ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
‐葵日記 8月8日(月)‐
翔子に告白された。
こんなことになるなんて考えたこともなかった。
……ううん、違うか。
私はたぶん、あの子の優しさに甘えてたんだ。親友だからって目を逸らして、あの子が本当はどう思っているのか考えようともしてなかった。
遠ざかっていく翔子の背中を私は追いかけられなかった。
女の子同士だから気持ち悪いとかそういうわけじゃない。
むしろ、翔子とならきっと大丈夫だったと思う。
でも、翔子は昴じゃない。
だから断った。
言ってしまえばそれだけ。そんなの、翔子にどうしろっていうんだろう。ひどい振り方。泣かせたと思う。翔子は顔を背けるまで、私から姿が見えなくなるまで、泣き顔を見せなかったけど。
……そう思ったら私まで涙が出てきた。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
涙が枯れて、落ち着いてから考えてみたら答えは簡単だった。
私と昴のことを一番応援してくれていたのは翔子。
バレンタインは毎年あの子とチョコを作ってた。
私の気持ちを知らなかったわけがない。
……私のためだ。
いつまでもウジウジしてはっきりしない私の背中を押すため。
それだけのために、翔子は。
だったら、もう誤魔化してなんかいられない。
私は、昴に告白する。
☆ ☆ ☆
「真帆さま、つかぬことをお伺いしますが」
「ほえ?」
久井奈聖が声をかけると、彼女の主――三沢真帆は可愛らしい声と共に振り返った。
ポーズされたゲーム画面に一抹の申し訳なさを感じつつ聖は尋ねる。
「最近、るーみんさまとお会いになられましたか?」
「るーみんと? スズリダニに合宿行ってから会ってないけど、どーして?」
「いえ、少し元気がないご様子でしたので。ありがとうございます」
返事を聞いた真帆は「ふーん……?」と首を傾げてゲームに戻った。
武者鎧を纏った武将がばったばったと敵兵を切り倒す。
こうしてゲームをしている時は真帆も比較的大人しい。
とても悪戯好きで、かつ最近はバスケに夢中な彼女がインドアな遊びに興じているのは珍しいが、それは女バスの活動が約一週間お休みになっているからだ。何しろ合宿と称して山へ行き海へ行きしていたわけで、少しくらい休まないとオーバーワークだ。
ちなみに、どっちにも付いていった聖は今日も休みなく働いているのだが。
(……立ち直れていればいいのですけれど)
考えるのは鶴見翔子という少女のことだった。
出会ったのはつい最近。
顔を合わせた回数も数えるほどだが、初対面のインパクトもあって印象に残っていた。
(いきなり交際相手のことを聞かれましたものね)
くすりと声が漏れる。
下世話な興味ではない熱の籠もった視線。それでいて柔らかく自然体な態度。
真帆のコーチである昴と幼馴染の葵が衝突した時には両者の間を取り持とうと努めていた。香椎愛莉とも面識があったようで、子供たちともすぐに打ち解けていた。
補正された後の印象は苦労人。
しかも、好きで苦労をしょいこんでいるあたりどうしようもない。メイドをしている聖が親近感を覚えるには十分で、キャンプの際に作業を共にしているうちにその気持ちは大きくなった。
真帆の恩人の昴、その友人。
微妙な立場の少女を聖は己の知人に近い位置に置いている。
山の合宿三日目。
あの夜の涙とそのわけを聞いた今となっては放っておけない妹分のようにすら思える。
恋愛的な意味で好き、というわけではないけれど。
好意を向けられて嫌な気はしなかったし、鶴見翔子という少女の容姿は生理的な嫌悪感を抱かせない。
(お茶にでも誘ってみましょうか)
聖達、住み込みメイドには一人ずつ個室が与えられている。
三沢家基準では狭いものの一人暮らしのアパートなどよりはずっと上等。シフト上は休日でも突発的な仕事が入るのがたまにキズだが、翔子ならそれも喜んで手伝ってくれそうだ。
そうと決まれば後でメールをしておこう。
心に決めた聖は主からの声に驚かされることになる。
「ねーやんばる。何かいいことあった?」
知らず笑みを浮かべていたらしい。
仕方ないので、主に変に思われた恨みは次に会った時に晴らすことにした。
☆ ☆ ☆
「やっぱあの公園は埋まってたか。……残念」
「夏休みだしね。仕方ないでしょ」
海から帰った翌々日。
長谷川昴は荻山葵と共に自宅の門をくぐっていた。
慧心女バスの活動はしばしの休止中。休息や家族との団らんを楽しんでもらおうと涙を呑んでいた矢先のお誘いは昴にとっての都合のいいものだった。
相手が長年連れ添ってきた荻山葵となればなおのこと。
第一候補とした公園に先客がいるのを確認するや、すぐさま第二候補である自宅へとって返したのも、気心の知れた二人ならではである。
ただ。
ちょっと気になるのは葵の様子。
具体的にどことは言えないが、何かが違うような気がする。
表向き自然体を装っているだけに迂闊に触れることもできないが、そもそも、翔子や柿園、御庄寺、上原といった知人友人を誘わなかったのも不自然といえる。
後、強いて挙げるなら。
「……何よ?」
「いや、なんでもない」
なんというか、今日の葵はちょっとお洒落な気がする。
Tシャツにジーパンで済ませられる男子と違って色々大変なのは知っているし、葵も結構な衣装持ちではあるのだが、赤いリボンがワンポイントのブラウスに紺のショートパンツという組み合わせはあまり見たことがない気がする。
もう一人の幼馴染ならショートパンツではなくスカートを合わせるだろうが、葵にはこの一見アンバランスな組み合わせが似合っていて。
青少年としては「褒めた方がいいのか」なんていう悩みに襲われたりもする。
が、結局、気が付かない振りをすることにして。
自宅の庭にあるバスケットコートで練習を開始するのだった。
ただまあ、練習といっても半面あるかないかのスペースに二人きりでは出来ることも限られる。なので基本的には1on1、試合形式に近い真剣勝負を繰り返すこととなる。
これまで何度、繰り返したかわからない勝負。
小六からは翔子が加わることも多かったが、彼女は毎回来られるわけではなかった。対した経験は葵とのものが圧倒的に多く、故に互いの手の内は知り尽くしている。
けれど、否、だからこそ楽しい。
既知の手をただ出すだけでは通じないため、一工夫してから使わなければならない。似通った戦術二つに共通するムーブを用いて二択を迫ったり、初動を偽装することで判断を誤らせたり、あるいは新たに開発した新技を披露したり、敢えて使わずにいた技を忘れた頃に拾い上げたり。
「っ、ふふ!」
「あはっ!」
気づけば二人、どちらからともなく笑い合っていた。
楽しい。
時が経つのは早く、あっという間に昼になり、母――七夕の呼びかけで手製のパンケーキを平らげた後、当然のように対決を再開する。
いつまでやるか?
決まっている、それは相手が音をあげるまでだ。
「ね、昴。退屈してない?」
「するもんか。……お前となら、一生続けたって退屈しない」
長谷川昴は純粋で真っすぐな人間だ。
スポーツマンになるべくして生まれてきたような彼は、どうしても必要でない限り嘘を言わない。
故に誤解を生むことも多く、そのせいで葵から蹴りをもらうことも多々あったが、今回の言葉がそういった負の結果をもたらすことはなかった。
「……そっか」
葵は、昴と対峙しながら
はにかむような笑顔。
それに一瞬見惚れた昴は、少女のフェイントへの対処が遅れたことを知り、思考を瞬時にバスケモードへと引き戻す。
圧縮されたような時が二人の間を流れて。
気が付けば二人とも疲労困憊、息を荒げ芝生の上にへたり込んでいた。
空を見上げれば日が完全に落ちようとしている。
これは葵も夕飯を食べていくコースだなと思いつつ、昴は心地よい疲れを感じていた。
と。
「昴、笑ってる」
笑顔の葵がじっとこちらを見つめていた。
「葵こそ」
「あ、私もか。……しょうがないじゃない、楽しいんだから」
「ああ、そうだな」
そう。楽しい。
男と女。
成長するにつれ絶対的な「違い」が目につくようにはなったものの、昴と葵は変わらずにライバルであり続けていた。
どうしても発生する身体能力の差を、葵は持ち前の頭の良さでカバーしてくる。
通算戦績はほぼ互角で、故に昴は葵のことを心から尊敬している。
彼女こそ、彼にとってかけがえのない――。
「ね、昴」
「ん?」
問いは、これ以上ないほどに軽いもので。
だから昴も何の気なしに聞き返していた。
「ずっと、こんな風に、死ぬまで一緒にバスケしたいね」
「……ああ、そうだな」
ふっと笑って頷く。
「俺と葵なら大丈夫だろ。進学して、就職して、結婚とかするかもしれないけど――お前とバスケしなくなるなんて考えられないし」
「違うわよ、馬鹿」
馬鹿、と言う割に葵の声は優しかった。
昴が間違えたことを言うのは日常茶飯事。
蹴りでなくとも拳くらいは飛んでくるのが当然なのだが。
「すばるくん、葵ちゃん。そろそろばんごはん――」
「私はね。ずっとあんたの隣にいたいって言ってるの」
家の中から顔を出した七夕の明るい声を遮って。
葵が、夕陽が途絶えた夜闇の中、ほんのりと頬を染めて言う。
「あんたと一緒に、死ぬまで。それなら確実でしょ?」
「……それって」
ようやく、昴は気づいた。
先の失言で葵が怒っていれば、あるいは七夕の声で会話を中断していれば……いつもの通りのノリが続いていたのだろうが。
今日ばかりはそれでは許されなかった。
「うん」
微笑む葵の顔がたまらなく美しい。
思わず吸い込まれた昴は、その言葉を遂に聞いた。
「私は昴が好き。あんたと結婚して、子供を産んで――笑って死にたい。あんたさえ、良ければだけど」
昴は胸が高鳴るのを感じた。
ここまではっきり言われれば勘違いのしようもない。昴とて思春期の高校生。性欲はそれなりにあるし、色恋沙汰を全く解しないわけではない。
まさか、幼馴染が自分のことを。
冗談あるいはドッキリを疑う気持ちは持ち前の勘の良さで否定。この真剣さはそういったネタの介在を許してはいない。
考えてみる。
葵と、本当の意味で『一緒』の人生。
何か問題があるか?
もう一人が自分が問う声に答える。
無い。何一つ。
答えを出した昴は笑って答えた。
「わかった。俺で良ければ、よろしく。ええっと、末永く?」
「っ」
返答を聞いた葵がぱっと破顔し。
傍で聞いていた七夕が「お赤飯炊くべきかしら」などと言いだし。
「……まったくもう、締まらない返事よね」
言いながら、幼馴染だった少女の顔と身体が近づいてくる。
触れ合う唇と唇。
お互いの表情は、きっと七夕にも――わからなかっただろう。
智花達は祝福してくれるだろうか。
葵の腰にぎこちなく手を回しながら、昴はそんなことを考えた。
☆ ☆ ☆
「……つるみん?」
「翔子、だよな? 偽物とかじゃなくて」
何週間かぶりに会ったさつきと多恵は会うなりそんなことを言ってきて。
失礼じゃないかと頬を膨らませて二人を睨んでしまった。
「それは、どこか変ってこと?」
すると二人は顔を見合わせ。
なんだか微妙な表情を浮かべた後で言った。
「いや、変っていうか」
「雰囲気変わったからびっくりしたんだよぉ」
「……そんなに変わったかな?」
服もコーデも特別変えたつもりはない。
清楚系、ちょっと高めの身長をカバーしつつ露出少なめな感じ。
うん、大丈夫。ちゃんと可愛いはず。
頷いてにっこり微笑むと、多恵達の後ろでぽかんとしていた上原がずいっと身体を近づけてくる。
「鶴見。俺と付き合ってくれ」
「上原君、私じゃ興奮しないんじゃなかった?」
苦笑して問うと、彼は真面目な顔で首を振ってみせる。
「いや。今のお前ならイケる」
「それは喜んでいいのかなあ……」
「いや、駄目だろ」
「とりあえず墓地にでも送っておいた方がいいと思うよぉ」
「なんだお前ら、止め、心配しなくてもお前ら二人は性格的に無理……っておま、それは反そ……あーっ!?」
左右から腕を掴まれた上原が悲鳴を上げるのを、私はくすくすと笑って見つめた。
――うん、大丈夫。
失恋のショックは大きかったけど、ぐっすり眠ったら頭はすっきりしていた。
余計なもの全部流れていくほど大泣きしたお陰だろう。
色んなものが吹っ切れた。
葵への執着とか。
前世への未練とか。
もちろん葵のことは今でも好きだし、自分が転生してきたことを忘れるつもりはないけれど。
ようやく本当の意味で「鶴見翔子」になれた気がする。
長い長い、回り道にもほどがある道筋だったけど。
後悔しない、とだけはきっぱりと言える。
さて、ひとまずは。
「……あらためて、私の恋を始められたらいいなあ」
一人呟いて。
私は、上原をからかう多恵達に加勢すべく、
「つるみん! カズたんと付き合うくらいなら弊社と!」
「翔子! あちしに胸揉ませてくれ! 付き合わなくていいから!」
「二人ともうるさい。せっかく格好つけたのに締まらないじゃない……!」
軽やかに一歩を踏み出したのだった。
TS的な意味ではここが終着点になるかと思います。
この後は分岐end的なものか、その後の昴の奮闘を主に翔子視点で描写するか、ちょこちょこ投稿を考えております。