ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
待ちに待った日曜日。
俺は童心に返った気分で家を飛び出した。女の子扱いされるのと違い、子供として振る舞うこと自体はあまり抵抗がない。一度通った道だからだろうか。
昴達との待ち合わせ場所はこの前の公園である。
長谷川家がどこなのか知らない俺のためだ。いったん公園に集合し、この前のゴールが埋まっているのを確認してから移動する手順。もちろん、ゴールが空いていればそのまま使ってもいい。
早足で歩きながら今日の自分を確認してみる。
バスケ三昧になるのは予想できるので、動きやすくTシャツに短パン、スニーカー。悩んだ末、前回と同じような服装になった。違うのは野球帽をかぶってきたことと、鞄にタオルと水筒が入っていることくらいか。
「……もうちょっと、ちゃんとした格好の方が良かったかな」
小学生なんてこんなもんだと思うが、昴の家は金持ちの可能性がある。
品とか礼儀にうるさい家だったら、という今更の懸念は、実際の長谷川家を見て爆発することになる。
「鶴見!」
公園が見えてきたところで、入り口あたりから昴の声。
駆け寄ると昴、それから隣にいた葵が笑顔を浮かべる。
「悪い、待たせた」
「まだ時間になってないわよ。私達が早く来すぎただけ。昴が急かすから」
「葵こそ、本当に来てくれるかなとか変なこと言ってただろ」
「ちょ、昴! それ内緒だって!」
慌てて昴の口を塞ぐ葵。
ばっちり聞こえてたけど、知らない振りをした方がよさそうだ。俺は曖昧な笑みを浮かべて二人の服装を確認。昴は俺と大差ない。葵も動きやすい格好ではあるものの、ワンポイントのリボンや全体的なデザインがちょっと可愛らしい。
まあでも、これならそんなに浮かないかな?
「コートはどうだった?」
尋ねると、じゃれ合っていた二人は同時に振り返った。
「駄目。やっぱ使われてる」
「まあ分かってたしな。俺んちでやろう」
昴と葵が先導する形で公園を離れ、道を歩く。
長谷川家があるのは公園よりは俺の家に近い方向だった。何度も通うならこっちの方が楽そうだ。いや、まだ通えるかどうかはわからないが。
そして、しばらくすると見えてきたのは。
「翔子、あれが昴んち」
「……うわ」
立派な庭付きの一戸建てだった。
家は二階建てで、家族四人くらいで住むなら十分すぎる広さがある。庭も、バスケットゴール一つとコート半面ぶんプラスアルファのスペースをとってなお狭苦しい感じがない。
一昔前のサラリーマンが憧れてやまない家だろ、これ。
なお、俺が働いていた頃のサラリーマンだと分譲マンションの一室でも十分に夢の範疇である。
「昴って金持ちだったんだな……」
「そうか? 別に普通だろ」
「言っとくけど昴、普通の家はしょっちゅうパーティ開いたりしないわよ」
言いつつ、慣れた様子で長谷川家の門を開く葵。
勝手知ったるなんとやら。既に幾度となくこの家を訪れていることが一目でわかった。
となると、新参者としてはプレッシャーがかかる。特に意識しなくても借りてきた猫になるのは請け合いだが、できれば親御さんにいい印象を与えておきたい。
「じゃ、やろうぜ」
意気込んだ俺をよそに、昴は玄関のドアをスルーして庭へ。
無造作に転がっていたバスケットボールを拾い上げると、俺と葵に笑いかけてくる。どうしよう? と葵の顔を見ると、彼女は苦笑して肩を竦める。
「ちょっと昴――」
「すばるくん、帰ってきたの? 葵ちゃんも一緒?」
と、葵がなにがしかを幼馴染に伝える前に、玄関のドアが開いて一人の女性が顔を出した。
振り返った俺は彼女と目が合う。
「あら、そっちの子は?」
ほんわかした雰囲気の綺麗な人だった。
歳は二十代前半だろうか。顔立ちが似ているところから見て、おそらく昴のお姉さんだろう。
俺は慌てて居住まいを正すと頭を下げる。
「鶴見です。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。すば……長谷川君のお姉さん」
「あら、まあまあ」
お姉さんは顔にぱっと花を咲かせると、頬にそっと手を置いた。
「礼儀正しい
「う……はい」
お嬢さんと呼ばれたのを訂正したいところだが、ぐっと我慢。
しかし、葵といいお姉さんといい、一目で俺を女子だと見破るとは。服装だけじゃ不十分なのか、それとも女は同族を見破るセンサーでも持っているのか。
慣れない愛想笑いを浮かべた俺の肩を葵が掴んで。
「七夕さん。この子、翔子っていうんですけど、女の子っぽいの苦手みたいで……でも、良い子なんですよ」
「あらあら、そうなの。翔子ちゃんっていうのね」
にっこり笑い、「よろしくね」と微笑んでくるお姉さん。
葵の出してくれた助け舟がどの程度伝わっているのかいまいちわからないが、不思議と彼女の話し方からは嫌な感じがしなかった。包容力のようなものが全身から発散されていて、それが見る者の力を抜いてしまうらしい。長く話していたらそのまま惚れてしまいそうだ。
でも、指輪しているあたり、きっと既婚者なのだろう。……って、指輪?
「鶴見。その人、俺の母さんだから」
「え?」
お母さん? この人が?
なんともいえない表情で昴が訂正してくれたものの、すぐには意味がわからなかった。だって計算が合わない。昴が小六なので十一、二歳。十六で産んだとしても二十七歳。それが計算、けいさん、経産婦?
お姉さんにしか見えないお母さんとか物語の中だけの話だと思っていたのだが。
葵という幼馴染までいるあたり、ひょっとして昴はラノベ主人公的な星の元に生まれているのかもしれない。
「す、すみません。若くて綺麗なのでお姉さんかと思って」
「うふふ、いいのよう。翔子ちゃんね。良かったらすばるくんや葵ちゃんと仲良くしてあげてね」
それだけ言うとお姉さん、もといお母さんは「邪魔しちゃ悪いから」と家に戻った。
なのに、庭には彼女のほんわかした雰囲気や見た目と年齢のギャップが大きな影響を残しており、俺達は三人ともすぐには言葉を発せなかった。
一番早く立ち直ったのは身内である昴で、
「なあ、鶴見。昼飯、覚悟しておいた方がいいぞ」
「へ?」
「そうね。お姉さんって言われて七夕さんご機嫌だったから、きっとご馳走が出てくる。嬉しいけど、食べきってあげないと可哀そう」
「ええ……」
葵の様子からしてメシマズではなさそうだが。
ご飯までご馳走になっていいのか。でも、この流れだと拒否する方が悲しまれそうだ。
とりあえずお腹を空かせておいた方がいいのは間違いなさそうなので、俺は昴達とのバスケにより一層、力を入れて臨むことにした。
☆ ☆ ☆
バスケットボールとは格闘技である。
と言うと言いすぎかもしれないが、ボールスポーツの中でもかなり激しい部類に入るのは確かだ。危険度という意味ではドッジボールに劣るが、密度ではドッジにもサッカーにも勝っている。何しろ狭いコートの中で絶えず動き回らなければいけないのだから。
通常、バスケットボールは五対五で行われる。
人数が足りない場合の試合は1on1や2on2など同数同士で行うのが基本。人数が少ないこともまた、ゲームの激しさに拍車をかけている。
すなわち、やることのないメンバーがいないのだ。
昴達とのバスケの場合は試合をやるわけではないが、プレーの激しさは何も変わらない。むしろ制限時間がないため延々と続く。
休憩したいなんて悠長なことは言ってられない。
お母さん――七夕さんの料理に備える意味もあるが、それ以上に熱中していたからだ。遊びとはいえ負けると悔しい。このメンバーだと昴と葵が同じくらい上手くて俺だけ素人同然なので、基本俺は負けっぱなし。たまにまぐれで昴達を抜かしたり、シュートが決まるとたまらなく嬉しかった。
また、昴達は教えるのも上手い。
朧げとはいえ俺が基本を知っていたからかもしれないが、それでも、ドリブルやシュート、ブロックの仕方等々について頃合いを見てアドバイスをくれる。それを素直に受け止めて実行すると動きが良くなるのだ。
気づけばお昼の時間になっていて、三人揃って七夕さんから呼ばれた。
「三人とも、玄関から上がって手を洗っていらっしゃい」
「はーい」
昴達の後について家に上がらせてもらって、洗面所で手を洗った。長谷川家の内部を見た感想は「可愛い家」。七夕さんの趣味が多分に反映されているのだろう。本人の雰囲気と相まって、なんだか落ち着く空間といった感じである。
そうしてリビングのテーブルに座った俺は並んだ料理を見て驚く。
「ありあわせだから、翔子ちゃんのお口に合うかどうかわからないけど。好きなものがあったら今度作るから、是非教えてね」
「あ、ありがとうございます……」
答える声にも気後れが出てしまった。
オムライスにピザトースト、フライドチキン、大盛り野菜サラダにコーンポタージュ、デザート用にフルーツの盛り合わせまで用意されているのだが、これで「ありあわせ」だというのか。これは心してかからないと残す羽目に……。
「ふふ、おかわりもあるからね」
「えっ」
幸せと絶望を等量に混ぜ合わせた俺達は、幸せいっぱいの七夕さんに見守られながら食事に取りかかった。
味は美味しかった。レストランを開いてもやっていけるんじゃないかと思うくらいだ。これが毎日食べられると思うと昴が羨ましい、と口にしたところ、七夕さんがホットケーキを焼き始めそうになったので慌てて三人で止めた。
テーブルの上が綺麗になり始めたあたりで、おかわりまでは手がつけられないとわかったものの、残った分は夕飯に回すと言ってもらえた。
チキンやオムライスを頬張る俺を見ながら、七夕さんは。
「ねえ、翔子ちゃん」
「はい?」
首を傾げる俺ににっこりと笑いかけてきた。
「また来てね。今日、すばるくんも葵ちゃんも凄く楽しそうだから」
「……そんな」
じわりと涙腺が崩壊する。
不意打ちは反則だ。泣き顔を見せたくなくて俯き、ぶんぶんと首を横に振る。
「楽しいのは俺の方です。今まで友達、いなかったから」
会ったばかりの俺を友達と呼び、家にまで招いてくれたのが嬉しい。
夢中になるほど一緒に遊んでくれたのが嬉しい。
ぽろぽろと涙をこぼす俺を見て、昴と葵も感じるところがあったようで、
「俺達は何もしてないだろ。友達と一緒に遊んでるだけで」
「泣くのはやめなさいよ。男らしくないわね」
「……ごめん」
指で涙を拭って笑う。
「そうだ、昴。バスケの勉強ができる本、ない? できれば漫画がいいんだけど」
「ああ、あるある。バスケ漫画ならあれ一択だろ。食べ終わったら俺の部屋で読もうか」
「食休みも必要だしね。美味しすぎて食べ過ぎちゃったから、私も賛成」
というわけで、七夕さんのご飯を(おかわり分を除いて)平らげた俺達は揃って「ごちそうさま」をすると、昴の部屋に移動した。
昴の部屋は男の割には片付いていた。
頻繁に葵や七夕さんの手が入るからか、単にバスケ以外興味が無くて物が少ないからか。ただ、バスケの本やグッズなどは色々置かれており、目当ての漫画もその中にあった。
三人で、適当に床へ座って回し読みする。
なんとなく流れは頭に入っていたが、通して読むのは初めての作品。俺はついつい熱中してしまったものの、さすがに長いので全部読むのは無理だった。お腹の苦しさが無くなったあたりで読書は止めにして、バスケの実践を再開した。
「続き、また読みに来ていいか?」
「ああ、いつでも来てくれ」
昴からも快諾を頂く。
横で聞いていた葵からは「ちゃんと私も誘いなさいよね」との返事。本当に仲が良い。昴は幼馴染だからだと言っているけれど、本当にそれだけなのかどうか。
ともあれ、三人でのバスケはくたくたになるまで続けられた。
気づけば空が橙色に染まっている。七夕さんから「お夕飯も食べていって」と声をかけられたが、親に言ってこなかったからと丁重に辞退。帰宅前に一休みしながら、昴達と次の約束を交わす。
「次からはここに集合でいいよな?」
「ああ、大丈夫。昴達は、普段はいつバスケしてるんだ?」
「いつ? いつって」
「やりたくなったらいつでも? 多い時は毎日」
うん、やっぱり二人ともバスケ馬鹿だ。
「凄いな。俺も……と言いたいところだけど身体が持たなそうだから週二、三回くらい来てもいいかな?」
昴達はこれをあっさりと了承。
七夕さんにも聞いてみたが二つ返事でOKだった。昴達がいつも一緒に遊んでいるので、二人が三人になっても大して変わらないとのこと。
「じゃあ、また来る」
「おう」
「楽しみにしてる」
そんな風に俺達が言い合っていると、
長谷川家の門をくぐって声を上げる人影が一つ。
「おねーちゃん、いるー? ご飯食べに来たんだけど」
「げっ」
「あっ」
「?」
よくわからないが。
おねーちゃんと誰か、おそらく七夕さんを呼ぶあの小柄な女の子は、今度こそ昴のお姉さんだろうか。
と、呑気なことを考えていた俺はまだ、昴達が呻いた意味に気づいていなかった。