ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「翔子さん。今日はそのあたりで構いませんよ」
「はい、師匠」
柔らかな声に返事をして、私はキーボードを叩いていた手を止める。
見計らったようにちょうど一段落したところだった。
ファイルを保存し、ソフトを終了。顔を上げて微笑んだ。
「お疲れ様、翔子ちゃん」
「ありがとうございます、花織さん」
お仕事中やお稽古中は「師匠」と呼ぶ。
それが、私が湊花織さん――今は私にとっても師匠である智花ちゃんのお母さんと、取り決めた「けじめ」だった。
私が日舞を習い始めたのは高校二年生の時。
智花ちゃんたちの卒業による任期満了で、昴は慧心女バスのコーチではなくなった。残ったつばひーたちについても一念発起した美星姐さんが学びながら教えることになり、私もまたお役御免に。
七芝の男バスが復活したため同好会もなくなり、急に手持ち無沙汰になったのがきっかけだった。
なんて。
単に、みんなとの繋がりを何かの形で残したかっただけかもだけど。
バスケと日舞では全然違うとはいえ、身体を動かすことができるというのも私には有難かった。
先生としての花織さんは意外なくらい厳しくて。挫けそうになることも多々あったけど、二十四歳という歳まで続けてくることができた。
そうそう。
若干ついでではあったけど、茶道の方も同じように学び、続けている。
今は忍さんと花織さんを師と仰ぎ、教えを請いながら、二人のお仕事のこまごました部分のお手伝いなんかをしている。葉書等の宛名書きとか消耗品の発注とか帳簿の管理とか、忙しい時期は自宅部分のお掃除や食事の支度なんかを代わりにしたり。
お手伝いでいただいたお給料と暇な時のアルバイト代から日舞と茶道の月謝を出し、残ったお金で生活している。裕福ではないけれど苦しくもない、そんな状況。
気づいたら他のお弟子さんたちからも顔と名前を覚えられ、便利に使われ――もとい、頼りにして貰えるようになっていた。
「いつもありがとう。私、コンピュータには疎いでしょう?」
「いいえ。大事なお仕事を任せていただいて嬉しいです」
「うふふ。翔子ちゃんはもう、うちになくてはならない子だもの。辞めないでね?」
「あはは。大丈夫です。今、すごく楽しいですから」
オンの時は気を遣うこともあるが、オフの時の花織さんとは母娘のように接してもらっている。
まあ、そもそもオンの花織さんは智花ちゃんにも厳しいんだけど。
私達は仕事を切り上げ、自宅部分へと歩きながら話を続けた。
今日はお弟子さんたちもみんな帰宅済み。
私は最悪、歩いてでも家に帰れるので遅くまで仕事をさせてもらうことも多々あった。
「今日は智花と約束しているのでしょう?」
「はい。智花ちゃんのお部屋でお祝いをする予定です」
「どうもありがとう。一昨日も食事に来てもらっちゃって」
「こちらこそ、お招きありがとうございました」
昨日は智花ちゃんのお誕生日だった。
今年で二十回目。
成人を迎える大学生の彼女が「さすがに家族に祝われるのは恥ずかしい」と言ったため、自宅でのお祝いは前日にささやかな食事会をする形になった。私と智花ちゃんと花織さんと忍さんの四人。三人で作った料理を次々に勧められた忍さんはちょっと大変そうだったけど、大変和やかに会は終わった。
昨日は愛莉ちゃんたち五人+αの誕生会。
そっちは私は不参加だったけど、昴と葵もちょっとだけ顔を出したらしい。一歳になっていない二人の子供、紫ちゃんはみんなに大人気だったようで、ラインが「可愛かった」の嵐だった。
ラインといえば、智花ちゃんからは約束の時間には帰ると連絡があった。
大学にバスケに茶道に日舞と、彼女は彼女で忙しい日々を送っている。
今日のお祝いは個人的なものだ。
私が二十歳になって久井奈さんとお酒を飲みに行った時だったか。智花ちゃんが二十歳になったら一緒に飲もうと約束をしていた。
まさかこんなにすぐ果たされるとは思わなかったけど。
僭越ながら智花ちゃんのお酒デビューのお相手をする栄誉を授かることになった。昨日は「ひなたちゃんの誕生日が三月だから」とみんなお酒はナシだったのだ。
五人全員が二十歳になった暁には真帆ちゃんお薦めのワインか何かが振る舞われることだろう。
決して羨ましくはない。
若いうちからそんな高いの飲んだら舌が肥えて大変に決まってる(負け惜しみ)。
「……あはは。私だけお呼ばれしちゃってちょっと照れちゃいましたけど」
「翔子ちゃんは家族同然ですもの。智花とも仲良しですし」
「そういうのは智花ちゃんに彼氏ができた時に言ってあげた方が……」
夕食の支度を手伝いながらキッチンをお借りして、お祝い用のおつまみを用意。
長谷川家のレシピと湊家のレシピを伝授されている私のレパートリーは広い。祥の教えに基づきお洒落女子を演出しつつも美味しい料理を作ることができる。
なお、鶴見家の料理はとうの昔に私が掌握しているので、母さんは主に食べる係である。
と。
花織さんの手が止まった。真顔でこっちを見てくる彼女。
「翔子ちゃん。それは智花に言っちゃ駄目ですからね」
「え、何かあったんですか……?」
「あ、いえ。いっそ一度吐きださせた方が――お酒の力が使えるようになったのですし」
「何があったんですか!?」
☆ ☆ ☆
智花ちゃんは彼氏いない歴二十年だ。
小学生で男性と同衾(ただし相手は長谷川昴である)まで経験していながら、未だにキスもしたことがない。手を繋ぐぐらいはまあ稀にあるらしいけど(ただし回数ツートップは昴と香椎くんである)。
なんというか、びっくりするぐらい先に進まない。
――別に、全く恋をしていないわけではない。
小六の時の昴に始まり、彼女も何人かの男性に想いを寄せてきた。
ただ、その恋が悉く砕けている。
ある時は告白する前に他の子と付き合い始め、ある時は告白した結果「他に好きな子がいるから」と断られ、中には告白しようと思った矢先に海外へ引っ越して音信不通なんていうのもあった。
なんていうか、目が肥えすぎている上に恋愛運が悪い。
じゃあ、向こうから来る男はどうかというと、前述の通り目が肥えているので大抵却下。
しばらく交友関係を築いても、ガチの大和撫子ぶりについていけなくなった先方が勝手にリタイアすること多数である。
まあ、そんな根性ナシが来ても忍さんと花織さんとついでに私がお帰り願うだろう。
というわけで。
「わあ。翔子さんのお料理、今日も美味しそうです」
「智花ちゃんが買ってきてくれたチーズも凄く美味しそうだよ」
「ありがとうございます。昨日真帆から聞いたお店なんですけど、お客さんも綺麗な女の人ばかりでびっくりしちゃいました」
二十歳になった智花ちゃんは清楚な大和撫子に成長している。
腰まである長い髪は艶やかで、凛とした表情は笑みを浮かべると途端に柔らかくなる。
ちょっと身長が低めなのが逆に、隣に立つ男性を自然と引き立ててくれる。
忍さんと花織さんの教育を受けて清らかに育った彼女はファッションセンスも大人しいものが中心で、今通っている女子大の雰囲気にもぴったりと合っている。
今の服装も薄手のタートルネックに白いオフショルダーの組み合わせで可愛らしい。
って。
「その駒、まだ着けてくれてるんだ」
「もちろんです。この駒は、私の宝物ですから」
首から下げた二つの将棋の駒のアクセサリーを、智花ちゃんはぎゅっと握った。
駒に彫られた文字は別々。
一つは『六連星』。もう一つは『翔鶴』。
どっちも以前の誕生日プレゼントであげたものだ。二つ目については和風とはいえ軍艦の名前を連想するしどうなのかと思うんだけど、智花ちゃんが「これがいい」ということで決まったもの。
チェスのナイトみたいな動きでもするのかな、と試してみたら馬鹿みたいに強かった……というのは余談として。
名前にこめてくれた想いはもちろんわかっている。
『六連星』――コートに立つプレーヤーだけがチームじゃないという私のメッセージに対し、コーチが一人とは限らない、と、私に言ってくれたもの。
昴だけじゃない。
私と智花ちゃんたちの絆だって確かにあったのだという証。
同じ文字が彫り込まれた駒は私の化粧ポーチにもついている。
「その二つのせいで三年目からのプレゼントのハードルが上がったんだよね……」
「そんな。気を遣っていただかなくても……」
ちょっと困った顔をする智花ちゃんに、私はにっこり笑って今年のプレゼントをする。
「ごめんね、冗談だよ。はい。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます……! なんでしょう……あっ!」
「久しぶりに原点に返ってみました」
小さな包みに入っているのは、またも将棋の駒。
それしかないのかと言うなかれ、それくらいしか私だけのアイデンティティというのがないのである。
幸い、智花ちゃんも口元を綻ばせて喜んでくれた。
「もう、頂けないのかと思ってました……」
「いや、毎年同じだとさすがに飽きるかと思って」
今年の駒に入れてもらった文字は『智花』。
「でも結局、ベタもベタになっちゃいました」
「そんなことありません……! 大切に、します」
ぎゅっ、と、新しい駒を抱きしめてくれる智花ちゃん。
「私はどこででも頑張っていける。……そういうこと、ですよね?」
「……もう、智花ちゃんには敵わないな」
『六連星』の駒は「みんなでひとつ」。
『翔鶴』の駒は「あなたもいっしょに」。
『智花』の駒は「ひとりでだって」。
智花ちゃんが一個の駒としてやっていけるという意味。
中学までは五人揃ってバスケを続けた智花ちゃんたち。でも高校、大学と進むにつれて別の道を選ぶ子もいた。今もバスケを続けているのは二人だけで、その二人も別の大学に進んでいる。
大学を卒業する頃には一人になるかもしれない。
そして、その「一人」が智花ちゃんだとは限らない。小柄で多忙な彼女がプロの道を断念する可能性だって、十分残されている。
それでも、智花ちゃんならどこででも、何をしても、きっと大丈夫。
「三つは多いから、一つは別のところにつけますね」
大学生になってからぐっと大人びてきた笑顔で、智花ちゃんが言った。
今回の駒にはあらかじめ穴を開け、金具とセットにしてある。
『六連星』を外して代わりに『智花』を取り付けると、新しい金具に外した『六連星』を取り付ける智花ちゃん。二つセットで送ったため、もう一つの『智花』が残ったが、それは私に差しだされた。
「翔子さんが持っていてください」
「いいの?」
「はい。持っていて欲しいんです」
「……そっか」
私は「ありがとう」と微笑んで、化粧ポーチにそれを取り付けた。
なんだか姉妹の証みたいに私には思えた。
「っと、お腹空いてきちゃった。始めちゃおうか」
「はいっ」
私のプレゼントは駒だけではなく、もう一つ。
甘口で飲みやすい日本酒、それもお祝いでないと買えないようなちょっと高いのを用意してみた。
ワインやチーズじゃ三沢家に勝てないけど、まがりなりにも棋士の娘。母さんや、年中お酒飲んでる盤師の女性などなど、日本酒に詳しい人なら結構知っている。そういう伝手を使って手に入れた一品である。
開けるのは今日じゃなくてもよかったけど、智花ちゃんが「飲みたい」と言ってくれたのでさっそく開けた。
下調べした情報通り。
口当たりがよくてするする入ってくる。さすが高いだけはあると感心させられる。
洋酒党の久井奈さんにも飲ませたいな、などと思いつつ、料理やチーズをつまみにちびちびと飲む。
智花ちゃんも「美味しい」と笑顔で切子グラスを傾け、て?
「あの、ちょっとペースが速いような……」
「翔子さん。聞いて欲しいことがあるんです」
「あ」
気づいたら目が据わっている。
頬が赤く、瞳はうるうると潤んでいて、これから大事な話をしますと主張している。
――花織さんが教えてくれたのは、この間また一人、智花ちゃんの片思い玉砕歴が増えたという話。
それも、ちょっと胸に刺さることを言われたらしい。
その、愛が重いし釣り合う自信がないとかなんとか。聞いた私の胸まで痛くなった。ちなみに私は似たようなことを年に一回くらい言われている。
ぽつぽつと智花ちゃんが語ったのもそういう話で。
酒と料理を進めながらだんだん涙ぐんでくるものだからどうしようかと思った。
最終的に智花ちゃんは私に抱きついてしゃっくりを上げ始めた。
「そうだ。智花ちゃん。いっそのこと女二人で一緒に暮らそうか」
「……ぐすっ。いいんですか?」
顔を上げて嬉しそうにすう彼女。
駄目だ。この子酔ってる上に相当傷ついてる。
私は苦笑し、智花ちゃんが自棄にならないよう必死で慰めることになったのだった。