魔法科高校の劣等生--女神の歌は止まらない   作:くるりくる

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Lesson8

 美雲がその体に宿す唯一にして無二の魔法。その暫定名称は系統外魔法『女神の歌声(ワルキューレ)』。その能力はいまだ謎であり、それでもあえて説明するならば人を繋ぎ、人の可能性を広げる魔法。発動条件は美雲の強い意志と歌。

 

 だからこそ、魔法師もただの人も彼女を恐れると同時に首輪をつけて我が物にしようとした。万人魅了しその移ろいゆく人の心を繋ぐ歌声を利用し兵器にしようと考える。凡人であっても、秀才であっても、天才であっても、魔法師であっても、理論上あらゆる人の可能性を広げる魔法を手中にしようと国外が彼女の歌に注目した。

 

 それが、美雲がその身に秘めた歌声である。

 

 

 

 

「司波くん、その懸念はもっともだと思います。ですが七草はともかく、我々生徒会は美雲さんの歌を私的に利用する気は一切ないと明言させて頂きます」

 

 殺気を隠すことなく達也が真由美に問い詰めたが、その質問に答えたのは達也の殺気に飲まれ固まった真由美でも小柄な女子生徒でもなく、咄嗟に身構えた摩利でもなく、美雲に人一倍強い興味関心を寄せていた生徒会役員の市原鈴音であった。

 

 鈴音の紹介はされていないが、生徒会役員ということで事前に調べた達也は彼女のことを把握していた。

 

「市原先輩、その確証はどこにあるんですか?」

「……ありません。ただ、信じて下さいとしか」

 

 信じる、鈴音の口から出てきた言葉は達也にとって美雲の安全を確保するのに足る理由ではない。それどころか一蹴すべき戯言であったが、それを敢えて口にするということは逆に、七草や生徒会は除外して市原鈴音という人間は信用できるのではないかという考えが達也の中に生まれた。

 

「では――利用しようとしたら市原先輩はどうしますか?」

 

 どう返す?――鈴音の返答次第で、達也は深雪と美雲を連れて帰るつもりだった。悪意ある大人の都合を浴び続け鍛え上げられた達也は、頭の中で考えられる複数の可能性を思い浮かべ答えを待つ。

 

 無言は最も愚策である。だから明確な返答が欲しくて、信じるに足る答えが必要だった。そして返答は迷い無く、躊躇いなく、打算なく返って来た。

 

「どのような結果に落ち着くにしろ——リコールします」

「リンちゃん――!?」

「市原お前何言ってるんだッ!?」

 

 返答は衝撃的で、だからこそ取り返しがつかない。生徒会長および役員、風紀委員長と第一高校の秩序を司る者たちの前で口にしたのだ。今更冗談ですなどと言えない。そして何より、まっすぐと前を見て達也から視線を逸らさない鈴音の意思はすでに決まっていた。

 

「何なら、色々とバラしてはいけない物もバラしますが?」

「冗談も大概にしろ市原ッ!」

「渡辺さん。私は冷静ですよ」

 

 摩利は鈴音とはさほど親しくはないが、だからと言ってこの問題発言を放置することはできず、最悪を回避すべく冗談として収めようとする。しかし、鈴音はため息を零した。まるで、摩利の擁護がお門違いだというように深くため息をつく。

 

「会長には恩があり居場所も用意してもらった。服部くんや中條さんといった――改善すべき点はあれど良い人たちと仕事もできる。えぇ、その場所を、恩を、友情を選ばない私は愚かでしょう。ですが、人と魔法師の架け橋になれるであろう美雲さんを――私情で利用しようとする行為こそ最も愚かしい――私はそう断言します」

 

 役員の誰もが絶句する中、鈴音は自分を愚かと称した。だが、だからこそ達也は彼女を信用ではなく、信頼に足る人物だと確信できた。女神の歌声が呼び水となり芽吹く改革の意思がそこにはある。

 

「勿論、私は会長を信じていますよ。ですが、それ以上に私は――美雲さんに傷ついて欲しくないんです」

 

 

 

 

 

「おい達也。何ボーッとしてんだよ。次、お前の番だぜ」

「――あぁ。レオ、か」

 

 友人、と言っていいのかわからないが第一高校に入学して翌日から比較的よく行動を共にするレオの声を耳にした達也は、授業中にも関わらず自分が深く考え込んでいて周りが見えていなかった事に気づく事が出来た。

 

 魔法実習室にて行われている1-Eの魔法訓練。コンパイルと呼ばれる、起動式を自身の魔法演算領域に取り込み、魔法式にして投射する工程を短縮する狙いを持った今回の授業。学校教材用もCADから供給される起動式を用いて移動魔法を発動しレールに乗せられた台車を移動系の基礎単一系魔法で動かすだけである。一つの起動式から一つの魔法式を投射するコンパイルにおいて、優秀な魔法師は一工程を0.5秒未満に抑えてと言われるほど。一科生なら苦もなくクリアできるラインだが二科生の殆どがこのラインをクリアできない。

 

「よし――」

 

 最低クリアラインは1000ms以内、つまり1秒以内に収めなければならない。CADに手を乗せて想子を流し込んだ瞬間、CADの発動と連動した計測器の計測が始まった。達也は起動式が魔法演算領域に取り込まれ処理される工程を認識しながら、同時に、今この場において不要な要素を処理していく。四葉の秘匿技術をもってすれば、単一系の魔法など歪な魔法演算領域を持つ達也であっても苦もなく発動できる。しかし、ほんの一時の自尊心を満たす行いだったとしても、達也はソレを行使しない事を自身に課した。

 

「遅いな」

 

 結果は最低ラインである1秒をとうに過ぎており、二科生の中でも不出来と言える結果がデジタル表記で達也に突きつけられた。周りが結果に一喜一憂しながら訓練に励んでいるが、達也はため息を吐くと共にCADから手を離して背後の列、その最後尾へと戻っていく。次に備えていたレオは、達也の姿を見て声をかけることはしなかったが、瞳には達也を労わるような感情が浮かんでいた。

 

 授業時間内に課題をクリアできなければ居残りや補修、などという前時代的な行いは無い。だが授業カリキュラムは次へと進みこの程度で二の足を踏んでいてはカリキュラムについていけないことは目に見えている。達也の頭の中ではこの課題をどうやってクリアするか必死になって自分を見つめ直す、ということは無く彼の思考は一つに絞られていた。

 

「レオ」

「どした達也? 俺で答えられんならいいぜ」

 

 列の最後尾に戻り達也の後ろに並んだレオに彼は問いかける。オーバーアクション気味に肩をすくめながらそう前置きしたレオ。気さくだがこういった細かい気配りが出来るレオの人の良さをありがたいと感じた達也は、それならば遠慮なくと自分の中に生まれていた疑問の答えを求めて言葉にした。

 

「姉さんをどう思う?」

「あー……質問の意味がわからん」

 

 返答を耳にした達也が振り返ると、そこには訳がわからないと腕を組み首をひねっていたレオがいた。達也としては簡潔に疑問を口にしたと思っているのだが、レオの様子と先ほど自分が口にした内容を振り返り、レオが何故わからなかったのか気づく事ができた。

 

「『MIKUMO』について、どう思う? 生の声を聞いてみたいと思ってな」

「あぁそう言うことか……ってもうまく言えるかわかん無いぜ? それに、その、達也の姉さんだろ?」

 

 レオは友人と思っている達也の質問に答えれるか、達也の顔色を伺うように見ながら口にする。レオ自身、達也の質問には答えたいと思っているが自分が口が立つ人間ではないと知っている。それと同時に相手が望んでいるとはいえ、友人の身内に対しての評価などしていいのかと迷っていた。しかし達也の顔を見て頑なな意思を感じたレオは根負けし、気恥ずかしさを感じながらMIKUMOへの自身の考えや思いを言葉にした。

 

「ありがとうって、言いたいかな」

 

 言葉にした気恥ずかしさからレオはむず痒さを感じて誤魔化すように頭をガシガシと掻いた。その様子を達也は観察しながらありがとうとは何に対してか思考する。レオの言葉はまだ続くらしく、本人には言わないでくれと、そう念押しして言葉を選んだ。

 

「俺の家族ってさ、魔法師そんなに居ないんだよ。だからまぁ……家族なんだけど何か、こう、な? 壁があるんだよ」

 

 達也は気さくなレオの複雑な家族関係を聞いて、とっさにすまないと言いかけた。だが、謝罪を口にする事はその事情を語ってくれた相手の誠意を蔑ろにする行いだと思い直し黙ってレオを見る。実習室で会話をしている生徒は達也やレオの他にも居て、レオの言葉はそれに隠れたが達也の耳にはハッキリと届いた。

 

「半年前くらいだっけか? 達也の姉さんデビューしたの?」

「そうだな。正確には1stシングルが出た時期だ」

「俺、CD買いに行ったんだよ。色々回った挙句、まぁ……買えなかったんだけどな。その時は俺が中学3年で姉貴が高校2年でよ。日も落ちて、家に帰ったらその時姉貴も帰ってきてて玄関前でばったりだ。で、まぁ……さっきも言った通り壁があって気まずい感じだった。一応会話はあったぜ? でも大した事は話さなかったと、思う」

 

 22世紀を目前とした昨今、あらゆるものがデジタル化とユビキタス化が浸透した時代において、CDというアナログな記録媒体はもはや時代遅れと言われている。一部の有志や学生が個人的な活動の際にCDに音源を記録したり、トップアーティストがアルバムなどで売り出すときぐらいしか使われていない。MIKUMOが彗星の如く現れた存在とはいえ、当初売りに出されたCDは多くない。それでも瞬く間に完売となった。関係ない話だがMIKUMOの1stシングルCDには現在プレミアが付いている。

 

「そしたらよ、姉貴が買えたみたいだったんだ」

「そうなのか?」

「おう。苦労したらしいぜ? んで俺は、そのとき初めて姉貴もMIKUMOの歌が好きなんだって知ったんだ。変だよな。おんなじ家に住んでんのにそんな事全然知らなかったんだからな」

 

 達也は別におかしくないと思ったが、レオがそう思うのならと、そう納得することにした。それに達也にとって、究極的にいえばレオの家族関係は達也には関係のない話であり気にすべきことではないし、部外者が口を挟むべきことではないのだ。

 

「色々省くんだがそっからだ。ちょくちょく姉貴と話すようになった。そっから親父やお袋、ばあさんともな」

「それで、ありがとう、に繋がるんだな」

「そういうこった」

 

 ありがとうと、レオは短く簡潔な言葉でまとめたがそこには様々な意味と思いが込められているのだろうと達也は実感として理解できた。形は違えど、達也も多くのモノを姉である美雲からもらっている。だから、他人を経由してではなく自分で感謝を返したいと考えるのだ。

 

 ただ達也は、この気の良い知人に聞いてよかったと思うことができた。下手に取り繕うことなく、真摯に言葉を尽くして自分の内側をさらけ出してくれたレオ。その言葉に嘘がなかったからこそ達也は決める。

 

 生徒会入りについては、美雲と深雪、二人の判断に委ねようと。美雲の戦いはまだまだ始まったばかりだが、決して無駄ではなくその思いは確かに世界に届いていた。


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