだから男心を分かってない奴はダメなんだよ」
パシパシと尻についた砂を叩く善逸。善逸は夜虂と目を合わせようとしない。せめてもの抵抗だろうか。そんな善逸が可愛く見えた夜虂はクスッと笑った。
「あー!なんで笑うのさ!!」
この物語は鬼とバトルを繰り広げる物語ではあるが九割位は金髪少年と少女のラブストーリーである。
▼▲▼▲▼
「夜虂、ちょっとお使いに行ってきておくれ」
「…………」
「…善逸、夜虂を起こせ」
夜虂は基本、夜行性である。昔はそうでも無かったのだが、とある日を境によく昼間は昼寝をするようになった。しかも夜虂は一度寝ると中々起きないのでかなり手間がかかる。まあ、それも善逸がいなかったらの話だが。
「夜虂、起きなよ。爺さんが呼んでるよ」
スー、スーと寝息をたてて寝ていた夜虂だが、善逸が夜虂に喋りかけた瞬間目をカッ開き、起き上がる。これもいつものことである。
善逸と夜虂は深い仲で、善逸と慈悟郎が会う前から夜虂は善逸と共に行動をしていた。善逸曰く最初はお転婆娘だったらしいのだが、今はかなり大人しい子になっている。
慈悟郎が夜虂にお使いに言ってきて欲しいと言うと夜虂は顔を歪めた。善逸達の家から村までかなりの距離があるからだ。
それでも夜虂と善逸は慈悟郎にお世話になっている身。善逸がかなり我儘なので夜は基本的に顔を歪めるだけで断ったり等はしない。現に夜虂は頷くと袴から着物へと着替え始める。
「ちょっ、なんで目の前で着替えるの!?」
「?だってここには二人しか居ないし…慈悟郎さんがそんなことする筈がないって知ってる」
「ここには年頃の男がいるでしょ!!」
「何処に?」
滝のような涙を流す善逸。泣いている善逸になんて目もくれず夜虂は着物に着替え終えるとお金を持って家を出た。慈悟郎は家を出る時お見送りをする。
「行ってきます。慈悟郎さん」
「おう。気をつけて行ってくるんだぞ」
歩いて村に向かっていく夜虂の後ろ姿を見て慈悟郎は心配になる。
「そんなに夜虂が心配なら俺も夜虂と一緒に行かせれば良かったじゃん」
「バカを言え。夜虂も心配だが、儂としてはお前の修行の方が心配に決まっとるだろ。毎回毎回駄々を捏ねおって。少しは夜虂を見習わんか」
「年取ると小言が多くなるって噂はホントだったんだね。あーヤダヤダ」
ゴツンと鉄拳が落ちる音がした。勿論、鉄拳が落ちた先は善逸の頭である。善逸は悲鳴になってない声をあげると頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「無駄話なんかしとる暇はないぞ!! さっさと走り込み行ってこい!」
「ひぃー! 鬼ぃぃい!鬼畜ぅぅう!!」
「追加するぞ」
更に善逸の悲鳴があがった。
善逸の顔色は真っ青だった。
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「いやあ、何時見ても別嬪さんだねえ」
ストレートな金髪、切り長の大きな漆黒の瞳、ふっくらとした紅い唇、日光を吸収することを忘れた白い肌、その肌を更に白く見させる桃色の着物。何処をどう見ても綺麗な女だった。
八百屋のおじさんは一通り夜虂を褒めるとおまけをしてくれた。
「いいんですか?」
「もう1人の金髪の兄ちゃんによろしく伝えてくれ」
もう1人の金髪とは10割善逸のだ事だろう。夜虂は頷くと八百屋のおじさんは夜虂の肩をつつきながら問うた。
「それで、上手くやってんのかい?金髪の兄ちゃんとはよ」
「上手くも何もいつも通り、普通ですけど?」
「マジかいそりゃ!?」八百屋のおじさんは驚いたように声をあげた。まるで夜虂の返答が可笑しかった様な驚きぶりである。
「(金髪の兄ちゃんはどー見ても金髪の嬢ちゃんを好いてると思うだがなあ)」
そうなのだ。善逸は夜虂と二人きりで出かける時、必ず周りを威嚇しながら歩く。夜虂には近づかせない、手ェ出してみろ殺すぞ、と。と言っても二人がよく来る村は若い人間が不足しており、基本60〜80の歳の人が多いため善逸を優しく見守っているのだが。
勿論、善逸は村の皆に見守られてるなんて知らないし、夜虂に至っては善逸が夜虂に好意を抱いている事すら知らない。
そんな善逸を少し可哀想だと思ったのか八百屋のおじさんは涙ぐむと夜虂の肩に手を置いて言った。
「金髪の兄ちゃんと末永く幸せに過ごすんだぞ」
「は、はあ……?」
夜虂は訳が分からなかった。しかし適当に頷いておく。世渡りの術である。
夜虂は八百屋のおじさんと別れると家から出てきたおばあちゃんに話しかけれた。
「夜虂ちゃん、古着だけど持っていくかい?」
「高畑のおばあちゃん…。いいんですか?」
「いいさいいさ。どうせ古着だし私はもう着ることもないからねえ」
高畑のおばあちゃんは昔、団子屋を営んでおり慈悟郎から少し多めに貰ったお金で善逸と共にお団子を買っていたりしていた。その時に知り合ったのだ。
歳が来たこともよって団子屋は悲しくも閉店してしまったが、こうやって時々村に下りてくると何かと世話をやいてくれる。優しいおばあちゃんなのだ。
「夜虂ちゃん、その着物しか持っていないんだろう? 沢山あるから持っていけるだけ持っていきな」
現在、夜虂が着ている黄色の向日葵の刺繍が入った着物で善逸が初めて夜虂に買ってくれた着物だ。夜虂はその着物以外を持っていないものもあるが、大切に大切に着ていた。夜虂の宝物だった。
夜虂は礼を言う。おばあちゃんがくれた着物はとても可愛らしい着物ばかりでホッコリした。
「そう言や、善ちゃんはどうしたんだい?」
善ちゃんとは言わずもがな善逸のことである。どうやらおばあちゃんの中では善逸と夜虂はセットのようだ。
「今、慈悟郎さんと地獄の修行してる」
夜虂がそう言った後、心做しか善逸の叫び声が聞こえたような気がする。おばあちゃんは笑うと「善ちゃんも頑張ってるんだねえ」と言った。
「うん、善逸は頑張ってるよ。沢山」
「ふふふ、夜虂ちゃんはきっといいお嫁さんになるよ」
「…誰の?」
夜虂がおばあちゃんに聞けばおばあちゃんはまた「ふふふ」と笑った。
「夜虂ちゃん、それを聞くのは野暮ってものさ」
「そうなの?」
「ああ」
おばあちゃん曰くそうらしい。この後少しおばあちゃんと世間話をした末、夜虂は慈悟郎達が待っている家へと戻った。
「夜虂ぅううう!! 大丈夫だった?誰かに何もされなかった? 触られなかった??」
「高畑のおばあちゃんに着物貰ったよ、慈悟郎さん」
「そうかそうか。それは良かったな」
「無視!?? ねえ、無視なの???」
「八百屋のおじさんがね、おまけしてくれた」
「ほお…。それは今度あった時礼を言わねばな。勿論、高畑さんもだが」
「………もういいもん。皆滅びちゃえばいいんだ…」
この後、滅茶苦茶善逸はいじけた。そりゃあ面倒臭い程には。