ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「……なんだよ、これ」
柿園の声は震えていた。
終業式後のバスケコートには俺達七人しかいない。そして、そのうち約半数が硬直している。
みんなの視線が注がれている先は、俺が取り出した巾着袋の中身。
──ずたずたになったスニーカー。
カッターによるものだろう。
直線的な切り傷が幾重にも引かれ、男女どちらでも使えそうなシンプルなデザインが穢されている。一目で「もう履けない」とわかる有様からは明確な悪意が感じられた。
「……翔子」
「つるみん……」
友人達のかけてくれた声に、俺は何の反応も示せなかった。
☆ ☆ ☆
話は数日前に遡る。
「はじめましてぇ。御庄寺多恵です。ゾノはショージって呼んでるよぉ」
放課後、校庭の一角。
柿園が連れてきた少女はどこか間延びした口調で挨拶してくれた。髪には天然でウェーブがかかっており、顔のそばかすが愛嬌ある印象を与えている。
可愛いが、可愛すぎないあたり、同性から嫌われるのをギリギリで避けている感じ。
「鶴見翔子です。よろしく」
右手を差し出して会釈すると、御庄寺は俺の手を握って「えへへ」と笑った。
「ゾノから聞いてるよお。漫画好きなんだよねぇ?」
「ん……まあ、人並みには」
「人並み程度な子はスラムダンク全巻読破しないと思うよぉ」
ドラゴンボールと並んで男子のバイブルだけど、あれももう昔の漫画だからなあ……。
「弊社はねえ、雑食だからなんでもいけるよお。今度ゆっくりお話ししようねえ」
「ああ、是非」
弊社ってなんだ。……ああ。御庄寺→ショージ→商事→弊社か。初めて聞いたぞ、そんな一人称。
「それで、バスケするんだよねぇ?」
「ああ。クラスで一番の男子が仲間を連れてくる。そいつらに勝ちたいんだ。……協力、してくれるか?」
御庄寺の瞳を見つめて尋ねる。
嫌だと言われたら仕方ない。別のクラスメートをあたって、駄目なら昴や葵に協力を仰ごう。条件が明示されていない以上、極論、美星姐さんを連れて行ってもいいはずだ。やらないけど。
果たして、
「うん、いいよぉ」
彼女はいともあっさりと首を縦に振った。
「いいのか?」
「じゃなきゃわざわざここまで来ないよぉ」
ちらりと柿園を見る。
どうよ、と言いたげな笑みが返ってくる。どうやら事前説明もばっちりらしい。インドア派っぽい子だったのでどうなるかと思ったが、
「ありがとう、助かる」
あらためて深く頭を下げた。
「……ほわぁ」
「言っただろ? こういう奴なんだよ、こいつは」
頭の上で柿園達が何か言っていたが、意味がよくわからなかった。
自己紹介の後、御庄寺の運動能力を見せてもらった。
意外にも普通に動きが良い。鉄棒での逆上がり、縄跳びでの二重跳び三重跳びも難なくこなす。体育以外で殆ど運動をしないらしいので、むしろかなりセンスのある方だろう。柿園に続く天才肌二人目。類は友を呼ぶ、というやつかもしれない。
ひととおり見せてもらったところで、俺は御庄寺に尋ねた。
「バスケのルールはわかるか?」
「うん。授業でやったから、だいたい覚えてるよぉ」
ルールも問題なし。
諏訪もバスケ部ではないので、試合は授業に準拠したものになる。細かいことまで教える必要はない。
「じゃあ、後は当日。風邪だけは引かないでくれ」
「特訓とかするなら付き合うけどぉ?」
「そこまではいいよ」
試合には勝ちたいが、何が何でも勝ちたいというわけではない。
俺にとってバスケは楽しいもの。初心者にスパルタ特訓を施してまで勝つものではない。バスケコートが空いていれば軽く慣らすくらいはしたかったが、あいにくと他の生徒が使用中だった。
──いきなり昴達のところに連れていくのも拒否反応が出かねないし。
あいつらはバスケが身近すぎるせいで感覚がおかしいところがある。
丁寧に教えてくれるし、できるまで付き合ってくれるが、だからって延々ドリブルだけとかフリースロー打ちっぱなしとかいきなり言われてもキツイ。俺はいつの間にか慣れたが。
本人達は毎日基礎トレとかも欠かさないから余計に劣等感が生まれやすい。
「多分、御庄寺も面倒なの嫌いだろ?」
「うん、まあ、ぶっちゃけるとその通りだよぉ」
ふわりと笑う御庄寺。
悪びれる様子もない。俺としてもそれくらいの方が気楽で良かった。
「じゃあさあ、つるみん」
「つるみん?」
「あだ名だよぉ」
いきなりか。
センスが良いのか悪いのか微妙だが、ルミショーとか呼ばれるよりはマシな気がする。
「で、つるみん。時間あるなら弊社の家行こうよぉ。漫画いっぱいあるよぉ」
「え、でも、いきなりはお邪魔じゃないか?」
「全然問題ないから気にすんな」
「柿園が言うのかよ!」
御庄寺に引きずられ、柿園に背中を押されながら言ってみると、実際、ごく当たり前のように歓迎されてしまった。
今人生で初めて入る女子の部屋(自室を除く)は割と普通だった。
全体的な色調こそ淡いピンクで居心地の悪さがあったものの、本棚に並ぶ漫画やらラノベの半数近くは馴染み深いレーベルのもの。一緒にいるのが男っぽい口調の柿園とオタクっぽい御庄寺ということもあって、いつの間にか時間を忘れて話し込み、やがて全員無言での漫画鑑賞に落ち着いた。
気づいたら夕方になっていて、慌ててお暇したくらいである。
「また来てよねぇ」
「ああ、うん。また折を見て」
今度は手土産(駄菓子)くらいは持ってきたいところだ。
と、結果的にはチームメイトとの友好を深めることができた。翌日からは昴達と特訓したり、超回復を狙って身体を休めたり。
相変わらず続いている嫌がらせはスルーして。
遂に当日を迎えた。
☆ ☆ ☆
「ん? 翔子、そっちの袋は?」
「ああ。まあ、秘密兵器」
その日、俺はランドセルの他に巾着袋を持参していた。
中身は七夕さんがプレゼントしてくれたスニーカー。昴達とのバスケで適度に慣らしたそれを履くと凄く動きやすい。いわばお守りだ。
柿園は「ふーん」と相槌を打つと、いきなり身を乗り出して。
「じゃーこっちも秘密兵器か!」
「ちょ、止めっ!?」
胸を揉まれた。
お陰でクリーム色のブラ──キャミソールではなくブラだ──を意識させられてしまう。学校に着けてきたのは初めてだったので死ぬほど恥ずかしい。というか、男子もいるところでその仕打ちとか正気かこいつ。小学生ならそんなもんかもしれないけど。
反射的に柿園をぶん殴らなかったのは褒めて欲しい。
真っ赤な顔で睨みつけると、さすがの柿園「あー、悪い」とバツの悪そうな顔をして、
「ちょっと」
いつのまにかすぐ傍に立っていた鳳が俺達を呼び止めた。
「ん?」
「あ?」
「バスケ、私も行くから」
なんで?
俺と柿園は顔を見合わせ、鏡写しのような表情を浮かべる。
鳳が額に青筋を浮かべた。
「審判。諏訪くんにお願いして『ぜひ』って言われたの」
諏訪くん、と言う時だけ幸せそうな顔になる彼女。
なんというかわかりやすい。
好きな人を応援して、勝ったらここぞとばかりに距離を詰めるつもりなのだろう。
「いいでしょ?」
「好きにしろよ」
チームに入れろと言われたら全力で断るが、審判なら別に構わない。
素っ気なく答えると鳳は満足そうに頷いた。
じゃあ、と言って去っていく。
「あいつ、諏訪に有利な審判とかしねーよな?」
「さすがに、それは諏訪が怒ると思う」
まあ、大丈夫だろうと俺達は思っていた。
そう、この時はまだ。
☆ ☆ ☆
終業式の後、更衣室を借りて体操着に着替えてからバスケコートに移動。
そこで初めて巾着袋を開け──犯行を知った。
「……おい、鶴見」
諏訪に呼ばれる。
男女って言われないのは珍しいな、とどうでもいいことを思った。
顔を上げる。
液体が瞳から頬を伝ってこぼれ落ちる。
「お前……!」
諏訪が、柿園が、御庄寺がはっと顔を強張らせる。
男子側の残り二人は状況についていけないのか呆然と立ったまま。
鳳は眉を顰めて胸に手を当てていた。
「それ、どうしたんだよ……?」
「……さあ? 誰かがカッターで切り刻んだんだろうけど」
「どう、すんだよ」
声がかすかに震えていた。
「その靴じゃ、試合は無理なんじゃない?」
「鳳」
横手から言ってきたのは鳳だった。
唯一、試合に直接関係ない彼女はある意味、傍観者といっていい。最も客観的に物が言える立場にある。
実際、ズタズタにされた靴はもう使えない。
幸い登校に履いてきた靴があるので試合自体は可能だが、想定していたほどのパフォーマンスは発揮できないだろう。
──肉体的にも、精神的にも。
続けて紡がれた声はどこか優しげだった。
「ね? 鶴見さん、もう負けでいいじゃん。やる意味無いよ」
「黙れ、鳳」
「え……っ?」
低い諏訪の声に鳳が目を見開く。
何で、と、彼女の表情が尋ねている。そこに諏訪が何か言おうとして、
「ああ。負けでもいい」
「っ、おい!」
少年の矛先がこっちに向いた。
駆け寄ってきて、今にも掴みかかりそうな勢いで睨まれる。
俺はそれをぼんやりと見つめかえして、言った。
「悪いけど中止にしてくれ。俺は行くところがある」
「……どこ行くんだよ」
「職員室」
言うだけ言って踵を返す。
柿園と御庄寺がついてくる気配。更に、後ろから声。
「職員室に行ってどうするのよ!」
「先生に報告するに決まってるだろ」
立ち止まって振り返る。
鳳の表情が強張り、肩はかすかに震えている。
「なんで」
なんで、か。
「知らないのか。人の物を故意に壊すのは犯罪なんだよ」
「でも、誰がやったのかなんて……」
「? 変なこと言うな。俺は誰かを先生に言いつけに行くんじゃない。大事な物を誰かに壊された、って報告しに行くんだ」
まだ、涙は止まっていない。
そのまま睨みつけてやる。
「それとも、お前がやったのか?」
「ひっ……!?」
「これは、俺の友達のお母さんが、プレゼントだって買ってくれたものだ」
あの時の七夕さんの表情は忘れていない。
あの時の嬉しさだって忘れていない。
必ずいつか恩を返そう、そう思っていた。
「
一歩、近づく。
一歩、鳳が後ずさる。
よっぽど怖いんだろう。肩の震えは大きくなっている。
瞳には涙が浮かび、唇はきゅっと結ばれていた。
だからどうした。
「教えてやる。やるなら、やり返される覚悟をしなくちゃいけない。俺は別に常識人でもなんでもない。キレたらなんだってできる。取り返しのつかないことをされる感覚を教えてやる。もう一度聞くぞ。──お前がやったのか?」
もう一歩近づく。
鳳が、ぺたんとアスファルトの上に座り込む。更に一歩踏み出そうとした俺の両腕を柿園と御庄寺が一本ずつ抑えた。
「やめとけ、翔子!」
「つるみん、それ以上やったら本当に警察沙汰だよお!」
警察沙汰になんかなるか。
今の俺は法律上も見た目上も小六女子だ。歳も性別も鳳と変わらない。多少、相手に怪我させようと子供の喧嘩で片付けられる。
第一、言質を取れなきゃ何もするつもりはない。
言質さえ取ってしまえば、先にやったのはあっちだ。いじめた側が仕返しを受けただけ。自業自得で終わりだ。
──だけど、柿園達に怒鳴り返すのは筋が違う。
俺は足を止め、息を吐いて気持ちを落ち着けた。
鳳は大粒の涙をこぼしながら首を振っていた。
「私じゃない! 私は悪くない!」
「そうか」
なら、職員室に行くしかない。
ゆっくりと校舎に向かって歩き出した俺を、もう鳳は呼び止めなかったし、柿園と御庄寺も黙ってついてきてくれた。
☆ ☆ ☆
「……ごめん」
職員室を出た後、俺は二人の友人に頭を下げた。
「ついかっとなった。せっかくの試合、台無しにした。気分の悪い思いもさせたと思う。せっかく付き合ってくれたのに」
「もう、いいよぉ」
答える御庄寺の声には力が無かった。
先生への報告、相談は正直に言ってスムーズとは言えなかった。
担任を捕まえて現物を見せ「悪意ある悪戯」を訴えたが、担任は「誰がやったのか」という問いに俺が答えられないのを確認して論調を変えた。
端的に言えば管理不行き届きを責めてきたのだ。
大事なものなら学校に持ってくるべきではない。誰かに貰ったからと見せびらかしていたら悪戯に遭うこともある。今回は反省して今度から気をつければいい、と。
──ふざけるな、と思った。
俺は声を荒げて反論した。
『悪戯した方は悪くなくて、された方が悪いってことですか?』
敢えて他の教員の注目を集めた。
その上で再度主張する。俺が持ってきたのはただの靴、それも運動靴だ。キャラクターものなどの華美なものですらない。放課後にクラスメートとスポーツをするために家から持ってきたもので、目を離したのはトイレの際と体育館での終業式の間でしかない。
式の間、抱いて守っていなかったのが迂闊だったというのか。
せっかくプレゼントしてもらったものなのに。友達と、そのお母さんに「ごめんなさい」と謝らなくちゃいけない。せめて犯人に一緒に謝ってもらえないのか。そのために先生に協力してもらうことはできないのか。
居心地の悪くなった担任は愛想笑いを浮かべて協力を請け負った。
こっちでも動いてみるから変なことはしないで欲しい、と。
──意訳すれば、話はこれで終わりだということ。
今日は終業式。
先生がどう動くつもりか知らないが、集められる情報にも限度がある。もし、二学期になってから生徒達に話を通すつもりなら無駄としか言いようがない。一か月以上前の話を聞かれても「何を今更?」で終わるに決まっているからだ。
結局、俺の負けは確定事項。
相手から譲歩を引き出した以上、ここで退くのが大人の対応。子供が従う必要はないとはいえ、もともと心証のよくない俺が食い下がっても意味はない。
「じゃあ」
「ああ」
「うん」
柿園達とは言葉少なく別れた。
──得られた教訓は一つ。
郷に入っては郷に従え。
特異であること。弱いことが悪だというのなら、強くなるしかないということだった。
※補足
復讐劇が始まったりとかはありません。本格的にイメチェンしないと駄目だなと決意した、くらいにお考えください。