ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「そうだ。私がお弁当作ろうか?」
夏休みの終わり。
私はちょっとした気まぐれからそんなことを提案した。
香椎くんは目を丸くした後、何故か私から目を逸らした。
「い、いや。それは悪いだろう」
「そう? 私は別に構わないよ? もし気になるなら食材の代金だけ貰えれば」
交流会の後、みんなで行ったファミレスでのこと。
慧心の給食が話題になった時だ。いっそ高校も給食ならいいのにと、香椎くんが遠い目をした。お母さんがたまにしか弁当を持たせてくれないので学食に行っているが、毎回メニューを決めるのが面倒だと。
ちなみにお母さんが渋ってるのは、息子の分だけ作るのは面倒だから。
愛莉ちゃんが運動会や遠足などの時は「ついでに」作ってくれるのだとか。
『でも、それだと学食代も結構かかっちゃうよね』
『そうなんだよなー。悪いとは思うんだが、一皿じゃ足りん』
『お母さんも、いっぱい食べなさいって言ってるもんね』
なるほど、じゃあ、誰かがお弁当を作ればいいのか……。
ということで冒頭の発言に至った。
「翔子さんがお兄ちゃんのお弁当……いいなあ」
「あ。愛莉ちゃんも一緒に作りたい?」
「あっ、えっと、そうじゃなくて……えへへ、でも一緒にお料理はしてみたいです」
「じゃあ今度一緒に何か作ろっか」
愛莉ちゃんと一緒に料理するのも楽しいだろう。
なんていうか、妹ができたみたいで。
「うおー! るーみん、もしかして愛のコクハクかー!?」
「ふええっ!? 翔子さんが愛莉のお兄さんにっ!?」
「おー。おねーちゃん、だいたん」
「これは意外な展開ね……」
と、思ったら話が変な方向に行きだした。
「もう、みんな。そういうのじゃないからね?」
ね? と香椎くんを見たら、
「お、おう……」
当の彼まで真っ赤になっていた。
うう、なんか私まで恥ずかしくなってきたんだけど……。
☆ ☆ ☆
なんだかんだと騒いだ挙句。
香椎くんは後に引けなくなったのか、「じゃ、じゃあ頼むわ」と私に言った。
私も「う、うん」と、ちょっと上ずった返事になってしまった気がする。
――平常心、平常心。
別に恋愛とかそういう話じゃない。
単に心配になったというか、休止中の男バスを少しでも助けたかっただけだ。
でも、男の子用の献立を考えるのはちょっと楽しかった。
お弁当は、ひとまずお試しで一週間くらいという約束。
香椎くんの好きなものとかも聞いてみたんだけど、好き嫌いはしないタチだそうで。
「鶴見の弁当は前にも貰ったけど美味かったからな。何が来ても喜んで食うさ」
なんとも男気溢れるコメントをもらった。
そんなこと言われるとその、ちょっと嬉しくなってしまうわけで。
男の子用だから量多めで味濃いめで、ご飯がばーん! おかずがどーん! みたいな方がいいよねとか、でも前のお弁当を褒めてくれたんならヘルシーも意識してみるべきかとか、毎日目先を変えることを考えるとメインはアレとコレとソレと……とか色々考えた。
そして、始業式翌日。
二学期最初の全日授業の日、なかなかの自信作が完成した。
さて、そうすると問題は。
「どうやって渡すかだよね……」
事前にそれとなく相談もしてみたけど、二人ともいい案は浮かばなかった。
食べ物だから下駄箱に入れるのは嫌だ。誰にも見つからず机に入れるのも難しい。
昴経由で渡してもらうという手もあるけど、「長谷川×香椎」なんていう噂にならないとも限らない。私が毎朝長谷川家に通い詰める方も問題あるかもだし。
しょうがないので普通に渡すことにした。
香椎くんとは昼休みに学食で合流。
「よ、よう」
「う、うん」
禁制品の受け渡しでもしている気分になりつつ、隅の席を取って。
「はい、どうぞ」
「お、おお。さんきゅ」
私が差しだしたお弁当箱を、香椎くんは両手で受け取った。
早速包みを開いて蓋を開ける彼。
「……おお!」
瞬時に目が輝いた。
よし、どうやら掴みはオッケーの模様。
してやったりと口元が綻ぶ。
「もし足りなかったら、今日は学食で注文してもらえるかな? 明日から調節してみるから」
「おう。いや、これだけあれば十分だと思うぞ」
答えた香椎くんがちらりと私を見る。
くすっと笑って頷いた。
「どうぞ召し上がれ」
「……いただきます!」
途端にがっつき始める香椎くん。
私は自分のお弁当を用意しながら、男の子だなあとそれを眺めた。前世の私はここまで元気じゃなかったと思う。なんにせよ、喜んでくれるとやっぱり嬉しい。
「味の方はどう?」
「ああ、美味い。特にこのハンバーグが最高だ」
「良かった」
ひき肉と玉ねぎで作った家庭的なハンバーグ。
ビーフ百パーで肉汁どばー、みたいなやつの逆を行き、合い挽き肉を使用しつつうま味を閉じ込めるように作った。味付けは主に塩コショウのみ。一応ソースも別に付けたけど、そのままでも美味しくできたつもり。
このハンバーグは私のお弁当にもサイズ違いのものが入っている。
「鶴見は料理上手だよな。お袋に教えてやってほしいくらいだ」
「そういうこと言わないであげて。女の子でも料理苦手な子はいるんだよ?」
でも、料理は女の仕事というイメージが強い。
苦手でも、結婚すれば毎日料理しなくちゃいけない。家計のために節約を考えるとなったら余計大変だ。
「いっぱい作るとなると時間も強敵だし」
「なるほどな。バスケだって、点差があって時間がない時はペースアップするしかないもんな」
合間の雑談はどうでもいいことやバスケの話。
香椎くんは主に食事に集中していて口数は少なかったけど、不思議とそれでも楽しかった。
もともと男の子のリズムは嫌いじゃない、というかそっちが素だったわけで。
今となっては男同士という感じにはならないけど、居心地はいい。
「ご馳走様。滅茶苦茶美味かった」
「お粗末様。味付けの希望とかあった? できるだけ頑張ってみるけど」
「んー」
香椎くんは少し考えた後で「いや、特にないな」と言った。
「この味は濃いめがいいとか、言おうと思や言えるけどな。鶴見のことだから栄養バランスまで考えてくれてるんだろ?」
「……あはは、うん。一応は」
今の台詞はずるい。
言わなかったことを察してもらって、不覚にもうるっと来た。
食堂の椅子が窮屈そうな名センターは朗らかに笑って、
「なら、その方がいいだろ。……明日も期待してていいか?」
「うん、もちろん。期待してて」
私も彼に笑顔で答えた。
☆ ☆ ☆
それから数日、私達は学食の隅っこの方で食事を続けた。
私の料理は概ね好評。
卵焼きは塩か砂糖かみたいな譲れない一線だけはちゃんと希望を言ってくれる。そういう拘りの話で言い合いじゃないけど話が弾んだりもした。
そうして、約束の一週間の最終日。
私はクラスメートから思いがけないことを言われた。
「鶴見さんは今日も彼氏と学食?」
「え……?」
彼氏というのは他でもない、香椎くんのことだった。
「そんな風に見える?」
「違うの?」
尋ねれば、きょとんと首を傾げられる。
「毎日お弁当渡して一緒に食べてるって、ちょっと噂になってるよ」
「うわあ」
まさか、こんなにあっさり噂が広がるとは。
学食を選んだのは足りなかった時の備えとは別に、教室で食べるよりは目立たないだろうという目論見があった。でも、こそこそした感じが逆に噂を呼んでしまったのかも。
――どうしよう。
私は迷いつつも、香椎くんへ素直に打ち明けることにした。
彼としても噂は意外だったようで、
「マジか」
と言って眉間に皺を寄せてしまった。
ちなみに、そうやって話しているのも学食なわけなんだけど。
「どうする? 今日で終わりにしておく?」
その方がいいかもしれない。
お弁当作りも楽しくて張り合いが出てきていた。女バスも正式に退部したところなので残念だし、これから時間が余ってしまいそうだけど。
変に誤解されたままよりはずっといいはず。
そう、思ったんだけど。
「俺は別に構わんぞ。……このままで」
「え?」
意外なことを言われた。
目を丸くして香椎くんを見つめる。彼は気恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「そういう話になるのは分かってただろ。言いたい奴には言わせておけばいい。バレちまったんなら次からは教室で食えるしな」
「でも、彼女できなくなっちゃうよ?」
既に彼女がいると思われるわけだから当然だ。
香椎くん、前に昴を羨ましそうにしてたし。
でも、彼は苦笑して、
「そう簡単にできると思っちゃいない。俺とお前の色気ない話を聞いてそう思われるなら何言っても無駄だろうし。……もちろん、鶴見が嫌なら止めてくれていいが」
逆に窺うように見つめられた。
――そう言われると返答に困る。
本当に嫌だったからじゃない。
ただ、気持ちを言葉にするのが照れ臭かったのだ。
「……ううん。私も、お弁当作るの楽しいから続けたい」
「なら、決まりだな」
にかっと笑った香椎くんは「ほら、弁当くれ」と手を伸ばしてきた。
彼にお弁当を手渡しながら、私は胸が熱くなるのを感じていた。
☆ ☆ ☆
お弁当の受け渡しは場所を選ばなくなった。
開き直ってからは一緒に食べたり食べなかったり。同好会の日なら後から弁当箱を返してもらえるし、なんなら洗ったものを愛莉ちゃん経由で渡してもらうこともできる。
一緒に食べながらバスケの話に興じていると、噂もいつの間にか収まった。
「鶴見と付き合ってるかって? そういうんじゃねえよ」
「材料費もらって作ってるだけだよ。バイトみたいな感じ」
面と向かって聞いて来た人にそうやって答えたのも効果があった。
本当は付き合ってるんでしょ? なんて言ってくる子もいたけど、何度聞かれても「付き合ってません」が正しいアンサーだ。
だんだん気にするのが面倒になってきた私は楽しむのを優先し、お弁当を作り続けた。
いつの間にか二人分のお弁当を作るのが日課になっていて、暇さえあれば献立を考えている自分がいた。
――これが家族四人分だったら大変だろうな。
何故か、私の相手役は香椎くんの姿をしていた。
そうやって一か月を過ぎた頃だろうか。
「鶴見」
「なあに?」
数日ぶりに香椎くんのクラスで一緒に食べた後、彼から不意に包みを渡された。
「これは……?」
「その、なんだ。弁当の礼みたいなもんだ」
帰ってから開けてみると中身はエプロンだった。
別に特別高級品ではなかったけど、だからって安いものでもない。
いいのかと尋ねると彼は恥ずかしそうに言った。
「エプロンなら予備があってもいいだろ。それに、お前のお陰で金は節約できてるから」
私は材料費として一回二百円を受け取っている。
十分すぎる額だけど、学食で二品頼んだら優に五百円は超える。差し引きすればエプロン一つ買うくらいのお金は十分余る。
「そういうことならありがたく頂くけど……お母さんにちょっと悪い気が」
「お袋には金返そうとしたんだよ。そしたら、じゃあその子にプレゼントでもしてやれって言われちまった」
「そうだったんだ」
香椎くんがしかめっ面しながらエプロンを選んでくれたと思うとちょっと楽しかった。
「それでな」
彼は、なんだか凄く言いづらそうに言葉を続けて、
「今度、お袋がお前を連れて来いって」
「え」
「愛莉にも気に入られてるだろ。だから興味を持ったみたいで。……ど、どうだ?」
胸の鼓動が早くなっていく。
香椎くんと見つめ合った私は、ろくに思考が回らないまま、こくんと頷いていた。
――つまり、本心から。
行ってもいいと思った。
「うん、じゃあ今度、お邪魔してもいいかな?」
「ああ、そのうち、な」
どうしたんだろう、香椎くん。
収まらない動悸に苦しみながら、私は不思議に思った。
彼ならお母さんの申し出を適当に流すこともできたはず。
それを、わざわざ私に。
断って欲しかった?
でも、それならOKした時にもっと残念そうな顔をするはず。
あの顔は、なんだか嬉しそうだった。
やりとりが頭から離れないまま家に帰って鏡を見ると、私の口元はにやけていた。
「……どうしちゃったんだか」
女の子であることは受け入れたし、将来結婚だってするつもりはある。
でも、そういうのはまだ先の話のはずだった。
香椎くんは友達の一人でそういうんじゃないはず、なんだけど。
「何着てくか考えておかないとなあ」
ひとまず、深く考えるのは止めることにして。
私はお呼ばれの時の服装と受け答えをあらかじめシミュレートしておくことにした。
それは、なんだか楽しくて。
お弁当の献立を考えている時と、同じ感じがしたのだった。