ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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3rd stage 長谷川コーチ、小学生に泳ぎを教える(4)

 翌日。

 日曜日は部活が基本お休みなので、これ幸いと三沢邸での戦いを観戦しに行くことにした。

 どうせ家にいてもトレーニングするか料理の練習するかテスト勉強するかそんなところだし、その場合、愛莉ちゃんが気になって身が入らないのは間違いない。

 

 そして。

 

「やっほー、つるみん! 久しぶりぃ」

「おー翔子。また一段と猫被ってやがるな!」

 

 よく見知った顔と声に思わず頬を緩めてしまった。

 

「二人とも久しぶり。……しょっちゅう連絡してるから、あんまりそんな感じしないけど」

 

 バスケコートに着くなり服を脱ぎ捨て、水着になった親友二人とハイタッチを交わす。

 プールがあると聞いて来たらしい。それにしても二人とも、脱ぐだけとはいえ更衣室を使って欲しい。一応、昴がいるわけだし。

 いや、昴なら平気か?

 

「っていうかさつき、ひどい。別に私、猫被ってるわけじゃないもん」

「ほっぺ引っ張るな! 素の奴が『もん』とか言うわけねーたろ!」

「……相変わらず仲いいわね、あんたたち」

 

 そりゃ、まだたったの二、三ヶ月だし。

 

「っていうかるーみんはこっちの味方だろ! なに遊んでんだ!」

「だ、そうだけど?」

「あはは……真帆ちゃん、ごめんね。私はどっちの味方にもつかないよ」

 

 薄く笑った葵に苦笑で返し、俺は自らのスタンスを明かした。

 

「ほえ?」

「私にとっては葵も大事なの。でも、愛莉ちゃんとみんなにも勝って欲しい。だから、中立」

 

 これに対し、真帆ちゃんは顔に疑問符を浮かべた。

 ちょっと難しかっただろうか、と思った直後、彼女はにかっと笑った。

 

「敵じゃないんならいいや! カンキャクは多い方が燃えるし!」

 

 逆に、全部わかっているらしい紗季ちゃんはくすりと笑みをこぼし、それにひなたちゃんや智香ちゃん、愛莉ちゃんも続いた。

 

「そうね。……鶴見さん、愛莉のこと見てくださってありがとうございます」

「おー。るみおねーちゃん、応援してくれるの? ありがとう」

「昴さんにも、鶴見さんにも、恥ずかしい姿は見せられません。……頑張ります」

「長谷川さん、翔子さん。……私、精一杯頑張ります」

 

 真っ直ぐな気持ちに触れ、思わず胸が熱くなるのを感じた。

 昴が「な、小学生っていいだろ?」とでも言いたげに見てくるので、柔らかく微笑み返しておく。

 でも、愛莉ちゃんはちょっと表情が硬い。

 大事な役目だと気負ってしまっているのかも。焚きつけた責任もあるし力を抜いて欲しい。俺は笑顔と共に両手でガッツポーズを決めてみる。

 

「っ!? ……ふふっ……!」

 

 何故か紗季ちゃんが吹き出したものの、お陰で愛莉ちゃんもくすりと笑ってくれた。

 

「翔子。審判お願いできる?」

「了解」

 

 葵の申し出にすぐさま頷く。

 昴がやるよりはまだ俺の方が公平だろう。

 

「それじゃあ、始めよっか」

 

 昴と慧心女バス、葵とさつき達がそれぞれ簡単な打ち合わせを終えた後、運命の試合が始まった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 試合のルールは変則的なものだ。

 シュートは全て二点で、フリースローは一点。基本的にシュートが五本決まったら勝ちと考えていい。ゴールは両チームで高さが異なっており、細かいルールは小学生基準。

 

 葵達がアウェーといえる状況の中、序盤は女バス側がリードした。

 

 最初の分岐点であるジャンプボールは葵の申し出によりキャンセル。

 智花ちゃんのパスからの、初心者とは思えないパスワークでまずは2-0。

 返しの攻撃はさつきが無意味なスリーポイントを外し、慧心女バスの二度目の攻撃は惜しくもリングを脅かすだけで終了。

 ボールを任された多恵がドリブルを開始しようとした直後――緩慢な空気を塗り替え、智花ちゃんが神速のスティールを見舞った。

 

 ――速い。

 

 経験者、というだけではない。

 類稀な瞬発力と数え切れない練習、その両方が今のプレーだけで見て取れる。間違いない。智花ちゃんは昴や葵と同じ、バスケが好きで好きで仕方ないバスケ馬鹿だ。

 

「負けられません……!」

「ふぅん、良い眼だ」

 

 ゴール前でエースを阻んだのは、葵。

 二人の攻防は離れた場所から眺めていてなお、スピーディーなものだった。

 あの小さな身体のどこから力が湧いてくるのか。智花ちゃんが即行で抜きさろうとすれば、葵もきっちりとそれを阻みにかかる。仕切り直された攻防。発揮されたのは全身を利用したフェイクからの後ろ通しドリブル。自分ですらできるか怪しい技につい見惚れてしまった。

 しかし、葵もまた必死に食らいつく。

 バランスを崩しながらも智花ちゃんの進路を阻もうと腕を伸ばす。

 

 そして、智花ちゃんが満を持して刀を抜いた。

 

 ふわりと、まるで浮かび上がるようなジャンプシュート。

 まるで無駄のない流麗なフォームから放たれたそれは、当たり前のようにすっぽりとゴールへ吸い込まれた。

 どこかにジャンプシュートが得意とか言ってる女子高生がいたが、そいつに智花ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたくなった。

 

 これで、4-0。

 このまま行けてしまうのではないか。そんな期待が頭をよぎる。

 そう思ってしまう程度には、智花ちゃんのポテンシャルはずば抜けていた。

 

「翔子。タイムアウト」

「了解。一分間ね」

 

 ここで葵は一回きりの作戦タイムを使った。

 幼馴染達の顔を見れば、涼しい顔の葵と対照的に昴は苦い顔をしていた。勝っているのは女バスなのに。理解しているのだ。このままでは終わらないと。

 

 

 

 

 

 再開された試合はさつきのパスから始まった。

 息の合った素早いパスによりゴールへ近づいていく葵チーム。智花ちゃん達もダブルチームで止めにかかるが、コースを塞がれる前にパスを出し続けてしまえば簡単には止まらない。

 マークをするするとかわしてのけるのはさつき達の十八番でもある。

 

「ほいブチョー!」

「しまっ……」

「ナイス、ゾノ。んじゃ、行っちゃいましょうか」

 

 やがて、距離が心もとなくなったところでボールは葵へ。

 短いドリブルから膝を折り、跳びあがる葵の前に立ちはだかったのは、

 

「葵さんを止めるのが、私のやくめ……っ!」

「……来たね。でも……っ!」

 

 小学生にして葵を上回る身長を持つ少女――愛莉ちゃん。

 彼女は最初から、さつきと多恵のマークにつかずゴール近くに位置していた。コーチである昴もまた彼女の役割をここだと定めていたからだ。

 決意を込めた表情。

 怯えと不安も見え隠れするものの、その場から逃げ出そうとはしていない。

 

 ただ、今回に関して言えば、少しブロックが遅かった。

 

 ワンテンポ遅れて跳びあがった愛莉ちゃんは惜しくもシュートに関わることができず。

 初めて、葵チームのボールがネットを揺らす結果となった。

 

 4-2。

 

 

 

 

 

 

 更に、葵の策がコートを侵食していく。

 ボールを手にした智花ちゃんを葵がマーク。

 

「ゴメンだけど、マジで行くから」

「――っ!」

 

 あからさまなトラッシュトーク(ちょうはつ)に、しかし智花ちゃんはパスを選択。

 ボールは真帆ちゃんの手にすっぽり収まる形となった。

 

「一対一には、こだわりません。……みんなで勝つためなら」

 

 それは正しい選択。

 フォワード向きの勝気な子が、試合のさなかにそれを選べたことは称賛に値する。

 でも、

 

「ゾノっ!」

「あいあい、ご心配なく!」

 

 指示を受けたさつきが真帆ちゃんをぴったりとマーク。

 どこにパスを出そうかコートを見渡していた真帆ちゃんは困惑。なんとか突破口と見出そうとするも、さつきとて簡単には逃がさない。

 時間を使いすぎればルールに則り攻守交代が発生してしまう。

 痺れを切らした智花ちゃんがパスを要求するも、コースが甘すぎた。マークマン、葵はこれを難なくパスカットし、時計を待つまでもなく攻撃の権利を手にした。

 

「駄目っ!」

「っ、と」

 

 すぐさま反転、ゴールへ向かった葵の前に、再び愛莉ちゃんが立ち塞がった。

 今度はナイスタイミング。

 葵がシュートフォームに入る前に前方を塞ぐことができている。これなら葵に対するプレッシャーは十分だ。

 

 ――ぶっちゃけ、ボールに触れなくてもいい。

 

 俺が愛莉ちゃんに教えたのはそういう緩い心構えだった。

 ブロックの技術は一朝一夕で身に付くものではない。

 ならばどうするか。ボール自体の軌道を変えられなくても、打つ人間のフォームを崩してやればいい。前に立って視界を塞ぎ、タイミングを合わせてジャンプすることで威圧感を与える。

 シュート成功率が五パーセントでも十パーセントでも落ちれば、それが敵の点数を抑えることに繋がる。

 

「タイミングを合わせて、ジャンプ……!」

()()()()()()()()()。……なら、仕方ないね」

 

 一瞬、審判である俺を見て微笑む葵。

 どこか申し訳なさそうに、それでいて楽しそうにコートの床を踏み切る彼女。

 

「あ……っ!?」

 

 俺は、葵のシュートを見てきた回数なら世界一だ。

 だからわかった。一見、通常のシュートと変わらないようフォームが、ほんの少しだけ後ろに傾いていたことを。それは次の瞬間には具体的な違いとして現れたのだが。

 

 後ろ跳びの(フェイダウェイ)ジャンプシュート。

 

 敢えてゴールからの距離を離し、自分よりも高い愛莉ちゃんのブロックを飛び越え、ボールがゴールへと飛び込んでいく。

 4-4。

 中三の時、桐原中女子バスケ部を公式戦初勝利に導いた武器が、小学生の女の子達を追い詰めるために用いられた。

 

 

 

 

 

「……嘘。あんなのトモでも止められないでしょ」

「……っ」

 

 紗季ちゃんがこぼした言葉に、智花ちゃんが唇を噛む。

 仕方ない。

 身長が違う。あのシュートは、葵が『自分より高い相手』用に身に付けた技。葵よりずっと背の低い今の智花ちゃんが止めるのはほぼ不可能。

 本人が納得できるかはまた別の話だけど。

 

「まだまだ行くよ」

 

 

 

 

 

 葵の宣言は現実のものとなった。

 葵達は智花ちゃんのドリブルが始まった途端――すぐさま慧心女バス側のコートに乗り込んでプレスディフェンスを仕掛けた。

 そうして圧力をかけ、パスコースを塞ぎ、ボールを奪ったらそのまま攻撃に持ち込む。

 こうなったらもう、エースは止まらない。

 再びのフェイダウェイシュートがネットを揺らし、ついに逆転。

 スコアは4-6となった。

 

「駄目っ! 絶対、負けられない……っ!」

 

 敵方に傾いたスコアを戻したのは智花ちゃんの執念。

 ジャンプシュートにはジャンプシュートを。

 そんな言葉が聞こえてきそうな、鬼気迫る表情で放たれたシュートが見事決まって、同点の6-6。

 

「……撃ち合いだね。いいよ、乗ってあげる」

 

 唇の端を吊り上げた葵に、智花ちゃんは答えなかった。

 俺は見た。

 さっき、葵が、智花ちゃんに対するディフェンスを僅かに緩めたのを。それは彼女なりの手心だったのか。プレスディフェンスからの速攻を決めるためにスタミナを温存したのか、本当のところは分からないが。

 

 試合はエース同士のシュート合戦となり。

 8-8。

 葵と智花ちゃんが一度ずつ、失敗することなくシュートを決めたことで、次のゴールで勝負が決まることが確定する。

 

 

 

 

 

「行くよ」

「……っ」

 

 葵のドリブルが始まった時、智花ちゃんは泣きそうな顔をしていた。

 それでも必死で追いすがり、ボールを奪おうと手を伸ばす彼女に対し、

 

「ごめんね」

 

 持てる手管を駆使して抜き去る葵。

 

「ちくしょー! 通せよこのー!」

「ごめんねぇ」

「……っ、止めないと、行けないのに……!」

「あちし達も仕事しとかねーといけねーんだ」

 

 真帆ちゃんと紗季ちゃんが多恵とさつきに阻まれ。

 ディフェンスに回ろうとしたひなたちゃんの横を疾風の如く葵が駆け抜けて。

 

 ――幾度目かの対決。

 

 ゴール前に立った愛莉ちゃんは震えていた。

 彼女には何の落ち度もない。

 単に葵が思った以上に本気だったことと、俺が先生として未熟すぎただけ。結果として一本も止められていないことを責める者など誰もいない。

 それでも、彼女は立っていた。

 

 誰もが理解していた。

 最後の希望を。

 

 ここでもし、葵のシュートが外れれば、智花ちゃんが決めるチャンスを得る。

 ここで止められれば。

 

 愛莉ちゃんが、止めれば。

 

「……うう」

「……怖い?」

「っ」

 

 びくんと肩を震わせ、愛莉ちゃんが葵を見る。

 どういうつもりか、葵は至近で対峙したまま愛莉ちゃんを見つめていた。

 

「このシュートで全てが決まる。止められなければ、終わり。怖いよね」

「………」

「友達の頑張りも、教えてくれた人達にも、申し訳ないよね」

「……ぁ」

 

 愛莉ちゃんが視線を動かす。

 昴を、みんなを、俺を見た。

 大事な場面で何を。フェイントの一環だったらどうするのか、と言うべきなのかもしれない。

 

 それでも、俺は微笑んでいた。

 

「……がんばれ」

 

 小さく唇を震わせて囁く。

 

「……んっ」

 

 声は聞こえなかっただろう。

 見えてすらいなかったかもしれない。

 それでも、愛莉ちゃんは何かに頷いて――葵に向き直った。

 その時にはもう、震えは止まっていた。

 

 二人がほぼ同時に跳躍する。

 高い。

 

「くっ……!?」

 

 葵が歯噛みし、ほんのかすかに手を震わせて、シュートを放った。

 愛莉ちゃんの指はボールに触れない。

 ボールは放物線を描いて飛び、リングに弾かれて。

 

「ありがとう、愛莉。……大好き」

 

 飛び込んできた智花ちゃんの手に収まった。

 

「ひなたっ!」

「おー。ともか、お返し」

 

 いったんひなたちゃんに託したボールを、最速で切り返した智花ちゃんが再度受け取り。

 

「う、マークされちゃうか。参ったな」

「駄目。葵さんは、私が止めなきゃ……駄目っ!」

 

 ほんの一秒程度。

 抜かれるまでの時間は僅かだったが、愛莉ちゃんによって阻まれた葵はブロックに間に合わず。

 

「いっけええええええっ!!」

 

 下手したら妨害行為なんじゃないかという昴の声をバックに――試合が、終わった。

 

「そこまで! 勝者、慧心学園女バスチーム!」

 

 事態を把握する一瞬の間を置いて。

 子供達の歓声が一斉に巻き起こった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……申し訳ありません。わたくし、見誤っておりました」

「あはは……。葵は誤解されやすいんですよね」

「いえ。鶴見さまのことを、です」

 

 落ち着いた声音の久井奈さんに言われ、俺はうっと呻いた。

 

「……昨日の失言は忘れてください」

 

 そのせいであんまり眠れなかったんですから。

 

「では、お尋ねになったことも冗談ということで?」

「あ、えっと……それは本気なんですけど」

 

 嘘を言うのも憚れてそう答えれば、久井奈さんがくすりと笑った。

 目を細めて俺を見る仕草は僅かに嗜虐的で、かわらうような色があってぞくぞくする――じゃなくて、少しは気を許してもらえたのかと嬉しくなった。

 

 コートから場所を移してプールサイド。

 

 休憩中の俺の目には、子供達にもみくちゃにされる昴と葵、それからもみくちゃにする側に回っているさつき達の姿が見えていた。

 試合の後、葵は熱くなりすぎたことを詫び、今日は遊びにとことん付き合うことを宣言。

 殆ど休む間もなく振り回されているのはご愁傷様ではあるものの、おかげで変な確執は残らなくて済みそうだ。気づいたら接戦になってた、本当はもう少し余裕持って負けるつもりだったらしいので、ちょっとくらい苦労してくれてもいいと思う。

 

「鶴見さま。よろしければこちらをどうぞ」

 

 と、久井奈さんが差し出したのは小さなカード。

 

「わたくしの連絡先です。今後、使うこともありそうですし」

「え……その、いいんですか?」

 

 自分で言うのもなんだけど変人では。

 尋ねれば「ええ」と久井奈さんは頷いて。

 

「紛失された場合、次はありませんが」

「え」

 

 直後。

 

「るーみん! 休憩終わりー! こっち来てあそぼーよ!」

「つるみん、隠居するにはまだ早いよぉ!」

 

 真帆ちゃんと多恵、二人の放った水鉄砲が直撃し――俺はくすくす笑う久井奈さんの横でひどく狼狽することになったのだった。

 

「えへへ、翔子さんっ。一緒に遊びましょうっ」

「あの、鶴見、さん。お時間あったら後でバスケを……っ」

 

 愛莉ちゃんや智花ちゃん、他の子の声まで飛んできて、俺は苦笑しそうになった顔を微笑みに変えて頷いた。

 

「うん、今行くね」

 

 どうやら、今日は部活並みにハードな一日になりそうである。

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