ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「おっ、この前の」
「あ……っ」
次の水曜日。
放課後、日曜の約束通りに長谷川家に向かった俺は、家の前で昴のお姉さんに出会った。
確か、ミホ姉とか呼ばれていた人。
子供の俺が言うことではないが、相変わらず小さな彼女はにやりと笑い、素早く歩み寄ってくる。
「ここで会ったのも何かの縁だ」
肩を組まれた。
「ちょっとお話しよーぜ。ジュース奢ってやるから」
「は、はい」
え、カツアゲとかじゃないよね……?
『み、ミホ姉! 久しぶり!』
『ほんと。美星ちゃん、いいところに来たよ。七夕さんがご馳走作ってるから! ……あ、翔子は用事があるんでしょ? 急がないと』
『あ、ああ』
二人揃って彼女の注意を逸らし、俺を逃がすように帰らせたのだ。
なので、お姉さん――美星さん? とは話ができていない。携帯がないので昴達と連絡を取るタイミングも無かった。
加えて、この待ち構えていたようなタイミング。
近くの公園に引きずられていった俺は身の危険を感じながらベンチへ座る。そもそも、話すだけなら長谷川家で良かったのでは。
「ほい。コーラで良かった?」
「ありがとうございます」
プルタブを起こして口をつけると、冷たい炭酸が喉を抜けていく。
ついこの前まで寒かったと思ったら急に暑くなってきたので、炭酸飲料の類は凄く嬉しい。最近運動することが多いせいもあるかもしれないけど。
「それで、その、話って?」
「うん。お前、私のこと知ってる?」
知ってるといえば知ってるが、知らないといえば知らない。
「昴のお姉さんじゃないんですか? ……あ、従姉妹とか?」
「残念。正解は昴の叔母」
「昴の叔母さん!?」
「そ。おねーちゃん……長谷川七夕が私の姉。あと『昴の叔母さん』ならいいけど、そっから『昴の』を抜かすなよ」
女性に歳の話は厳禁、ってやつか。
無暗に事を荒立てる気はないためこくこく頷く。別に老けてるようには見えない――というか、七夕さんの家系なのか若く見える。せいぜい高校生くらいだ。多分、実際にはもうちょっと上なんだろうけど。
「でさ、お前、ゲーム好き?」
「……へ?」
え、ここでそんな質問?
身構えていたせいか拍子抜けした。俺はコーラをもう一口飲んでから答えた。
「んー、人並みくらいには」
得意というほどではないが、特別苦手でもない。
転生してからは殆どやっていないが、そこは前世の経験でカバーできる。
すると美星さんは「そうかそうか」と笑った。
「じゃーやろうぜ。今はこれしかないけど」
どこからか取り出したのは二台の携帯ゲーム機。
なんかいっぱいシールの貼られている方が美星さんのらしいが、そうするともう一台は……?
「ん、それ? 昴のを借りてきた」
おい。
それ、なんとなくだけど前に『無断で』って付きますよね?
☆ ☆ ☆
落ちてくるゼリー状の生き物(?)を積み重ねる。
カラフルなこいつらは同色で四匹集まると消滅するのでそれを狙うのだが、かといって四匹ずつ律義に消していても高得点は狙えない。
五匹以上同時に消したり、例えば青のグループを消した結果、赤が密着して消える……いわゆる連鎖を狙っていかなければならない。一度にたくさん消すと魔力でも生み出すのか、敵の画面に邪魔ゼリーを呼び出すことができるのだ。
積みすぎてどこにも置けなくなったら負けなので気が抜けない。
三連鎖以上が苦手な俺はスピード重視で動かしていく。
メインは五個消し六個消し。合間に二連鎖を狙える塊を作り、ちまちまと邪魔ゼリーを送り込む。対する美星さんは勘とノリで積み上げたゼリーから複数回の連鎖を生み出す厄介なタイプだった。
しかし、回数の多い連鎖は綻びが生まれやすい。
一個二個の大したことない邪魔ゼリーでも、ちょうどいいところに落ちれば連鎖妨害になる。狙ってこの状況を作り出す俺に、美星さんは「ぐぬぬ」と呻いた。
「なかなかやるじゃん」
「それはどうも……っと」
危うく手が滑りそうになってゲーム機を持ち直す。
前世の感覚はちゃんと生きているが、手の大きさが違うので微妙にやりづらい。大掛かりな細工を避けているのはそれもあるのだが……。
「だけど、私の相手をするにはまだまだ早いな!」
「ああっ!!」
美星さんが大規模な連鎖を成功。
目を覆いたくなるような量の邪魔ゼリーが送られてきて、俺は思わず悲鳴を上げた。なんとかリカバリーしようとするが、こういう時に限ってちょうどいい色が来ないのは世の常である。
ゲームオーバーになった俺は息を吐いてゲーム機から目を離した。
「ゲーム、強いんですね」
「まーな。こういうのよりは撃ち合うやつとかの方が好きだけど」
「俺はFPS苦手なんですよね。だいたい後ろから殺されます」
「にゃはは。そんなの私だってしょっちゅうだっての」
何度目かの対戦を始めつつも会話は弾む。
なんだ、良い人じゃないか。
俺は美星さんに対する認識を改める。なんで昴達が警戒していたのかわからない。案外、あのタイミングでゲームに誘われると長いから、程度の話だったのだろうか。
ゲーム好きの美人。ただしロリ体型。
なまじ完璧美人より付き合いやすくてよさそうだ、と。
「なー、少年」
「なんですか?」
「なんで女なのに男の格好してんの?」
「……っ」
不意打ちだった。
美星さんの声音はさっきまでと全く変わらず、視線もゲーム画面に落ちたまま。なのに何故か、俺は一挙手一投足を注視されていると感じた。
気づいてないのかと思ったのだが。
ゲームの話を振ったのは単なる前置きか。彼女にとってはこっちが本題。
わかってたら逃げてたかもしれない。そう考えると、美星さんは確かに厄介な人かもしれない。
「………」
「………」
沈黙も無駄だった。
俺が黙ると美星さんも黙る。誤魔化せないプレッシャーを感じる。
仕方なく、観念することにした。
「……自分が女だって認めたくないからです」
「男だと思ってるわけじゃねーってこと?」
「身体が女なのはわかってます。でも、心は今でも男だと思ってる」
おかしいのは心の方だってことは百も承知。
それでも、女になったから「はいそうですか」と切り替えられないのもまた事実。時が解決してくれるとはよく言うものの、最初に「違う」と認識してしまった以上、どうしてもそういう風に感じてしまう。
あっさりと、画面中にゼリーが埋まる。
二連勝した美星さんはゲーム機をベンチに置くと、おもむろに俺の首に腕を回してきた。
「!?」
「じゃあ、こーいうことされると困るか?」
からかうような調子なので真意はよくわからない。
「……ドキドキはしますけど、別にエロいことしたいとかはないです。俺、まだ小学生ですし」
成長したら変わるかどうかも正直不明。
慣れ親しんだものが無くなったお陰で、ムラムラする方法がよくわからない。
「ふーん。じゃあ、葵のことは?」
「友達です。もし手を出しても、葵の方がそんな気になりませんよ」
「なんか妙に達観してるな、お前」
身を離した美星さんがジト目で俺を見る。
かと思ったら、不意にぽん、と頭に手のひらが乗せられた。温かくて柔らかい。
「悪い、少年。ちょっと試した」
「……えっと」
「この前会ったばかりの子を昴達が連れてきたってゆーからさ。どんな子なのかと思ったわけ。もう変なことは言わねーし、もう一本ジュース奢るから許してくれない?」
言って、彼女は真っすぐに俺を見てくる。
おちゃらけた印象はどこかに吹き飛び、代わりに真剣な顔がそこにあった。
からかう気持ちでの質問でなかったことは、それだけでわかる。正直、それでも釈然としないものはあるけど、そもそも大部分は俺が悪い。
「わかりました。昴達のこと、大切なんですね」
「まーね」
照れくさそうに腕を組む美星さん。
「正直、昴と葵に関してはそんなに心配してないけど。おねーちゃんは特にお人好しだから、旦那がいない時に何かあったら困るわけ」
昴のお父さん、たまたまいなかったわけじゃなくて長期不在なのか。
七夕さんの美貌を思い出して納得する。あの人がエロ漫画のような目に遭うのはちょっと、いや、かなり勘弁願いたい。
やっぱり、美星さんはいい人だ。
あの七夕さんの身内が悪い人のわけがない、という認識は間違っていなかった。
「……にゃはは。にしても、やっぱ小学校かなー、こりゃ」
「何の話ですか?」
「こっちの話。ちょっと進路のこと考えてて」
今度はぽんぽん、と頭を叩かれた。
「まー、昴達と仲良くしてやってくれよ。で、私ともたまにゲームしてくれると助かる」
「そんなことなら喜んで」
笑顔を返すと、美星さんもにっと笑う。
公園の入り口の方から声がした。
顔を上げれば、昴と葵がこっちに向かってきている。俺が遅いうえ、美星さんの姿が見えないから探しに来た、と言ったところか。
合流しようと俺は立ち上がり、
「言質取ったからな」
「……え?」
なんか、今、背筋に寒気が走ったんだけど。
「翔子、美星ちゃんにジュース奢らされたりしなかった!?」
「こいつの頼み、ほいほい聞いたりしてないか!? 後から面倒なこと言われたりするから注意しないと大変だぞ!」
「……あー」
ちょっとだけ遅かったような気もする。
いや、ジュースはむしろ奢ってもらったんだけど。
「失礼なこと言うなよ。ちょっとお話して、ゲームしただけだって。なあ?」
「はい、まあ。それはそうなんですが」
言質ってなんだ。
「よし。二度目の言質も取った。少年、今度サバゲー行こうぜ」
「はい!?」
この人はいきなり何を言いだすのか。
顔を引きつらせる俺。昴と葵は顔を見合わせて「やっちゃったか」という表情。にゃはは、と気楽に笑っているのは美星さんだけ。
良い人、ではあるんだろうけど。
どうやら癖のある人なのも事実なようで、俺は今後、彼女のことを「美星姐さん」と呼ぶことにした。
☆ ☆ ☆
それから何度か昴の家にお邪魔してバスケしたり、スラムダンクの続きを読んだりして。
日常から退屈な時間がぐっと減ったある日曜日、俺がいつものように家を出ようとすると、母さんから声をかけられた。
「今日も長谷川さんのところ?」
「ああ、そうだけ……ど?」
靴の紐を結んでいた俺は硬直する。
何で知ってるのか。
遊びに行く先について俺は細かく説明してはいない。だから、母さんは俺が汗を流して遊び惚けているのは知っていても、誰の家に行っているかは知らないはずだった。
振り返ると、母さんはにっこり笑って言った。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
狐につままれたような気分になりつつ家を出て。
長谷川家でそのことを話すと、意外というか当然というか、犯人は七夕さんだった。
「ごめんなさいね。翔子ちゃんのことお預かりしてますって、親御さんにもご連絡しておかないとと思って」
なお、共犯者は昴。
「悪い鶴見、母さんに電話番号喋った」
この前の美星姐さんの件のように、急に連絡したいことがあった時のため、家の電話番号を教え合っていたのだ。俺や昴が実際に使ったことはなかったが、先に親が有効活用していたらしい。
俺はなんとも言えない表情で「いいよ」と答えた。
「そういうことなら全然構わない」
どうしても、表情は仏頂面になってしまったが。
申し訳なさそうな顔をしていた昴や七夕さん達も、俺がバスケを始めて機嫌を直すと「本当に気にしていないらしい」とわかってくれた。
実際、後を引くほど気にしているわけじゃない。
ただ、単に気恥ずかしくて、どうしていいかわからなかっただけだ。
「翔子ちゃん。今度はお夕飯、食べて行ってくれる?」
「……えっと、母さんに電話させてもらってもいいですか?」
「うふふ。もちろんよぉ」
相変わらず七夕さんの手料理は美味しかった。
でも、母さんの料理だって負けてはいない。長谷川家に厄介になってばかりいないで、ちゃんと家のご飯も食べなければと心に誓う。
それから、少しずつだけど、家の食卓での話題が増えた。
バスケという趣味ができたことを両親は喜んでくれた。
学校のことを話すとどうしても暗くなりがちだったが、昴達のことなら屈託なく話せた。毎日が楽しいとご飯も美味しい。おかわりを申し出ると、母さんは喜んでご飯をよそってくれる。
やっぱり、今のままではいられない。
どういう形にせよ、変わらなければいけないんだろうと、俺は少しずつ思い始めていた。