ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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3rd stage 長谷川コーチ、小学生に泳ぎを教える(2)

「大丈夫かなあ……」

 

 昴に水泳の件を聞かされてから数日が経った土曜日。

 俺は朝から落ち着かなかった。例の水泳指導が今日から始まるからだ。なんでも女バスメンバーの中にお嬢様がいるらしく、その子の家でやるとか。

 まさかプライベートプールとは思わなかったけど、それならアクシデントも多少は減るかも。

 

 いや、昴を信用してないわけじゃない。

 ただ、注意していても起きるのがアクシデントというものだ。

 

 いっそ一緒に行くこともできたけど、部活もあるし、そうすると今までのスタンスではいられなくなる。どう変わるのかうまく説明できないけど、これ以上、葵を裏切る立場に回りたくなかった。

 それに、昴に依頼したということは女バスの延長だろう。

 愛莉ちゃん以外も一緒だと、素人が首を突っ込むのはちょっと気が引ける。

 

 というわけで。

 俺はそわそわしながら部活を終え、家に帰り、夕方になってようやく昴からメールを受け取ったのだった。

 

「特に大きな問題はなし、か」

 

 男の子らしい簡潔明瞭な文面を何度か読み返してから、ほっと息を吐いた。

 女の子達とのプールは問題なく終わったらしい。

 

 何かの役に立てばと伝えたコツも役に立ったと書いてある。

 といっても「まずは水に慣れることから」「絶対に焦らせない」「一緒に遊んで気を紛らわせるのもいいかも」といった当たり障りない内容だったけど。

 昴やみんなの協力もあって、愛莉ちゃんは何歩も前進してくれた。

 

 ただ、それでも、実際に泳ぐところまではいけなかったらしい。

 

 当初は水に入ることすら怖いような状態だったという。

 体力、気力の問題もあるし、一日でどうにかならないのは仕方ない。最後の方は、泳ごうとさえしなければ水に浮いていられたらしいし。

 これから何度か通って愛莉ちゃんをサポートする予定だと、メールは締めくくられていた。

 

 ──良かった、というのが一番の感想。

 

 懸念していたイエローカードは発動しなかったし、愛莉ちゃんも順調に進歩している。

 

「ただ、一回で終わらないとすると……別の問題があるかも」

 

 スマホのカレンダーを立ち上げる。

 今から二週間もない近い日付、六月の第四週にはスタンプが押されており、タップすれば「中間テスト」の文字が浮かび上がった。

 

 昴のことだからテスト勉強なんて二の次だろう。

 昴のことだからなんとかするだろうけど、あまり愛莉ちゃん達にばかり構っていられないかもしれない。

 

 勉強に付き合うべきか。

 範囲はそう変わらない。むしろスポーツ科の方が狭いだろうし、昼休みなどを利用すれば俺の予定にもさしさわりはない。

 

「……うーん」

 

 悩んだ末、俺は止めておくことにした。

 さすがに干渉が過ぎる。

 それに、もし昴に教える必要があるなら、それは別の人間の役目だろう。

 

 そして、ある意味俺の予想通り。

 

 誰よりも昴のことを心配している少女──荻山葵が動き出していた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 葵の目的は「昴に勉強を教えること」のようだった。

 休み時間や昼休みに廊下へ出れば高確率で、スポーツ科の教室へ向かう幼馴染の姿を見ることができた。足取りは楽しそうだったり不安げだったり、とにかく浮かれていた。

 

「青春だなあ」

 

 放課後、空き教室か昴の部屋で顔を突き合わせ、勉強する二人。

 小さい頃から一緒にいる仲の良い同士となれば絵にならないはずがない。

 

 頑張れ葵。

 

 昴だって葵のことは憎からず思っているはず。

 喧嘩にさえならなければ葵は可愛い女の子。年頃を迎えてますます魅力を増しており、二人の関係が急激に動くことだってありえる。

 もしそうなったら一番に教えて欲しい。

 

 ……と、思っていたんだけど。

 

 

 

 

 

 

 木曜日の夜。

 話があると言って俺を呼び出した葵は開口一番に尋ねてきた。

 

「昴のこと、知ってたんだ」

「……ん」

 

 短く、返事ともいえない声を上げた俺は内心呟いた。

 

 ──どうしてこうなった。

 

 どうやら慧心女バスの件が知られたらしい。

 待ち合わせのファミレスに着く直前、昴からも「すまん、バレた」と連絡が来た。ちょっと遅い。あと危機管理が足りなかったんじゃないか。

 ともあれ。

 俺は動揺を抑え、眉を下げつつ笑みを作った。

 

「ごめん、黙ってて。……でも、葵はきっと怒ると思って」

「う」

 

 昴に怒った後だからか、ポニーテールの幼馴染は痛そうに呻いた。

 ジト目を苦笑に変えた彼女は俺を見つめて言ってくる。

 

「怒るわよ。……信用、してもらえなかったのが」

「それは、本当にごめんなさい」

 

 深く頭を下げる。

 幼馴染としての連帯感を突かれるのが一番痛い。

 まさに俺が気にしていたところだ。

 

「葵なら絶対怒るって信じてた」

「何よその信じ方。……や、怒ったんだけどさ」

「怒らないの?」

「昴からも言われたのよ。『翔子を怒らないでくれ。あいつはお前に話そうとしてた』って。私も多分、そうなんだろうと思った」

 

 昴は本当にお人好しだ。

 怒った時の葵は怖い。特に自分がヒートアップできていない時は。

 自業自得とはいえ自分がヤバイ時に人を気遣えるのだから、やっぱり大物だ。

 

「ありがとう。……でも、買いかぶりすぎだよ。私が葵に話そうって言ったのはつい最近」

「……それでも、嬉しい」

 

 少女の口元にはにかんだ笑みが浮かぶ。

 可愛い、と掛け値なしに思う。

 どうしてこの子の想いがあいつに伝わらないんだろう、とも。

 

 ふう、と、葵は息を吐いて。

 

「寂しかったのは、翔子の方があいつに信頼されてるってことかな」

「……あ」

 

 それは、なんというか。

 

「すぐ手を出す癖を直した方が」

「その通りよ悪かったわね!」

 

 それから。

 気分を直してくれたらしい葵は、俺にことの顛末を聞かせてくれた。

 

 ノートを渡そうと昴を追いかけた葵は、昴がバスに乗るのを見た。

 慧心行きのバス。

 美星姐さんの職場なので軽い気持ちで追いかけ、警備員さんに教えてもらって初等部の体育館に行くと──昴が、ロリコンのせいで部を失った幼馴染が、女子小学生にバスケを教えていた。

 一応、練習を止めない程度の自制は働いたらしい。

 最後まで練習を見た結果──葵は愛莉ちゃん達の頑張りとバスケへの情熱を知ることができ、お陰で昴ともだいぶ理性的(当社比)に話すことができた。

 

「いい子達だったでしょ?」

「うん。あんたも会ったことあるんだっけ?」

「ううん。私が会ったのは愛莉ちゃんだけ」

「ああ、あの背の高い子か」

 

 愛莉ちゃんのことを思いだすように、葵が目線を上げる。

 

「ああいう子がいてくれると心強いよね。センターは、みんなの支えだから」

「ん……」

 

 気にしすぎかもと思いつつ、自分が褒められているようでむず痒い。

 そんな俺を見て葵はくすくす笑った。

 

「もっと教えてあげたら? あの子には、翔子みたいな先輩が必要だと思う」

「そう、なのかな」

「そうよ。もう私に遠慮することもないんだから」

「そっか」

 

 なら、今度遊びに行ってみようか。

 行くなら土曜日か日曜日?

 そう思った俺は、昴に打診のメールを送信したのだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 そして。

 俺が一つ、決定的な勘違いに気づいたのは土曜日のことだった。

 

『あの子達と勝負することになっちゃった』

「……へ?」

 

 勘違いとは、葵への説明があれで終わったと思っていたこと。

 確かに昴は、葵に女バスのコーチについて説明していたが──愛莉ちゃんに泳ぎを教える件については言っていなかった。

 出くわしたのは水泳じゃなくて通常練習の方だったから、葵には気づきようがなかった。

 美星姐さんが変に口裏を合わせたせいもあり、その件については秘匿され──知っているのだろうと思った俺も、ファミレスで話題にしないままとりとめない話に移ってしまった。

 

 結果、葵は再び昴の後をつけ、今度はプールに辿り着いてしまった。

 勉強をみてあげる、という申し出を嘘で辞退した、水着姿の昴と小学生達の元に。

 

 その行き着いた先が葵からのメール。

 お昼休憩でスマホを手にした俺は、ディスプレイ上の文字を見て硬直する。

 数秒後、すぐさま葵の番号をコールしていた。

 

『翔子?』

「葵、どういうこと?」

『どうもこうも。あいつの嘘が原因』

 

 そうして俺は勘違いを知った。

 

『あの子達にね、言ったの。昴にコーチを続けて欲しいなら私に勝ってみせて……って』

「それは、無茶だよ。実力が違いすぎる」

 

 荻山葵は優秀なプレーヤーだ。

 多少のブランクがあるとはいえ、中学全国クラスの実力者相手に小学生が勝てるはずない。

 

『……あはは、ありがと。でもね、三対五なんだ』

「……あ」

 

 それで多少、分がある勝負になった。

 五人いる小学生に対し、葵側は三人でディフェンスしなければならない。五人がよほど固まらない限りは二人必ずフリーになるわけで、点を取るのがかなり容易になる。

 攻める時だってダブルチームを覚悟しなければならないわけで、簡単にはいかない。

 

「後の二人は、どうするの?」

 

 尋ねた時点で俺にはわかっていた。

 そこに鶴見翔子の名前がないだろうことは。

 

『ゾノとショージにお願いした』

「さつきと多恵、よくオッケーしてくれたね」

『遊びでやるバスケならオッケーだって』

 

 さつきと多恵は進学先の女バスに一度入部したものの、すぐに退部している。

 曰く練習がきつすぎたとのことで、以来、ガチのバスケは毛嫌いしているのだ。

 

「そっか」

『あはは、戦力的にもちょうどいいでしょ。……昴にもね、言われたの。翔子と祥を連れてくるのは止めろ。お前ら三人に組まれたら絶対に勝てないって』

「え」

 

 不意打ちにとくん、と胸が高鳴る。

 呼ばれなかったのは忙しいからとかそういうことじゃなく、実力を買ってくれているから?

 

 ──そう、か。

 

 それなら仕方ないかな、などと思いつつ、口元がにやけてしまった。

 

『というわけで、憎まれ役をやる予定』

「憎まれ……もしかして葵、いいところで負けるつもり?」

『……さあ、どうだろ』

 

 返答には少し間があった。

 通話が切れた後、俺はしばし思考を巡らせた。葵とさつき、多恵が全力で戦ったとして、慧心女バスが勝てるかどうか。

 負けた場合、愛莉ちゃん達のモチベーションがどうなるか。

 自分なりの答えが出たら、行動までの間は殆どなかった。

 

「部長、すみません。急用ができたので早退します」

「わかったけど……なに、彼氏?」

「いいえ。……大切な友達から、大事な相談を受けたんです」

 

 みんなは快く送り出してくれた。

 島崎先輩が「私以外の女と」とか冗談めかしていたのは無視し、俺は手早く着替えを済ませると、その足でバス停に向かった。

 歩きながら昴の番号をコール。

 まずは、彼らがどこで練習しているのか聞かなければならない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「───」

 

 美しさに絶句する、なんてことが本当にあるのだと、俺は初めて知った。

 一目惚れと言ってもいい。

 目の前に現れたメイド服の女性は、それほどまでに俺の好みだった。

 

「はじめまして、鶴見翔子さま。三沢家のメイドを務めさせていただいております、久井奈聖と申します。以後、お見知りおきくださいませ」

 

 長く美しい髪を持った清楚系の美人。

 顔立ちが整っているせいで素の表情はちょっと冷たい感じだけど、口調はどこまで柔らかい。

 また、にっこりと微笑むだけで心奪われてしまうほど温かい印象となる。

 

「───」

「あの、鶴見さま?」

「っ。す、すみません。鶴見翔子です。あのっ」

 

 顔を覗き込まれてようやく我に返った俺は、「はい?」と首を傾げる久井奈さんに言った。

 

「今、付き合ってる方はいますか……?」

 

 初対面の人に何を聞いてるんだ俺は、と、死ぬほど後悔するのは半日ほど後のこと。

 久井奈さんは瞬きをした後、困ったような表情を浮かべた。

 

「申し訳ありませんが、そういったご質問にはお答えできません」

「そうですよね、それだけお綺麗なら彼氏くらいいますよね……」

「いえ、あの。それ以前に同性とお付き合いすることはできかねるかと……」

 

 もしタイムマシンがあるなら、この時の出会いをやり直したいものだが。

 ともあれ、久井奈さんは俺を乗ってきた車に誘った。

 

「あの、もしかしてお宅までは遠いんですか……?」

「はい。本館までは徒歩ですと少々距離がございます」

「本館……?」

 

 その疑問はすぐに解消された。

 車が動き出し、目的地の方向が示されると──それはその先にあった。

 

「でか……っ!?」

 

 思わず素で叫んだ俺に、久井奈さんがくすりと小さな笑みをこぼす。

 

「あちらの、丘の上の白い建物が本館になります」

 

 三沢家、といったか。

 昴が御厄介になっているというお嬢様のお宅は、なんというか、ラノベや漫画でしか見たことないようなスケールの、馬鹿みたいに大きなお屋敷だった。

 それは久井奈さんみたいなメイドさんを雇えるわけですよね、と呟いたら、変なものを見るような目で見られた。

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