ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「にゃはは。みんな、わりーけど、ちょっと抜けさせてくれ」
夏休みに入ったばかりの七月二十三日、土曜日。
慧心学園女子バスケットボール部五名にコーチの長谷川昴、付き添いの荻山葵と俺、鶴見翔子、お目付け役の久井奈聖さん、美星姐さんの計九名は山でのキャンプ+合宿という一大イベントのため、県校外へとマイクロバスで出発した。
少しでも景色を楽しむために一般道を走り、途中でパーキングへ寄るためだけに高速へ乗る――というプランは非効率極まりなかったものの、主役である愛莉ちゃん達のはしゃぐ声を聞かされては文句を言う気にならない。
というか、俺自身も割とわくわくしていた。
だって、完全に遠足のノリなのである。思えば、こういうのって小学生の時が一番楽しかった。
中高と進むにつれて「ダルイ」「めんどい」と盛り下げるのが増えるし、慣れも出てきてさほど興奮できなくなる。
だから、みんなの純真な反応はとても嬉しい。
思い切って着てきた白ワンピと麦わら帽子もあんまり浮いてないし。
昴からは「気合入れすぎじゃないか」と言われたけど、子供達からは「可愛い」と好評だった。そう、可愛ければいいのだ。
スカートの丈は短めで、あんまり広がらないタイプだから、見た目ほどは動きづらくもない。
――で。
冒頭に話を戻そう。
ドライバーである美星姐さんが唐突に宣言したのは、パーキングエリアでの昼食を終え、いざ出発という時のことだった。
子供達がおしゃべりに興じる中、さっさと牛肉串×2とホットドッグ、たいやきを完食した姐さんは一人トイレに籠もっていたのだが。
なかなか戻ってこないのを心配した久井奈さんが様子を見に行き、俺達は先にバスへ戻っていたところ、二人してひょっこりと帰ってきた。
顔色はそんなに悪く見えない。
ただ、今思えば、食事の量がいつもよりだいぶ少なかった気もする。
「……何だよ? 悪いものでも食ったのか?」
眉を顰め、心配を隠しながら昴が問えば、姐さんは苦笑してみせる。
「いやー、それがさ。トイレ行っても腹痛が治らん。一応、病院行って来ようかと」
「それって、なにかの病気なんじゃ……?」
ちょっと腹が痛い程度なら盲腸とかじゃないだろうけど、でもそこは美星姐さん。逆に多少の痛みなら「気のせいだろ」でスルーしてしまうかもしれない。
そんな彼女がわざわざ、このタイミングで病院行きを決めるとは。
「えー! だいじょーぶなのかみーたん!?」
大きな声を上げた真帆ちゃんを筆頭に、子供達も心配そうな表情を見せるも。
「大丈夫だって。念のために診てもらうだけだし。車の運転なら聖に代わってもらうことになったから」
「はい。お任せください、みー……篁先生」
「にゃはは、みーたん先生でいいって」
一礼した久井奈さんが呼び名で言いよどむと、姐さんはきさくに笑ってみせる。
「そんなに大事じゃないのね。良かった」
葵がほっと胸をなでおろしたのを皮切りに、バス内の空気が弛緩する。
実際は言うほど楽観できる状況じゃないんだろうけど。
「一人で大丈夫ですか? 私、付いていっても……」
久井奈さんが同行してくれていたのはラッキーだが、ドライバーを代行する以上、彼女が美星姐さんを病院に送り届けることはできない。
タクシーでも呼ぶにせよ、付き添いが居た方がいいだろう。
となれば、この場で最も部外者に近い俺が、
「心配すんなって翔子。お前にゃ昴が変なことしないか見届ける義務がある」
「おい、待て。変なことってなんだ」
「自分の胸に聞いてみやがれ。ま、そんなわけだから後よろしく。治ったら後から追いかけるから適当にやってくれ」
言うが早いかバスを降りてしまう美星姐さん。
何を言っても聞いてくれそうにないな、これは。
俺は息を吐き、努めて明るい声を出した。
「……しょうがない。昴を放っておくのも不安だし、行こっか」
「……翔子まで俺を性犯罪者に仕立てる気か」
「違うよ。ご飯とか、久井奈さんや愛莉ちゃん達に任せっきりにしそうだもの」
「うっ……」
昴が呻き、それ以上何も言わなくなった。
彼もやろうと思えばできるはずだが、母親があの七夕さんである。黙っててもご飯を出してくれるし、いざ昴が作るとなってもあれこれ世話を焼くに決まっている。
結果、実績はほぼゼロのはず。
「……そうね。篁先生のことは心配だけど、いつまでもここにいても仕方ないわ」
話の流れに紗季ちゃんが乗っかってくれ、みんなも次々に同意する。
「そうだね。篁先生ならきっと大丈夫だよ」
「……うん。いっしょに行けないのは、残念だけど」
「おー。みほしもきっとすぐ来てくれる」
これを受け、昴が号令を出した。
「……よし、出発しよう。遅れたら先方に申し訳ないし」
「おー!」
こうして俺達は再び出発。
なお、美星姐さんの病気についてはガチで盲腸と発覚するのだが、それはまた別のお話。山中でぶっ倒れる前に代わっておいて良かったというか、途中まで運転できただけでも驚異的すぎる。
あの人の内蔵、チタンか何かでできているんじゃないだろうか。
☆ ☆ ☆
「わぁ……!」
幾人かの上げた歓声が重なってバス内に響いた。
私立硯谷女学園。山の中とは聞いていたものの、敷地は当前ながら開かれており、舗装された道がまだ新しいゲートの奥へと続いていた。
無事、マイクロバスは駐車場へ停め、アスファルトの床に足を下ろすとゲートを振り返る。
近くに見えるのは受付らしき建物。
全面ガラス張りの近代的なそれからは美しく清潔感のある印象を受けた。さすが女子校。あの建物を見て心を奪われる見学者もきっといるだろう。
山の中のスポーツ特化校、という字面から受ける修行場のようなイメージとは程遠い。
「とりあえず、荷物は後でいいかな」
「ええ、それがよろしいかと。……練習に必要なものがございましたら、それだけご用意くださいませ」
俺の声に久井奈さんが答えてくれる。
この後の予定は硯谷の顧問に出迎えてもらい、キャンプ場に案内してもらった後で先方のバスケ部に合流、挨拶の後で合同練習。
約束の時間は既に近づいており、本格的な荷下ろしを始めてしまうと遅れてしまいそうだ。
みんなこの流れは予期していたようで、手荷物に着替え等を用意しており問題なし。
……正確に言うと真帆ちゃんは久井奈さんと紗季ちゃんから甲斐甲斐しく世話を焼かれていたけど。
リュックやショルダーバッグを手に受付に向かえば、そこで一人の女性が待っていた。
ストレートの髪をバレッタで纏めた理知的な女性。推定で久井奈さんと同じくらい、二十代中盤といった感じで、シックなスーツ姿が「できる女」を演出している。
一言付け加えるなら、久井奈さんと違い「きつそう」という印象が強く来るのが玉に瑕か。
「初めまして。初等部女子バスケットボール部の顧問の方でいらっしゃいますか?」
「ええ。そちらは――慧心学園女子バスケットボール部の皆様で間違いないでしょうか」
冷たい、とも取れる冷静な声。
愛莉ちゃんがびくっと身を震わせるのを見て、そっと肩に手を置いてあげる。震えはそれで止まってくれたものの、顧問さんの視線が俺と葵、昴に向けられた。
意訳するなら「誰だよこの高校生達」といったところか。
ただ、久井奈さんも一歩も引かない。
美星姐さんから預かった書類を差し出すと、静かに話を続けてみせた。
「はい。ただ……申し訳ありません。顧問が急病でして、わたくしは代理の久井奈聖と申します。慧心学園女子バスケットボール部全五名と――お手伝いをお願いしている七芝高校の生徒さんたち。あらかじめお送りしたリストから一名減となりますが、メンバーに相違はございません」
意訳するなら「誰だも何も、事前に言ってあったよね?」といったところか。
「……はい、確かに。私は顧問の野火止初恵と申します。遠いところ、ようこそいらっしゃいました」
あまり表情は歓迎しているように見えないものの、挨拶はスムーズに進んだ。
顧問――野火止先生に続いて俺達が一人ずつ名乗り、それが終わるとキャンプ場へ案内してもらう段になった。
受付横のゲートを通って敷地内に入り、奥にあった淡い色合いの校舎を横目に歩く。とりどりのユニフォームに身を包んだ女の子達とすれ違い、その度に会釈をしながら、徐々に校舎から離れた方向、人気のない木立ちの中へと入っていく。
……前言撤回。割と修行場っぽいかも。
木立ち、というかちょっとした森に入って一分ほど進むと、再び視界が開けた。
野原だ。
元は何のためなのか不明だが、俺達がテントを張ってキャンプをするには十分なスペースに、ポリタンクや炭といった品が無造作に置かれている。
かさばる品は貸与可能と言われていたが、うん、これは有難い。
「こちらになります。……表のゲートは十八時以降、基本的に開けられなくなりますので、荷物を運び込むのでしたらお早めにお願いします」
「ご配慮、感謝いたします」
その他、トイレの場所や入浴について等、こまごましたことを説明される。
事前に交渉した結果、
男子というか昴はまあ、うん。ここ女子校だからどうにもならなかった。
女子とかち合わなければいいだろう、というのは理屈の上の話で、思春期の女の子には「同じところを男が使う」だけで嫌だと思う子もいるのだ。
「では、続いて体育館にご案内しますが――」
「わたくしは今のうちに荷物を下ろして参ります。皆様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか」
「わかりました」
久井奈さんの提案に野火止先生が頷く。
マイクロバスから荷物を運び込めるのは十八時まで。練習に参加してからだと時間的にタイトすぎるので、ここで準備しておくべきだろう。
「じゃあ、私も手伝います」
ならばと、俺はそうみんなに向けて表明したのだった。
☆ ☆ ☆
「……よろしかったのですか? バスケットボール、楽しみにされていたのでは?」
「大丈夫です。合宿は始まったばかりですし」
小学生に交じって自分の練習するわけにもいかない。
全員に面が割れなくてもさほど問題はないだろうし、明日からしれっと参加すればいい。
愛莉ちゃん達の実力については葵の方がまだ知っているので、昴のサポートはばっちりしてくれるはずだ。
「それに、あの二人はもうちょっと二人っきりになるべきなんです」
「なるほど。……るーみんさまは縁の下の力持ちなのですね」
テントの入った袋を二人で運びながら、久井奈さんがくすりと笑った。
「あはは、そうですね。地味な手伝いくらいしかできないので」
「そんなことはございません。とても素敵なことだと思います。メイドという仕事も似たようなところがありますから」
「お仕事、楽しいですか?」
「ええ、もちろん」
きっぱりと答える久井奈さん。
三沢家に仕え、真帆ちゃん専属で働いているという彼女。週休二日取れているのかとか、給料はいくらなのかとか、色々考え始めると「激務」という結論にしかたどり着けないのだけれど、多分大学出てからこの職に応募したと思われる。
好きでなければ務まらないし、嫌いならメイドさんなんかしていないだろう。
「……いいですね、そういうの」
「あら。るーみんさまでしたら、メイドも務まるかもしれませんね。今晩からお料理の腕も見せて頂きたいところです」
「真帆ちゃんのところのメイドさんなんて、東大受かるより難しそうですけど……」
「そこは特訓あるのみです」
「なるほど。将来のことも、そろそろ考えないとですね」
メイドさんも、母親の跡を継ぐよりはずっと性に合っていそうだ。
たまに入ってくる情報だけで、今の将棋界はやばいことになっている。最年少竜王だの浪速の白雪姫だの、どこのラノベだっていう人材がゴロゴロしているのである。
五歳で駒の動かし方を完全に把握した! ってベタ褒めされた時にいい気にならなくて本当に良かった。
本格的に将棋やらなかった理由は着物着たくなかったからだけど。
「……これで、だいたい完了ですね」
「ありがとうございました、るーみんさま。お陰で捗りました」
「いいえ。体力はあるのでどんどん使ってください」
マイクロバスとキャンプ場を何度か往復して。
食堂の調理場にある冷蔵庫を一部貸してもらえることで、持ってきた食材を置かせてもらい。二人がかりでテントを設営し、近くの水場から水を汲んで運び。
真帆ちゃん達の仕事をちょっと奪いすぎたかも、というレベルでキャンプの準備が完了した。
「じゃあ、ご飯の支度くらいは」
「はい。皆様にお任せいたしましょう」
俺達は顔を見合わせ、程なく戻ってくるであろうみんなを想い微笑みあった。