ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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翔子と屋上

 着いた先は屋上だった。

 事故防止で開放されていないところも多いけど、うちは出入り自体は可能だ。その代わり柵はかなり高くなっている。

 もちろん、俺達にアイキャンフライする意思はないが。

 

「ん、いい風」

 

 夕方になって気温も下がってきたので大分過ごしやすい。

 目を細めた部長は少し歩いてから俺の方を振り返った。

 正確には元部長だけど、ややこしいので今だけは部長で通す。

 

「わざわざごめんね」

「いえ……でも」

 

 わざわざなんの話だろう。

 それとなく先を促すと、部員は穏やかな口調で言った。

 

「勝てなかった」

「………」

「連敗記録伸ばしちゃった。私達の代で脱出してやる、って思ってたんだけど」

 

 結果は惨敗。

 最終クォーターで多少は取り返したけど、まだ点は足りなかった。

 もっと力があれば。

 部長達ともっと、バスケできたかもしれないのに。

 

 俺の心を読んだように、部長はこくりと頷いた。

 

「実力不足だったね。私達みんな」

 

 それは、俺の思い上がりを正す言葉。

 心のどこかで思っていた。自分は特別なんだと。先輩達のためと練習を続けながら、俺が頑張れば結果は変わるのだと。

 思い上がっていた。

 

 転生者だからなんだというのか。

 

 俺はただの女子中学生。

 チートもなければ天才でもないと、とっくに知っていたはずなのに。

 

「悔しがってくれるのは嬉しいけど、考えすぎるのは駄目。翔子って落ち着いてるのに、ときどきすごく子供っぽいから」

「……そんなこと」

「あるよ」

 

 くすくす、と笑われる。

 

「誰かが騒いでたり、喧嘩してるとすぐ止める癖に、祥にからかわれたり、さつきや多恵が何か言ってくるとすぐ乗っちゃうでしょ?」

「う」

「まあ、そこが可愛いんだけど。もうちょっと落ち着いた方がいいかもね」

「さっき『落ち着いてる』って言ったじゃないですか……」

 

 部長の笑いが「くすくす」で収まらなくなった。

 ひとしきり笑った後、部長はお腹を抑えながら言う。

 

「でも、ほら。翔子にはみんなを支えて欲しいから」

「………」

 

 きゅう、と、胸が締め付けられる感覚。

 連れ出された時点で予感くらいはあった。上司からサシ飲みに誘われた時と雰囲気が近い。

 でも。

 できるだけいつも通りに答える。

 

「……そういうのは葵がやるかと」

「うん、だろうね」

 

 あっさり頷かれた。

 

「きっと、次の部長は葵だと思う。あの子はみんなを引っ張っていくのに向いてる」

「なら」

「葵とは別に話すつもりだけど、()()()、先に翔子と話したかった」

 

 俺は何も言えなくなった。

 そんな器じゃない。

 自分のことは良く知っている。

 弱くて憶病で寂しがりやで、自分を抑えきれていない。俺はそんな人間だ。

 

 そっと俯く。

 俺と部長の間をふわりと風が吹き抜けていく。

 ほんの数歩の距離がとてつもなく遠く感じた。

 

 近づくのは簡単だけど、そうした途端、部長が離れていってしまうような気がした。

 

「葵は凄い子だと思う。私よりずっと上手いし、いい部長になれると思う。でも、一人じゃきっと最後までいけないと思う」

「最後」

「うちの部の目標」

 

 公式戦初勝利。

 その先には誰もが目指す栄光、大会出場や全国優勝がある。

 

 部長が空を見上げる。

 夕焼け空は綺麗で、眩しくて、手の届かないところにあった。

 

「私達ができなかったからって虫のいい話だけど。葵がみんなを引っ張って、翔子がみんなを支えてくれたら、きっといいチームができると思うんだ」

「……虫がいいなんて思いません。私は、バスケ部で頑張るつもりです」

「ありがとう。でも、翔子はなんとなく危なっかしい気がしたから。他に大切なものができたら、あっさりバスケ止めちゃいそうっていうか」

 

 そんなわけない。

 言い返そうとしたが、部長の言っていることが正しいと気づいて口を噤んだ。

 俺はきっとバスケを止められる。

 葵や昴が別のスポーツに行ったらきっぱりすっぱり諦めるだろう。バスケを止めたら男にしてやると言われたら飛びつくかもしれない。

 だけど、葵達はきっと止めない。止められない。

 あの二人は他のものを全て捨て去れるくらいの情熱をバスケに抱いている。

 

「それはね、阻止したかった」

「………」

「翔子達は凄いよ。みんながみんなを補い合える。葵の足りないところは翔子がどうにかできる。翔子の足りないところをどうにかしてくれる子もいる。三年の頃にはもっといいチームになってる」

 

 だからね、と部長は続けて。

 

「お願い。バスケを止めないで。葵を助けてあげて。翔子はきっともっと、翔子が思ってるよりずっと凄い子だから」

 

 部長の目から視線が外せなくなる。

 夕陽に照らされた黒い瞳はきらきらと輝いていて、俺はそれが欲しいと本能的に思った。

 

 一歩、踏み出す。

 二歩、三歩と近づいても、宝石のような輝きは消えなかった。

 手を伸ばす。

 頼りない手が柔らかな手に握られて、引っ張られる。

 

 気づくと部長の顔がすぐ近くにあった。

 彼女の息遣いが手に取るようにわかる。少しペースが早かった。

 

「……約束します。私は、もっと」

 

 その日の約束は俺の心の深いところに刻まれた。

 いつものことながら、やっぱり時間は待ってくれない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 翌日から、俺は気持ちを新たに部活へ臨んだ。

 約束を果たさないといけない。

 

 具体的にどうすればいいかはわからない。いきなりがらっと何かを変えるなんてできっこないけど、できそうなことから試してみたい。

 三年生のいなくなった部活は寂しいけど、もうすぐ期末テストもあるからゆっくりはしていられない。

 と。

 

「なんでいるんですか」

「いや、だって暇だし」

 

 普通に三年生がいて、練習に参加していた。

 ジト目で睨んだらしれっと返された。酷くないだろうか。

 

 ――昨日のアレはいったい。

 

 いやまあ、三年生は部活を引退しただけで卒業したわけじゃない。引退してすぐドン! と受験戦争をスタートできるわけでもない。バスケ好きな元部長達がそうすっぱりとボールから離れられるわけもない。

 だけど、こう、もうちょっと情緒とかそういうのが。

 

「なに、どうしたの翔子?」

「ち、近いです」

 

 俺の様子から何かを察した元部長はにやりと笑うと近づいてきた。

 鼻をくすぐるいい匂いから昨日のことを思い出して顔が赤くなる。

 

「もしかして、私達がいるのが嬉しかった?」

「違います」

 

 言われた通り、落ち着きを意識して返してみたものの。

 どれだけ効果があったかといえば怪しいところだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「翔子、今日はうち来るか?」

「ん、ごめん。今日はパス」

 

 テスト一週間前に入ると部活は休みになった。

 学生の本分は勉強。部活のせいでテストに集中できないのは本末転倒という配慮である。もちろん正論であり、ある程度の勉強はするべきだが。

 俺はもちろん、葵や昴が一週間もバスケ無しでいられるわけもなく。

 俺達は予定が合う時は長谷川家に集まって自主練していた。で、感覚を忘れない程度に動いたら切り上げて、昴の部屋でテスト勉強という流れ。

 まあ、大体の場合、

 

『じゃ、そろそろ終わりにしましょ』

『えー。もうちょっとやろうぜ。やっといいところだろ』

『駄目。そう言ってずっと止めないんだから』

 

 と、幼馴染同士の言い合いが挟まるのだが。

 

『翔子。お前も物足りないだろ?』

『翔子。こいつの成績考えたらわかるでしょ?』

 

 俺はだいたい板挟みである。

 心情的には昴の味方をしたい一方、理性の面では葵が正しいとわかってしまう。一度、折衷案として「じゃあ後三十分だけ。明日は定時で練習を切り上げる」と言ったら双方から駄目出しを食らったので、それ以降は中立派を保っていた。

 

「あれ、なんかあるの?」

 

 鞄を手に寄ってきた葵が首を傾げる。

 

「今日はさつき達と勉強会」

「あー。あの子達のことも構ってあげないとね」

 

 うさぎか何かのような扱いだが、ある意味正しい。

 葵とさつき、多恵も同じ部活のよしみ、話をするうちにだんだん仲良くなっている。あの二人は放っておいても距離を詰めてくるので、問題は葵側の心理的距離だけなのだが。

 何かにつけてわーきゃー騒ぐ二人のだいたいの印象は「子犬みたいにきゃんきゃん騒ぐうさぎ」である。

 小うるさいが、下手に無視すると寂しさで死ぬ。かわいいからついつい無視できずに構ってしまう。ある意味、魔性の魅力を持っている。

 

「それもあるけど、二人の成績も心配」

「あいつらも成績悪いのか」

「まあ、昴とどっこい」

 

 進級するだけなら問題ないだろうものの、補習から逃れられるかは微妙なところ。

 

「それは大事だわ。あの二人も貴重なメンバーだし」

「ん。というわけで行ってくる」

 

 昴達と別れ、さつき達のいる隣のクラスへ。

 向こうも準備は終わっていたようですぐに出てきた。軽く手を上げてくれたさつきに同じように返すと、多恵が胸に飛び込んでくる。

 

「つるみんつるみん! 水着、水着買いに行こうよぉ!」

「なんで急に?」

 

 さつきに尋ねると、彼女は苦笑して。

 

「勉強飽きたから泳ぎたいって話になってなー」

「プールなら合法的に水着拝み放題だしねえ」

 

 へへへー、とばかりに顔を見合わせ、笑い合う二人。

 なるほど。だいぶ暑くなってきたので気持ちはよくわかる。夏場のスカートは正直、ズボンと比べて超快適だが、それでもぱたぱたと風を取り込みたくなる時とかあったりするし。

 水泳なら身体も動かせて気分転換にもってこいである。

 

「多恵はプール派?」

 

 二人に促し、歩き出しつつ会話を続ける。

 

「砂浜も捨てがたいけど、手頃さが違うよぉ」

「海はそんなにお金かからないと思う」

 

 泳ぐだけなら無料というところも多い。

 となれば往復の電車賃と食費、シャワーやロッカーの利用料くらいだ。去年、七夕さん達と車で行ったときは、駐車場代とか結構取られてて内心「うわぁ」ってなったけど。

 最寄り駅から歩く覚悟があるなら電車が割と気楽である。

 

「お、意外とアグレッシブだな翔子」

「? そう?」

「テスト前に海とかチャレンジャーだと思うよお」

「いや、今すぐじゃないし」

「「なにぃ!?」」

 

 何故驚いた。

 

「水着のおねえさんが弊社達を待ってるんだよ!」

「気分転換なんだからテスト前じゃなきゃ意味ねーだろ!」

 

 さつきの言い分は一理あるような気もするが。

 

「多恵。落ち着いて。話は終わってない」

「ほえ?」

「水着買いに行って海かプールに行くことは確かに可能。急ぎたい気持ちもわかる。でも待つべき。行くなら葵も誘った方がいい」

 

 すると、多恵の目が丸く見開かれた。

 

 ――食いついた。

 

 俺はにやりと笑う。

 彼女達と行動を共にするようになって一年近く。ノリと勢いの方向性はそこそこ掴めてきている。よって、やろうと思えばある程度誘導できる。

 例えば、多恵は男女問わずラブコメ的シチュエーションを好む。

 

「葵はどんどん大きくなってる。誘わないのは損」

「そ、それは盲点だったよぉ」

「なんなら鳳も誘ってみればいい。何で私がとか言いながらついてきて、いい仕事してくれる可能性がある」

 

 地味めで落ち着いてはいるものの、相変わらずあいつはファッションに詳しい。

 服や化粧等、年上女子と話を合わせやすいので「お姉さん達」と話したいなら使えるかもしれない。

 

「そうか。あの胸じゃ前のは使えねーな」

「正直、去年のは私も使えない。泳ぐなら買いに行く必要がある」

 

 スクール水着はアウトらしいからな……。

 ひと夏しか着られないとか勿体ないにもほどがあるが、俺の場合は身長的な意味でサイズがきつい。

 仕方ないので前の水着は美星姐さん経由でネットオークションに流した。意外とそこそこの額で売れ、新しい水着を買ってもいいと思わせてくれている。もちろんいかがわしい手法ではない。子供服をこうやって引き継ぐのは節約とエコを兼ねた常套手段だ……と、前世で聞いた覚えがある。

 

「どうせ選ぶならじっくり選ぶべき」

「さすがはつるみん。じゃあじゃあ、男子も誘っていいかなあ?」

「うん、誘えばいい」

 

 昴と諏訪、あとは上原といったところか。

 上原は予定が入ってなければほぼ確実に来るだろう。鳳と諏訪はセットなので、どっちかを勧誘すれば両方釣れる。

 あいつらと一緒は微妙な気分だが、落ち着きを持てと先輩から言われたばかりである。

 楽しい話に気を良くした多恵は声を弾ませた。

 

「長谷川センセーにはどういう水着が似合うかなあ」

 

 センセー、というのは昴についたあだ名だ。

 多恵がバスケを始めるきっかけになった俺。その俺にバスケを教えた人間、ということで先生。

 

「やっぱりぴちぴちの競泳水着とかかなあ」

「いや、昴なら女子の水着でも似合うと」

「乗った上に話広げるのかよ! ならあちしはブーメランを推すぜ!」

 

 冗談で馬鹿話をしていたら、近くの廊下から罵声が飛んできた。

 

「うるせーよ三馬鹿!」

「三馬鹿って言うな」

 

 諏訪のことはとりあえず睨み返しておいた。

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