ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
何この圧迫面接。
というのが、久井奈さんのお手伝いのため『形だけの面接』に挑んだ私の第一印象だった。
面接だし一応正装だろうと、私は七芝の制服姿。
手持ちにスーツは無かったのだ。着物なら複数あるんだけど、それだと正装っていうより盛装になっちゃいそうなので却下した。
仕事内容が誘拐犯だし、目立つ格好をする必要もない。
場所は三沢家本館の応接間。
お客様をもてなすための部屋が息苦しいはずはないのに、実際身に感じるのは物凄いプレッシャー。
大半は私が勝手に感じているものなんだろうけど、形だけと言いつつ面子が凄かった。
まずは久井奈さん当人。私にとっては友人のようなものだけど、訓練においては責任者。馴れ合いで採用したと見られては互いに困るということで、淡々とした表情を保っている。
次に真帆ちゃんのお父さん、三沢風雅さん。浴衣を作ってもらった時と代金代わりのモデルの際に会ったことがある。スレンダーな長身の美形で、なんというか少女漫画に出てくる理想のお父さんを具現化したような人だ。爽やかで物腰が柔らかく娘に甘い。それでいて超一流のデザイナーでもある。風雅さん自身は怖い人ではないんだけど、チェーン店のバイトの面接に社長が来ちゃった感。
そして最後の一人。
クールさと気品を併せ持ったロングヘアーの女性。身に着けているのは久井奈さんと同系のメイド服なんだけど、パーツの端々がそれとなく豪華になっている。纏う雰囲気からしてメイド長かと思いきや、彼女が名乗った名前は「三沢萌衣」――真帆ちゃんのお母さんだった。
デザイナーの風雅さんが安心して仕事をできるよう、家の一切を取り仕切る最高権力者。
メイド長の肩書もきっちり保有していらっしゃる、最も強敵と思われる人物だ。
――前世の就職面接より緊張する。
入室から面接は始まっていた。
できる限り姿勢を整えながらソファの横まで歩き、一礼してから所属と名前を告げる。
着席を指示され「第一関門クリア」と思った矢先に萌衣さんの名乗りを受けた私は頭が真っ白になるのを感じた。
「久井奈にスカウトされて、今回の訓練への参加を希望したそうですね」
涼やかな声が響く。
間髪入れずに切り込んできた萌衣さんは間違いなくやり手だ。
あの才媛、久井奈さんでさえどこか緊張した面持ちでいるのがわかる。仕事モードの久井奈さんをあらゆる面で凌駕していると考えた方がいい。
なんで私、というか昴の周りには凄い人ばっかり集まってくるんだろう……。
「はい。真帆さんとは仲良くさせていただいていますので、彼女を守るための訓練を少しでもお手伝いできれば、と希望しました」
「なるほど。では、あなたの能力がどのように役立つとお考えですか?」
これ、ガチのやつじゃん……!
笑顔を維持しながら内心冷や汗をかく。前世知識があるとはいえ、女子としての面接はこれが初。真面目で有能なら基本オッケーな男子と違い、女子の場合は人当たりの良さや容姿、ちょっとした仕草から漂う品の良さなども大きな審査項目。
少しも気を抜けない緊張感に心臓が高速で脈打つ。
「中学からバスケットボールを続けているので体力には自信があります。また、男性の振る舞いには人一番敏感なつもりです。身長も高い方なので、男装をしても周囲に溶け込めると思います」
「……それだけですか?」
心なしか厳しい視線に射貫かれる。
風雅さんが「萌衣。やりすぎじゃないか?」とでも言いたげに口を開くけど、「あなたは黙っていてください」とばかりに一瞥だけで一蹴される。
二人の背後に立った久井奈さんの頬がひくっと動いた。
――あー、もう、これやだ!
とか言いたくなるのを堪えて答えた。
「真帆さんとは何度もお話をさせていただき、その人柄を人並み以上に把握しているつもりです。久井奈さんとも一緒に作業をさせていただいた経験がありますので、息を合わせることが可能かと」
「ふむ。具体的に、真帆を攫うにはどんな手段が有効だと?」
「真帆さんは好奇心旺盛でいらっしゃるので、そこを突けば――失礼ながら簡単に隙を突けると思います。具体的にはゲーム、珍しいもの、それから食べ物……特に辛いものには目がないはずです。後は親しい人、そうですね、例えば長谷川昴の名前を出して誘うのも有効ではないでしょうか」
「久井奈」
「はい。彼女に計画の詳細は話していませんが、今挙げられたプランの多くは実際に候補として挙がっています」
「なるほど」
頷き、しばし黙考する萌衣さん。
なんとかなったかな、と楽観する私だったけど、残念ながらそんな上手い話はなかった。
更にいくつもの質問が繰り出され、それに答えていく。
「逆に久井奈の弱点は把握していますか?」
「とても仕事熱心で優秀な方ですので、弱点は少ないと思いますが――強いて言うなら仕事熱心すぎること、真帆さんへの愛情が深すぎることなどでしょうか」
「男装に自信があると仰いましたが、男性の気持ちにも造詣が深いのですか?」
「はい。そう思っています」
「では、私のこの衣装を見て、どのように思いますか?」
「っ。それは、その」
「答えられませんか?」
「萌衣」
「これは大事な質問です」
「……その。旦那様は大変素敵なご趣味をお持ちだと。奥様のような方に『ご主人様』と呼ばれて傅かれたいのか、それとも、蔑まれることに喜びを感じていらっしゃるのか……」
「ぶふうっ!?」
「ふ、風雅さまっ……しっかりしてくださいませ……っ!」
私の返答を聞いた風雅さんが紅茶を吹き出して咳き込む。
久井奈さんが慌てて介抱する中、萌衣さんはくすくすと笑い声をこぼしていた。
「久井奈。真帆は、あなたに素敵な友人を運んでくれたようですね」
「……え?」
思ってもみない言葉に目を丸くする久井奈さん。
彼女は一瞬の後、目を伏せて頭を下げた。
「もったいないお言葉です、萌衣さま」
萌衣さんは柔らかな笑みを作ると私をじっと見つめてきた。
「鶴見翔子さん」
「は、はいっ」
「あなたの男装姿、風雅が社内用に撮影してものを私も見せていただきました。大変素晴らしい出来だったと思います」
「ありがとうございます」
「浴衣や着物を美しく着こなした写真と見比べれば、その歳でよくぞと思います。久井奈の補佐役、どうかよろしくお願いしますね」
え、と。
私は一瞬固まった後、言われたことをようやく理解した。
慌てて立ち上がると頭を下げる。
「あ、ありがとうございます……っ!」
萌衣さんはもう一度にっこり笑うとゆっくりと立ち上がった。
「久井奈、後は任せます。私はお先に失礼しますね」
「かしこまりました。お任せください」
久井奈さんが一礼し、恭しく萌衣さんを見送る。
私も萌衣さんが退室するのを頭を下げて見送り、扉が閉じて十分な間があってから、息を吐きだした。
見れば風雅さんも似たようなことをしていた。
「……いや、萌衣が張り切りだした時はどうなるかと思ったよ。すまなかったね、翔子ちゃん」
「い、いえ、とんでもありません」
私は恐縮して首を振った。
「私こそ、変なことを言ってしまってすみません」
「ははは、気にしないでくれていいよ」
暗に「メイド好きかつSかMの趣味がある」と言った例の発言を風雅さんは爽やかに笑い飛ばした。
笑い飛ばした後、真顔になって「でも僕に被虐趣味はないよ」と言われたので、こくこくとただ頷いて答えた。
――風雅さんは断じてMじゃない。覚えた。
と、久井奈さんからもジト目で睨まれる。
「……本当に、
「え」
すみませんと謝るのも忘れ、硬直してしまう私。
今、久井奈さん、私のこと。
戸惑いつつ視線を向ければ、彼女は悪戯っぽく小首を傾げて言った。
「京都では私の部下という扱いになりますので。構いませんよね?」
「……はいっ。もちろんです」
答える声が弾んでしまったのは仕方なかったと思う。
「本当に仲良しのようだね。仕事一辺倒な久井奈が他に目を向けるのはいいことだ」
「風雅さま。翔子とは個人的な友人というだけですので」
「真帆ちゃん抜きで『友達』って言ってくれるんですね。嬉しいです」
「っ。からかわないでください、翔子」
少しだけ三人で談笑した後、私は久井奈さんの指示で仕事の話に移った。
衣装合わせに細々した注意事項に毎日のスケジュールに各種図面等々。
覚えることがいっぱいで「これでアルバイトかぁ……」と遠い目になったけど、ぶっちゃけ後の祭りなのであった。
☆ ☆ ☆
それから。
つばひーたち五年生の練習を指導したり、同好会に参加して香椎くんたちと激戦を繰り広げたり、ことあるごとに電話してくる葵と話をしたり、私も一緒に行ければいいのにという愛莉ちゃんや智花ちゃんと電話でお話したり、お仕事の打ち合わせをしたり……。
慧心女バスの修学旅行と昴・葵のペア旅行、そして私のお仕事までの日々はあっという間に過ぎていった。
本当は秋休み中、五年生の指導に集中できれば良かったのかもだけど、生憎そうもいかない。
私は代わりとして、みんなの練習プランを秋休みまでに固めた上、休み中はそれにそって練習してもらうようにお願いした。
それから一応、代理コーチとして香椎くんを指名してある。
小さい女の子の相手をさせるのは心苦しいものがあったけど、智花ちゃんたちで多少慣れたのか、何度か説得することでOKしてもらえた。指導というよりは監視とビデオ撮影さえしてもらえたら後から私が色々言えるので非常に助かる。
代わりに香椎くんには何かいいお土産を買って帰らないと。
昴たちには仕事のことは伝えていない。
こっちも旅行に行くことにしたとぼかして伝えてある。まあ、実際は三沢家の従者とお仕事でお出かけなんだけど、まるっきり嘘でもない。
そして、昴たちの旅行に出かける前日の午後。
「君、一人?」
駅前広場に一人、佇んでいた私は不意に声をかけられて顔を上げた。
「聖さん」
後ろで髪をひとつに縛ってサングラスをかけたミュージシャン風の男性――もとい、男装した女性を認めて笑顔を浮かべる。
「私、バレバレでしたか?」
「私はあなたが男装していると知っていますから」
聖さんだけでなく私の方も男装中。
男物のジーンズにシャツ、薄手のジャケット。長い髪を隠した帽子まで全部男物だけど、ブランド品で固めている聖さんと違って私のはユニクロの安物。
必要経費としていくらかもらったものの、あまり服だけにお金をかけるわけにはいかなかったからだ。
といっても変装としては十分なはず。
「翔子こそ、一目で見破りましたね」
「私も聖さんと同じ理由です」
私達はくすくすと笑いあった。
「では、翔子。ここから任務開始とします。宿泊施設の部屋以外では呼び方を変えるように」
「はい。
「ん。じゃあ行こうか、
サングラスをかけ直した聖さんに続いて歩く。
男装中は二人とも、いつもより歩幅を広く、かつ内股にならないよう気をつける。鞄は無造作に持つ感じで、必要以上に丁寧にすると女子っぽく見えてしまう。服にいっぱいあるポケットを活用するのも忘れずに。鞄からハンカチを出して手を拭く男とかレアだ。
私としては前世の感覚を必死に思い出す感じ。
聖さんも事前に練習していたようで、立ち振る舞いはかなり堂に入っていた。いつもよりラフでぶっきらぼうな彼女に何故かきゅんと来てしまう。
――実は男装女子って私のツボ?
そりゃそうか。だって聖さんはもともと私の好みど真ん中だ。
そんな彼女が男役に徹してくれるんだから、女の子を受け入れてしまった私にストライクでないはずがない。
「どうした翔?」
「なんでもないです」
首を振って微笑――みそうになるのをキャンセル。
「そうか? 何かあったらちゃんと言うんだぞ?」
聖さんはそう言うと、私の前髪に触れながら顔を覗き込んでくる。
凄く格好いい。格好いいけど。
「そういうの、イケメン以外許されないですからね。あと今やったら同性愛者だと思われます」
「っく。……なるほど、気をつける」
囁くと、聖さんは喉を鳴らしてから苦々しく頷いた。
各駅に乗り込み、途中で新幹線に乗り換え。
現地までぞろぞろ行くと目立つので何グループかに分かれることになっており、私と聖さんは二人きりの移動だ。犯人役の動向を防衛側のメンバーに気取らせない目的もある。
男を装っている手前、いつもみたいに話はできなかったものの、天気のことや景色のことをぽつぽつ話したり、一緒にお弁当を食べたりした。
――男の話題といえばエロか趣味のディープな話、もしくは政治か賭け事。
前もって決めたテーマに沿おうとしたらお互いに恥ずかしくなって黙り込んだりしつつ。
持ってきたポータブル音楽プレーヤーとかで誤魔化してみたり。
「それ、何聴いてるんだ?」
「リヤン・ド・ファミユっていうアマチュアのバンドなんですけど、結構いいんですよ。聴いてみます?」
「ああ」
でも、なんだかんだ楽しかった。