ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
日曜日の午前八時過ぎ。
私がすずらん通りのアーケードを訪れると、既にお祭りの準備をする人たちで賑わっていた。出店場所として指定されたのは、アーケードの先にある駅前広場。『寿し藤』のテントにいた女性に声をかけると、作業の手を止めて笑みを浮かべてくれる。
「おはよう。鶴見翔子さんだったわよね? 今日はよろしくお願いします」
「はいっ。えっと、何から準備しましょうか?」
「そうね。それじゃあ……」
テント裏に荷物を置いて開店作業を手伝っていると、雅美ちゃんたちもやってくる。あらかじめ集合場所を決めていたらしく、全員一緒だ。
「おはよう、みんな。今日は頑張ろうね」
笑顔で言うと、雅美ちゃんがつんと首を動かした。
「当然です。紗季には絶対負けません。狙うのは売上げ一位のみです」
「うん。でも、意地悪とかはナシだよ。相手にするのは他のお店じゃなくて、お客様だからね」
かげつちゃんとミミちゃんはこれに頷いてくれるも、竹中姉妹は、
「言われなくても、ボクたち完璧だし!」
「真帆とか敵じゃないし!」
……大丈夫だろうか。
まあ、この子達も決して悪い子じゃない。ちょっと気持ちが先走っちゃってるだけだから、いざお店が始まれば接客に集中してくれるはず。
と、お隣のテントにも人が集まってきた。見覚えのある五人の小学生――愛莉ちゃんたちだ。
なんだ、こんなに近くだったんだ。
配置図まで詳しくは見てなかったから、気づかなかった。
「翔子さんっ。今日はよろしくお願いします」
「おはよう。お互いに頑張ろうね」
コミケのサークル参加ってこんな感じなのかな? とか思いつつ、挨拶を交わしていると、一番最後に昴も到着。
「昴。葵は今日来るの?」
「ああ。あんまり人数多くてもアレだからって、お客さんとして食べにくるってさ。なんか差し入れも持ってきてくれるらしい」
「そっか。ありがたいね。こっちもさつきや多恵に知らせておいたから、もしかしたら来てくれるかも」
挨拶を終えたら準備に戻った。
ただ、子供たちはそうもいかなかったみたいで、わいわいやって雅美ちゃんのお母さん――都さんに一喝されていた。それをとりなしたのは紗季ちゃんのお母さん――亜季さんだ。
都さんはきりっとした、年下の女の子に人気がありそうなタイプ。亜季さんはふわふわ穏やか系の可愛らしい人だ。顔立ちはともかく、性格は子供たちとあんまり似ていないかも。
☆ ☆ ☆
隣からお好み焼きの焼ける音と、香ばしい匂いが漂ってくる。
試作品だろう。もう音と匂いだけで美味しいのがわかる。後で時間があったら食べよう。ああやって直に調理できるのはお好み焼きの利点だよね。
でも、もちろん『寿し藤』の屋台だって負けてない。
売り物は大きく分けて二つ。
五目ちらし寿司と、五目いなり。後者の五目いなりは五年生ズのアイデアにより、動物の顔をデコレーションした可愛い一品だ。デコに使っているのは海苔や玉子などのお寿司に使う具材なので味を邪魔しないし、お寿司屋さんのおいなりさんだから本体も絶品。
若年層に比較的弱いという弱点をカバーする秘策はきっと成功すると思う。
隣にオカズ系の屋台があるのも追い風かもしれない。濃い味のものを食べたらご飯が食べたくなるのが日本人、そういう時はこちらのお寿司をどうぞ、というわけだ。
さて。
お隣と違い、材料の下ごしらえが済んでいる『寿し藤』の屋台。お仕事はそんなに大変じゃないのかなと思いきや、そういうわけでもなかったりする。
確かに、油揚げは親方が前日に仕込んでくれているし、酢飯はなくなりそうになる都度作るだけでいいんだけど、その酢飯を油揚げに詰めて形にしたり、完成したおいなりさんにデコったりするのはリアルタイムでやっていかないといけない。
役割分担としては、総指揮と調理の最終チェックが都さん。雅美ちゃんを除く四人は主にお会計とデコレーションを担当。雅美ちゃんは基本、油揚げにひたすら酢飯を詰めておいなりさんを作っていく係。
じゃあ私は何をするのかというと、スーパーサブ。調理道具を洗ったり、海苔や錦糸卵を丁度いい大きさにカットしたり、重いものを運んだり、酢飯をまぜたり団扇であおいだり、その都度必要なことを必要なだけこなす、いわば雑用係だ。
バスケでやってたのと似たような立ち位置なのでこういうのは割と得意である。
さあ、どうなるか。
幸い天気は快晴。
みんなの想いが届き、このまま涙雨なんて降らないといいんだけど。
☆ ☆ ☆
『ただいまより、すずらん通り冬の感謝祭を開始いたします!』
アナウンスの直後から、待ってましたとばかりに広場へお客さんがやってくる。
年配の方や家族連れが目立つけど、若い人の顔も結構ある。近所に住んでいる人達にとっては馴染みあるイベントであることが窺える。
普段はなかなか行けないだろう『寿し藤』みたいな高級店も出店してるし、私だって来年からは通っちゃいそうだ。
と。
「あっれー? こけしの屋台かと思ったら」
「お前……!」
「あの時の……!」
波乱は、早々にやってきた。
赤いジャンパーに野球帽を被った小さな女の子が、スティックキャンディーを咥えながらうちの屋台を覗き込んでいる。
生意気そうな子だな、と失礼な感想を抱いた直後、椿ちゃんと柊ちゃんが敵対心を露わにした。知り合いかな、と他の三人を窺ってみるも、かげつちゃんたちは知らない模様。
だとすると慧心の子じゃなさそうだけど……。
ノリとしては『顔見せに来た強豪校の圧倒的天才』みたいに登場した彼女は、竹中姉妹と二、三、言葉を交わした後で名乗った。
「まいねーむいず、芦原怜那。硯谷女学園初等部五年。よろしくねん」
「硯谷……!?」
驚いてついつい声を上げてしまった。
私の印象はそう遠くないものだった。硯谷なら圧倒的天才の名は未有ちゃんのものだろうけど――このタイミングでこの会話っていうことは、多分、この間、夏陽くん込みで出会ったという「硯谷にいる因縁の相手」だ。
雅美ちゃんが尋ねる。
「椿、柊。もしかして、この子が」
「……うん」
「ボクたちの、リベンジ相手」
二人の返答を聞いた怜那ちゃんはぷっと吹き出した。
「リベンジ!? ぶはは、よくそんなことえらそーに言えるね! あんな下手くそなバスケしておいて!」
「「~~~~~っ!」」
下手くそなバスケ。
それは私が教えたテクニックのことか。まあ、私に才能がないのは知ってるし、私よりわけわかんないらしいこの子が上手いのも確かなんだろうけど、ちょっとイラっとくる言い方だ。
椿ちゃんたちがヒートアップしないといいけど、一個人としては「言い返しちゃえ」という思いが浮かばなくもない。
――とはいえ。
それ以上に気になることが一つ。
屋台に身を乗り出してぺらぺら喋ってるのが危なっかしくて仕方ない。売れる状態になった折り詰めは蓋がされてるけど、油揚げが詰まった鍋や混ぜたちらし寿司などは外気に晒されている。口からこぼれただけで入るような位置にはないものの、あの飴を投げやしないか心配だ。
そっと移動して鍋に蓋をし、ちらし寿司を持ち上げる。
椿ちゃんたちはギリギリのところで怒りを抑えたようで、仕事優先と怜那ちゃんを追い払おうとした。すごい。気が短いように見えて私より大人かもしれない。ただ、怜那ちゃんの方は逆に気に障ったようで、事務的な対応をされたチンピラのごとく飴を手にわめきはじめ、
「おっと、失礼」
「おわっち!?」
怜那ちゃんの背中に通行人がぶつかった。
飴が飛び、鍋の蓋にかん、と当たった。そのまま飴はアスファルトの地面に落ちたものの――その、間一髪すぎて逆に冷や汗が出るんですが。
油揚げの鍋は一つしかないので、もし、使えなくなったら五目デコいなりは出せないことになってしまうのだ。
「ったくもー。ごめーん、落ちたやつ捨てといて――って、どしたの?」
「……食料品を扱う屋台に飴なんかを差し出しておいて、ごめん、ですって?」
軽く謝ろうとする怜那ちゃんだったけど、空気は圧倒的に冷えていた。
怒ったのは椿ちゃんたちではなく、飲食店の娘――雅美ちゃんだ。
「鍋に入ってたらどうするつもりだったのよ!?」
「えー。なんともなかったんだからいいじゃん。今のどーみても事故だし」
「ふざけないで!」
都さんが「止めなさい」と制止に入るも、雅美ちゃんの怒りは収まらない。
怜那ちゃんに食って掛からんとばかりの態度の彼女を、椿ちゃんたちはいたましげに見つめていた。なまじ、実害が出なかっただけに置いてけぼりをくらったような形だけど、友人の気持ちが全くわからないかといえば、そんなこともないのだろう。
例えば、私だって。バスケットゴールにサッカーボールを蹴り飛ばされたら、将棋盤に碁石を打ち付けられたら、うちの台所で化粧を始める輩がいたら……怒りに我を忘れてしまいかねない。
「ね。怜那ちゃん、だよね? 一言、雅美ちゃんに、お店の人に謝ってくれないかな?」
微妙な空気をいつまでも続けるわけにもいかない。
努めて冷静に告げれば、怜那ちゃんは「えー」と、あからさまに不満を露わにした。
「もう謝ったじゃん。それに、アタシ別に悪いことしてないし」
「じゃあ、せめて何か買っていかない? あんまりそこにいられると、商売の邪魔になっちゃうんだ」
「んー? じゃあどけばいいんでしょ? いらないよ、こんな年寄り臭い食べ物。じゃね」
懸命な説得(?)の甲斐もなく。
小柄で生意気な少女は、あっさりとその場を去っていった。
「寿司が年寄りくさい? 和食を愛する全国の人に謝ま――」
「落ち着け翔子。それこそ営業の邪魔だ!」
移動してきた昴にどうどうと宥められたことで私もなんとか落ち着き、騒ぎも時を追うごとに沈静化して、『寿し藤』の屋台は営業を再開した。
ただ、微妙なわだかまりは残ったまま。
☆ ☆ ☆
お昼のピークタイムを過ぎた頃。
都さんから休憩を言い渡された私は、『なが塚』の屋台と他二つくらいを回って食料を買い込むと、『寿し藤』のテント裏に入った。
すると、石を固めた花壇の淵をベンチ代わりに雅美ちゃんが座っているのを発見。せっかくなので隣に座って声をかける。
「雅美ちゃんも休憩?」
「……お母さんが休みなさいって。っていうか、なんでうちのお寿司を食べないんですか」
そう言う雅美ちゃんは五目デコいなりの折り詰めを膝に載せている。
「あはは。いや、店員さんが買っていいのは余った時だけかなって。それに、他のお店のは今じゃないと食べられないでしょ?」
単に気になってたのも事実だけど。
苦笑しつつ、プラスチックのパックを開ける私。やっぱり最初はお好み焼きから。キャベツに芝海老、白ネギにニラなどの具材を使い、広島焼きに近い形で焼き上げられたそれ。わくわくしながら箸を差し入れ、一口食べると、
「うわ、美味しい! ……これ、ソースじゃなくて醤油なんだ。でも、すっごく合う」
醤油自体は最後に塗られてるわけだけど、マヨネーズも相まってテリヤキに近い感じになってるかも。芝海老の香ばしさと白ネギの風味がなんとも言えない「和」の美味しさを放っていて、ぶっちゃけて言えば日本酒か白ワインが欲しい。
「敵の売り上げに貢献しないでください」
「でも、雅美ちゃん。これ凄く美味しいよ。ほらほら」
半ば無理やり口に運ぶと、雅美ちゃんは嫌そうにしつつもぱくっと食べてくれた。
しばらく黙ったままもぐもぐして、ふと思い立ったようにおいなりさんを持ち上げてぱくり。うん、ご飯とも絶対合うと思う。
「美味しいでしょ?」
「………」
ノーコメント。
でも、けなしたりしない辺りが素直で正直な子だと思う。私もそれ以上は言わずに一口二口食べ進めていると、隣のテントから紗季ちゃんが出てきた。
奇しくも、彼女は『寿し藤』の折り詰めを手にしている。
「お疲れ様です、鶴見さん。……さっきはナイスアシストでした」
「あはは、ありがとう。ほんとにヒヤヒヤしたよ」
「そうですね。もし無駄になっていたらと思うとぞっとします」
言いながら、私を挟んで雅美ちゃんの反対側に座る紗季ちゃん。
五目デコいなりを一つつまんで口に入れた彼女は「美味しい」と口元を綻ばせた。
「……なんで、紗季がうちのお寿司を褒めるのよ」
「だって美味しいもの。私はお好み焼きもお寿司もどっちも好きよ。だから、『寿し藤』の営業が滞れば良かった、なんてことも欠片も思ってない」
それは本当だと思う。
もし、あの飴が入っていたら。きっと紗季ちゃんは率先して雅美ちゃんを慰め、何か代案を提示したんじゃないかと思う。
優しくてしっかりものの「お姉ちゃん」だから。
「紗季ちゃんも雅美ちゃんも、良かったら私のもつまんでね。色々買ってきたから」
「じゃあ喜んで。……ふふ、でも鶴見さん、実はお寿司のお返しが目当てだったりしません?」
「バレたか」
笑い合う私と紗季ちゃん。
雅美ちゃんは若干居心地悪そうにしていたけど、逃げたりはしなかった。そして、私がじゃがばたー等々を薦められば、渋々ながら口にしてくれたのだった。