ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮) 作:緑茶わいん
山のすぐ近くにある旅館『羽多野』の夜はとても静かだった。
特別、有名な宿というわけではないけど、客室は手入れが行き届いていて、従業員の皆さんの心遣いが感じられる。むしろ、落ち着いて温泉を楽しみたい人にはこういう宿の方がいいだろう。
お父様お母様との話を終えた後。
なんとなく、部屋の窓辺で月を眺めていると、冬子さんが隣に立った。
「……本当に、いいの?」
視線を向けると、彼女もまた月を見ている。
静かな表情。
でも、クールでお茶目ないつもの冬子さんとは違って、瞳の奥に不安や困惑、その他、様々な感情を抱えているのがわかった。
大人に見えるけど、冬子さんだって私の倍も生きていないのだ。
前世の年齢をそのまま足せると仮定すれば、ぶっちゃけ私の方が年上なくらい。理屈をきっちり飲み込めるわけでもなければ、人の気持ちを見通せるわけでもない。
私だって、同じだ。
だから、私にできるのは素直な気持ちを表すことだけだった。
「はい。私は、後悔なんてしてません」
「………」
ゆっくりと、冬子さんがこちらを振り返る。
じっと向けられた視線を、私は真っすぐに見返す。相手の瞳の奥に映る自分の姿を見て「今、一緒にいるんだ」と強く思う。
「冬子さんこそ、迷惑じゃないですか?」
「言ったでしょう? 責任は取るって」
冬子さんの腕が持ち上がって、私の肩を抱く。
抱き寄せられた私は冬子さんの体温を感じながら、再び月を見上げた。
☆ ☆ ☆
「なにを言ってるの。私の代わりにこの子へ旅館を継がせるつもり?」
「代わりも何も、お前、ここを継がないんだろ?」
「仕事を辞める気はないわ。だから――」
うちに働きに来いと私に言ったお父様。
当然、冬子さんは反発した。
一人娘である冬子さんが継がないとすれば、後継者がいないことになる。
血縁者が駄目なら信頼できる従業員に継がせるのは妥当。ならせめて、冬子さんの関係者である私に、というのは一つの方法かもしれない。
ただ、私は冬子さんの恋人としてここにいる。
養護教諭を続けるつもりの冬子さんにとって、私と離れるのを承服しにくいのも確かだ。
ただ、
「別に会おうと思えば会える距離だろ」
「っ、それは、そうかもしれないけど。翔子ちゃんはまだ高校生で……」
「その高校生の娘さんをお手付きにしたのは誰だよ」
「ま、まだ手は出してないわよ!?」
まだって。
「なんだ、そうなのか。うちに連れてくるくらいだから深い仲なのかと思ったが」
「男女とは違うもの。彼女は、その、私の理解者なの」
小学校の職員が高校生と交際している。
昔から狙ってたんじゃないかとか(実際には違うけど)色々勘繰ってしまうのも無理はない。まあ、私はもう十六歳で結構できる年齢だし、女同士なら妊娠もしない。
そこは、胸を張ってもいいところだ。
お父様が目を細める。
「じゃあ、末永くお付き合いする気はあるんだな?」
「……もちろんよ」
返答には多少の間があったものの、その間が逆に、言葉に重みを持たせていた。
「覚悟もなくこんな場所には連れてこないわ。私は、この子と末永くお付き合いしたいと思ってる」
「……冬子さん」
責任は取る。
そう言われてはいたけど、お芝居で済むならそれでもいい、というスタンスだった。
でも、ここまで来たらそうも言ってられない。
――逃げる気があるなら、今のうちに逃げるしかない。
冬子さんが作った間は、迷いを振り払うための間だ。
そして、私は、迷うつもりなんかない。
「翔子さんも、同じ気持ちかしら」
「はい。私も、冬子さんと同じです。……男女の恋愛ができない私を受け入れてくれた冬子さんと生きていきたい。そう思っています」
思えば、初対面で私の性癖を受け入れてくれたのは、冬子さんが初めてだった。
冬子さんの部屋でのお泊り会だって、身の危険こそ感じたものの、思った以上に楽しかった。許されるなら二回目もやりたいと思ったくらいだ。
葵に対するような燃えるような想いはない。
でも、じんわりとした愛しさ、執着を、私は彼女に抱いている。
「ただ、そうですね」
言葉を切って、私は微笑む。
「お仕事のお話は、考えさせていただけませんか? ……まだ高校一年生ですし、将来のことも決めかねています。それに、将来宿泊業に進むにせよ、大学は出ておきたいとも思うんです」
「……翔子ちゃん」
急な展開に息巻いていた冬子さんがトーンダウンし、ふっと息を吐いた。
このまま、私の就職先が内定して、代わりに実家まで継いじゃう――そんな可能性が消えてほっとしたのだろう。
まあ、それもナシではないんだけど、さすがに急すぎる。
「ま、そうだよな」
お父様も案外、あっさりと頷いてくれる。
「……いいの、お父さん?」
「いいも悪いも、無理強いできるわけないだろうが。……ま、人手は足りてないから、早く捕まえるに越したことはないんだけどな」
「ありがとうございます、お父様」
深く頭を下げてお礼を言うと、お父様はバツが悪そうに頬を掻いた。
「お父様、なあ。まさか娘が嫁を連れてくるとは思わなかった」
それは本当に申し訳ないです……。
「しょうがないじゃない。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いなんだから」
「それはまあ、そうだが。どうしてそんな風に育っちまったんだか……。ああいや、あんたのことを言ってるわけじゃないからな?」
「あ、ありがとうございます……?」
耳が痛い。
本来、その嘆きは私が受けるべきものだ。レズは私で冬子さんはロリコンなわけだから……って、そっち言ったらもっと危険な気もするけど。
普通の人が変に思うのは当然の話。
「いやまあ、嬉しい気もしないでもないんだぜ? まさかうちに嫁が来るなんて思いもしなかったからな。なあ?」
「そうね。来るとしてもお婿さんだと思ってたもの」
ごもっともです。
「ちょっと待って。私達は結婚しないわよ」
できないと言った方が正しいけど、どっちにしても、お嫁に行くという表現はちょっと違うかもしれない。
それはまあ、白無垢かウェディングドレスが着られるなら願ってもないし、お嫁さんとして迎えて貰えたらそれ以上の幸せはないけど。
式だけ挙げられないか、頃合いを見て冬子さんに相談してみようかな……。
「一緒に生活するんだから結婚するようなものでしょう?」
「それはそうだけど、ここは継がないわけだし……」
「何も今、それを決めなくてもいいじゃない? 翔子さんも進路のことがあるわけだし、二人で話しあって決めたらどう?」
「う……」
口ごもる冬子さん。
お父様とは丁々発止のやり取りができるけど、お母様が相手だとそうもいかないみたいだ。
ううん、それだけじゃなくて、冬子さん自身も何か迷っているのかもしれない。
私も、無理強いはしたくないけど、冬子さんの中に別の想いがあるなら尊重してあげたいと思う。
お父様お母様と一緒にじーっと見つめていると、
「……わかったわよ。最終的な答えは保留。それでいいんでしょう?」
冬子さんは溜め息を吐くようにして、そう宣言したのだった。
☆ ☆ ☆
「この旅館、嫌いですか?」
冷えるので、窓辺からは短い時間で離れた。
布団の上で冬子さんに抱きしめられたまま、私は尋ねる。
服は着てるし、さっきと同じく後ろから抱かれているのでお互いの顔は見えない。
密着しているのに見つめ合ってはいない。
相手の体温を感じながら、ゆっくりと答えを探せるこの体勢が、なんとなく一番話しやすいような気がした。
女同士ならありえない体勢じゃない。
でも、恋人同士ならもっと自然な、二人の形。
「……別に、嫌いじゃないわ」
ぽつりと、冬子さんは答えてくれる。
「養護教諭を選んだのは、もっとしたいことだったから」
「冬子さんの趣味は、いつから?」
「物心ついた時から」
「幼女の頃から幼女に興味が……!?」
「冗談よ」
わかりにくい冗談すぎる。
でも、ちょっとほっとする。自分の性癖を許容してもらっておいてアレだけど、さすがに今のは引いた。
「さすがにそこまで昔ではないけど、最近でもないの。だから……」
「趣味と実益を兼ねたお仕事、なんですね」
「ええ」
そういうのはわかる気がする。
私だって、女の子と触れ合える仕事があったら考えてしまうかもしれない。女医は女相手とは限らないし、エステティシャンとかも同じだ。
冬子さんの場合はショタもいけるので小児科医っていう手もありそうだけど、養護教諭の方が元気な子供と触れ合えるからお得なのかな。
小児科医と言えば、今の竜王はロリコンだったっけ。
「冬子さん。来世の夢が小児科医っていう若いプロ棋士を知ってるんですけど、興味ありますか?」
本当に知ってるだけだけど、頑張ったら連絡くらいは取れる。
割と爽やか系のイケメンだから冬子先輩の趣味に合うかも――。
「……それは、私に乗り換えを薦めているのかしら?」
「え」
でも、冬子さんの反応は、私の想像とは違っていた。
ぎゅっと腕に力が籠もって、身体がより密着する。
鼓動が早くなっている。
私のだけじゃなくて、冬子さんのも、だ。
「……ごめんなさい。試したつもりはないんです」
返ってきたのは拗ねたような声。
「試されているのかと思ったわ。あなたが本当は、乗り気じゃないんじゃないかって」
「冬子さん、酔ってますか?」
食事と一緒に日本酒を多少口にしていたはず。
羨ま……もとい、ちょっと心配になる。
「酔ってるわよ。……原因は、お酒だけじゃないけど」
「それなら、私もそうかもしれないです」
急に深まった関係、冬子さんのご両親によって詰められた距離、それから――今の雰囲気。
私たちを酔わせるには十分な力だ。
私は深く息を吐いて、もう一つの本音を吐露する。
「私にも不安はあるんですよ。……冬子さんはレズじゃないから、本当は私じゃ駄目なんじゃないかって」
沈黙の後。
「そんなこと、ないわ」
腕の力が緩む。
布団の上に崩れ落ちる私の身体。衣擦れの音を立てながら、冬子さんが私の上に覆いかぶさってくる。頭の横に手が置かれ、顔がすぐ近くに来る。
吐息さえかかる距離。
潤んだ瞳が真っすぐに私を見下ろしてくる。
――月の魔力に侵されたのだろうか。
視線を逸らせない。
欲しい、と思ってしまう。
「前にも言ったでしょう。私はどちらかといえばレズなの。翔子ちゃんだって、発育のいい子にどきっとすることはあるでしょう?」
「……あります」
子供の頃というのは男の子も童顔で、肌はすべすべ、余計な毛はあまり生えておらず、腕力だってたかが知れている。
それらの条件に成人した男と女、どちらがより近いかと言えば、女なのは当然。
なので、その逆も言える。昴や夏陽くんが相手なら私はあまり嫌悪感がないし、幼くても女の子なら、より想いを寄せる対象にしやすい。
もちろん、普段からそういう思考をしているって意味じゃないけど。
「性癖はあくまで性癖。誰でもいいってわけじゃない。……なら、私だってそうよ」
「冬子さん」
それは、
「
「っ」
「好きよ。私と、一緒にいたいと言ってくれたのはあなたが初めて。さっきも言った通り。あなたは、私にとって最大の理解者なの」
顔が、近づいてくる。
もともと近かった距離がゼロになるのとほぼ同時――私は、そっと目を閉じた。
☆ ☆ ☆
「というわけで、ごめんなさい美星ちゃん。……残念ながら、あなたと添い遂げるわけにはいかなくなってしまったわ」
翌日、私たちは旅館『羽多野』を後にした。
もともと一泊二日の予定だったので、そのまま帰ってきた。帰る前にお母様や仲居さんから旅館のお仕事について簡単に教えて貰ったりはしたけど、軟禁されたり、無理やりお見合いをさせられたりとかはなかった。
また来てください、という言葉に含みを感じつつ、私は笑顔で「はい」と答えた。
戻ってきて最初に報告したのは美星姐さんだった。
恋人ができた、と言う冬子さんの表情は本当に残念そう。
一方、それを聞いた美星姐さんは瞬時に歓喜の表情に変わった。
「……でかした翔子。いやー、まさか本当に冬子を捕まえてくれるとは思わなかったぜ」
「美星姐さん、本当に嫌だったんですね……」
「嫌に決まってるだろアホか」
いっそ清々しいほどの嫌がられっぷりだった。
まあ、それでいて仲が悪いわけではないので、美星姐さんとしても「この性格さえなければ」っていう感じなんだと思う。
ただ、
「良かった良かった。これで冬子の性癖も落ち着――」
「落ち着かないわよ?」
「は?」
何言ってんだこいつ、という目になる美星姐さん。
「おい翔子。こいつ変なこと言ってるぞ」
「あ、はい。冬子さんの趣味を無理に抑えるのも難しいと思って、美星姐さんならとOKしました」
そのお陰で発散できてたのもあるだろうし。
下手に我慢してもらって、愛莉ちゃんたちに被害が出たら目も当てられない。残念ながら私じゃ性欲は満たせてもロリコン性癖は満たせないわけだし。
昨夜寝るのが遅かったのに、なんだかつやつやしている冬子さんはにんまりと笑い、じりじりと美星姐さんに近づいていく。
「そういうわけだから美星ちゃん、これからもよろしくね?」
「ちょっ、ちょっと待て! なんで恋人公認で浮気しようとするわけ!? 翔子!?」
「加勢します、冬子さん」
「そっちに加勢するのかよ!? ちょっ、冗談だよね、冗談だって言わないと――」
美星姐さんのアパートに悲鳴が響き渡り……。
昴以外には滅多に飛ばない殺人技が火を吹き、後日まで響くダメージを生み出すまで、私と冬子さんの悪ノリは続いたのだった。