「いーやーだー!!」
今日も今日とて飽きずに木に縋り付いているのは我妻善逸。もう慣れた日常である。しかし、今日は何がなんでも善逸を木から引っペ剥がさなくてはならない事情があった。
「誰が最終選別なんかに行くか!! 死ぬに決まってんじゃん!!馬鹿なの?馬鹿でしょ!?そうでしょ!! うわあーん、人殺しー!!!」
もうすぐ鬼殺隊最終選別が始まる。その為、善逸と夜虂はもうここを離れ藤襲山に向かわなくてはならない。なのに善逸がずっと愚図るため、未だに出発出来ないでいた。
最初は説得しようとしていた慈悟郎だったが何十分か経ってとうとう堪忍袋の緒が切れる。慈悟郎が思いきり木を揺さぶると気を抜いていた善逸は直ぐに落ちてくる。
それでも逃げようとする善逸の襟首を捕まえ両頬を往復ビンタする慈悟郎。ビンタは善逸の両頬が腫れるまで続いた。
これ以上ここに留まっていれば命の危機に値すると善逸は思ったのだろう。素早く荷物を持って纏めると夜虂の手を引いて走って行く。
「……行ってきます、慈悟郎さん」
「…ああ、必ず戻ってくるんだぞ。二人とも」
珍しく慈悟郎の優しい声を聞いて善逸は泣きそうになった。善逸は夜虂に笑われた。
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藤襲山に行くまでが凄く大変だった。善逸達がいる場所から藤襲山まで二つの山を越えて行かなくてはならない。
その一つ目の山を登っている時だった。ビクビクとしながらも歩いていた善逸の姿が急に消える。夜虂は首を傾げ、近くを探すと何時もの高音を出しながら叫んで川を流れている善逸を見つけた。どうやら善逸は足を滑らせ川に落ちたようだ。川の流れは早く、善逸は自力で戻れそうも無さそうだ。慌てて夜虂は善逸の後を追う。
「いぎゃあああああああ!!おぼ おぼぼぼぼ」
ぶくぶくと流されていく善逸を見て夜虂は桃太郎を思い出した。この場面で何故、桃太郎なのかは分からない。気がつけば流されている善逸の元に滝が迫ってきている。流石にあの善逸でも滝に落ちてしまえば一溜りも無いだろう。
しかし、どうやって善逸を助けるか。夜虂は空を飛ぶことなんて出来ないし、慌てているからか冷静じゃないからか、方法が浮かび上がって来ない。
しかしこのままでは善逸が――。
仕方ない。夜虂は決心し、川に飛び込んだ。川に飛び込んだ夜虂は善逸の腕を掴み、そして抱きしめた。二人は滝へと向かい、重力に逆らうことなく落ちていく――。
「ゴッホ、コホ」
滝から落ちてもギリギリ生きていた夜虂と善逸は川から上がり、咳き込んでいた。善逸は口から水を出しながら気絶している。変な所だけ器用だ、夜虂はそう思った。
「善逸、善逸」
善逸を揺さぶるが起きる気配は無い。息はしている。だから生きているのだが。夜虂は少し安堵し息を吐いた。ふと、善逸が気絶していることをいいとこに夜虂は善逸の顔をマジマジと眺め初める。
「(善逸は寝てたら幼さも残ってて、でもカッコイイのに。普段の態度が残念だから、気づかれないんだと思うけど)」
「(な、なになに!?急に顔近くない!?お、俺鼻息とか荒くなってないよね!? も、ももも、もうしかして人工呼吸とかされちゃうのかな!?き、キスとか出来ちゃう感じ!?)」
実は夜虂に揺さぶられた時目を覚ましていた善逸。だが狸寝入りをしてラッキースケベを狙おうとしていたのだ。しかし、そんなこと夜虂には通じなく。善逸の顔を眺めるのに飽きた夜虂は小さく呟いたのだ。
「起きないなら、慈悟郎さん直伝の往復ビンタを」
夜虂の呟きで一瞬にして目を覚ます善逸だった。
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山を降りている時だった。ブーンと言う音に善逸が反応する。善逸は昔から皆よりも聴覚が優れており、それは夜虂も知っている事実だった。
「ね、ねぇ、夜虂…。なんかさ、音しない…?」
「私はしないけれど、善逸がするって言うならするんじゃないかな」
「だ、だよね?するよね!?こう、ブーンって、まるで蜂みたいな…は、蜂ぃいい!? 夜虂近くに蜂いるよ!!多分。きっと蜂がいる!!何か見えない!?」
善逸は夜虂の背中を叩き興奮した様子で言った。
善逸は人一倍“聴覚”に優れている。夜虂にもそれはあった。善逸の様に聴覚が優れている訳では無かったが、人一倍“視覚”に優れており、約十五キロメートル先にいる動物や虫、勿論人だって目視できる。本気を出せば、更にいけるらしい。
善逸が蜂がいると言うので、夜虂は辺りを見渡した。すると、善逸の言う通り本当に蜂は居たのだ。
善逸の後に。
「ぎぃやぁぁあああ!!」
蜂は一匹だけじゃなかった。十は軽く超える大軍が善逸の後ろにいて。逆にこれだけの数がいたと言うのに何故、気づかなかったのかが分からない。
蜂は一匹たりとも標的を変えることは無く、善逸を狙う。
善逸は蜂の大群に襲われた。
ただでさえ腫れていた頬が更に腫れた。
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二つ目の山に向かう途中だった。綺麗な女性が居た。
「そこの綺麗な髪をしたお嬢さんとお兄さんや」
話しかけられ、歩く足を止める善逸と夜虂。夜虂は無視して歩こうとしていたのだが、それは流石にダメだと善逸が止めた。
善逸達に話しかけた女性は占い師をやっているらしい。善逸を見て「1つ占っていかないかな?」と聞いた。
「占ってくれるなら…」と善逸は女性に頼む。女性は笑って了承すると机の上に置かれていた水晶玉に手を翳した。
「お兄さん、これから貴方は大変な目に沢山遭うよ」
「え、ええ!!」
「こりゃ普通の人間だったら死んでるねぇ…」
善逸は「死」という単語に敏感である。元々小心者の性格のせいでもあるが、今、善逸達が向かっているのは生きて帰れるかわからない藤襲山である。「死」という言葉に更に敏感になっていた。
善逸は顔を真っ青にし、慌てる。
「死にたくないのなら、これを買っていきな」
女性がそう言って出したのは黄色のブレスレット。善逸は「それを持っていて死なないなら何個でも買うよ!!」と無駄に大量購入した。隣で夜虂が呆れているのにも最早気づいてはいない。
結果、善逸は一文無しとなってしまった。カモられたのだ。何度も夜虂は制止の声をかけたのに聞かなかった結末がこうである。なんとも情けない。
「ごめんよぉ…夜虂……」
「仕方ないよ」
これから先が不安になってくる夜虂だが、頭を横に振って不安を拭った。
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二つ目の山に登っている時だった。町で優しいおばあちゃんに貰ったお米でおにぎりを作り、それを食べていた時。善逸が夜虂の作ったお握りを落としてしまった。それも運悪く、お握りを落とした場所はちょうど急な坂になっておりコロコロと転がっていく。善逸はお握りを捕まえるため駆けた。気がつけば善逸は夜虂とはぐれてしまった。
「ここ、何処……」
最初はギャーギャーと何時もの汚い高音で叫んでいたのだが、善逸の声に驚いて飛んでいく鳥が怖くて叫ぶことをやめてしまった。
因みに、転がっていたおにぎりは無事に捕まえ泥が着いたところは取って食べた。多少、ジャリジャリと砂の感触はしたものの、夜虂が丹精込めて作ってくれたものを吐き出すわけにもいかず、ちゃんと完食した。
もう、山の中は薄暗い。それが更に善逸を怯えさせるポイントである。ビクビクとしながらも一歩踏み出す。するとパキッと何かが折れる音がした。
「ひいぃいいい!!」
折れたのは細い木の棒で、ホッとすると同時に「紛らわしいよ!!」と木の棒に逆切れをする。端から見たら完全に怪しい人なのだが、現在地は山である。人目を気にする必要は無かった。
この後も、山にいる野生動物や小さい木の棒等に怯えながらも歩いていたら夜虂を見つけた。「夜虂ぅうう!!」と夜虂に駆け寄ろうとしたその時。
ブニュッとした何かを踏んだ。「…え?」と恐る恐る下を見てみると……。
巨大な大蛇が善逸を見ている。大蛇の胴体を善逸が見事に踏んでおり、善逸の顔色は臨界点に突破した。
夜虂が善逸を見つけ、山を降りようとした時、善逸は大蛇にぐるぐる巻きにされた。善逸は命の危機を感じた。最後はやっぱり夜虂に助けて貰った。
善逸は夜虂がカッコよくて可愛い女の子だと改めて感じた。そして自分の不甲斐なさに後悔した。
夜虂は今日の善逸は不幸に取り憑かれていると思った。正直あまり近づきたくないなと思った。
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藤襲山に着くと夜虂の横で善逸は怯えていた。いつもの事なので夜虂は善逸を見て放置する。
「何で、夜虂はそんなにも平気な顔してられるのさ!?」
「…平気って何が?」
夜虂が善逸に聞けば善逸は顔を真っ青にして「この季節外れの藤だよ!!」と言った。一体どこが怖いというのだろうか。夜虂が首を傾げれば善逸は青い顔色のまま「羨ましいよ!!その据わった肝がね!!」とやけくそのように叫んだ。
そのあと、しばらくの沈黙が続く。そして、ふと夜虂が口を開けた。
「そう言えば、試験が始まったら私、善逸とは暫く行動しないから」
「何で!? …も、もうしかして俺の事嫌いになっちゃった!? やだよ、嫌いにならないでー!!!」
「別に嫌いじゃ無いよ。善逸のこと」
「じゃあなんで見捨てるんだよぉおお!!」と夜虂に縋り付く善逸。そんな善逸に目もくれることは無く、夜虂は歩く。
「だって、善逸は強いから。きっと善逸と居ると私は善逸に頼っちゃう。それじゃダメなんだよ。だってこれは試験で試練なんだから。自分の実力でどうにかしないと」
「よ、夜虂……」
ズビッと鼻を啜る善逸。そして叫んだ。
「違うよぉおお!! それは違うよ、夜虂ぅぅうう!! 俺は夜虂より弱いんだよ!? 今日何回助けて貰ったと思ってんの!? 夜虂が居ないと俺死んじゃうよ!? それでもいいの!? 見捨てちゃうの!? 俺を殺すつもりなの!?」
善逸の叫びに返すことは無い。ズルズルと善逸を引きずりながら夜虂は歩いた。
こうして、最終選別は始まる――。