ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「祥! 良かった、来られたんだ……!」
到着した体育館の一角。
既に多くの人で賑わうそこに見知った顔を見つけた私は、思わず歓声を上げて駆け寄っていた。
その相手――全寮制の学校に行った親友は、私の顔を見ると柔らかく微笑んだ。
「翔子。……久しぶり、会いたかった」
「私も。その、色々あったけど……」
「言わなくていいわよ。お互い様でしょ? ……あんたも、いい恋したみたいだし、ね」
「ん……ありがと」
頷き、私も祥に微笑み返す。
後から気づいたけど、確かにさっきの私は昔の私らしくない。友達と会ってきゃあきゃあ喜ぶとか、本当に私も変わったものだ。
と、話しているうちに昴や葵が寄ってきた。
「おお、鳳。久しぶり」
「祥も来てたんだ。……本当、仲良いわよね二人とも」
「ええ。私とこの子は親友だもの。あんたたちも、久しぶり」
そっと身を離しながら答える祥。
無意識に指を絡めていたことに気づいた私は赤面した。
「付き合い始めたんだって? もうすることしたの?」
「っ。ちょっ、子供がいっぱいいるところで何聞いてっ!」
「そ、そうだぞ鳳!」
「ふーん。……なるほど、ご馳走様」
二人のちょっとした反応だけで察したらしく、祥はそれ以上深く追及しなかった。
余裕が崩れない上にぐっと話しやすくなって、祥ってばちょっとパワーアップしすぎじゃない?
「やっほー、昴君。翔子ちゃん。葵ちゃんも」
「麻奈佳先輩!」
私たちがわいわいやっていたので、祥に――というか、祥
手術に成功した先輩にあらためて「おめでとうございます」を言って旧交を温める。
嬉しい再会だったのは愛莉ちゃんたちも同じで、先輩が引率する硯谷の五年生チームと言葉を交わし始める。未有ちゃんたちレギュラーは来られないらしい。いつかのいざこざを思い出すけど、今回の不参加は逆の理由。慧心に手の内を晒すわけにはいかないから、とのこと。
――嬉しいこと言ってくれる。
愛梨ちゃんたちの正コーチである昴も感じるところがあったようで、にやりと唇を歪めていた。
「あ、あのっ」
そこで私たちに、というか、麻奈佳先輩に声をかけてくる子が一人。
硯谷チームの一人。
他の子が前に会っているのに対し、その子だけは初対面。私にとってはある一点においてとてもシンパシーを感じる特徴を持っている。
麻奈佳先輩によれば『期待の新人』らしい。
「都大路綾、と申します。は、はじめまして」
何この子可愛い。
って、つい取り乱しそうになったけど、そのくらい素敵な子だった。ほんのちょっとの会話でも育ちの良さがわかる所作と話し方、すらっとした美しい
綾ちゃんは体操部から転部してきた子らしい。急に身長が伸びてしまってスランプに陥っていたところを麻奈佳先輩が口説き落としたのだとか。
「是非みんなに会わせたかったんだ。……特に、翔子ちゃんと愛莉ちゃんに」
先輩の言いたいことはよく分かった。
「初めまして、鶴見翔子です」
「はじめまして、香椎愛莉です」
私たちは――もちろん、智花ちゃんたちも一緒にだけど――綾ちゃんに挨拶をして、それから少し話をした。急に背が伸びて困惑していたらしい綾ちゃんにとって、同じような経験をしている愛莉ちゃんの存在は特に気になっていたようだ。
「急に伸びたのなら、びっくりしたよね」
「は、はいっ!」
「わたしもね、そうだったんだ」
それから愛莉ちゃんは自分の体験を語った。下手で不安いっぱいだったけど、コートの中で自分の役目が見つかったこと。
そして、
「バスケットボールを始めたお陰で、わたしみたいに背の大きい先輩にも会えたの」
「あ……鶴見さん、のことですよね?」
「うん」
微笑んで頷く愛莉ちゃん。
私も微笑んで言う。
「もし、どうしても不安で、同じような人に聞きたいことがあったら気軽に相談してね。……年上の、優しくて格好いいお姉さんに」
「え、ええっ。あのっ、翔子さんっ、それって……」
「うん。もちろん、愛莉ちゃんのことだよ」
「えええっ」
わたわたする愛莉ちゃんだったけど、綾ちゃんはそんな彼女を見て落ち着いたみたいだった。
ほんの短い会話のうちにすっかり打ち解けてくれて、また会いたいとまで言ってくれた。うん、きっとまた会えると思う。
コートの上で、ね。
「ちょっと、おねーさん!」
「いつまであぶら売ってるの!?」
「あ、ごめんごめん」
つばひーたちに怒られて五年生ズのところに戻り、しばらくすると開会式が始まった。
☆ ☆ ☆
開会の挨拶は風雅さん。
そして、トーナメント表の書かれたホワイトボードを運んできたのは――『ForM』主催という時点で予想するべきだったかもだけど、聖さんだった。
しかも、ひなたちゃんに「うさぎさん」と評された通りのうさぎさん、バニーガール姿で。
いや、それ、アウトじゃない……?
参加者に変な性癖を植え付けるつもりなのかと疑ってしまう暴挙である。
まあ、女子小学生の大会だからギリギリセーフなのかな……? 昴みたいな一定年齢以上の男子は殆どいないし、親御さんからは距離が離れているので舐めるように見ることは不可能。女の子達からは「可愛い」「格好いい」と憧れの声が圧倒的だった。
とりあえず夏陽くんには後ろから目隠しをしておいたけど、私が目隠しして欲しいくらいだった。
なお、やっぱり聖さんも多少恥ずかしいのか、私と目が合った時だけはほんのりと頬を朱に染めていた。
当初は低学年高学年ごちゃまぜの予定だったものの、参加者が意外と多かったために二ブロック制に。
高学年の部の参加チームは七。
慧心の六年生チームと五年生チームは準決勝で当たる構図になった。硯谷は反対側なので、決勝に進まないと戦えない。
つまり、初戦でコケない限りは私たちと愛莉ちゃんたち、勝った方が硯谷女子との対戦権を得ることになる。
「昴。みんなも。悪いけど、思いっきり行くからね」
「ああ。お前が何をしてくるか楽しみにしてる」
「くふふ、マンガみたいでちょー燃える! るーみん、ちゃんと一回戦勝ってよね!」
「鶴見さんには申し訳ありませんが、私たちも本気で行きます」
「おー、おねーちゃんとかげとしあい、たのしみ」
「私達も今日まで腕を磨いてきました。精一杯頑張ります」
「翔子さんっ。頑張りましょうねっ」
そこからは完全にライバル同士。
五年生チームのコーチとして昴達から離れた私は、つばひーたちとミーティングに入った。
「コーチ。初戦はどうしますか?」
「うん」
雅美ちゃんの問いに頷いた私は悪役の表情を浮かべて言った。
「準備運動するつもりでいこっか」
☆ ☆ ☆
よし。快勝。
幸い、一回戦はダブルスコアという大差で勝つことができた。
悪役を続行して言うなら相手の実力が足りなかった。主催がファッションブランドな上、告知期間は短めでルールも変則的ということもあって、名だたる強豪と言えるのは硯谷くらい。他は大会のための即席チームだったり、近隣の学校のバスケ部が楽しむために来ている感じ。
全国を狙える慧心男バスを下した愛莉ちゃんたちや、その愛莉ちゃんたちに勝とうとしているつばひーたちとは練度が違った。
「ま、こんなもんだろ」
とは、一緒にいる夏陽くんの談である。
「前座が終わりましたね」
「ウイ。からだ、いい感じにあたたまりマシタ」
まずい、私の悪役ムーブがうつったかも。
ともあれ、つばひーたちは予想以上に仕上がってくれてる。指示通り「ウォームアップがてら」七割から八割の力で一気に試合を決めてくれた。
序盤に点差をつけて相手の戦意を削いだため、懸念であるスタミナの消耗は最低限に抑えられている。
万全の状態で、いよいよ決戦である。
「みんな、なるべく口出ししないから思いっきりやってきて。……大丈夫、今のみんなならいい勝負ができるよ」
「とーぜんじゃん」
「真帆には絶対勝つし」
「こんどこそトモカにリベンジ」
「ふふ。紗季に目に物見せてやるわ」
「姉様と試合……恥ずかしいところをお見せしないように、頑張ります」
☆ ☆ ☆
そして、向かい合う十人の小学生たち。
「よろしくお願いします!」
挨拶から始まった試合を、私と昴――両チームのコーチは反対側に立って眺める。
ちらりと視線を送ってくる昴に私はにやりと笑って応じる。昴の隣には葵と、駆けつけてきた香椎くん。私の隣には夏陽くんがいる。
夏陽くんがコート内を睨んだまま言う
「向こうはまだ俺達の手の内を知らないよな」
「うん。同じ時間に試合中だったからね」
もし見ていたとしても、ごくごく普通のことしかしていないので狙いはわかりづらいだろう。
「最初の狙い目はそこかな」
情報戦。
私や夏陽くんは愛莉ちゃんたちの戦い方をある程度知ってるけど、昴たちは五年生の「チームとしての戦い方」をまだ知らない。
序盤にアドバンテージを取れるかどうかが一つの鍵だ。
ジャンプボール。
当然、向こうは愛莉ちゃんでこっちはかげつちゃん。
身長差がそこそこあるので勝てなくても仕方ないけど――。
「うお! やるなかげつ、今殆ど差がなかったぞ!?」
「ふふっ」
かげつちゃんが頑張ってくれた。
ボールに触れることこそ叶わなかったものの、本当に後もう少しのところまで肉薄した。その高さに驚いた愛莉ちゃんの手元は僅かに狂い、狙ったところにボールを飛ばせなかった。
「すごいね、かげつちゃんっ」
「コーチと何十回ってジャンプボールしましたから……っ!」
「翔子さんと……。そっか、うんっ!」
練習の間、かげつちゃんはセンターとして私と張り合い続けていた。自分より高い相手と競り合い、試行錯誤した成果はきちんと現れている。
そしてそれは、かげつちゃんだけの話じゃない。
じっくりと策を練りながら紗季ちゃんが繰り出したパスから、智花ちゃんが先制点。
返しの攻撃で雅美ちゃんから速攻のパスワークで、最終的にミミちゃんが得点。
――うん、いい感じ。
本領発揮はまだまだだけど、出だしはまずまず。
そこからしばらくは取って取られての展開が続いた。
五年生ズの戦法は作戦通り。つばひーのコンビプレーが全体的なテンポを上げ、行けるならそのままシュート。警戒されたのを感じれば雅美ちゃんのロングシュートやミミちゃんの華麗なプレーに繋げ、かと思えばかげつちゃんが伏兵として得点を狙う。
対する六年生の反応は落ち着いたものだった。いつも通り、自分達のバスケを敢行。慎重かつスムーズにパスを繋げながら全方位から点を狙ってくる様は、ある意味、鏡写しのようだった。
いやまあ、こっちが後出しだから私達が真似したことになるんだけど。
「あいつも余裕って感じだな。気づいてないのか?」
「どうだろう。気づいてて『問題ない』って判断してるのかも」
慌てて対策に走るような奇策じゃない。むしろこっちも正攻法だから、昴の判断は正解だ。
「でも、このまま行ったらどうなるかな」
両チームの得点は差がつかないままに推移していく。
もちろん、全部のシュートが決まっているわけじゃないけど、リバウンドやその他諸々ひっくるめて「逃した得点チャンス」にほぼ差が生まれていないのだ。
こっちとしては想定通り。
そして向こうのチームは違和感を覚えているようで、昴と紗季ちゃんをメインに「なんだこれ」という顔をし始めている。言ってしまえば両チームがいい勝負をしているだけなんだけど、自分達のパフォーマンスが発揮しきれているので「差がつかない」理由がよくわからないのだ。
わからないが、不調ではないのでそのまま続行できる。
そして、緩やかに二点分、六年生がリードする。
コートの中で愛莉ちゃんたちが明らかにほっとしたのがわかった。徐々に押せていると思ったのだろう。
でも、どうだろう。
その実感は、もしかしたら錯覚かもしれない。
「なんだ、ボク達戦えてるじゃん、
「戦えてるね、
「お、なんだチミタチよゆーだな!」
「ふふ。何か秘策があるのかしら?」
「なら、見せてあげるわ。……気づくのがいつかはわからないけど」
雅美ちゃん、それは微妙にヒントじゃないかな。
見せてあげる、と言った割に、椿ちゃんたちの動きに明確な変化は訪れない。ただ、バスケの技術を様々に繰り出しながら攻め、時には守っていくだけ。
でも。
二点差だった得点が、同点に戻った。
昴が向こう側から私を見つめてくる。
気づいたかな? うん、そうだよ昴。六年生チームの得点率がちょっと落ちてきてる。その差が得点に現れてきてる。
夏陽くんがため息をついた。
「おねーさん、見かけによらずあくどいこと考えるよな。たくさん点を取る練習だとか言いながら、あいつらが気づかないうちに守りの練習に誘導してるんだから」
「いやまあ、試合形式ばっかりやってたら自然にそうなっちゃうよね」
奇策なんか思いつかない私が狙ったのは、その程度の当たり前のことだった。