ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「こんな簡単なことで二度も失敗とは……。覚えるのが苦手ならば相応の対策を取るべきではありませんか?」
「申し訳ありません」
従業員用の休憩室の奥にはベッドの置かれた仮眠室がある。
仮眠用だから横幅は狭いんだけど、スプリングはふかふかで寝心地は抜群。なのにあんまり使われないのは殆どの子が屋敷に自室を持っているのと、仮眠を取る暇がそもそもあんまりないのと、メイド服のまま寝ると皺になるせいだ。
なので、当主やそのご家族には聞かせられない話――具体的に言うとお説教のために使われていたりする。
もちろん、こんなこと知ったのはここで働くようになってからなんだけど。
「意欲がないわけではありませんね? もしそうであれば、しかるべき報告をしなければなりません」
「も、もちろんやる気はあります!」
私、鶴見翔子は大学卒業後に「三沢家」へ就職した。
風雅さんがデザイナーを務める「ForM」ではなくて三沢家のお屋敷にメイドとして入ったのだ。前にアルバイトの面接をした時より恐ろしい面接を経てなんとか合格し、聖さんの下につけられたものの、お仕事が順調かといえばそうとも言えなかった。
お屋敷に置かれた調度品、ちょっと特殊なお手入れが必要なものの扱いを、短い期間に二度も間違えてしまったのだ。
馴染みのない方法――というか、馴染みのある方法とごっちゃになりやすいのが原因なんだけど、もちろん、そんなの言い訳に過ぎない。壊したとか重篤な問題ではないものの、じゃあ欠損や劣化に繋がらないかと言えば、断言はできないわけで。
「では、具体的な対策を提示してください」
「は、はい」
直属の上司――久井奈聖さんその人から、私は叱責を受けた。
友人としては朗らかで優しい聖さんだけど、上司としてはとてもスパルタだった。覚えることをどっさり積み重ねられ、ようやく形になってきたかと思ったら追加がやってくる。お金持ちのお家だけあってメイドさんに求められるスペックも並ではなく、さんざん覚悟してきた私でさえ「想像以上だった」と感じている。
ここだけの話、離職率はかなり高いらしい。
まあ、これは優良スペックの献身的なお嬢さん(だいたい美人)がどんどん貰われていくせいもあるから、一概に厳しいせいとも言えないんだけど。
「駄目です。もっと具体的に述べてください」
「は、はいっ」
お仕事に慣れて、見事一人前になるのはなかなか大変そうである。
☆ ☆ ☆
研修期間が一番辛いというのを差し引いてもお屋敷の仕事は激務だ。
日々のルーティンはだいたい決まっているものの、家主家族のスケジュールによって細かな変更や追加は日常茶飯事だし、一人一人の好みや習慣を覚えて柔軟な対応をすることも欠かせない。
仕事を終えて部屋に戻る時には大体ふらふらだ。
中学三年間バスケやってて、女バス辞めてからもトレーニングを続けてた私でこれだ。メイドさんに憧れただけの文科系のお嬢さんだったら多分死ぬ。
今すぐベッドに倒れ込みたいけど、部屋に戻った直後に呼び戻されることって結構あるから、三十分から一時間くらいはメイド服を脱げないんだよね。
と。
「お疲れ様です、翔子」
ふわりと、私は背後から抱きしめられた。
いい匂いと柔らかな感触。
「……ありがとうございます、聖さん」
「いいえ。頑張っている翔子にはご褒美があってもいいんです」
一分もないくらいで腕は離れてしまったけど、私が正面から抱きつくとくすりと笑って、もう一度抱きしめてくれる。
同性なのをいいことに、聖さんの豊かな胸に顔を埋める。
「苦しくないですか?」
「幸せです……」
「翔子がここまで甘える子だとは思いませんでした」
なんて言いながら、聖さんは私が満足するまでずっと甘やかしてくれた。
ベッドに並んで腰かけたまま抱きあって、頭を優しく撫でてもらう。気持ちがふわふわして、幸せになって、疲れや仕事のストレスが吹き飛んでいく。
いつまでもそうしていたくなっちゃうのが正直なところだけど。
ずるずるいくと本当にずるずるいくので、適当なところで身体を離した。
優しく微笑んで「もういいのですか?」なんて言ってくる聖さんが心憎い。
「すみません、いつもいつも……」
正気に戻ったせいで恥ずかしさが湧きあがってきて、そう謝ったんだけど、すると聖さんの指にこつん、とおでこを突かれた。
「いつも言っているでしょう? 仕事とプライベートは分けましょう。むしろ、仕事中は庇ってあげられないので申し訳ないくらいです」
部屋に戻ってきた後の聖さんは私をこれでもかと甘やかしてくれる。
仕事中に厳しい反動もあるんだろう。ここ以外ではこの顔を見せてくれないのは残念だけど、直属の上司が率先して厳しくしてくれるお陰で「コネ就職」と笑われることもいびられることもなく、むしろ「頑張ろうね」「負けないでね」と先輩方から可愛がってもらっている。
ご飯は仕事の合間に賄いを食べたので、お茶とお菓子でひと時の休息を取る。今日はお茶請けが和菓子だったので私が緑茶を淹れた。
並んで座ってお茶を飲み、ほっと一息。
――もうわかるだろうけど、私達は同じ部屋で暮らしている。
理由は色々あったけど、一番大きかったのは萌衣さんの一声だ。
『久井奈と仲がいいのだから、同室にしたらどうでしょう?』
ここだけ聞くと雇用主の横暴、いらぬお節介という感じだけど、代わりに聖さんは広めの部屋に移り、併せて昇給も果たした。
後で聞いたところによると、そういう口実でもつけないと待遇改善を拒否するからだそう。
前に聖さんが使っていた部屋は職務から考えると狭すぎるくらいなんだって。
『私は、翔子がそれでいいのなら』
『わ、私も構いません』
というわけで、私達は広い部屋を二人部屋として使っている。
私は聖さんの直属の部下。
つまり、真帆ちゃん(仕事中は「真帆さま」)のお世話をする聖さんをサポートする役目なんだけど、ぶっちゃけ聖さんの仕事は聖さん一人で十分すぎるほど回っているため、私は聖さんがどんな仕事をしているのか教わりつつ、屋敷の業務全般を叩きこまれている。
ひとまずは聖さんが体調不良とかになってもいいよう最低限の代わりができるようになること、それができたら、手が足りない部署に回されてひたすらお手伝いをするスーパーサブの役割を期待されている。
うん、まあ。「それって一番大変なやつですよね?」って思ったけど、さすがに文句は言えなかった。
「そういえば……」
「? なんでしょう?」
「聖さんっておいくつなんですか?」
「っ!? けほっ、けほけほ……っ!?」
「ひ、聖さん!? ごめんなさいっ、私っ!」
慌てて背中をさすり、メイド服が濡れていないか確認。うん、大丈夫。さすが聖さん、急なことでも湯呑をきちんとテーブルに置いてこぼしてない。お茶も見た感じかかってなさそうだ。
「……急に歳なんて聞くから驚いてしまいました」
「本当にごめんなさい。その、私が高校生の頃にはもう大人の方だったので……」
「そうですね。私も、もう……」
若干遠い目になる聖さん。
歳をあらためて実感しているんだろう。こういう姿が見られるのは同居人の役得だ。
「見た目は全然、初めて会った頃と変わらないんですよ?」
「そう言っていただけると嬉しいです。翔子は……少し大人になりましたね」
「う、少しですか」
「ええ。少しだけ、です」
そう言って微笑む聖さんの顔は、確かに私では到底及ばないくらい大人っぽかった。
「結婚、しないんですか?」
「しませんよ」
きっぱりした返答だった。
怒らせてしまったわけじゃない。聖さんの中で答えが出てしまっているから、そう言う以外になかっただけだ。とっくの昔に自問自答して心に決めてしまっているのだろう。
結婚はしない。
一生独り身で生きていく、と。
特に忙しい身の上の聖さんだから出会い自体少ないんだろうけど……決して皆無ではないだろうに。
「萌衣さまは一応、それも想定していらっしゃると思いますけど」
私は「やっぱり」と思った。
聖さんだけで回っている仕事に私をつけた理由。それは体調不良なんて一時的なものじゃない、もっと先も見据えているからじゃないか。
つまり、聖さんがメイドを辞めること。
それにしては実行が遅い気もするけど、まあ、無理に据えなくてもいいという考えもあったんじゃないだろうか。真帆ちゃんももう大学一年生。去年の段階で一人暮らしを始めていてもおかしくなかったのだ。
聖さんは宙に視線を向け、目を細めて言った。
「私は、どちらかというと別の理由があるように思います」
「別の理由、ですか?」
「真帆さまが結婚して家を出られる時の備え、です」
「……あ」
なるほど。
聖さんは真帆ちゃん付きのメイドだ。もちろん他の業務全般も完璧なんだけど、何より真帆ちゃんからの信頼が絶対的。
なので、結婚した時まで聖さんが屋敷にいるなら――真帆ちゃんは絶対に連れて行く。
「じゃあ、私はその時の」
「はい。私のサポート役なのではないかと」
「……え?」
聖さんがいなくなった後のお屋敷で働くんじゃなくて?
あ、でもそうか、真帆ちゃんが出ていく前提なら真帆ちゃん付きのメイドは必要ないわけで、なら別の業務中心に教えた方が効率的だ。
だとすると……私も、聖さんと一緒に?
ぽかんと口を開けた私を見て、聖さんはくすくすと笑った。
「お相手の方にもよるでしょうけれど、新しいお家で私一人……真帆さまとお相手の方と、生まれてくるお子様のお世話をするのは厳しいかと」
「聖さんなら大丈夫そう……じゃなくて、私も行っていいんですか?」
「真帆さまと気心が知れていて、私が気兼ねなく仕事を振れるメイドは翔子だけですからね」
他の先輩方にも遠慮なく接してるように見えたけど……。
「なんだか、ほっとしました」
「そうですか?」
「はい。……聖さんと、近いうちにお別れなのかと思ってしまったので」
それは寂しいな、と思った。
だって、私がメイドを志したのは聖さんがいたからだ。だから聖さんには、せめて立派になった私の姿を見て欲しい。
ううん、それだけじゃなくて、本当は私は。
「私、聖さんともっと一緒にいたいんです」
「私達は一緒ですよ」
微笑んで、聖さんがそっと立ち上がる。
気がつくと二人とも湯呑は空になっていて、お茶請けの羊羹も残り少なかった。
「着替えてお風呂に入りましょう。それから、たまにはお酒でもどうですか?」
「え。お風呂、私も一緒にですか?」
「そう言ったつもりだったのですけれど。……嫌ですか?」
じっと、見つめてきた聖さんの顔を、私はきっと一生忘れない。
綺麗で、可愛らしくて、艶めいている。
私が今まで見たことがなかった、今までで一番、私の心を惹きつける顔。
――私達は一緒ですよ。
あの言葉は、
でも、だって、それは。
でも、だとしたら、それは。
私も、私だって、私の方が。
抑えていた気持ちが溢れてきてどうしようもなくなる。
「嬉しいです」
私は精いっぱいの気持ちを込めて微笑み返すと立ち上がった。
まずはお風呂だ。
一緒に入るなんて滅多にない。せっかくだから思いっきり聖さんに甘えちゃおう。それで、私の秘蔵の日本酒か聖さんのコレクションしているワインを開けて、飲んで、お互い、勢いに任せられるようになったところで、素直な気持ちをぶつけてみよう。
――大好きです、聖さん。
その夜。
私達がどんな一夜を迎えたのかは、私と聖さんだけの秘密にさせてもらいたい。