ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
プロローグ -鶴見翔子という少女-
何かが違う。
最初に感じたのは物心ついたばかりの頃だった。
鶴見翔子。
ごくごく普通の中流家庭に生まれた
赤ん坊の頃の俺は当たり前のように赤やピンクの服を着せられ、遊び道具に人形を与えられた。最初はちゃんと喜んでいたらしい。
だが、自我が芽生えるにつれて、どうしても受け入れられなくなった。
癇癪を起こして可愛いものを拒んだ。
青や黒の服を好み。人形なら戦隊ものや光の巨人を欲しがった。棒を振り回してチャンバラごっこをし、自分のことは『わたし』ではなく『ぼく』と呼んだ。
遊び相手はもっぱら男子。ままごとで『お父さん役』になって怒るどころか笑って喜ぶ。
両親は「一時の気まぐれだろう」と楽観視していたが、性格は直るどころか日々悪化した。
違う。
ぼくは、いや、
何度窘められても、諭されても、男子から笑われても主張を曲げなかった。
端的に言って問題児だった。人は異物を排除したがる。素直な子供ならなおのこと。それでも幼稚園では『変わった子』で済んでいたが、小学校に入るとそうもいかなくなった。
喧嘩やいじめは日常茶飯事。
両親も困り果て、担任や精神科医に相談するなど苦心していたが、俺は頑ななままだった。
――何故なら、それは魂の叫びだったからだ。
俺には前世の記憶がある。
かつての俺は成人した男だった。女装趣味もなければ女になりたいとも思っておらず、当たり前のように女を恋愛対象にしていた。生まれ変わった当初は忘れていたが、成長するにつれて記憶が蘇った。
理由のわからないぼんやりした違和感が明確な嫌悪に変わったのはそこからだ。
だけど、転生が原因で女の身体に馴染めません、なんて言えるわけがない。
最終的には家族からも匙を投げられた。
治らないものは仕方ないと、俺の性別については我が家ではタブーになっている。
そして。
どうしようもないまま、無情にも時は流れて。
☆ ☆ ☆
「はぁ……」
放課後。
公園のベンチに一人、腰かけた俺はため息をついた。
隣には黒いランドセル。小二あたりで「もう赤なんて使いたくない!」と駄々をこねた結果、中古で買ってもらったものだ。新品同様の赤いランドセルは小学六年生の春になっても押し入れで埃を被っている。
校内で「悪い意味で有名」になった俺は今日も今日とて暇だった。ぼんやりと見上げた空は青い。子供の一日は長いのだ。まあ、友達と遊び惚けていればすぐ夕方になるのだろうが、生憎俺には友達がいない。
毎日直帰していては親が心配する。
意地を張って学校に残っても先生方を困らせるので、必然的にどこかで時間を潰すことになる。主な行先は公園や河原。いつも同じ場所だと不審に思われるかもしれないので、できるだけ違う場所で時間を潰すようにしていた。
今日いる公園も自宅からは少し遠いところだ。
帰る時に少し歩かなくてはいけないが、遠いということは小学校の知り合いが来る可能性も低い。なかなか悪くないチョイスだと思う。
ただ、スマホもなしで時間を潰すのはなかなかしんどい。
スマホは最近ようやく出始めたかな? 程度である。まだまだ持っていて当然という時代ではない。携帯ゲーム機ならまだアレだが、さんざん迷惑かけておいてゲームが欲しいとか物凄く言いづらい。理由が放課後の暇つぶしでは余計だ。
「……宿題でもするかなあ」
呟いて、ランドセルから宿題を取り出す。
やることを学校側が用意してくれるのは有難い。まあ、とはいえ小学校の宿題だ。前世で大学まで出ている身で躓きようもない。
できるだけのんびり進めても三十分もかからず終わってしまい、時間が盛大に余った。
――さあ困った。
毎度のことだがどうしたものか。
ベストは昼寝だが、こんなところで寝ていては変質者に襲われるかもしれない。男だと主張としているのは感情的な理由であって、身体的に女なのは理屈として理解している。最低限の自衛くらいはしなくてはならない。
まあ、子供なら男女関係なく襲う変態もいるわけで、男でも危なくないとはいえないし。
と。
「……ん?」
不意に、音が聞こえた。
ベンチからは少し離れた場所からだ。耳を澄ますとボールの音であることがわかった。それに混じって子供の声が聞こえてくる。スポーツでもやっているのだろうか。
確か、あっちにあったのは……。
吸い寄せられるようにして音の方へ向かえば、見えてきたのはバスケットゴール。
やっぱり。
来た時にざっと回ったので、園内に「それ」があるのは記憶していた。
今度来るときはボールを持ってきてもいいかもしれない、と思い、いやさすがに一人バスケは寂しいと却下していた。
常連がいるなら止めて正解だった。どうやら同じ小学校の子ではないようだけど。
「昴、どこでそんな技!」
「葵に負けないように考えたんだよ!」
遊んでいるのは男子一人と女子一人の計二人。
可愛い顔をした男子と、ショートヘアの女子。一見性別が分かりにくいが、よりボーイッシュな方が女の子で多分合っている。
歳は、俺と同じくらい。
二人の他にメンバーはいない。もしかして友達が少ないのか。だったらいいなあと失礼なことを思いつつ、俺はつい立ち止まって観戦する。
1on1というやつだろう。
攻撃側と防御側に分かれているようで、彼らは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「……上手い」
そう、彼らは上手かった。
子供のレベルには違いないので、大人の試合のような派手さはない。
だけど、クラスの男子が遊びでするバスケとは全然違う。真剣にやっているのだろう。技のキレ、視線の動かし方、かけあう言葉にも熱が籠っている。
凄い。
興奮が俺にも伝わってくる。
男子はもちろんだが、彼と対等に渡り合っている女の子は特に凄い。いや、この歳ならギリギリ女子の方が上位な時期か? まあそれでも、こういうスポーツはどちらかといえば男子の領分。真剣にできること自体が稀有な才能のはず。
どこの子だろう。
今まで見たことはなかったけど、まあ、俺は割と人目を避けて動いているのでアテにならない。
などとぼんやりしていると。
不意にボールの音が止み、プレーしていた二人が揃ってこっちを振り返った。
「あ」
どうやら邪魔をしてしまったらしい。
「ごめん、続けて」
楽しみに水を差すのは本意じゃない。
ぺこりと頭を下げてその場を去ろうとすると、男の子の方が「待った!」と俺を呼び止める。
立ち止まって振り返る。
二人がこっちに駆け寄ってきた。運動の直後だからか息が切れている。
「なあ、バスケ興味あるのか?」
「同じ学校じゃないわよね。どこの小学校?」
「えっと……」
学校名を答えると、二人は「ああ」と頷いた。
彼らが通っているのは桐原小というところで、俺とは別の小学校だった。二人とも友達はいるが、それはそれとして二人でよくここに来てバスケットボールをしているらしい。
「どうして二人だけで?」
「私達が強すぎるからつまんない、って付き合ってくれないのよ」
肩を竦めて言ったのは女の子の方。
男の子の方は苦笑しているあたり、どっちかというとパワーバランスは男女逆の様子。高校あたりでぽっと出の転校生キャラでも出てこない限り、幼馴染の独壇場で恋のゲームセットを迎えそうだ。
まあ、それはともかく。
「確かに、二人とも凄く上手かった」
正直に褒めれば照れくさそうに笑う二人。
可愛い、とか思ってしまうのは失礼か。
「で……バスケ、どう?」
「興味あるなら一緒にやろうぜ!」
と、思ったらぐいっと顔を近づけてくる。
「い、いや、俺はバスケ上手くないし」
混じったら邪魔になると首を振る。
すると女の子の方が不思議そうに首を傾げた。
「俺?」
「? 男なんだから俺でいいだろ?」
「何言ってんのよ昴。どう見たって女の子でしょ」
正解。
なのだが、胸にぐさりと突き刺さる一言だった。
いや男だろ、と言いたげにこっちを見てくる男の子の反応の方がよっぽど嬉しい。今身に着けているのはTシャツに半ズボン、スニーカーも全部男の子用のものである。
さて、どう言ったものか。
嘘はつきたくないが、どう言えば嘘じゃなくなるのか。咄嗟に言葉が出てこなかった。
単に「俺は男だ」と言えないのは嬉しかったからだ。
仲のいい同士の遊びを黙って見ていた初対面の子供に「一瞬に遊ぼう」と言ってくれたことが。
だから、彼らに自分を打ち明けて笑われたり、からかわれるのが怖かった。
「……俺は、男の子の格好が好きなんだ」
結果、口から出たのはそんな言葉。
嫌悪感で胸がムカムカする。間接的に「自分は女だ」と認めたせいで感情が暴走しかけていた。我ながら本当にどうしようもないと思う。
口をつぐんで俯いた俺をどう思ったか、二人が顔を見合わせる気配。
嫌われただろうか。
「そっか。まあ、葵も似たようなもんだよな」
「誰が男女よ! ……あー、ええっと、気にしなくていいからね、昴も悪気があるわけじゃないから」
「あ……うん」
あれ、それだけ? と、拍子抜けした俺は気のきいた返事ができなかった。
「それで、名前は?」
「……鶴見、翔子」
女の子の方に聞かれて小さく答える。
相変わらず、自分の名前を言うのには抵抗があったが、その時、俺の仲の胸は間違いなく高鳴っていた。
差し出された手を握り、コートへ踏み出す。
それが、俺が新しい人生で初めて作った友達であり、これから先、長い付き合いになる親友、長谷川昴と荻山葵との出会いだった。
☆ ☆ ☆
「……はふぅ」
風呂がこんなに気持ち良かったのは初めてかもしれない。
空が大分暗くなってから家に帰った俺は、先に夕飯を済ませてから入浴した。そうしたらどうだろう、温かなお湯に癒されること癒されること。
めちゃくちゃ疲れていたのだと思い知らされた。
いや、うん、なんていうか、昴と葵が思った以上に凄かったのだ。
結局、あのあと俺は二人のバスケに参加させてもらった。三人だと同数に別れられないが、それならそれで、いろんなことをやった。攻撃側二人で防御側を抜く普通っぽいのや、逆に一人でダブルマークを抜く練習とか。三人で連携する練習に参加させてもらったりとか。よくそんなに思い付くな、という感じ。
特にバスケの技量もさることながら、昴達がろくに休憩を取らないことだ。彼らに言わせれば「次何する?」と話している時間が休憩らしいのだが、俺からしたら「そんなんで休憩になるか」という短さ。子供のスタミナには驚かされる。まあ、俺も子供なんだけど。
でも、楽しかった。
久しぶりに思いっきり誰かと遊べたことが嬉しくて、楽しかった。それが、ついついやりすぎてしまった一番の理由だった。
気が付けば門限をオーバーしかけており、慌てて帰宅を告げなければならなかった。
「また、か」
それじゃあ、と別れようとした俺に昴達がかけてくれた言葉が「また今度」だった。
『楽しかった。結構やるじゃない』
『またやろうぜ。暇な時だけでもいいからさ』
突如、目に溜まった水を拭わなければならなかったのも無理ないだろう。
お世辞ではない。そんなタイプでないことくらいはわかった。彼らは馬鹿がつくくらいのバスケ好きで、切迫した対戦が好きなのと同じくらい、誰かにバスケを教えるのも好きなのだ。
『……ん、えっと、迷惑じゃなければ』
素直じゃない返事をした俺にかけられたのも、やっぱり温かな言葉で。
『迷惑なわけないだろ! じゃ、次はいつ遊べる?』
『今度の日曜日とかは?』
日曜なら問題ない。俺はこくんと頷いた。
またここに来ればいいかと尋ねれば、二人からの返事は意外なもの。休日だと別の人が使ってることが多いから、昴の家の方がいいかもしれないと言うのだ。庭にバスケットゴールが取り付けられているのだという。
どうやら昴の家は割とお金持ちらしい。
ついでに、両親のどちらか、あるいは両方が昴と同じバスケ馬鹿なのだろう。
バスケ、勉強した方がいいかもしれない。
前世では体育の授業でやった程度。知識としては小さい頃、夏休みに見たスラムダンクのアニメによるものが大半。戦術どころかルールすらあやふやなところが多い。
まずは原作を読むところから始めようか。
昴の家なら全巻揃っていそうな気がするので、今度遊びに行った時に聞いてみよう。
きっと、これからも沢山バスケをすることになる。
なぜなら、こんなに面白い遊び、一回きりで止めるなんてできるわけがないんだから!
わくわくと胸を高鳴らせ、次の日曜日に思いを馳せていた俺がのぼせてベッドに倒れ込んだのは、それから十分ほど後のことだった。