ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
意外と大丈夫っぽい。
通学路を歩きながら思う。
七夕さん達と買い物に行った次の月曜。つまり、下着をつけることにしてから初の登校日のことである。
道には小学生が何人かいるが、変にじろじろ見られてはいない。いつも通り「え、あれ女?」みたいな視線を向けられているだけだ。
キャミソールの着け心地は意外と快適。
女性下着の肌触りが良いというのは本当らしい。肌への抵抗が少ないので着けていて楽だ。
ただし、妙な気恥ずかしさはある。朝なんてパンツのまま数分間も葛藤してしまったくらいだ。
なお、ブラの方は昨日のバスケで体験済み。
キャミソールとは違う独特の締め付けがあって悩ましい。けれど、見せた相手は葵と七夕さん、それに昴だけ。女性陣は事情を知っていたし、昴は気づきもしなかったので気楽なものだった。
一度、興味深そうにじっと見られた時はドキッとしたけれど、
『鶴見、なんか動きが良くなったな。昨日、葵と秘密特訓でもしたんじゃないのか?』
『違うっての』
思わず苦笑し、葵と顔を見合わせてしまった。
相変わらずのバスケ馬鹿で安心する。でも、年頃になれば女子を意識しだすのだろうか。
「よう、
「おー」
不意に、脇をクラスメートの男子が駆け抜けていく。
ショウゴというあだ名には素っ気なく返答。男みたいな奴に「翔子」は似合わない、ということで「子」を濁して「ゴ」。クラスだけでなく六年生男子全体が使っている。
男っぽいと言われる分にはノーダメージなので放置状態だ。
どちらかというと、俺には女子達の方が厄介なのである。
☆ ☆ ☆
人目が気になるのをこらえ、何食わぬ顔で登校して数時間。四時限目までが何事もなく終わった。
良かった。
給食の準備を始めながら、俺はほっと息を吐いた。自分で思っているほど人は見られてはいないらしい。この分ならいつも通りに生活できそうだ。
席を立ち、トレーを持って一列に並ぶ。
今日はご飯にふりかけ、味噌汁と焼き魚、野菜の煮物と和食尽くしだった。
子供にはウケが悪い献立だが、それはそれ。男子を中心に「魚はこっちの大きいのがいい」などと当番と交渉を始める者が多数。
そんな中、俺は黙ってトレイを突き出す。
「………」
俺をちらりと見た当番の子は、残っていた一番小さい魚を選んでよこした。
煮物はごぼうやこんにゃくなど不人気の具が多め。嫌がらせが発覚しやすいご飯や味噌汁は普通によそってくれるのがありがたい。
軽く頭を下げて机に戻り、形だけの班形式で机をくっつけ、黙々と食事をする。
味は微妙。前世で和食を好むようになったのは大学卒業後くらいだった。それまではあまり好きじゃなかった。年齢で感じ方が変わるのかもしれない。好き嫌いはないので全部食べるが。
ちょっと足りない。
このところ運動量が増えているので身体がエネルギーを欲していた。
そこへ。
「牛乳もう一本欲しい人ー」
来た。
男子の中心人物である
「男女。身長伸ばしてどうするんだよ。タカラヅカでも行くのか?」
男子から明らかな、女子から遠慮がちな笑い声が上がった。
俺は取り合わない。
「別に。単に食べ足りないんだよ」
「……ふーん」
それ以上の追撃はなかった。
希望者でじゃんけんを行った結果、運よく残っていた二本のうち一本を入手。もう一本は諏訪が持っていった。容器から瓶を持ち上げる時に目が合ったが、お互い同時に目を逸らした。
前世同様、どうにも開けづらい蓋をなんとか開けて一気飲みする。
多少は腹が膨れるし栄養もたっぷりだ。幸い腹を壊すような体質でもない。
と、そんな俺を隣の女子がじーっと見ていた。
柿園さつき。
ショートヘアで、剥き出しのおでこがトレードマーク。クラスのムードメーカー的存在であり、休み時間はほぼいつも誰かと話をしている。
やかましいがイジメの類には加担しないため、俺としては若干有難い。
「……柿園?」
三分の一ほどを残して飲むのをやめる。
口をつけてしまったものをくれとは言わないだろうし、一体何だろう。
首を傾げて返事を待つと、
「胸大きくするために牛乳飲んでる的な?」
「は?」
数秒間、意味を理解するのに時間を要した。
いきなり何を言いだしたんだこいつは。
悪意の全くない楽しげな表情――悪く言うとアホ面――からして、俺をからかうのが目的ではない。というか、どこからそんな発想が出てきた。
「だって、下着つけ始めたのってそういうことだろー?」
「あ」
そういうことか。
これまでと今日での俺の違いといえばそれしかない。
――っていうか、いちいち声でかいよお前!
案の定、柿園の声にクラス内がざわりとどよめく。
え、あの鶴見が下着? ブラってこと? そんな感じはしなかったけど……あ、ほんとだ、ブラじゃないけどつけてる! と。
あっという間にどよめきは広がり、やがて騒ぎの域に達する。
すかさず担任が場を収めて片づけを命じたものの、それは子供達の声を昼休みまで我慢させただけのことだった。
そして。
「いやー、なんかまずった?」
「……確信犯じゃないのかよ」
この使い方は誤用だったか。まあいいや。
あの後、俺はたまらず教室から逃げ出した。するとどういうわけか柿園がくっついてくる。まだ言い足りないのかと思えばあっけらかんとした様子。何がしたいのか。
空き教室の椅子に適当に座ってため息をつく。柿園も向かいに座った。スカートで、前後後ろ向きに。
「足」
「ん? ああ、細かいことは言いっこなしだぜ」
妙に芝居がかった口調で話す奴である。
柿園も話し方は割と男っぽい。俺みたいにイントネーションまで変えないあたり、あくまでキャラ付け的な意味合いなのだろうが。
「当たり前みたいにつけてたから気にしてないのかと思ったんだって」
「こそこそしてたら逆に怪しいだろ」
「それもそうだな!」
てへ、とばかりに舌を出される。
そこで柿園は更に身を乗り出して、
「じゃー、実は気にしてるんだ」
「それは、まあ」
肩を竦めて答える。
「……身体の成長は止められないからな」
「んー、鶴見は男になりたいわけか?」
「そこまで聞くのかよ」
「こんな機会じゃないと話せそうにないだろ」
確かに。
クラスの人気者である柿園と、クラスのはみ出し者である俺。どう考えても釣り合わない。こうして誰もいない教室だから向かい合って話せているだけだ。他に誰かいれば俺は即、逃げ出している。
しかし、やっぱり柿園の相手はやりにくい。
俺からすれば、女子が男子の格好をしていることを「変」「気持ち悪い」と考える奴の方が正常だ。なので、そこを大して気にしていない奴とはどう接していいかわからない。何がポイントになっているのか掴みづらくて仕方ない。
「なら、いきなり女になっちゃった的な? 漫画でよくあるやつ」
「少女漫画ってそういうの多いのか?」
「いや、男向けの方が多いんじゃね? あちしはダチの付き合いでよく読むだけ」
「あー。……まあ、そうかな。別に魔法でも呪いでもなくて、俺がそう思ってるだけだけど」
「セードイツセーショーガイってやつか」
納得したとばかりに頷く柿園。
結構難しい言葉知ってるんだな。
「ってゆーか、鶴見って意外と話しやすくね?」
「
「そうかもしんないけど、鶴見のこと気にしてるやつ、結構いるんだぜ? ……男子なんか恋しちゃってそうな奴もいるし」
「マジか?」
「マジマジ」
ふふん、と笑う柿園の顔は物凄く胡散臭かった。
「まー、これからは普通に話そうぜー。せっかく仲良くなったんだし」
「待った。いつ仲良くなったんだ」
「今」
真顔で言われた。
「嫌?」
「……話してくれるなら嬉しいけど」
「ツンデレかよ!」
「違うだろ!?」
こいつの語彙はどうなってるんだ。
けらけら笑った柿園は、そのまま「じゃあそういうことで」と話をまとめてしまう。俺は怒ればいいのか喜べばいいのか、曖昧な表情を作って言った。
「言っとくけど、俺は女の仲間になりたいわけじゃないからな」
「わかってるわかってる。漫画の話とかでもあちしは歓迎だし」
……変な奴。
思えば、こいつと同じクラスになるのは今年が初めて。ダチだという誰かさんも含め、この学校にも結構変人がいるらしい。
筆頭は間違いなく俺だが。
「なら、まあ、よろしく。柿園」
「あいよ。さつきとかゾノとか、好きに呼んでくれていいからな」
何故か、友達ができてしまった。
☆ ☆ ☆
柿園さつきは変なやつだ。
宣言通り、彼女はあれ以後、時々話しかけてくるようになった。俺が返事をしてもしなくても、話したいことを話したいように話してくる。
他に話せる相手が少ないからか、少年漫画関連の話題が多い。俺は雑誌を買っていないので、立ち読みと前世の知識を元に話を合わせた。柿園の話から今どこまで進んでいるのか判別するのがミソである。間違ってもこち亀終了とか「月島さんのお陰」とかを口に出してはいけない。
もちろん、ドラマの話やファッションの話題が出ることもあったが、それはそれで相槌さえ打っていれば楽しそうに話し続けてくれる。
ムードメーカーの柿園がそんな感じなので、クラスからの注目度は必然的に上がった。
「ほんとだ、鶴見さんちゃんと下着つけてる」
「なんかかわいい」
体育の時間など、俺が着けたクリーム色のキャミソールにそんな感想まで上がる始末。
見た目は近寄りがたいけど無害、という野良犬みたいな評価が広がったようで、柿園に混じり何人かの女子が話しかけてくるまでになった。
あとは、漫画の話をしたい男子も若干名。
俺だって好きで突っ張っているわけではない。その格好はおかしいとか止めろとか言ってこないのなら、友達はもちろん欲しい。
なので、少しずつ話題について理解する努力を始めた。
ドラマを見たり、ファッションブランドやアーティストの名前を覚えたり、少女漫画を借りて読んだり。
このあたりは葵もある程度知っていたので協力を仰ぐことができた。昴は「そういえば二人とも女子だったな」と呑気な感想を口にした挙句、葵の拳骨を食らって沈黙した。
とんとん拍子に良くなり始めた俺の生活。
何が切っ掛けかといえば間違いなく昴と葵に声をかけられたことだ。二人にはますます足を向けて眠れない。
――けれど、何もかもが上手くいっているわけではない。
クラス内で俺と接してくれているのは、どちらかといえば少数派。
諏訪を始めとする大多数の男子と、ファッションやコイバナが好物の背伸び系女子達からの受けは今なお最悪に近い。
机の上に落書きがされていたり、下駄箱に心無い言葉の書かれた手紙が入っていたり、上履きが不自然に潰れた状態になっていたりといった嫌がらせも日常茶飯事。
鞄や文具への悪戯なら犯人が搾れるし損害があるため訴えやすいが、机ではやや弱い。
落書きや手紙の内容も「死ね」「消えろ」といった一線を越える発言はなく、嫌な気分にはなるだけで殊更騒ぎ立てるべきかといえば微妙なところ。
上履きに画鋲とかならともかく、ただ潰れているだけなら管理不足で片付けられても仕方ない。
嫌がらせをする側も考えている。
逆に言えば「継続的に俺を攻撃したい」意思が明確なわけだが、元はといえば俺の素行に問題がある。実害が出るまでは無視と決めていた。
向こうのやり口も無視、陰口、こっそりした嫌がらせなので、似たようなものである。
別に全員と友達になりたいとは思っていない。
少しずつ、ゆっくりとで構わない。俺が納得できるかどうかが一番重要だ。
そして。
「翔子。プールだぞプール」
「あー、そうだな……」
半ば引きずられるように更衣室へ向かいながら、俺は柿園に返事をした。
とうとう来てしまった。
プール、すなわち水泳の授業。そこでは当然、水着を着用しなければならない。体操着ならハーフパンツなのでデザインは男女とも大して変わらない。ジャージの色が赤になるくらいだが、スクール水着に関しては男女で全く異なっている。
毎年この時期は憂鬱で仕方ない。
出なければ出ないで内申に響く。転生前と後で一番変わった点と言えば、親や教師のいう「勉強しなさい」「後々後悔しても知らないぞ」が大体正論だと知っている、ということである。遊ぶ時間を削る気はないが、出られる授業に出ないとか授業中寝るとかは論外。
まあ、今年は下着を克服したし、水着への忌避感も大分マシ――。
「可愛いじゃん翔子」
「本当。鶴見さんちゃんと髪伸ばせばいいのに」
じゃなかった。
未熟ながら女性的なラインを描く自分の身体、そして友人達の歓声に、俺は困った笑いを浮かべた。