ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
ロウきゅーぶ以外のキャラが登場します。また、本編のストーリーには影響しないため、苦手&興味のない方はスルーしてください。
とある日曜日。
とくに予定がなかったので、朝のトレーニング後は家事に精を出した。母さんは将棋に熱中するとすぐに周りが見えなくなる。ちょくちょく手を入れておかないと家中が埃まみれになったりするのだ。
洗濯して掃除して、食材は昨日父さんが買ってきてくれたはずだから……と考えていると。
「翔子」
リビングの方から母さんの呼ぶ声がした。
「何、母さ……ん?」
歩いていった私は、いつの間にかお客さんが来ていたことを知る。
ベランダに出ている間か、掃除機をかけている間か。
瞬きをした後、挨拶が遅れたことを詫びようとして――気づく。
お客さんの姿が随分と
綺麗な黒髪に質のいい洋服(これも黒だった)を身に着けた女の子。
智花ちゃん達とあまり変わらないんだろう歳の彼女を、私は知っていた。
「夜叉神天衣ちゃ……先生!?」
「はじめまして。夜叉神天衣よ。よろしく」
ついちゃん付けしかけたのが気に障ったのか、天衣ちゃんはかすかに眉を顰めながら私に会釈する。
夜叉神天衣
小学生、最年少にして女流棋士の資格を得た天才少女。将棋を指してお金を貰っている、いわばプロだ。将棋業界でいうプロは別に区分があるんだけど、それはややこしいから置いておいて。
この子、ぶっちゃけ母さんより強い可能性あるんだよね……。
私の母、鶴見瑞穂もまた女流棋士である。
とはいえ一線級の若手や名うての女流と比べると一歩も二歩も引いてしまっているのが現状。まあぶっちゃけ上の人達が強すぎるだけなんだけど。
自分でお金を稼いでいるという意味で、彼女は私よりもずっと偉い。
女流棋士の娘ではあるが弟子ではない私は本来、天衣ちゃんを「先生」と呼ぶ必要はないんだけど、そこへ敬意を持っておくべきだろう。
私はその場で正座をすると彼女に頭を下げた。
「初めまして。鶴見瑞穂の娘、鶴見翔子と申します。以後お見知りおき下さい」
「ええ、いいわ。頭を上げなさい」
顔を上げた私は「ふふん」といった表情をしている天衣ちゃんを見た。
可愛い。
女王様然とした態度が品のある仕草とマッチしている。肌の隠れる服を好んでいること、長い黒髪がちゃんと手入れされていることなどもあって、この歳ながら美しいとさえ思う。
何を隠そう、私はこの子のファンだったりするのだけれど。
「今日はどうしてこちらに?」
天衣ちゃんの実家は神戸。
仕事の都合であちこち行ってはいるのだろうけど、マイナー女流棋士の家にわざわざ来るかな?
「私がお呼びしたのよ。あなたと指していただくために」
「何やってるの母さん」
たまに母さんの相手はするけど、私はアマチュアですらない一般人だ。
なんで自分じゃなくて私のために他の女流棋士を呼ぶのか。
「あなた今日は暇でしょう? なら少し付き合いなさい」
「そういえば、何度も予定確認されたなあ……」
遠い目になる私。
とはいえ呼んでしまったものはどうしようもない。
天衣ちゃんもこのまま帰るつもりはないようで、出されたお茶を飲み干すと椅子から立ち上がった。
「話が終わったのなら早速始めましょう。時間が勿体ないわ」
「わ、わかりました」
ちょっとって言ったけど、これ絶対一日がかりだよね。
返事をする表情が少しばかり引きつってしまったのは仕方ないのではなかろうか。
☆ ☆ ☆
鶴見家はちょっと広めの一軒家である。
特徴は母さんの職業柄、広めの和室が用意されていること。そこは主に母さんが将棋の研究に使っていて、後は気まぐれでお茶を点てたりしている。
私が母さんと指すのもそこで、天衣ちゃんとの対局も当然そこになった。
「行くわよ」
当たり前のように平手を命じられ、先手を貰った私は角の斜め前の歩を前に進めた。
後手の天衣ちゃんは平然と駒に手を伸ばし、母さん愛用のそこそこいい将棋盤に駒を打ち付けた。
「……角頭歩!?」
「どうしたの? あなたの番よ?」
黒い瞳がすっと射貫いてくる。
化け物級の女性棋士『浪速の白雪姫』相手に公式戦で使った戦法を私にって……これ虐めだったのかな?
天衣ちゃんが使った戦法はハメ技のようなもの。
使う方は使い方を知ってるけど、使われる方は普通そんなの研究していない――そんな想像の範囲外の手で撹乱し、相手に対応を間違わせるのが本領だ。
プロだって研究してないようなもの、私が慣れているわけがない。
一つ深呼吸。
知らないものはどうしようもないと割り切った私はさっさと動揺を追い出すと、とにかくできることをしようと次の駒を手にした。
序盤は淡々と素早く手が進んでいく。
けれど途中から、私は何度も手を止めて考えなければならなくなった。天衣ちゃんの手は変幻自在。指してきた対局数の違いが引き出しの多さに直結している。
持ち時間の十分はあっさりと使い切り、一分将棋になってからはギリギリまで考えることが続いた。
――強い。
感じたのはただただそれだけ。
本気は出していないだろう。角頭歩を選んだのは私の対応力を見るために違いない。以降の指し方にしてもところどころ挑発めいた手があった。
格が違う。
勝ち目などないに等しかった。でも、だからって勝負を投げることはできない。もう本当にどうしようもないというところまで指して、私は投了を宣言した。
「参りました」
正座したまま深く頭を下げる。
天衣ちゃんも同じようにしてくれた。所作の美しさは私も見習いたいくらいだった。
……うう、疲れた。
足を投げ出したら不格好だし、せめてちょっとストレッチを。
「じゃあ翔子。次は私と指しましょう」
「何言ってるの母さん……!?」
抗議は全く聞く耳持ってもらえなくて。
私は続けて母さんと指し、更にその後もう一回天衣ちゃんと指した。
もうその時には疲労困憊。
普段あまり使わない思考回路を使っているせいか神経が消耗するのである。
「どうですか、私の娘は」
「棋力は話にならないわね」
母さんに尋ねられた天衣ちゃんはあっさりと答える。うわ辛辣。
「勉強量と経験値が絶対的に足りてない。だから必要ないところで悩むし、変な手が多くなる。こんなんじゃ素人の趣味として指すのが精々でしょ」
「不勉強で申し訳ありません」
そりゃただの趣味だから……とは言わない。
言っても格好悪いだけだし、負けるのはやっぱり悔しいから。
天衣ちゃんはそんな私を見て「ふん」と鼻を鳴らすと付け加えた。
「悔しかったらマイナビで勝ち上れるくらい強くなってみなさい。そうしたら本気で相手してあげるから」
マイナビ。
天衣ちゃん自身が勝ち上がって女流棋士への道を作った大会だ。
この大会から女流棋士になる条件は、同じ夢を持った女性達を薙ぎ倒した上で最終的に「現行の女流棋士と指して勝利すること」。
ぶっちゃけ私なんかが挑戦できるところではない。
けれど。
「ありがとうございます、夜叉神先生」
「……は?」
「いえ、その。今のは激励していただけたのかな、と」
違っただろうか。
小首を傾げると、天衣ちゃんは何故か真っ赤になって顔を背けてしまった。
あれ、可愛い。
「好きに考えればいいじゃない。それと、これ」
「これは……」
手渡された紙片にはとある将棋アプリの名前と、天衣ちゃんのものであろうユーザーIDがあった。
フレンド登録していいということか。
紙を私に渡すだけ渡すと、天衣ちゃんは慌ただしく立ち上がった。そろそろ帰らないとまずいらしい。
母さんと二人で見送って一息つく。
気づけばお昼というにはちょっと遅すぎる時間になっている。
「……お腹空いた。何か作るね。ご飯っていうよりおやつの時間だからパンケーキとか……」
「翔子」
「なあに?」
「奨励会。入ってみる気はない?」
エプロンを身に着けていた私は一瞬硬直した。
「夜叉神先生を呼んだのはそのため?」
「そうよ。将棋に取り組むなら、そろそろラストチャンスだろうから」
女流棋士になるには年齢制限がある。
知人の中には高校卒業後に修行を始めて夢を掴んだ人がいるけど――彼女も「プロ棋士の娘」というアドバンテージがあってなお、本当にギリギリの成功だった。
なお、最年少記録は天衣ちゃんの十歳。
――私は心のうちを探ってみる。
前世の記憶を持っていた俺は子供の頃、天才と褒められた。
それでも将棋をやらなかったのは、前世知識が付け焼刃にすぎないと知っていたこと。それから着物を着るのが嫌で仕方なかったから。
才能のなさはとっくに理解している。
着物はたまに着ている。嫌悪感はもう無いし、着付けだってできる。母さんなんて「楽ができていい」とか言って私をこき使いつつ、「娘を着せ替えるのが夢だった」と毎年のように浴衣やら着物を勧めてくる。
私にはバスケがあるけど。
バスケをやっていた一番の理由はつい最近消えてしまった。
荻山葵が七芝の女バスに入ることは、少なくとも二年になるまでありえないだろう。入ったとしても多分あの子は男子部マネージャーと兼任すると思う。
別のことに打ち込んでみてもいいのかもしれない。
きっと母さんは、塞ぎ込んでいた私を心配してくれたのだ。
「……ポイントガードは苦手なんだけど」
「ポイントガード? バスケットボールのポジションだったかしら」
「そう。仲間の長所を生かして戦略を立てる司令塔」
「なるほど。将棋で言えば王将かしら」
そういうことだ。王はプレーヤーの分身でもある。
言いかえると、将棋とはポイントガードを中心に他のポジションを運用するゲームということ。
どの駒に誰を当てはめるかは私が好きに決めていい。
例えば変な方向にぶっ飛んでいく多恵を角に、相方のさつきを飛車に、王を昴に見立てて私は金か銀の役をやってもいい。
そう考えると、ちょっと楽しい。
コートという戦場で敵味方が入り乱れる光景はもう、さんざん見て来た
「……やってみようかな、将棋」
「本当?」
「うん。どこまでできるかはわからないけど」
きゃあ、と歓声を上げた母さんが飛んできて抱きついてくる。
「言質取ったわよ。パンケーキ食べた後はもう一局指すから」
「母さん。せめて部活に話通すまで本格的なのは待って……」
迂闊なことを言ってしまっただろうか。
思いつつも、どこかわくわくしている私がいた。
☆ ☆ ☆
「どうでしたか、お嬢様?」
「最悪。バスケットボールに付き合わされたわ」
「は? あの、お怪我は!?」
「馬鹿ね。そういう意味じゃないから大丈夫よ」
天衣は黒塗りの車の後部座席で外の景色を眺めながら、運転手を務める女性に言葉を返した。
――そう。天衣には翔子が指した将棋が自分とは別のものに思えた。
定番戦術をそこそこ押さえているかと思ったら急に外れ、弱点を突いてやると露骨に慌てる。それでいて局地的な競り合いになると驚異的な読みを見せ、心を折るために魅せ手を用いても決して諦めない。
極めつけは体力と集中力だ。
座っているだけだから楽だと思われがちだが、将棋は意外なほど体力を使う。知っている戦型から外れて思考する必要が多くなれば猶更。天衣は省力化のテクニックを無数に抱えて消耗を補っているが、あの女はそういったものもなしに長時間集中し続けていた。
彼女は普段、将棋ではなくバスケットボールに熱中しているという。
日ごろから体力づくりをしている棋士なんてそうそういない。過度の緊張に慣れているアマチュアも多くはない。
――あれは、将棋を通してバスケしていた。
局地戦での「未来が見えているのでは」というレベルの先読み。
天衣の師匠である男やライバルである少女が「大局的に」やっていることを部分的ながら成立させているように見えた。
それは、かの『浪速の白雪姫』なら「将棋星人と人間のハーフ」とでも例えただろう力。
天衣には全くわからない感覚。
瑞穂から「娘と指して欲しい」と言われた時には正直気乗りはしなかった。
実際指してみても勉強になったかと言えば怪しい。
しかし、刺激という意味ではこれ以上なかった。
将棋の世界からしたら異端といえる存在。
あれを他のライバル達に渡すのは惜しいと思った。ちょっとつついただけで進化するようなのが将棋界にはゴロゴロしている。気づかれる前にキープしておきたい。だからこそコンタクトを取る方法を与えたし、それとなく発破をかけてやった。
まさか即座に看破された上、嫌な顔すらせず感謝されるとは思わなかったが。
もしも、あの女が母親以外の師を求めるというのなら。
「考えてやってもいいかしら」
他ならぬ天衣自身のために。
そんなことを考えながら、天衣はしばし身体を休めるために目を閉じたのだった。
※続きません。