ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「……あはは、負けちゃった。残念」
二年目の夏もすぐに終わった。
計五人の新入生を迎えた桐原中女子バスケ部は、二度の練習試合の後に大会へ臨んだ。新三年生をメインに据え、新二年生を一、二名加えた布陣。都度選手交代を挟むことでスタミナの温存、戦術の切り替えを図る策も上手く機能していたと思う。
結果、そこそこいい勝負ができたのだが、いかんせん相手が悪かった。
毎年「優勝候補」として名前が挙げられる有名校。結果的に決勝戦で敗れはしたものの、彼女達もまた十分に強かった。
一回戦敗退。
先輩達も、もちろん俺達だって頑張った。
それでも、悪しき伝統は打ち破れなかった。
「しょうがないから来年に託すよ。みんな、次は必ず勝ってよね!」
試合後の反省会、部長の表情は明るかった。
悔しくないわけじゃない。試合当日、負けた直後は多くの三年生が泣いていた。みんな勝ちたかったに決まっている。
けれど、今はもうリベンジに燃えている。
たとえその場に自分がいなくとも、次回、勝ってくれと。
そのせいだろうか、二年生以下の雰囲気も重苦しくはなかった。
初心者ながらバスケを選んでくれた一年生達。
五人は試合に出られなかった。にもかかわらず、みんないい表情をしていた。部長が言った通り次の戦いへ思いを馳せているのだろう。
ぐっと手を握る子や唇を噛んで頷く子。仕草は違えど、勝てなかったからつまらない、なんて表情の子は一人もいない。
本当に良い子達だ。
「……もちろんです!」
部長の言葉に力強く答えたのは葵だ。
瞳に意志の光を宿し、三年生に頷いてみせる。
「ね、みんな?」
そして彼女は俺達――二年生を振り返る。
笑顔の葵にいち早く、さつきと多恵が明るい声で応えた。
「おうよ。あちし達、いいとこまで行ったもんな!」
「来年は勝ちたいよねぇ。練習は嫌いだけど」
多恵が付け加えた言葉に何人かがくすりと笑い、空気が一気に弛緩する。さすがは我が部のムードメーカー達、素なのか計算なのか未だに迷うところがあるけれど、こういう時は本当に凄い。
勢いに乗るように他のみんなも頷き、あるいは答えて、
「約束はできませんけど、できることはやります」
祥の淡々とした返答も照れ隠しとわかる。
「……うん」
気づけば、俺が最後の一人になっていた。
自然とみんなの視線が集まる中、深い頷きを返す。
「私も勝ちたい。みんなと笑って、楽しい大会だったって言いたい」
「よし。なら、あんたたちに任せた」
新部長に任命された葵が部長と向かい合い、こつんと拳を合わせる。
割と男らしいやり方ではあるけれど、それがたまらなく格好いい。
こうして、桐原中女子バスケ部は俺達の代へと受け継がれた。
☆ ☆ ☆
『うちの部って弱いんだよね。試合で一度も勝ったことないし』
一度目の練習試合の前、部長はみんなの前でそう口にしていた。
本当に何気ない口調。
後から思えば、そこしかないと思える絶妙のタイミング。
『だから、今年は勝ちたいよね』
部長が目指したのは元部長――俺達から見て二つ上の先輩達のやり方から脱却することだった。
本人からはっきり聞いたわけではない。
推測も交えた結論だが、彼女は先代の方針のうち「楽しさにこだわりすぎた」ことを失敗と考えていたようである。
とにかく新入生に楽しく部活をしてもらうこと。
部内の和を重んじ、辛いことや苦しいこと、現実的な部の状況をオブラートに包んでしまった、その結果が練習試合後に発生した重い空気だと。
楽しさはとても重要だ。
どんな形でもバスケに触れているだけで楽しい、と思える人は少ない。昴や葵のような天性のバスケ馬鹿くらいだろう。俺だって二人がいなければこんなに続いていない。
だけど、単に楽しいだけじゃ足りない。
むしろ、楽しさとは何か。試合形式の練習に勝ったけど手加減に気づかないことが、体力づくりや地味な基礎練習を省くことが本当に楽しさに繋がるのか。
多分、そんな風に考えた。
初心者が勝てないのは当たり前。
弱いチームが勝てないのも当たり前。
勝つためには強くなるしかない。
強くなるためには辛いことや苦しいことだって当然ある、と伝えようとしたのだ。
正直、それを一年の大会までに為すのは荒療治だ。
それでも必要と考え、自分達なりのやり方で成し遂げた。
彼女達のお陰で、俺達の元には良い雰囲気のチームが残されたのだ。
☆ ☆ ☆
「あはは、さすが翔子。私よりよく考えてるね」
マクドナルドの二階テーブル席にて。
部長――いや、元部長になった先輩はポテトをつまみながら笑ってみせた。
肯定なのか否定なのか。
狐につままれた気分になった俺は若干憮然とした表情になる。
「そんな顔しないでよ。はい、あーん」
差し出されたポテトをぱくっと咥える。美味しい。
「じゃなくてですね……」
「大丈夫、合ってるよ。私が思ってたことを言葉にしたら多分、そんな感じ」
脳内で言語化できていたわけじゃない、ということか。
それであれだけ動けるんだからこの人、実は天才なんじゃなかろうか。そんなことを考えつつ、俺は向かいに座った新部長を見る。
葵は「相変わらず、翔子って難しいこと考えてるわ」という顔でシェイクを啜っていた。
こんな顔してる癖に、俺よりずっと後輩の指導が上手いのだからひどい。案外、天才というのはあちこちにいるものである。
この場にいるもう一人もそうだ。
「祥はうちの部、どう思う?」
水を向けられたのはロングヘアーの美少女。
爽健美茶と塩抜きのポテト(ケチャップ付き)、チーズバーガーという布陣に満足げにしていた彼女は一瞬、間を置いてから答えた。
「私達の誰も、公式戦で勝ったことがありません」
「うん」
「弱い学校には上手い選手が来ない。教わる相手がいないからなかなか上手くなれないし、勝ったことがないから
「そうだね」
うちの部は弱い。
それを先輩はあっさりと肯定した。
「どうすればいいと思う?」
他人事のような問い。
実際、他人事になってしまったわけだけど、内心はそうじゃないはずだ。
祥も気にした様子はなく、淡々と答える。
「勝てばいいんじゃないでしょうか」
「どういうこと?」
「そのままです。練習試合でもいいから勝ちます。一回勝てれば次に勝つのはもっと楽です」
「勝てる?」
「勝てます。チャンスは一回じゃありませんし、教わる相手ならいますから」
言って、視線を横に向けてくる。
確かに、俺達の代には葵がいる。別に名門校出身でもなんでもないけど、俺達の中でずば抜けているのは間違いない。
天性のフォワード故の魅せるプレイ。
面倒見の良さと人当たりの良さも併せ持ち、ついでに言えば少人数で遊んでいたせいで他のポジションのテクもある程度持ち合わせている。
正直、部長になるのは彼女以外考えられなかった。
「……うん」
こくん、と頷いた先輩は何かを考えるように黙り込む。
もともとこの面子を呼んだのはこの人。きっと何らかの意図があるんだろうけど。
注文したチキンのバーガーセットを食べ進めつつ待っていると、やがて口を開いた先輩は葵を見ながら言った。
「ねえ葵。やっぱり、副部長は祥がいいんじゃない?」
「え」
鶴見翔子、まさかの昇進不可であった。
☆ ☆ ☆
「よし、じゃあ十分休憩しよっか。水分補給とかトイレは今のうちにね」
「はいっ」
一週間ほど後。
学校周辺のランニングを終えた部員達に葵が指示を出す。一年生を中心にみんなが元気よく答え、暇つぶしに参加している三年生達が満足そうに頷く。
いったん散開していく部員達の背に声をかけるのは祥だ。
「今いらない、と思ってもちゃんと済ませときなさい。後から欲しいと思っても遅いわよ」
「はいよ副部長」
「了解だよお、さっちん」
「茶化すんじゃないわよ問題児二人」
さつきと多恵がすかさず茶化し、部員達から笑い声が上がる。
けれど指示自体は通っており、その場に留まろうとしていた子達も遅れて動き出した。
「翔子先輩も行きますか?」
「うん、行こうかな」
身体が水分を欲している。
声をかけてくれた後輩と一緒に校舎へ近寄る。外でのランニングの際は壁際の一角に手荷物を纏めて置くのが定番になっており、殆どの部員はそこにドリンクを用意している。
昴達を含めた男子は外の水飲み場から水をがぶ飲みする者も珍しくないが、女子はやっぱり抵抗があるようで、最初のうちはドリンクを持ってきていなかった子も次第に用意するようになる。
人気のドリンクは水かスポーツドリンク系。
果汁系は温まると美味しくない上、汗をかいた後だと必要以上に甘ったるく感じてしまう。お茶系は利尿作用があるので部活中は不向きだ。寒くなってくると保温効果の高い水筒にあったかいお茶っていう選択肢もアリだと思うけど。
「大丈夫、疲れてない?」
「まだなんとか。……翔子先輩達はまだまだ平気そうですよね」
「約二名を除いてね」
俺が答えると、相手もくすりと笑ってくれた。
自分達でも言っている通り、さつきと多恵は大の練習嫌いである。ボールを扱う練習だと水を得た魚のようにはしゃいでくれるのだが、大抵の場合はスタミナ不足で失速する。
今も、休憩時間を天の助けとばかりに日陰で座り込んでいるし。
「私も、来年には慣れてますかね?」
「きっと大丈夫だよ」
口下手な性分なので、話しかけてくれる子はとても助かる。
こちらからあまり話題を振らずとも会話が続くし、なんだか先輩をしている感覚が味わえる。
――まあ、翔子
結局、副部長に就任したのは祥だった。
任命権を持つのは新しい部長、つまり葵なので、先輩の強権に屈したというわけでもない。純粋に副部長には祥の方が相応しいと判断された結果だ。
『この子じゃなくて私ですか?』
副部長に指名された祥自身がそう尋ねていたが、
『うん。副部長は厳しい子の方がいいと思うんだ』
先輩はすぐにそう言って自分の考えを示してくれた。
聞いた俺にもその理論はよく分かった。
組織において、トップに立つべきはカリスマ。とにかく人望のあるタイプや、人にできないことをやるタイプ、癖はあるが圧倒的な実力のあるタイプなどが向いている。俺達の代なら葵以外ありえない。
一方のサブリーダーになるべきはトップを補佐できる人物。実務能力においてトップを凌ぐような人物か、締めるべき時に締めることのできる人物、いざという時に泥をかぶれる人物。そう考えれば祥以上の適役がいないのは自明だ。
『でも、この子がなるって思ってる人、結構いると思います』
『そうかもね。それでも、私は祥がいいと思う』
祥は「思ってる子」とは言わなかった。
敢えて同世代以上を含んだ。私が屋上で交わした約束を察していたのかもしれない。
『いいかな、翔子?』
『私は構いません』
俺はそう答えた。
実際、祥の方が向いていると思うのだ。多分、あらかじめ打診されていたら彼女を推していただろう。
だから問題はない。
気持ちの面でもやもやしたものは残るけど。
それは俺が適材適所に適さなかっただけの話で、
『葵はどう?』
『……私は。私も、鳳さんでいいです』
『そっか。じゃあ、決まりだね』
一瞬、言いよどんだ葵も先輩の提案を了承し、副部長は祥に決まった。
顧問の先生に伝達するまでは内定だが、決定が覆ることはないだろう。暗黙の了解のうちに引き継ぎの手順などが話し合われるのを俺は横で聞いていた。
いや、聞いているつもりで聞き流していた。
ろくに耳に入らないまま解散になり、みんなと別れて歩き出した。
拗ねている、と自分でもわかる。
それでもどうしようもない。飲み下すのにはどうしても時間がかかる。
と。
『翔子!』
『……葵?』
わざわざ後を追ってきた少女がいた。
息を切らせた幼馴染はじっと俺の目を見ると、ぎゅっと俺の手を握った。
『翔子、多分勘違いしてる』
『勘違い?』
何の話かわからなかった俺は少しだけいらっとした。
『副部長のこと』
『それはもう』
『聞いて! あれは別に、翔子が悪いんじゃないの!』
『そんなのわかってる』
突き放すような言い方になってしまった。
優しくて強くて立派な幼馴染へあれだけ悪感情を抱いたのは初めてだったかもしれない。
怒鳴りこそしなかったけど、それだけ。
一度成人しているくせにそのザマだった。
『わかってない!』
肩を掴まれた。
『翔子が選ばれなかったのは逆! 翔子が副部長じゃ駄目だったの!』
『だからわかって――!』
堪えきれなくなった俺は葵を振り切って帰ろうとした。
そこに、声が聞こえた。
『私のサポート役じゃ駄目なの! あんたは私の相棒だから、私と対等に、私と違うやり方で、私を助けてくれなきゃ駄目なの!!』
頬を張られ、抱きつかれて。
俺は、胸に顔を埋めた葵の嗚咽を聞いた。