ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「いけっ! いっちまえっ!」
出会った頃に比べて逞しくなった声が、私の耳を打つ。
いかないで。いっちゃ駄目。
彼の球が跳ねるのを恐々と、祈るような気持ちで見つめる。本当は身体を動かして受け止めに行くべきなんだろうけど、火照り、疲れ切った身体は思うようになってくれなかった。
――果たして。
夏陽くんの放ったシュートはネットを揺らし、規定の二十ポイントを先取した。
「ああ……」
私は喘いで膝を折った。
お姉さんぶって余裕を演じてみたけれど、三回戦はさすがにきつかった。激しい運動のせいで身体はべとべと、シャワーを浴びてさっぱりしないと、帰る時、乱れた身体を衆目に晒すことになりそうだ。
「よっしゃ! ……っと、大丈夫ですか、翔子さん?」
ガッツポーズもつかの間、夏陽くんが私のところに駆け寄ってきて支えてくれる。
しっかりした男の子の手。
見上げた彼の顔も幼さを残していたあの頃からぐっと成長し、野性味とスポーツマンらしい爽やかさを持ち合わせた美形となっている。前に後輩の女の子からきゃーきゃー言われてるところを見たことがある。この顔で運動神経が良ければそりゃモテるだろう。
じっと瞳を見つめると、いつもなら照れて視線を逸らすのに、今はむしろ心配そうに覗き込んでくる。
「翔子さん?」
「……あ、うん。大丈夫。ごめんね、ありがとう」
私は「あはは」と笑い、夏陽くんに手伝ってもらってなんとか立ち上がる。
まだ膝が笑ってる。
全くもう、年上とはいえ、年頃の男の子にあれだけがっつかれたら女の子はひとたまりもないっていうのに。
「悪い、無理させちゃったな。あっちのベンチで休もうぜ」
「うん」
バツが悪そうに言う夏陽くんに素直に頷く。
でも、私にはその前に言わないといけないことがあった。
「おめでとう、夏陽くん。……ついに負けちゃった。夏陽くんの勝ちだよ」
☆ ☆ ☆
今更言うまでもないだろうけど、私達がしていたのはバスケの1on1である。
ハーフコートで、二十ポイント先取した方が勝ち。三セットも繰り返したら六十回以上はシュートするんだから、それはもう相当な疲労だ。
ベンチに座って水分補給した私は正直、しばらくそこから動きたくなかった。
「……あーあ、ついに年下の子に女だって叩きつけられちゃった」
隣に座った夏陽くんはぴくっと身を震わせた後、苦笑した。
「俺はもっと早く勝ちたかったですよ。翔子さんが大人気ないから、なかなか勝てなかった」
「あはは。同い年ならともかく、三つも下の子相手だと意地があるもん」
高一で女バスを辞めた私だけど、結局、それ以降もバスケ自体はやめなかった。
椿ちゃんたち五年生のコーチをしたり、昴たちの同好会に参加したり、二年生以降は男バスのマネージャーをやったり、なんだかんだで忙しくしていたし、その関係で日々のトレーニングもそこそこ続けていた。
夏陽くんと勝負するようになったのもその辺の関係だ。
本格的に仲良くなったのは、五年生の指導について相談しあうようになった頃だと思う。椿ちゃんたちを挟むと、同じ悩みを共有するパートナー。選手としては昴のオマケだっただろうけど、いつの間にか「おねーさんもいつかちゃんと倒すからな」と闘志を燃やされるようになっていた。
それから、時々思い出したように挑戦されるので、私としても自主トレを欠かすことができず。
私が大学二年、夏陽くんが高校一年になったこの夏、私達は二、三日おきに逢瀬を繰り返しては試合をして――遂に、私は夏陽くんに屈服した。
「同い年のやつって、諏訪さんのこと?」
「うん、そうだよ」
あいつとはもう何年も会ってない。
聞いた話によればあれからもずっと須賀をライバル視し続けた挙句、井戸田の二大エースとして称されるようになったらしい。
夏陽くんは須賀との一件で会って以来、何度か顔を合わせているようで、あいつを尊敬するバスケプレーヤーの一人と考えているようだ。
「あいつともね、夏陽くんとしたみたいに何度もバスケしたんだよ。……正直、一方的に突っかかられてた感じだけど」
そういえば、この話はちゃんとしたことがなかった。
休憩がてら当時のことを話すと、夏陽くんは殆ど黙ったまま話を聞いていた。
あの日。
私が負けて、捨て台詞を吐かれたところまで話して、
「……ごめんね。こんな話つまんないよね?」
「いや」
夏陽くんは真面目な顔で首を振った。
何かを考えているのか、彼は少し離れた地面に視線をやって、しばらく黙って、
「その話、諏訪さんからも聞いたことあるんですよ」
「そうなんだ」
意外だった。
あいつにとってはどうでもいい話だと思ったんだけど。それとも、そんなに私のこと嫌いだったのか。
と、ぼんやり考えていると、
「好きだったんじゃないかな。諏訪さん、翔子さんのこと」
「……は?」
今、なんて言われた……?
私は二度、三度と瞬きして、首を傾げ、夏陽くんの言葉を反芻して、
「は?」
「そこまで意外って顔しなくても」
「いや、だって、ねえ。……ないない」
諏訪が? 私を? 好きだった?
天地がひっくりかえってもありえないと思う。
「私達、喧嘩ばっかりしてたんだよ?」
「……翔子さんって、自分のことになると鈍いですよね?」
夏陽くんがジト目で言う。
うん、まあ、それは否定できないというか。初恋にしても切っ掛けがないと気づけなかったわけだし、その後のお付き合いも成り行きというか「気づいたら好きになってた」が多かったけど。
あの、諏訪が?
できの悪いツンデレだったとでもいうのか。
須賀との一件で来てくれたのは、私を須賀に取られるのが嫌だったとか……?
「でも、あいつとの仲が悪化したの、私が女の子しだした頃からだよ?」
男子を自称していた頃は喧嘩仲間くらいのレベルだった。
「あー、昔はやんちゃだったんでしたっけ。……って、だからそれが照れ隠しじゃねーか。なんでわかんねーんだよ、あんたも諏訪さんも」
もどかしそうにがしがしと頭を掻く夏陽くん。
よっぽど私の返答がアレだったのか、口調が昔に戻っている。中学の途中くらいから「目上の人だから」って敬語を使ってくれるようになってたんだけど。
でも、照れ隠しか。
「……性別関係なく接してた子が急に女の子しだしたから照れくさくなった、とか?」
「諏訪さんは『あいつが女の格好すると妙にムカついた』って言ってた」
ホモかな?
須賀×昴とか万里くん×昴とかだけじゃなくて、諏訪×須賀の需要とかもあったりするんだろうか……って、それはどうでもよくて。
そっか、あの諏訪が、私のことを……?
だとしたら、私に突っかかってくるようになったのは、親しい相手が「急に無理をしだした」ように思えたから……?
バスケで勝って、私がもう元に戻らないことを知って、どうしようもない憤りからあんなことを言った……とか?
「え、ええ……えー、そうだったんだ」
驚きすぎて「えー」しか言えない私を、夏陽くんが再びじっと見つめてくる。
「どうする?」
「どうするって、諏訪とどうにかなるかってこと? ないない」
私は苦笑して手をひらひらと振った。
あいつはとっくに彼女作ってるし、もし想像が正しかったとしても、それは昔の話になっているはずだ。
「あいつのこと、そういう目で見られないよ。それに私、好きな人いるし」
「っ」
夏陽くんが身を硬くする。
意外かな? そうかもね。前の彼氏に振られてから結構経つし、夏休みに入ってから会った男の子って昴に万里くん、上原、それに夏陽くんくらいだし。
でも、そうなんだよ。
「誰だよ」
「ん?」
「教えろよ。……勝ったら、なんでも一つ言うこと聞いてくれるって言っただろ」
「……言ったね」
雑談中の何気ない言葉。
もう何年も前、夏陽くんが中一の時だったと思う。彼の方はもうとっくに忘れてると思ってたけど。
「でも、いいの? そんなことに使っちゃって」
「いいも何も」
「いいの? 私にできることなら、なんでもしてあげるよ?」
ベンチに手をついて、できるかぎり身体を向けて、夏陽くんを見つめる。
もともと狭いベンチだ。
その気になればキスくらいできそうな体勢。お互い汗びっしょりな状態じゃムードも何もあったものじゃないけど。
「どうする、夏陽くん?」
「………」
彼の目に燃え上がる炎が浮かんだ。
あの手が持ち上げられて、私の肩に置かれる。私は逃げなかった。
「なら、願いを変える。……俺が今から言うことに『はい』って答えろ」
変な願いだ。
でも、とてつもなく卑怯な願い。普通に言ったら拒否されるようなお願いをするつもりなんだろうか。
もちろん、私が履行するのは一つ目のお願いだけ。二つ目に「はい」と答えた上で「やっぱりやめた」ということは可能なんだけど。
俺を信じろ。夏陽くんはきっと、そう言いたいんだと思った。
なら、私は。
「いいよ」
頷いて待つ。
そして、お願いが紡がれた。
「俺と付き合ってくれ。翔子さん」
ああ。
信じて良かったと、私は口元に笑みを浮かべた。
「はい。喜んで」
こうして、私と彼は両想いになった。
☆ ☆ ☆
「まさか、竹中と翔子が付き合うなんてなー」
「そう? 私はそうなるかなーって思ってたけど」
大学生になっても私達が集まる場所はあまり変わらない。
ファミレスだったり、バスケコートのある公園だったり、あとは『オールグリーン』だったり。もちろん、葵と気楽に出かける時とかはお洒落なレストラン入ったりすることもあるんだけど。
『オールグリーン』のフードコートで軽食を摘まみながら、私は昴達に夏陽くんとの交際報告をした。
旧知の年上二人に肴にされた私の彼氏は、隣でホットドッグを齧りながら仏頂面をしている。
「竹中、ひなたちゃんはもういいのか?」
にやりと笑った昴の方が主な原因かな。
「……ひなたにはとっくに振られてるよ。っていうか、あいつもう彼氏いるじゃねーか」
「ふーん。じゃあ、彼氏いなかったら?」
「も、もう未練はないっての! 変な絡み方するなよ翔子さん……!」
「ふふ、冗談だよ。……あ、夏陽くん、ケチャップついてる」
「なっ」
指で拭ってぺろっと舐めると、夏陽くんが真っ赤になった。可愛い。
「おめでとう翔子。お似合いだと思う」
「ありがとう、葵。そっちはいつ結婚するの?」
「あはは、それはさすがにまだまだ先だってば。……ね、昴?」
「ああ。式だけ挙げちゃえって話もあるけどな。在学中に挙げると戸籍の問題とか面倒だし」
照れつつもすらすら答える昴に、幸せそうに微笑む葵。
うん、なんというか、ご馳走様です。熟年夫婦から初々しいカップルになって、熟年夫婦に戻ってきた感じ。このまま結婚して末永く幸せになって欲しい。
と、話のムードに耐えられなくなったらしい夏陽くんがウーロン茶を飲んで、
「いいか。この話、他の奴には内緒にしろよ。最悪、香椎と湊は我慢するが、真帆と紗季には絶対言うな」
「はいよ。……でも竹中、わざわざ釘刺すってことは、何かやましいことでもあるのか?」
「な。ね、ねーよそんなの」
「でも夏陽くん、みんなのこと好きだった時期もあるよね。ね、翔子?」
「うん。ひなたちゃんの次が愛莉ちゃんで、次が紗季ちゃん、その後が智花ちゃんで、最後が真帆ちゃん。……合ってる、夏陽くん?」
「な、何で知って……?」
それはもちろん、ずっと見てたからだよ。
夏陽くんは真っ赤な顔になりながら私を見て、上ずった声を上げる。
「い、今は翔子さん一筋だからな? 信じろよ」
「わかってる。大好きだよ夏陽くん」
「う、あ……っ」
いきなりの「大好き」攻撃に許容限界を超えてしまったようだ。
口をぱくぱくする夏陽くんを見て昴が笑う。
「頑張れよー竹中。翔子はこれ平常運転だからな」
「もともと世話焼きだもんね。慣れないと大変だよ、夏陽くん」
「お、おう」
うん、本当に慣れてもらわないと困る。
何度も会って話をしているうちに好きになってた。一緒にいないと落ち着かなくなった。一緒にいられる時間を少しでも長くするために、意地になって試合に勝ち続けていた。
でも、試合が接戦になるほど、成長を感じてドキドキしてた。
離さない。離したくない。
こういうのが「愛が重い」って言われるんだろうけど、気持ちが止まらないものはどうしようもない。
「椿ちゃんたちにはちゃんと報告しないとね」
竹中姉妹は相変わらずブラコンだ。
さすがにもう親愛と恋愛の区別はついてるみたいだけど、それはそれとして、お兄さんに近づく女子には厳しい。すんなりと認めてもらえる確率は低いだろう。
「ああ……。それはしょうがないけど、派手にやりあわないでくれよ」
「うーん。努力はするけど、約束はできないよ?」
だって、大好きなんだから、絶対に諦められない。