ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
体験入部期間が終わって数日が過ぎた。
初々しかった新入生も徐々に慣れを見せ始め、授業や部活も本格的に動き出した。俺は葵達と共に女バスに、昴と諏訪は男バスに入り、それぞれ部に溶け込もうと奮闘している。
今のところ、部活は簡単なボールワークと基礎トレーニングが主体。
走り込みや筋トレでボールに触らない時間も結構あり、さつきや多恵はその度に悲鳴を上げている。それでもきちんと参加しているのは楽しいからだろう。
俺も部活が、バスケが楽しくて仕方ない。
仲間がいるのはいいことだ。一緒に同じことをするだけでも仲良くなった気がするし、それぞれの動きにも特徴があって勉強になる。
誓って言うが、胸や尻を見ているわけではない。
見たければ自分のでいいわけだし。自分も見られる側だと我に返って悲しくなるのが落ちだ。
部活が無い日は相も変わらず昴の家に集まってバスケ。
前世では大して運動していなかったが、こういうのは一度やり始めると止まらなくなるものだ。
気づけば朝の走り込みや風呂上がりのストレッチも日課になっている。
と、そんな風に幸せ一杯な俺なのだが。
「……どうしたの、翔子? この世の終わりみたいな顔してるけど」
その日に限ってはテンションが地の底を這っていた。
登校するなり机に突っ伏した俺は、葵が本気で心配するくらい調子が悪い。ただ歩くだけ、口を開くだけのことが死ぬほど億劫で、かつ不機嫌すら隠せていない。
「ごめん。お腹が痛くて」
なんとかそれだけを答える。すると葵は眉を顰めた。
「悪いものでも食べたの?」
「諏訪じゃあるまいし、そこまで不注意じゃない」
昴にバスケ雑誌を見せられていた諏訪が「あ?」という顔で振り返ったが、なんでもないとばかりに手を振って無視した。
小学校時代、あいつは時々、食べすぎや食あたりで腹を壊していた。食い意地が張りすぎなのだ。
ちなみに昴がそうなったのは見たことがない。七夕さんが食材の状態、栄養、食べる量をしっかり管理してくれているお陰だろう。
「じゃあ、今日の牛乳は私がもらっちゃおうかな」
「……ん、今日は譲る」
「……本当に大丈夫? 何かの病気なんじゃ」
桐原中は給食制。余った牛乳は俺、葵、昴に諏訪を中心として取り合いになる。
俺や葵が持っていくと「それ以上デカくなってどうするつもりだ」とか言われるわけだけど。
「いや。病気じゃない。何日かすれば収まるはず」
「え、何日も続く腹痛って……あ」
「わかってくれて何より」
言わずとも想像がついたようで、葵は納得顔で頷いてくれた。
「翔子はまだだったよね。辛そうなとこ見たことなかったし。……大丈夫? 放課後、七夕さんに相談してみる?」
「大丈夫。今回は母さんにお願いしたから」
「そっか。それなら良かった」
「良かったは良かったけど」
良くないといえば良くない。
指を切ったとか膝をすりむいた以外で血を見たのは久しぶりで、そのせいもあって気分が落ち着かない。
初めての経験だ。
数日続く痛みが一月おきにやってくるとか何の罰ゲームだろうか。対処方法はもちろんあるようだが、あくまで対処であって予防ではない。慣れるしかないのだろうが、これに関してはいつ頃平気になるか見当もつかなかった。
――女子なんだよなあ、俺。
テンションが低い原因の半分くらいはそこだ。
見た目や言動をできるだけ寄せて、曲がりなりにも仲間入りできたつもりでいたところにこれである。まだまだ知らないこと、経験していないことが多いということを突き付けられた。
身体の成長は心の成長を待ってくれない。
大きくなりたいと思う反面、早く大人になりたいとは今のところ思えない。
「今日、部活休みで良かったね。その調子だと無理でしょ」
「本当に」
幸いなことに体育もない。
座学だけなら乗り切れるだろうから、六科目耐えれば楽になれる。
「ねえ、翔子」
「ん?」
ホームルームまで少し目を閉じていようか、とか考えていたところに葵の声。
同性にして趣味の近い親友はいつになく真剣な顔をしていた。
「あの、ね。こんなときに言うことじゃないと思うんだけど」
「うん」
「ちょっと放課後、時間取れないかな。その、話したいことがあって」
「いいけど」
あらたまってなんだろう。
気になったが、葵は「その時に話すから」と教えてくれなかった。
☆ ☆ ☆
「葵、翔子。帰ろうぜ」
「ごめん。ちょっと用事」
なんと。
帰りのホームルームが終わった後、昴の誘いを葵が拒否した。
「ん、そうか。待ってた方がいいか?」
「ううん。悪いけど一人で帰って」
いやまあ、こいつらの仲はちょっとやそっとじゃ揺るがない。
呆気ないほどあっさり別行動することもあるのだが、それでも今日のこれにはかなり衝撃を受けた。
ちらりとこっちを見てくる昴に「なんかそういうことらしい」と肩を竦めると、元来穏やかな気性の彼は大して気にした様子もなく頷いた。
――これ、かなり大事な話だ。
諏訪へ声をかけに行った昴を見送りながら、思う。
何か悩んでいるような雰囲気もある。その上、幼馴染にして相棒の昴を除け者にしたということは……大体、相談の種類もわかってくる。
女バスのメンバーでないとわからない相談、部長の攻略法とかか、あるいは。
「翔子。いい?」
「ん? どこにする?」
俺の問いに、葵は少し考えてから答えた。
「私の部屋、でどうかな」
葵の家に来るのはこれが初めてだった。
多恵の家には何度も行っているので、若干順序が逆な感じだが――三人で集まるなら昴の家で事足りるため、今まで来る機会がなかったのだ。
何度か会ったことのある葵のお母さんに挨拶してから部屋に上がらせてもらう。
「……わ」
「その声、どういう意味なのか気になる」
「可愛いと思った。特に他意はない」
葵の部屋はちゃんと女の子していた。
青系が好きなのか、ピンクの色合いは控えめではあるものの、隅にぬいぐるみが置かれていたり、クッションや壁紙がそこはかとなくファンシーなあたり可愛らしさがある。
少年漫画も少女漫画もバスケットボールもアクセサリーも置いてあって「雑多」としか言いようのない俺の部屋とは大違いだ。
俺の返答にほっとしたのか、葵はクッションを勧めてくれる。
何の気なしに抱いて腰を下ろすと「お尻に敷くの」と苦笑された。いや、なんかふわふわしてて落ち着かなくないか? と思いつつ指示に従う。
気を張らなくてよくなったら腹痛も少し和らいだ気がする。
葵が台所から持ってきた麦茶を一口いただき、話を促した。
「話って、昴のこと?」
「ぶっ!?」
「葵、大丈夫?」
「い、いきなり何でそんなこと……っ!?」
「いきなりも何も、それくらいわかる」
普通に考えれば昴に聞かれたくない話だろう。
公共性のない場所に連れてこられたことも加味すると恋バナの可能性が高いと見ている。
葵のか、昴のかはわからないが。
この場合、どっちだとしてもぶっちゃけ大差はない。どうせ昴が関わるのだから。
「……翔子って、変なところ鋭いんだから」
「心外」
「自分の胸に手を当ててみなさいよ、もう」
くすりと笑ってから、葵は意を決したように尋ねてきた。
「あのね、翔子」
「うん」
「昴のこと、好きなの?」
「………」
俺は返答に少しの間を置いた。
予想はしていても衝撃があったのが一つ。ここは無駄にややこしい答え方をするべきか、とか余計なことを考えてしまったのが一つ。
結局、器用なことはできないと普通に口を開いた。
「この前の話、気にしてた?」
「……うん」
こくん、と頷く葵。
気が気でないという様子がたまらなく可愛い。
口元が綻んでしまうのを必死に抑えながら答える。
「友達としては好き。でも、それ以外はない」
「本当に?」
かすかに潤んだ目がじっと俺を見てくる。
「そもそも私、恋とか興味ない」
「でも、あの時好みのタイプって!」
「あれは一般論。昴のことじゃない」
「でも、タイプではあるんでしょ?」
それはまあ、そうかもしれない。
未だに「男子と付き合う」なんて考えられない――この腹痛のせいで余計に――俺だが、それでも強いて好みのタイプを挙げろと言われれば、あの時答えたのと回答になるだろう。
昴がばっちり当てはまるのも確か。
知らない相手よりは仲のいい友人の方が距離感に悩まなくて済むし、そう考えると昴は優良物件だ。
問題は本人が色恋沙汰に疎いことくらいか。
「気になるならさっさと告白すればいい」
「なっ!?」
わかりやすいくらい動揺する葵である。
わたわたと手を動かし、視線をあちこち彷徨わせて、
「ななな、何の話!? べ、別に私が昴を……とか、そういう話、じゃ」
嘘でも「好きじゃない」とか言えないあたり自覚あるんじゃないか。
当の昴はバスケの事しか頭にないっていうのに。
この辺、女子が早熟なのか、それとも男子がアホなのか。アホだとすると俺もアホの仲間だということになるけど。
苦笑し、俺は葵に語り掛ける。
「葵、私は葵をライバルだと思ってる」
「え」
今度はわかりやすく固まった。
「部長達との初めての試合、私は勝てないと思った」
だから手を、あるいは気を抜いた。
負けようとしたわけではない。だけど、最後まで勝ちを諦めずに死に物狂いにはなれなかった。
――葵と違って。
葵は、最初から最後まで、できることをやろうとしていた。
劣勢。自分より上手い人達とのバスケを心から楽しみ、格上に笑顔で挑んでいた。
根っからの挑戦者。
きっと昴もそうだろう。そんな二人に俺はあらためて憧れた。そう語って。
「だからライバル。そして目標」
「翔子……」
瞬きの後、葵が息を吸い込む。
「って、なんの話よ!?」
「だから、バスケの話」
間違っても恋の話ではない。
まだまだ女子として未熟な俺では恋の話なんてどうしたらいいのかわからない。
「私は今のところバスケに夢中。恋愛とか告白とかしてる暇ない。そういうのは鳳に任せる。だから、気にしなくていい」
「ほんとう?」
「親友に嘘なんか言わない」
笑顔を作って言えば、葵も笑った。
なんか、友情っぽいかもしれない。
「ありがとう、翔子。私……」
「気にしなくていい。でも、あんまりもたもたしてると誰かに取られるかもしれない。むしろ、私かさつきか多恵が発破をかける」
「やめてよ!?」
悲鳴を上げた葵が飛びかかってくる。
安定性の悪いクッションのせいで回避はできず、俺はそのまま抱き着かれた。男子の悪ふざけとは絶対的に違う柔らかな感触に今更戸惑いつつ、それとなく麦茶のグラスを安全圏に退避させて、俺達は絡み合ったままごろごろ床を転がった。
幸い、葵は本気で襲ってきたわけではなかった。
たまに美星姐さんから格闘技を習っている彼女はぶっちゃけ俺より強い。今回はただのじゃれ合いだったため、お互い怪我をすることなく身体を重ねる。
「制服、皺になる」
葵を引き離そうとしながら言えば、彼女は至近距離から囁いてくる。
「アイロンかければ大丈夫でしょ。それより、こういうの嫌い?」
「嫌いじゃない、けど」
「じゃあ、もうちょっとだけ。ね?」
吐息がくすぐったい。
というか、なんで微妙に勘違いされそうな言い回しなんだ。まさか俺は今、攻略されているのか――って、そんなわけないな。
でも、あと一、二年分、葵が成長していたら理性が大変だったかもしれない。
それともその頃には俺も、もっと成長しているのだろうか。
まあ、せっかくだからもう少し、親友とじゃれ合っておこう。
思う存分ごろごろした後、俺達はゆっくりと身を離した。
お互いに息がかすかに上がっていて、恥ずかしさから頬は赤く染まっていた。後、俺は余計な運動したせいで身体がダルくなっており「帰りたくない。というか動きたくない」と滅茶苦茶後悔した。
なんとか家に帰って温かくして寝たら、翌日には多少マシになった。
それから、この日以来、葵とはもう少しだけ距離を近づけられた気がする。
ちなみに。
この時の俺は思ってもいなかった。まさか葵がこの後、三年間にわたって昴への告白を足踏みし、友人一同揃ってやきもきすることになるなどとは。
やっぱり、もうちょっと焚きつけておけば良かったのかもしれない。