ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「すばるくんの様子、どうだった?」
「……すみません、本人が落ち着くまでは難しいと思います」
答えて首を振ると、七夕さんは「そう……」と表情を曇らせた。
俺としても申し訳ない。
結局、昴は顔を出してもくれなかった。
『……もう遅いだろ。すぐ夜になっちまう』
『ちょっとでいいの。必殺技、改良できそうな方法を思いついたから』
『なら、葵にでも頼めよ』
『ううん、昴にも意見をもらいたくて──』
『──いい加減にしてくれ!』
『っ』
『……悪い。でも、今は何もする気になれない。母さんにも伝えてくれ』
『……うん』
昴は悪くない。
ぐちゃぐちゃどん底状態の時に優しく話しかけてくる女。人の気も知らないくせに楽しそうな声出しやがって、と思われても当然だ。
今の彼を無理矢理立ち直らせるには、本気かつ向こう見ずな愛情か、同じ道を歩む同性からの挑発がいるだろう。
そのどちらも『鶴見翔子』にはできない。
俺にできるのは、せいぜい諦めずに声をかけ続けることくらいだ。
「翔子ちゃん、せめてご飯食べていって」
「ありがとうございます。でも、今日はこのまま帰らせてください。……沈んでると、他の人が普通にしてるだけでも堪えたりするので」
「……そう、わかったわ。じゃあ、ちょっと待ってて」
キッチンに戻った七夕さんは、夕食を手早くお弁当にしてくれた。
チャーハンと麻婆豆腐。小さなタッパーには杏仁豆腐ならぬミルクプリン。粗熱が取れているところを見ると、こうなる可能性を見越していたのかも。
中華は冷めても美味しいし、辛いものは食欲増進になる。
昴が腹ペコで出てきてもいいよう、部屋の前に置いておくこともできるだろう。
「あの、七夕さん。ついでに傘を貸していただけませんか? 明日の朝、返しに来ます」
「あ……うんっ。好きなのを持っていって」
長谷川家を出る頃には雨が降り始めていた。
少し歩いてから振り返ると、二階にある昴の部屋の窓はカーテンがしっかりと閉ざされていた。暗い空模様とあいまって、幼馴染の心内を表しているようだ。
てるてる坊主でも作ろうか。
そんなことを考えながら自宅に帰り、着替えてから七夕さんのお弁当をいただく。
同じチャーハンでも、俺の手抜き料理とは格が違う。
麻婆と合わせることまで計算された薄めの味付けとパラパラ感にレンゲを動かす手が止まらなくなる。これを昴が食べたら「足りない」とおかわりを要求してしまうかもしれない。
この味の差は腕だけでなく、料理に込める愛情の差だろうか。
と、机の上に置いていたスマートフォンから着信音が響いた。
発信者名の表示は『篁美星』。
残ったお弁当を未練がましく眺めながら端末を手に取る。
「はい、翔子です」
『よー、夜分遅くに悪いな。晩御飯はもう食べたか?』
「ちょうど食べてるところでしたよ」
嫌味ではない。決して。
『そっか。……ん、あんたは割と元気そうね』
「……もしかして、七夕さんからもう聞きました?」
『うん、だいたいのところは』
七夕さん、行動が早い。
と、いうよりは居ても立っても居られなかったのかな。
『でさ、あんたに頼みがあるんだけど』
「私に?」
『そ。私が今、六年生の担任してるのは知ってるだろ?』
「はい」
美星姐さんが初めて担任した子達で、四年生からの付き合いになるらしい。
何度か話を聞かせてもらい、時には意見を求められた。背が高いのを気にしている優しい女の子のこととか、男子と平気で喧嘩するやんちゃな子のこととか、別の学校から転校してきた「バスケが大好きなのに我慢している女の子」のこととか。
大した意見は言えなかったけど、自分と重なる部分があるので親近感はある。
『ついでに最近、女子バスケ部の顧問になったんだけど』
「あの子の件はそうなりましたか……」
五年生の途中で転校してきた件の子。
その子に惚れ込んだ「やんちゃな子」が女子バスケ部の発足を発案し、仲の良かった子を集めて実際に立ち上げた。
沈んでいたバスケ好きの子もだんだん打ち解けていい雰囲気だったものの――いいところで横槍が入った。
同じ学校の男子バスケ部が練習場所の競合に文句を言ってきたのだ。ほぼお遊びの部と、大会でもいい線行っている部。どちらかといえば男子の方に理がある。
それでも納得できない美星姐さんは抗議、部員同士のバスケ対決で処遇を決めることになった。
女子バスケ部が勝てば現状維持、負ければ部は解散。
しかし、五人いる女バスのうち四人はバスケ素人。
顧問である姐さんもバスケ未経験であり、このままでは男子に勝てるわけがない。
『そこで、現役高校生にコーチを頼もうと思ってるわけ』
「なるほど……」
つまり、それが俺に電話してきた理由か。
「私は断ればいいんですね?」
『そ。やー、話が早くて助かるよ』
その条件で美星姐さんが伝手をあたるとすれば、真っ先に挙がるのは俺達だ。
件の部は「女子バスケ部」だから、できれば男子よりは女子の方がいい。
葵は七芝高校にとっても期待のホープ。
となれば、葵に比べると時間の余裕を作りやすいであろう俺に白羽の矢が立つ――立ってしまうので、俺はここで断らなければならない。
「はい。私も手伝いたいのはやまやまなんですけど、入部届を明日には出す予定だったので。入部早々、しばらく来られませんはちょっと」
『そうだなー、それじゃ仕方ない』
「できれば葵もそっとしておいて欲しいです。私以上に忙しいですし」
『ん。……仕方ない、そうなると昴に頼むしかねーか』
俺も美星姐さんも滅茶苦茶、笑いを堪えていた。
つまり、姐さんが持ってきた話は「長谷川昴を立ち直らせるための策」だ。
もちろん女バスと男バスの一件も本当なんだろうけど、今、このタイミングでその話を進めるなら――昴に任せる以上の解は存在しない。
みんな昴を心配しているのだ。
なんとかして彼にもう一度、バスケと向き合ってもらえるように考えている。
「ありがとうございます、美星姐さん」
『あ? いやいや翔子、そこで言うべきは「ごめんなさい」だよ』
「あはは。そうですね、お手伝いできなくてごめんなさい」
俺達はくすくすと笑い合った後で悪だくみを終えた。
『んじゃ、そういうことで。あんたは適当に昴励ましといてくれればいいから』
「了解です」
通話を切ると、レンジで温めたはずのお弁当は冷めてしまっていた。
けれど、胸の奥には温かなものが灯っていた。
☆ ☆ ☆
翌日。
ゆっくりめに登校してきた葵は瞼こそ腫れていたものの、表情には生気が戻っていた。
廊下の壁を背にして並び、例の件について尋ねる。
「おはよう葵。……昴の様子はどうだった?」
「おはよ、翔子。うん、顔色は物凄く悪いけど、ちゃんと教室に居た……って、なんで私が知ってると思ったのよ!?」
「ん、まあ、なんとなく」
それくらいは長い付き合いだから想像がつく。
「そっか。次の日に学校来られたなら、大丈夫そうかな」
今朝、長谷川家に行ったものの、昴には追い返されてしまった。
先に登校して教室で自習をしていたため、幼馴染が登校してくるかどうかはわからなかったのだ。
頷く俺をよそに葵は浮かない顔。
「……どうだろ。しばらくすれば気分は晴れるだろうけど」
「放っておいたらバスケは止めちゃいそう?」
返事はなかったが、葵の表情が答えを語っていた。
「なら、放っておかなければいいんじゃない?」
「あっさり言うわよね」
言いつつ、俺の言葉に笑みを浮かべる葵。
一晩考えた結果、答えは出たらしい。
「……ごめん、翔子。私、入部届は出さない」
「ん、わかった」
俺は微笑んで頷いた。
多分、そうなるだろうと思っていたので驚きはない。
「いつでも葵が戻ってこられるようにしておくから、好きなことをやってきて」
俺は、葵がいなくてもバスケ部に入る。
中学の三年間で、バスケは俺にとってもかけがえのないものになっている。
それに、同じ部にいないから『一緒じゃない』なんて思わない。
休み時間や放課後にはこうやって話ができるわけだし。
寂しいけど、これでいい。
「……あんたは、全くもう……っ!!」
「わっ」
がばっと葵に抱きしめられた俺は柔らかな胸に顔を埋めてしまう。
でも、小さく聞こえた「ありがと」の声で邪な気持ちは全部吹き飛んだ。身体から力を抜き、葵の体温を全身で感じる。
「うわ、荻山さん大胆」
「もしかして二人って付き合って……?」
「「ないです」」
葵の名誉のためにも、そこはしっかりと否定しておいた。
数日後、美星姐さんから『我、目標の確保に成功せり』とメールが来た。
どうやら無事、昴を焚きつけることができたらしい。
これで形はどうあれ、あのバスケ馬鹿をバスケに触れさせられる。そうすれば後は我慢の限界が来て、元の昴に戻ってくれるはずだ。
葵や上原も動いてくれて――あまり穏便ではない方法ながら、昴に発破をかけた模様。
「お前さ、もう朝飯うちで食べてけよ」
金曜の朝にそう言われたのは努力の成果に違いない。
ここしばらくの日課になっていた「早起きして長谷川家に行く」→「昴に門前払いを食らう」→「誰もいない教室で朝ご飯を食べる」を繰り返そうとしていた俺は、昴の言葉に笑顔になった。
「じゃあ、バスケしてくれる?」
「いや、それはせんけども」
「駄目か」
じゃあ仕方ないと、朝ご飯だけご一緒することにした。
学校で食べていたのも七夕さん特製のサンドイッチやおにぎりだったけど、やっぱりご飯は温かいうちに食べた方が美味しい。
こう毎日だと申し訳ないので、そのうち食材か何かでお返ししないとだけど。
にこにこ顔の七夕さんと一緒に席について「いただきます」をする。
箸を手に取ったあたりで、じっと見られていることに気づいた。
「? どうしたの?」
「いや、お前も変なやつだよなーって」
「そうかな」
性自認の方向で変なのは自覚してるけど。
「いや、葵とか一成とか、あとミホ姉とかはもっとしつこいから」
「代わりに、私は諦めが悪いんだよ」
「なるほど。タチ悪いな」
その日、俺は久しぶりに昴の笑った顔を見た。
苦笑だったけど、それでも貴重な笑顔だ。
☆ ☆ ☆
昴が美星姐さんの職場――私立慧心学園へ行く日。
俺は、日課になっていた長谷川家訪問を最後にした。後は慧心女バスの子達に託す。姐さんの話からしてみんないい子達だし、昴の心をきっと癒してくれるはず。
俺の方も朝練が始まり、忙しくなったというのもある。
自由参加だけど出た方が上達は早いし、先輩方とも仲良くなれる。
「時に、鶴見君」
「はい」
「もう一人の子――荻山君は気が変わってしまったのかな?」
女バスには色んな先輩がいるが、中でも特に個性的なのは、二年生にして正センターの島崎きらら先輩だろうか。
百八十センチ超えの長身に、女子受けの良さそうな甘いマスク。芝居がかっているのに嫌味にならない不思議な話し方をする人で、部員からは色んな意味で一目置かれている。
仮入部の際はよく一年生、特に葵に熱い視線を送っていた。
「通常、入部届の提出期限は今日なのだが」
「はい。葵――荻山さんは入部しません。どうしてもやりたいことがあるそうで」
「やりたいこと、か。それは、バスケで全国へ行くよりも重要なことなのかな?」
俺は笑顔を作って答えた。
「バスケが好きだからこそ、やらないといけないことなんです」
「……ふむ、そうか」
一応、納得してくれたらしい。
島崎先輩は頷いた後、どこか沈痛な面持ちになった。全国について口に出すあたり、彼女は本気で上を目指しているらしい。
そういう人から見ると、葵の行動は理解できないかもしれないけど、
「あの巨乳を手に入れ損ねたのは痛いな」
「……え?」
何言ってるんだこの人。
さつきや多恵の言動に慣れた俺でさえ、即座に反応できなかったぞ。
「あの、バスケの話ですよね?」
「もちろんそうだが、惚れた相手を欲しいと願う女の話でもある」
「……女同士ですよ?」
俺だけは言っちゃいけない台詞なんだけど、この際仕方ない。
この頭のネジが外れてるっぽい女性を止めないと。
「それがどうした? 私は人に恥じるような生き方をしているつもりはない」
「あ、駄目だこの人」
擬態を吹き飛ばし、素で呟いてしまった。
ええい、こうなれば仕方ない。
強引にでも釘をさしておくことにしよう。
「先輩。残念ですが、葵には相手がいるんです」
「ほう? それはひょっとして君のことかな?」
「もし、そうだとしたら……どうされますか?」
ここで退いたら負けに違いない。
俺は敢えて不敵に微笑み、島崎先輩を正面から見上げた。
平常心平常心……って。
「きゃっ!?」
すっと伸びてきた手に顎を持ち上げられる。
「良い声だ。……あの巨乳は惜しいが、君もなかなかの美乳を持っている。悪くない」
「ええと。……先輩が悪い人なのは良くわかりました」
「ふふ」
顎に触れた手を離し、俺の頬を撫でながら先輩は笑った。
「どうやら楽しい一年になりそうだ」
こっちは貞操の危機である。
ひょっとして、この人のせいで俺はあんまり目立たなくて済むかも、なんて思った四月のある日であった。