ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「起立、礼」
任命されたばかりのクラス委員が号令をかける。
ホームルームが終わり、担任が出ていくと同時に教室が騒がしくなった。やけに騒がしいのは初日の授業が終わった解放感と、それからもう一つ。
かくいう俺もほっと息を吐きつつ、すぐさま席を立っていた。
「翔子、準備はいい?」
「もちろん」
葵の呼びかけにそう答える。
通学鞄と、バッグに入った新しい体操着。体育館履きもばっちり用意できている。
授業中からずっと楽しみにしていたのだ。
そんなに早く行っても先輩方が集まれないとはわかっているが、居ても立っても居られない。
授業初日から一週間が体験入部期間。
さつき、多恵と合流してから女子バスケ部へ顔を出すことになっていた。
「二人とも気合い入ってるな。お互い頑張ろうぜ」
俺達と同じようにうずうずした感じの昴を葵が振り返って、
「昴もね」
息ぴったりな様子で、ぱん、と手のひらを打ち合わせた。
凄く格好いい。幼馴染というか、それを超えた戦友っていう感じでちょっと羨ましいくらいだ。
と、思っていたら「ほら、翔子も」と促される。参加していいらしい。ちょっと気恥ずかしい気分になりつつ、内心では嬉々として二人に倣った。
教室を出てさつき達のクラスに向かえば、二人もちょうど準備ができたところだった。
活動場所は男女共に体育館。
案の定、着いた時にはまだ誰もおらず、後ろからやってきた諏訪と鳳に呆れられた。
「早すぎだろお前ら」
「どんだけ気合い入ってるのよ」
二人も大して変わらないんじゃないだろうか。
「鳳はマネージャー希望?」
挑発には乗らずに尋ねてみる。
急になんだとばかりに眉を顰められたが、答えはちゃんと帰ってきた。
「違う。女子バスケ部の体験に来たの」
「意外」
「どういう意味よ!」
そのままの意味なんだけど、
「鳳は日焼けとか汗かくの嫌いだと思ってた」
「は? 嫌いに決まってるでしょ?」
じゃあ無理に入部しなくていいだろうに。
それ以上は聞かないことにしてしばらく待つ。先輩方が来るまでにはそんなに時間がかからなかった。
部活紹介に出ていた部長さんが声をかけてくれる。
「もしかして、体験入部しに来たの?」
「はい、そうです」
葵が代表して頷くと、部長さんの顔がぱっと輝いた。
「こんなにたくさん……! 今年は大漁、いや豊作かも」
部長さんは俺達に端の方で待機するよう指示し、部員達の方へ歩いていった。
続いて嬉しい悲鳴が聞こえてきたので、真っ先に五人も来るとは思っていなかったのだろう。
昴達も男子部に呼ばれたので、いったん男女に分かれる。
更に待つことしばし。
俺達以外の入部希望者もやってきて、体育館内は賑やかになった。
並んで部員と対面。二年生が七人、三年生が五人の計十二人。
「……女子しかいない」
「当たり前でしょ」
呟きを拾った葵が眉だけを動かして呆れを伝えてきた。
当然だけど、あらためて考えると変な感じなのだ。何しろ、女子の運動部に交ざるのなんて初めての経験なわけで。
先輩達は既に着替えを終えて体操着姿になっている。
部長同様、特別背の高いメンバーはいないものの、中二、中三となると発育がはっきりと見て取れる。胸の膨らみや手足のすらりとした感じなど、女の子らしさが新入生よりも強い。
「みんな、バスケ部の体験入部に来たってことでいいかな?」
「はい」
声を揃えて答えた。
間違えて来た人はいなかったようで、部長は笑顔で頷く。
「それじゃあ、説明の前に着替えてもらっちゃおうかな。更衣室が使えるから、体操着に着替えてね」
☆ ☆ ☆
「なんか新鮮」
「?」
「葵と一緒に着替えるの」
首を傾げた葵は、俺の補足を聞いて「ああ」と笑った。
「そうかも。あんまり着替えとかしなかったもんね」
小学校時代は私服だったので、殆どの場合そのままバスケをしていた。
長谷川家で夕食をご馳走になる時はまとめて入浴することが多かったので、葵の下着姿自体は結構見ているけれど。
セーラー服とスカートを脱ぎ、ブルーの上下を晒した葵は結構いいスタイルをしている。
鳳を男子が憧れるタイプとするなら、葵は男子の欲望が集まるタイプだ。歳の割に大きめの胸も、この先もっと大きくなるだろう。
俺の視線に気づいた葵が顔をこちらに向ける。
「翔子、着替えの時は割と普通だよね」
「もう慣れた」
体育の度に挙動不審になっていたら身がもたない。
小学生相手ということもあって性欲は頭から追い出していた。男だと主張していた頃はむしろ「こいつと着替えるの嫌」みたいな女子の態度の方がきつかった。
「ふうん、それもそっか」
あっさりと流した葵はブラに手をかけてホックを外し、するりと腕を引き抜いて――。
「ブラ、外すの?」
「あ、うん。スポーツ用とブラ分けたの。運動してる時に普通のだと苦しいし」
「なるほど」
俺は短く答え、慌てて目を逸らした。
危ない。不意打ちだったせいでばっちり見てしまった。深呼吸して頭から追い出す。
と。
「何やってんの。さっさと着替えたら?」
「申し訳ない」
逆方向に目をやると、鳳がゴムを口に咥えて髪を纏めていた。
「っ」
「何よ?」
「いや。そういうのは諏訪に見せればいいのに」
「? よくわかんないけど、男の子に効果あるってこと?」
今度やってみようかな、と呟く鳳をよそに、俺はまだまだ落ち着きが足りないことを実感した。
☆ ☆ ☆
体操着で再び集合した後は、まず活動内容の説明が行われた。
活動は基本的に週五日で水曜と日曜が休み。体育館を使うことが多いが、基礎トレーニングなどでグラウンドを使ったり、外に半面だけあるバスケコートを使う場合もある。悪天候等で練習場所が確保できなかった場合やテスト前などは臨時休みあり。
逆に、大会前などは日曜に臨時の練習が入ることもある、とのこと。
「用事がある子もいるだろうし、毎日出なくても大丈夫。道具はシューズとユニフォーム、後は替えの体操着くらいかな。ボールは学校にあるから買わなくて平気。だから、そんなにお金はかからないと思うよ」
シューズの値段と買い替え頻度が気になるが、それでも野球とかに比べたら安上がりだ。
「今日は体験入部だから、気軽に楽しんでいってね。もし気に入ったら入部してくれると嬉しいけど」
「部長、そんなこと言ってみんな帰っちゃたらどうするんですか?」
「あー、それは、まあ。困る」
あはは、と、笑いが起きる。
どうやらアットホームな雰囲気の部活らしい。緊張していた新入生も肩の力が抜けたようで、口元に笑みを浮かべている。
「それじゃあ、せっかくだからボール触ってみようか」
倉庫からボールの入った籠を持ってきて、一人一つずつ手に取る。
ボールの感触が手に馴染む。
小学校で使っていたものより一回り大きく、重い。
持ち上げたり下ろしたりして感覚を掴んでいると、似たようなことをしていた葵と目が合った。二人でふっと笑みを交わす。
練習、というか体験会はドリブルから始まった。
部長がお手本を示した後、新入生が見様見真似でボールをつく。そこに部員が一人ずつついて声をかけたり、アドバイスを送ってくれる。
初心者でも歓迎、というのは確かだった。
これなら「バスケは授業でやっただけ」という子でもついていけるはず。実際、さつきや多恵、鳳はなんなくこなしている。
「あれ? そっちの子達は、もしかして経験者?」
「はい。私と翔子……その子は放課後によくバスケやってて」
「へえ」
俺と葵についた部員の目がきらりと輝く。
「翔子ちゃん――ええと、鶴見さん? 背高いよね」
「六年生から急に伸び始めたんです」
年齢差がある部長達を抜くほどではないけど、葵と比べてわかる程度には高くなっている。
「いいなあ。できれば二人とも入ってくれないかなあ」
「こら。無理に誘わない」
「でも、バスケ好きならやらないと勿体ないですよ」
よっぽどのことがない限り入部するつもりの俺達は思わず笑ってしまった。
ちなみに、褒められたのは俺と葵だけではなかった。パスや歩きながらのドリブル、シュートへと移っていく中、さつきや多恵、鳳、その他の新入生もそれぞれに温かい言葉をかけられた。
褒めて伸ばす方針なのだろう。
また、ちゃんとみんなのいいところを褒めてくれているので嫌味がない。さつきと多恵は筋がいいと称賛され、鳳はフォームが様になっていると言われて満更でもない顔をしていた。
気づけばあっという間に時間が過ぎていって。
「じゃあ、最後に試合してみようか」
試合、という言葉に何人かが不安な顔をする。
それを見て取った部長は安心させるように笑顔で言う。
「いきなり試合って言われても、初めての子は困っちゃうよね。だから、やりたい子の中から五人でチームを作ってくれるかな? 相手は私達がするから」
「……へえ」
葵の目がすっと細くなった。
好戦的な表情。昴とやりあって燃えてきた時の顔に近い。
一年生対上級生という挑戦的な構図が気に入ったらしい。
「やりたい人ー」
「はい」
真っ先に葵が手を挙げ、一呼吸遅れて俺が挙手。
さつきと多恵が「面白そうだから」と続き、意外というべきか、負けず嫌いな鳳が最後に立候補した。
知り合いで固まったのは後のことを考えると微妙かもしれないけど。
「経験者の子が二人もいるのかー。これは私達も危ないかも」
部長の一言が、残った新入生の表情を変えてくれる。
一年生、いわば仲間が強敵に立ち向かう、という構図を明確にしてくれたのだ。
――これなら思いっきりやっても大丈夫そうだ。
確執は生まれない。
むしろ、勝てないまでも良い勝負ができた方が、入ってくれる子は多くなるかもしれない。
「ようやく翔子と試合できるな」
「半年以上待たせて申し訳ない」
「先輩達格好いいよねえ。燃えてきたよお」
多恵が変な燃え方をしないかちょっと心配だ。
「……ふん」
「鳳。どうぞよろしく」
「別に、言われなくても」
手を差し出せば嫌そうにしながらも握り返してくれた。
握手の後、すぐにぷいっと顔を背けた鳳だが、ポニーテールの具合を確かめながら俺と葵に尋ねてくる。
「ポジション、どうするの?」
「翔子。センター任せていい?」
「了解」
問われた葵はすぐさま反応し、俺は彼女の判断へすぐに応じた。
センターとは守りの要。スラムダンクで言うとゴリこと赤城主将のポジションである。相手チームのシュート妨害やリバウンドをすることが多く、そのため背が高い選手や体格のいい選手が務めるのがセオリー。
このメンバーなら俺が適任だろう。
いや、あいにくゴリみたいにガタイがいいわけじゃないけど。
「柿園さんと御庄寺さんは真ん中あたりで攻めたり守ったりしてくれる?」
「あいよー」
「了解であります!」
センター以外のポジションは告げず、葵はざっくりとした指示を出す。
サッカーで言うMFみたいなニュアンス。良く言えば自由、悪く言えば無軌道なさつき達にはちょうどいいかもしれない。
「で、私と鳳さんで主に攻撃。いい?」
「いいわよ」
鳳は軽く髪をかき上げて答えた。正直、ちょっと格好良かった。
先輩達も選手を決め、五対五で向かい合う。
「よろしくお願いします!」
ジャンプボールは俺と部長での争いになった。
審判役の先輩がボールを投げると同時、思いっきりジャンプするも――先輩の指がより高いところまで到達してボールを味方側に弾いた。
「くっ……」
「高いね。私じゃそのうち勝てなくなりそう」
賛辞は嬉しいが、悠長に話している暇はない。
俺は急いでゴール前に戻る。辿り着く頃にはもう、上級生チームの攻撃が始まっていた。
――パスを回しながらゆっくり進軍してくる。
どこから来てもおかしくない上、全員が上がってくることでプレッシャーがかかる。
と、いう建前で、まずはお手並み拝見。パスを潰す機会をさりげなく与えつつ、何もしないならそのまま点を取りに来るつもり、といったところか。
演出が心憎い。
だけど、
「遠慮なく行きます!」
「わっ」
何度目のパスを葵が素早くインターセプト。
ドリブルし、ディフェンスが向かってきたところで鳳へパス。ボールを渡された鳳は一瞬だけ戸惑いつつも、すぐ気を取り直してゴール前へ。
「落ち着いて!」
葵の声が功を奏したか、両手で放たれたシュートは見事にゴールを貫いた。
観戦している新入生から歓声。
そして、先輩方のギアが上がる。
ほんの少し早くなったパス。同じく葵がカットすれば、さっきより素早くマークがつく。鳳へパスすればそっちにもマーク。自然、鳳はさつきへパスを出した。
もちろん、さつきもマークしようと選手が向かうが、
「荻山!」
「おっけ!」
さつきはマークが到着する前に葵へパス。
うまくマークをかわした葵はボールを受け取ると、今度はそのままドリブルしてシュートを決めた。だが俺は「これ、勝てないな」と思い始めていた。
さっきと同じ流れでさつきがパスを出すと、それがカットされる。
「やっべ」
「つるみん、来るよ来るよぉ!」
「多恵、落ち着いて」
一度目の襲撃はなんとか阻み、ボールを叩き落すことができた。
しかし、上級生チームの動きはこっちが得点する度、防御に成功する度によくなっていき、点数は徐々に拮抗していく。
仲間に焦りが見え始める。
鳳は点を取ろうと躍起になり、そこを突かれてボールを奪われる。さつきと多恵が動き回ろうとすると基本に忠実なマークがついて上手く機能しない。俺のブロックもそうそう連続では決まらず。
やがて、同点。
「ああもう、楽しい!」
定められたミニゲームの終了時間ギリギリで通った葵のシュートがギリギリで勝利を繋ぎ止めた。
「惜しい、負けちゃった」
「でも、私達も本気じゃなかったからね! 次は負けないから!」
はしゃぐ新入生達には可愛い負け惜しみに聞こえたかもしれないが、先輩達の発言はただの事実で。
俺は「次はもっと頑張ろう」と自分の中で想いを固めたのだった。
そして後日。
初日に体験入部したメンバーは全員、正式に入部することになる。