ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
湊忍先生とは以前、何度かお会いしたことがあった。
女流棋士という職業柄、うちの母さんは和風フリークなところがある。いつだったか急に「お茶の勉強をする」とか言いだし、私まで連れて習いに行ったのである。
母娘揃って、というところに感心されたのを覚えている。
「娘さんは何を?」
「将棋には興味がないようで、部活動でバスケットボールをしております」
「ほう」
気難しそうな顔のまま、眉がぴくりと動いたのを覚えている。
「激しいスポーツと聞きますが、部内での軋轢などは」
「えっと……私の所属する部ではそういうことはありません。公式戦で勝てない弱小の部ですが、みんな和気藹々と楽しんでいます」
「なるほど」
湊先生が深く頷いていた理由が当時はわからなかったけど、あれはきっと智花ちゃんのことを考えていたんだろう。
前の学校でいじめられていたという彼女。
バスケットボール自体にいいイメージがなかったところに現れた女子のバスケプレーヤーに、本当のところどうなの? と尋ねてみただけだったのだ。
――っていうか。
夏祭りの話を聞いた翌日。
以前にも訪れたことのある、庭付きの日本家屋を見上げて私は呟く。
「私、智花ちゃんのお母さんにも会ったことあるし……!」
湊花織さんは日舞の先生で、こっちも母さんの気まぐれ繋がり。
何で今まで気づかなかったんだろう。湊なんて苗字、そうそうあるものじゃないのに。初対面の時は割と緊張してたのと、以降は苗字を意識する場面がなかったせいか。
なんか、ちょっとだけ気が楽になったような、どっと疲れたような。
「変じゃないよね……?」
白地に青い鶴の模様をあしらった着物を、もう一度チェック。
母さんが若い頃に着ていたが「もう年齢的に無理」となって眠らせていたものらしい。鶴って長寿の象徴なんだし別にいいんじゃ? とも思ったけど、私用に丈を調整されたそれは全体的な色合いのせいか、ちょっと可愛らしい印象があるような気もする。
着付けを手伝ってくれた母さんが「私より似合うわね……」と呟いていたのは、鶴のすらりとしたフォルムが長身とマッチするからだろう。
うん、問題なし。
着物に乱れはないし、簪で纏めた髪もばっちりのはず。
一人頷き、ようやく呼び鈴を鳴らした。
『はい?』
どこか聞き覚えのある女性の声。
「ご免ください。鶴見翔子と申します。智花さんの夏祭りの件で、ご挨拶に伺いました」
『はい。智花から伺っております。今開けますので、少々お待ちくださいね』
少しの間があって、小柄な美しい女性が母屋から顔を出した。
予備知識が無ければお姉さんだと思ってしまいそうな若々しさ。
凛とした雰囲気とおっとりとした穏やかさを併せ持つ、この方こそ湊花織先生だ。
彼女は私の姿を見て「まあ」と顔を綻ばせた。
「素敵なお着物。まさかこんな可愛らしい方がいらっしゃるとは思っていませんでしたわ」
「申し訳ありません。ちょっと気持ちが入りすぎてしまいました」
「いえいえそんな。主人にも好印象だと思いますわ」
顎に指を当ててくすりと笑う花織先生。
どこか悪戯っぽい仕草に、私もつい笑みをこぼしてしまった。
「さあどうぞ、こちらに」
「お邪魔いたします」
家に上がらせてもらい、花織先生の案内で奥へ歩いていく。
「鶴見翔子さん……鶴見瑞穂先生の娘さん、でしたね?」
「はい。以前、一度だけお目にかかったことがあります」
「覚えていますわ。まさか、あなたが智花や昴さんとお知り合いだったとは……世間は狭いものですね」
昴、花織先生に会ったことあるんだ。
もしかするとご両親からしたら「昴が来る」と思っていたのかもしれない。
「さあ、こちらです」
案内されたのは茶道のお稽古の時にも通された広い和室だった。
そっと、襖に対して斜めに座る花織先生。
こういう時、どうするんだっけ……? と思いつつ、私は結局、香織さんの斜め後ろに正座をして背筋を伸ばした。
頭を下げるのは目が合ってからでいい、ん、じゃないだろうか。
「あなた。智花のお知り合いの方がいらっしゃいましたよ」
「うむ」
厳かな声。
花織先生はちらりと私に視線を向け「がんばってください」と唇だけで言うと、そっと襖に手をかけた。
開く。
落ち着いた色の和服を着た背中が見えた。
――そう来たか。
私は頬が引きつるのを感じながら、その場で指をついて深く頭を下げた。
「七芝高校一年。女子バスケットボール部所属の鶴見翔子と申します。この度は夏祭りにて一日、智花さんをお預かりしたいと思い、ご挨拶に上がりました」
「……入りなさい」
「ありがとうございます」
初対面ではないとはいえ、びくびくしながら答える。
「失礼いたします」
足を滑らせ、廊下との境界を越えて中へ。
中に入ったらそっと立ち上がり、座布団の横へ正座する。就活のマナーとごっちゃになったりしてないか不安だけど。
ちなみに、開いたままの襖は花織先生が後から入ってきて閉めてくれた。
湊先生が振り返ったのはようやくこの時。
「……君は」
私を見た先生は一瞬目を瞠り、何事もなかったように表情を戻した。
「座りなさい」
「失礼いたします」
一礼して座布団の上に座る。
正面から見つめ合う形。正直、格が違いすぎて逃げ出したい。
黙ってじっと見つめられて硬直。
こっちから何か言った方がいいんだろうか、と考えていると。
「……いつだったか、会ったことがあるね」
先生の声が幾分か穏やかになっていた。
「はい。母と一緒にお稽古にお邪魔させていただきました」
「ああ。そう、その時にもバスケットボールをやっていると言っていた」
覚えていてくれたのか。
と、花織先生がおっとりと、内緒話をするように言う。
「それも翔子さんだったのね。主人ったら、あれ以来『バスケットボール選手の中にも礼儀正しいお嬢さんがいるんだな』って、少しだけ考えを直したのよ」
「花織」
「ごめんなさい。……でも、わかったでしょう?」
「……うむ」
渋々、と言った感じで頷いた湊先生は苦笑を浮かべた。
「コーチをしているとかいう青二才が来たらどうしてやろうかと思っていたが……」
昴、セーフ……?
「君ならば間違いが起こることはないだろう」
「もちろん、お約束いたします」
真摯な表情で答えた。
いえ、実は私、レズなんですよとかこの場で言ったらぶち壊しである。
まあ、当然、女の子が好きだとしても智花ちゃん達に手を出す気はない。
湊先生は息を吐いて。
「ただ、君自身も若い女性だ。羽目を外し過ぎないよう気をつけなさい。……立ち居振る舞いからして問題ないとは思うが、ね」
「はい。十分注意しますし、万が一何かあった場合は子供達の無事を最優先に致します」
「ありがとう。もちろん君にも危険がないことを願っている。……なに、私達も本当に何かあると思っているわけではない。楽しんできなさい」
「はいっ」
どうやら、なんとかなったらしい。
あらかじめ身元が割れていたせいか、思ったよりはあっさりと許してもらうことができた。
こっそりと内心息を吐く私。
もしかしたらバレバレだったかもしれないけど、
「ところで翔子さん。本格的に日舞を習ってみる気はありませんか? その身長で舞っていただければ、きっと見映えがすると思うのですが……」
「待ちなさい花織。精神修養という意味では茶道だろう」
あれ、なんか勧誘が始まってしまった。
ご挨拶のために着物を着てきたのが正解だったのか、そこそこ気に入って貰えたらしい。
とはいえお稽古をしている時間は今のところないので、部活が忙しいのを理由に辞退させてもらった。ちょっと興味がないわけではないんだけど。
「そうだ。翔子さん。例の青二才が交際を始めたというのは――君ではないんだったかな?」
「はい。私の幼馴染の荻山葵です」
「そうか、残念だ……。いや、良かったのだろうか」
「?」
「ふふっ。主人はあなたのことが気に入ったみたいです。あなたがコーチなら良かったのに、なんて思っているのではないでしょうか」
「花織」
女子のコーチを男が、なんて男親としては心配だよね……。
「ご心配なく。長谷川昴は私のバスケットボールの師です。恋人の葵も真っすぐな人柄ですから、会っていただければきっと、お気に召していただけるかと」
「む」
唸る湊先生。
少しは見直してくれるといいけど、もし昴のことを「智花ちゃんのコーチ」じゃなくて「智花ちゃんの恋人候補」として見ているのだとしたら、ちょっと厳しいかもしれない。
頑張れ昴、色々と。
☆ ☆ ☆
茶室を辞した後は智花ちゃんの部屋に案内してもらった。
成り行きを祈ってくれていたらしい智花ちゃんは、私が洋風の子供部屋に顔を出すとすぐ、明るい笑顔を浮かべてくれた。
「鶴見さん! 大丈夫でしたか……っ?」
駆け寄ってきた彼女は「ふあぅ。綺麗……」と呟く。
一家揃って似たような反応をされると恥ずかしい。
「うん、ばっちりだよ」
「あ……っ。良かった、これでみんなで夏祭りに行けます。えへへ……」
はにかんだ笑みを見せる智花ちゃん。
可愛い。
ひなたちゃんはひたすら愛でたくなる可愛さだけど、智花ちゃんは光源氏計画したくなる可愛さというか……って、最近の私は性癖がダダ洩れな気がする。
こほんと咳ばらいをして一言。
「いいご両親だね」
「はいっ。自慢のお父さんとお母さんです」
ちょっと恥ずかしそうに、でもしっかりと答えてくれる智花ちゃん。
ご両親だけじゃなくてこの子もそうだ。
茶道と日舞のお稽古をしながらバスケの練習をして、それでいて学校の勉強もちゃんとやっている……言うのは簡単だけど実行するのはとても難しいと思う。
年下の子に変かもしれないけど、尊敬してしまう。
「私も、もっと頑張らないとなあ」
智花ちゃんを見て言うと、智花ちゃんは「ふえっ」と声を上げた。
「あ、あのっ。鶴見さんは」
「翔子でもいいよ。愛莉ちゃんはそう呼んでるし」
「そ、そうですか? じゃあ、翔子さん」
「はい」
「翔子さんは、私のバスケ……どう、思いますか?」
予想外の問いだった。
私は質問の意味をしばし考え、思ったままに答えた。
「やばい」
「や、やばいですか……っ!?」
「あ、ごめんなさい。変な意味じゃなくて――並外れてると思う。才能も、努力も」
「……あ」
慌てていた智花ちゃんが押し黙って私を見る。
真意を推し量ろうとするかのように。
私は微笑みを浮かべて彼女に告げる。
「智花ちゃんは上手いよ。嫉妬しちゃうくらい。憧れちゃうくらい」
下手な年上なら簡単に凌駕してしまいそうなポテンシャル。
若さ故の吸収力と、諦めの悪さから来るさらなる成長力。
知らず知らずのうちにみんなを惹きつけ、鼓舞するカリスマ性。
彼女はプレーヤーとして見ても非凡すぎるものを持っている。
「ううん、智花ちゃんだけじゃない。真帆ちゃんの伸びしろには驚かされてばっかりだし、紗季ちゃんはその真帆ちゃんへの対抗心と頭の良さが並じゃない。愛莉ちゃんは身長だけじゃなくて優しい心と観察力がある。ひなたちゃんは、今はまだ発展途上だけど、人一倍頑張り屋で、なんにでもなれそうな可能性を秘めてる」
未有ちゃんといい、この世代はどうなってるのかと言いたいくらい。
ここって密かにバスケ漫画か何かの世界で、私達は引き立て役の世代だったりするのだろうか。まさかね。
「だからって、簡単には負けないつもりだけどね」
「あっ……」
悪戯っぽく笑うと、照れていた智花ちゃんの目に炎が宿る。
負けないとか言ってるけど、私とこの子の勝負は割と拮抗してしまっていたりする。
昴と特訓しているせいで高身長の相手に慣れている上にフェイントのパターンを滅茶苦茶たくさん抱えているし、小柄な身体からは信じられないくらいのスピードを出してくる。
得点を数字にすれば私が圧勝してるように見えるけど、いつ追い抜かされてもおかしくないくらい。
「翔子さんにも、負けません。昴さんにも――葵さんにも、負けたくないですから」
「うん、その意気」
私は葵派だけど、だからって智花ちゃん達の恋路を邪魔するつもりはない。
正々堂々と想い続ける限りは傍観を貫く。
射止めた昴の心を守り抜くのは葵の役目なのだから。
「せっかくだから対戦といきたいけど――」
「あはは。私、これからお稽古がありますし……翔子さんも、せっかくの綺麗なお着物ですから、難しいですね」
二人で苦笑し、残念と言いあう。
私、意外とこの子とも話が合うのかもしれない。
「私もたまにみんなの練習見に行ってみようかなあ」
「大歓迎ですっ。その、対戦もしたいですし……!」
「ありがとう。でも、葵が昴についてく気もするんだよね」
「そ、それは猶更来ていただきたいというか……」
二人にさせるといちゃいちゃ空間が発生しかねないか。
そのあたり、ちょっと考えてみた方がいいかもしれないと思った。