ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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4th stage 翔子、小学生と合宿に行く(5)

 変化が訪れたのは、三日目の昼休みのことだった。

 

 昼食を済ませた後、一人で体育館へと歩いていたタイミング。

 後ろから追いかけてくる足音と声がひとつ。

 

「ちょっと、いい加減にしてよね!!」

 

 振り返った俺は瞬きをした。

 

 長い髪を大きなリボンで纏めた女の子が、こちらに指を突き付けてきている。

 

 硯谷の六年生。確か、名前は藍田(あいだ)未有(みゆ)ちゃん。

 現チームのキャプテンを務めている子だ。

 

「うちの五年に余計なこと吹きこんで! 邪魔、そして迷惑……っ! 硯谷の練習を勝手に壊すな!」

「えっと……それは、みんなにバスケを教えてること?」

 

 微笑んで尋ねると、未有ちゃんの目がきっと鋭くなった。

 

「他にないでしょ? 不遜そして卑怯! うちにはうちのメニューがあるのに……!」

 

 俺や昴、葵によるアドバイス作戦は今日も捗っている。

 愛莉ちゃん達はもちろん硯谷の五年生にも好評で、聞きたいという子は増える一方だ。

 

 ただし、聞いた話によれば、硯谷ではあまり行われないやり方らしい。

 トレーナーや教員が作ったメニューを欠かさずこなすのが基本で、個人特訓も非推奨。麻奈佳先輩が初等部を指導していることさえ例外的なものだそう。

 であれば、メニューを崩すべきでないと思うのも自然。

 今の時期は大会を控えているため、レギュラーなら猶更だろう。

 

「でも、こっちの練習はお任せされてるの」

 

 わかった上で、俺はあくまで自分の理を解く。

 

「私達はプロじゃないけど現役だから、教えてあげられることもあると思うんだ」

「は? ……ぷくく、なにそれ。そんなものあるわけないじゃん」

「それは、どうして?」

「あんたたち七芝高校でしょ? 硯谷より弱い学校の癖に何威張ってんの?」

 

 侮蔑の笑みで俺を見る未有ちゃん。

 確かに七芝は決して強くない。優勝常連の硯谷よりは格下だ。

 俺が麻奈佳先輩に勝てないのもおそらく事実。

 でも、ちょっと苛々した。

 

「………」

「ほら言い返せない。わかったらさっさとごめんなさいして考えを改め――」

「じゃあ、試してみる?」

「は?」

 

 黙らせれば勝ちとでも思っていたのか。

 得意げに言い募っていた少女は俺の提案にぽかんと口を開け、気の抜けた声を上げた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 想像になるけれど。

 未有ちゃんが俺のところに来たのは、六年生からも希望者が出たからだろう。

 俺達のアドバイスを聞いてみたい、と。

 実際、練習中にこちらを気にしてる子がいた。多分、未有ちゃんはそれが気に入らなかったのだ。五年生までならギリギリ我慢できたけど、レギュラーまでとなると試合に影響しかねない。

 勝ちたいから見過ごせなかった。それはわかる。

 

 でも、こっちだって教える以上は真剣にやっている。

 だから。

 

「決闘!?」

 

 体育館の一角にて対峙した俺と未有ちゃん。

 話を聞いた麻奈佳先輩、昴と葵は揃って声を上げた。

 

「未有、何考えてんの!?」

 

 先輩の問いかけに未有ちゃんが硬い声で答える。

 

「休憩時間の間に終わらせますから、迷惑はかけません」

「……翔子ちゃん」

「……何でいきなりそういう話になったんだ」

「……まったくもう、何やってんのよ翔子」

「ごめんなさい。……七芝の女バスを、先輩や仲間達を馬鹿にされたら黙っていられませんでした」

 

 申し訳ないと思いながら、俺は小さく頭を下げた。

 足を動かさないのは譲れないから。

 麻奈佳先輩がもう一度未有ちゃんを見た。

 

「未有、そんなこと言ったの?」

「未有は本当のことを言っただけです。そしたらその女が『試してみる?』って言うから……」

 

 七芝と硯谷に差があるか、勝負して確かめることになった。

 意義ある勝負かといえば答えはノー。

 高校生vs小学生の個人戦では何の検証にもなりはしない。それでも未有ちゃんが応じた以上、この勝敗には絶対的意味がある。

 

 ――ちらりと、野火止先生を窺う。

 

 クールな美貌には迷惑そうな表情が浮かんでいた。

 しかし、ため息と共に示されたのは消極的な了承。

 

「午後の練習に支障が出ないなら構いません。ただし、時間内に済ませること」

「っ! やった……もちろんです!」

「……ありがとうございます」

 

 もう一度頭を下げる。

 昴達には苦笑を浮かべて一言。

 

「全力でやるから安心して」

「まあ、やるからには全力だろうけど……」

「いやいや、小学生相手に本気出すんじゃないわよ!」

 

 俺達のボケツッコミに未有ちゃんは取り合わない。

 ふんと鼻を鳴らして胸を張ってみせた。

 

「笑止、そして論外。ただのデカブツにこの未有が負けるわけないでしょ」

 

 凄い自信だ。

 だけど、彼女には自信を裏打ちする実力がある。

 身長はむしろ低めなのに、名門硯谷でキャプテンをしている少女。

 小学生とはいえ侮ってはいけない。

 

「ハーフコートで五本先取。先攻は未有ちゃんにあげる。……それでいいかな?」

「いいわ。力の差ってやつを見せてあげる」

 

 オフェンスの未有ちゃんとディフェンスの俺。睨み合い、合図と共に動き出して――。

 審判役の麻奈佳先輩が見守る中、激突した。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 がこん、と。

 五点目となるボールを俺はリングへ()()()()()

 

「うわっ! ダンクだよ!?」

「藍田先輩だって止めようとしてたのに……止まらなかった!」

 

 観戦していた硯谷の子達が歓声を上げる。

 麻奈佳先輩は呆れ笑いで、ごめんなさいと言いたくなった。ミニバスルールに合わせたゴールなら俺や昴は余裕でダンクできる。ボールを持ったままゴールに運ばれたら止められるわけがない。

 

 一応、ダンクしたのは今の一本だけだけど。

 

 ロングシュート二本にフェイダウェイ、レイアップ、とどめでダンク。

 小学生相手に無双とか大人気ないことこの上ない。

 

「……嘘、でしょ」

 

 沸く体育館内で、未有ちゃんだけは呆然としていた。

 最終スコアは二対五。

 負けると思っていなかったのならショックのはずだ。

 立ち尽くす少女を見た麻奈佳先輩がそっと近づき、

 

「未有」

「認めない認めない認めないっ! 未有が負けるなんて、絶対認めない……っ!」

 

 きっ、と鋭い視線が俺を射貫く。

 不屈。

 高いプライドが、さっきのでは優劣を決められないと訴えたらしい。

 だけど勝ちは勝ち。

 認めてもらわなければならないと、俺は口を開いて。

 

「無理よ。あんたがそいつに勝てるわけない」

 

 俺が何か言う前に、意外な声が未有ちゃんを制した。

 

「才能の問題じゃない。……他のプレーヤーをけなすような奴じゃ、鶴見翔子には絶対勝てない」

「祥」

 

 いつから来ていたのか。

 制服姿で近寄ってきた彼女は俺を見て唇の端を吊り上げ――。

 

「もしかして暇なの?」

「うるさい。夏休みだって言ってるでしょうが」

 

 真っ赤になって俺を睨みつけてきた。

 格好いいのに格好悪い。

 完全に俺のせいだけど、なんだかグダグダである。

 

 ふう、と息を吐いた麻奈佳先輩が気を取り直したように口を開いて。

 

「未有。謝りなさい」

「え?」

「あんたが貶した七芝の皆さんに、ちゃんと『ごめんなさい』って言いなさい。でないと今後、練習には参加させない」

「!?」

 

 ありがたい話だった。

 信じられないと目を見開いた未有ちゃんには酷な話だっただろうけど。

 助けを求めるように視線を向けた野火止先生が何も言わないのを見て、諦めたようにがっくりと肩を落とした。

 

「……ごめんなさい」

 

 渋々といった様子ではあったけれど。

 確かに謝ってくれた彼女に、俺はにっこりと微笑みを返した。

 

「ありがとう。……それから、ごめんなさい。大人気ないことしちゃって」

 

 でもねと続けて。

 

「私はただ、伝えたかったんだよ。私達の経験だって無駄じゃないってこと。私達が本気で、みんなと仲良くしたいと思ってるってこと」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 未有ちゃんは午後の練習を休んだ。

 疲れたからではもちろんなく、気持ちの整理がついていないからだろう。

 

「うーん、レギュラーが欠けちゃったか。困った」

 

 キャプテンがいないのでは試合想定の調整はちょっとやりづらい。

 麻奈佳先輩が腕組みして悩むそぶりを見せると、六年生の一人が提案した。

 

「あの……慧心さん達と一緒に練習できませんか?」

「俺達としては是非お願いしたいですけど……」

「んー。私としても『もちろん』と言いたいんだけど」

 

 昴や麻奈佳先輩が揃って窺えば、野火止先生は「好きにしなさい」と答えた。

 きゃあ、と上がる歓声。

 一方で、先生の表情は決して明るいものではなくて。

 昴と麻奈佳先輩が中心となって練習メニューを組み立て始めるとしばらくして、彼女はそっと体育館を後にしてしまったのだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 結論から言えば、野火止先生の態度は麻奈佳先輩との関係がぎくしゃくしたことが原因だったらしい。

 三日目の練習終了後。

 昴と葵、麻奈佳先輩が一緒に話をしに行ってわかったことだ。

 

 ――きっかけは先輩の怪我。

 

 妹に何かしてあげたいと思う気持ちが、姉に勝利を志向させた。

 妹は指導そのものを楽しんでおり、後輩にバスケの楽しさを伝えたいと思っていた。

 

 どちらも不器用故にうまく伝わらず、伝わらないせいで余計にぎくしゃくしてしまう。

 良くない悪循環が働いていたらしい。

 誤解がとけたことで野火止先生は麻奈佳先輩と和解、慧心との合同練習にレギュラーを出すと約束してくれたそうだ。

 その間、久井奈さんや愛莉ちゃん達とご飯を作っていた俺は「どうしてそうなった」という気分。

 

 なんというか、昴は時々、何の気なしにすごいことをやってのける。

 

「……私、いらないことしてかき回してただけですね」

「そんなことないよ。翔子ちゃんのお陰で未有は一皮剥けてくれると思う」

 

 夜に遊びに来た先輩がそう言ってくれたのがせめてもの救いだった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 試合の場に現れた未有ちゃんは昨日の午後、不参加だったことを謝罪した上で試合への参加を希望した。

 俺達に拒む理由はなく、もちろん快諾。

 

 ――待ちに待った試合は名勝負となった。

 

 紗季ちゃんをポイントガード、愛莉ちゃんをセンターに据えた慧心女バス。

 仲の良さに由来するパスワークと、智花ちゃんをフルに使えるポジショニング、日々鍛えてきた技術により、彼女達は決して硯谷にも引けを取らなかった。

 智花ちゃんの技術。愛莉ちゃんの高さ。真帆ちゃんと紗季ちゃんにもシューターとしての能力があるし、ひなたちゃんはいつの間にかトリックスターとしての才能を開花させていた。

 多彩な攻め手により着実に重なっていく点数。

 

 受けて立つ硯谷もまた、やはりいいチームだった。

 超小学生級と言っていい天才・藍田未有を中心に、堅実でストイックな四人が質の高いフォーメーションを作る。

 容易に切り崩すことは叶わず、また、攻撃においても非凡な能力を見せた。

 

 ポイントレースは若干、硯谷リード。

 時と共に点差は少しずつ開いていく。

 

 智香ちゃんと未有ちゃんの実力は互角。であればこれはチームとしての地力の差だろう。

 積み重ねてきた経験値が違う。

 昴も策を用いて差を埋めようとした。智香ちゃんもトップギアから更なるプレーを見せ、愛莉ちゃん達もそれに応えようとした。

 無理はスタミナの枯渇に繋がる。

 みんなも最後まで諦めずに食らいついていったけど──結果は覆らなかった。

 

 八点差。

 慧心女バスにとっては初めての敗北。

 だけど。

 

「……舐めてたわ、あんたたちのこと。またいつか、やりましょう」

 

 試合後、硯谷のキャプテン──未有ちゃんは慧心のエース、智香ちゃんに向けて手を差し出した。

 他のレギュラーの子達も、快勝に沸くというよりは安堵の表情。

 

「危なかったぁ……」

「未有が超絶好調じゃなかったら負けてたんじゃない?」

 

 だから。

 両校の間にギスギスしたものは生まれなかった。

 整列した彼女達は、

 

「ありがとうございました!」

 

 揃って元気よく、お互いに頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 発つ鳥後を濁さず。

 暗くならないうちに帰るためには、後片付けや挨拶を慌ただしく済まさなければならなかった。

 手術を終えた美星姐さんも合流し、みんなで出発する。

 仲良くなった子達に向けて手を振る愛莉ちゃん達。

 俺もまた昴達と共に手を振ったが──正直に言えば、試合を見ている最中からずっと、集中できてはいなかった。

 それは、見送りに出てくれた人達の中にない、一人の人物のせい。

 

 不意にスマホが震え、ラインの着信を告げる。

 

『またね』

 

 彼女の強さに胸が痛んだ。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 昨日の夜。

 先輩が帰った後、話があると残った祥は森の中、二人きりで俺に向かい合った。

 ファッションの話を振っても生返事。

 何だろう、と俺は首を傾げながら、何気なく尋ねた。

 

「そういえば、諏訪とは連絡取ってるの?」

 

 返ってきたのはそっけない答え。

 

「取ってない」

「そうなの?」

「だってカズくん、彼女出来たし」

「な」

 

 初耳だった。

 

「知り合いの従姉妹と仲良くなったんだって。ラブラブらしいよ」

「あの諏訪が……? って、そうじゃなくて! 言ってくれれば!」

「どうして?」

「だって、愚痴くらい私でも付き合えるし……!」

「別にいいわよ」

 

 くすりと。

 楽しそうに、本当に楽しそうに祥は笑った。

 

「俺とか言ってた子が女の子らしくなっちゃって」

「そ、その話は今いいでしょ」

「カズくんの話の方がどうでもいいわよ」

「……祥?」

 

 様子がおかしい。

 失恋のショックかと思いきや、むしろさっぱりし過ぎている。

 あれだけ諏訪のことを好きだったのに、

 

「私が好きなのは別の人だから」

「……え?」

 

 風が吹いた。

 向かい合った彼女は、真っ赤な顔をしていた。

 驚きから思考を止めた俺はそれをただ見た。

 

「鶴見翔子さん。好きです。ずっと好きでした。……私じゃ、駄目ですか?」

 

 不遜なほど落ち着いた親友はどこにもおらず。

 ただ、恋する乙女だけがそこにいた。

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